16-47
それは今から33年前、このマリージョアで起きた
1つの家族のお話。
「正気か!!?ホーミング聖っ!!」
「あなたともあろう者が!神の地位を捨て人間に成り下がろうと言うのか!!」
両親に二人の男の子。
1つの家族はこの日、大きな決断をした。
「人間ですよ。昔から」
家族の長である父親は、ドンキホーテ・ホーミング聖。
世界貴族こと、天竜人である。
しかし彼は“変わり者”であった。
これをウイに話して聞かせているベガス聖とはまた、違った意味で。
そしてもう既にお気付きだろう。
このホーミングという男は、ドフラミンゴの父親。
連れられた二人の男の子は
幼きドフラミンゴとロシナンテ、つまりコラソンである。
元から奴隷や富や名声に興味がなく、神と崇めたてられる事に違和感を感じていたホーミングは
同じく変わり者である気持ちを同じくする妻と、二人の息子を連れ下界へ降りる事を決めた。
天竜人としての地位を放棄し、マリージョアを出て“人間”として暮らす。
それがホーミングにとっての夢であった。
見送りの際には、マリージョアに住まう他の天竜人達に裏切り者、思考自体が冒涜だと散々罵られた。
でもホーミングは気にしなかった。
罵る彼らが可笑しいのだ。
同じ人間がなぜ神として人の上に君臨していると思っているのか。
人は皆平等だ。
ずっとその違和感を感じながら天竜人として生きてきた。
それが今やっと、自然に戻る。
愛する家族と、人間として暮らしていける。
何不自由ない住まいと財産を与えられ、マリージョアを出たホーミングの胸は希望と期待で満ち溢れていた。
「父上!!ドレイはどこだえ?買いに行こうえ!」
「ドフィ…ロシナンテもだ。お前たちにはイチから教えねば」
人の気質は生まれながらに持ったものなのか。
それとも育つ環境の中で形成されていくものなのか。
「おい!!なぜひれ伏さねェ!!!きさまら無礼たぞ!おれの前を横切ったな!?」
ロシナンテの気質は穏やかで、両親と似た所が多かった。
しかし──
「だれか銃をもて!!!おれをだれだと思ってるんだ!!!」
ドフラミンゴは違った。
ホーミング聖を罵った他の天竜人と同じような、神としての自覚。
それが幼き少年の中にはしっかりと、根付いていた。
“元”天竜人であるドンキホーテ一家が下界に降りる、つまりマリージョアを出て暮らしていることはなにも
公に知らされた事ではない。
しかし身体的特徴や意図せずとも滲み出る“天竜人”であった立ち振舞い、そして意に反して地上に堕とされた幼き神の傍若無人な行動。
もしや…という確信めいた疑いは、瞬く間に広がった。
「天竜人はどこだ!!?」
「探し出せ!吊るし上げろ!!!」
「逃げたぞ探せ!まだ近くに居る筈だ!!」
「殺すなよ…!生かして苦しめろ!!」
「「「「数百年分の世界の恨みを!あの一家に刻み込め!!!」」」」
人々はドンキホーテ家族の家に火を付け、武器を取り押し入った。
ホーミングは知らなかった。
「天竜人の一家だァ〜!!!」
「“元”天竜人だ!殺しても海軍は動かねェ!!!」
「ありがてェ!報復の機会を与えられた!!!一生泣き寝入りと諦めてた…!!!」
これまで神として生きてきた天竜人が
海軍という武力と世界政府の権威によって守られていた天竜人が
「まだ5歳と2歳だった俺の息子達が…!!天竜人の前を横切ったって理由で銃で16発!!即死たった!!!」
「奴隷にされた娘が憐れな姿で帰って来て…!!一言も喋らずに…3日後に自害したわ!!!」
「俺は昔奴隷だった!!!両目を…遊びで奪われた…!!!」
こんなにも人々の恨みを買い、憎まれているという事を。
「ハンマーで全身の骨を折ろう!!」
「千本の矢を刺そう!!」
「殺すな…!ずっと、ずっと生かして苦しめろ!!!」
後ろ楯なき“元”天竜人という肩書きは、人々の復讐心の格好の餌食となる事を。
一家は逃げた。
着の身着のまま。
与えられた家は焼かれ、財産を持って逃げることも叶わず。
命があるだけ、あの恐ろしい憎しみの籠った目に捕まらぬだけ良い、と。
それから家族は人の来ない、廃棄物の集積所を転々とした。
悪臭漂うその住まいで、口にするものは腐りかけの残飯。
逃げても逃げても、噂は噂を呼びすぐに見つかった。
これまでただ守られてきたドンキホーテ一家には、隠れて生きる能力等なかった。
見つかる度に繰り返される暴力。
疲れようと体が痛もうと、次に隠れ住む場所を探し歩かなければならない。
その生活は、ホーミングが夢見ていたものとは
かけ離れ過ぎたものだった。
「ドフラミンゴとコラさんは…天竜人だったの…」
「そうだえ。地上に堕りてからの日々は…きっと噂以上に酷い毎日だったに違いないえ」
ベガス聖から聞いた話は、予想だにしない衝撃的な話だった。
まず、天竜人をやめたがる人が居るなんて事に驚きだ。
聞く限り、考えは浅はかなのかもしれないけどホーミングさんは優しい人だったに違いない。
あのドフラミンゴの父親がそんなに真逆な気質を持つような人物だっ…
「ウイ?どうしたえ?」
「あ、ううん!…ビックリしちゃって…」
私何を考えてるんだろう。
子供なら親に似る筈、そんな考え私が一番否定したい筈なのに──。
肺に溜まった息を吐き出して、気持ちを入れ替えた。
「それで?その後ドンキホーテ一家はどうなったの?」
テーブルに並ぶお菓子はどれもベガス聖のお気に入りの筈なのに
そのダックワーズをかじる顔はとこか浮かない。
ベガス聖もどちらかと言えば、ホーミングさん寄りの思考の持ち主。
きっと天竜人っていう立場でこの話を語るのは、つらい筈だ。
「ホーミング聖は助けを求めて、世界貴族機構に連絡して来たえ。でも誰も取り合わなかったえ。誰もが、ホーミングに人間と愚弄されたと…根に持ってたんだえ」
「迫害され逃げ延びる中で、ドフラミンゴの母親が病に伏して亡くなったと聞いているえ。その報せを聞いて少し経った頃だえ」
「ドフラミンゴは父親の、ホーミング聖の首を片手にマリージョアに乗り込んで来た。…愚かな父親は断罪した、自分と弟を天竜人に戻せ、と。でも…」
「本人の意志でなかろうと、一度地に堕りた者を戻すことは出来ないえ。…それだけじゃないえ!まだ幼いドフラミンゴとロシナンテに連中は…他の人間と同じように…その、まぁ、酷い仕打ちをしたんだえ」
33年も前なら、ベガス聖はまだ発言権もない年齢だったのかな。
このマリージョアには外の世界とは違う常識があって、その中にいながらベガス聖は私と違わない価値観を捨てずに生きてくれてる。
ベガス聖が今もこうして天竜人として生活出来てるってことは、きっと当時この人はそれを止めなかった。
いや止められなかったのかもしれない。
でもベガス聖がそれを悔いている事は、言葉で聞かなくてもすぐにわかった。
「驚いたけど…ドフラミンゴが元天竜人で、壮絶な過去があることは分かった、けど!それ今回の件と何か関係ある?」
「大有りだえ!!考えてもみるえ!ウイは天竜人の中でも変わり者と名高いこの私の!お抱えの職人だえ!奴隷じゃなく!!」
ベガス聖…変わり者の自覚あったのか。
しかも自分で名高いとか格別な形容詞まで付けちゃったよ…。
唾が飛びそうな程凄い勢いで捲し立てて来るベガス聖に面食らいつつも、友人の新たな一面の発見だ。
「面白いと思う訳がないえ!!自分をそんな目に合わせた父親と同じ風変わりな天竜人が!自分だけ悲惨な目にも合わずのうのうと暮らしてる!!」
昂った気持ちはそれだけで収まらないのか、ガクガクと揺さぶって来るベガス聖は凄く動揺してるみたいだった。
「そんな私も、その私に特別扱いされてるウイも!あの男からしたら何もなくても気に食わない存在の筈だえ…」
「うーん…なに考えてるか読めない人だなーとは思ったけど、何かそれは違う気がするなぁ」
思い返すのは、一緒に食事をした時のその人。
底知れぬ“ナニカ”…闇のようなものは確かに感じた。
その正体が今分かって、なんだかスッとした気分。
どちらかと言えば、私はドフラミンゴに嫌悪感よりも好意に違いものを抱いた気がする。
カリスマ性って言うのかな。
自分が感じてたよくわからない感情や理を上手く言葉で表してくれるって言うか、一見傍若無人そうに見えて筋が通ってるって言うか…。
でもそっか。
ドフラミンゴも形は違えど父親のせいで人生を狂わされた人。
あの人も父様を恨んでる私の気持ちを、エースと同じように理解してくれる人だったんだ。
「他の人間より殊更酷い目に遭わされるに決まってるえ!!とにかく!誤解が解けるまでウイはこの屋敷から出たら駄目だえ!!」
「わ、分かった!ごめんありがとう」
私の返事を聞いてほっとしたのか
ふにゃりと表情を緩めたベガス聖がシュトーレンにクリームチーズを乗せてかぶりついた。
「おお!流石ウイだえ!これは合う!」
「熟成させたお酒もドライフルーツもナッツも、全部クリームチーズと相性良いんだから合わない訳はないでしょうよ」
笑顔に戻ったベガス聖にほっとした。
でもね、沢山の情報が一気に入ってきて
処理が追い付かない。
シュトーレンのクリームチーズサンドを頬張るベガス聖があまりにも美味しそうで
私も一つ頂こうと手を伸ばせば…
「ローがね、今日ドフラミンゴと取引で顔合わせるみたいで。その時誤解解けてそうだったか状況聞い──「ハァッ!!?なんでローがあの男と取引…このタイミング!!まさか今朝の新聞とは何の関係もないえ!?」
またしても珍しくベガス聖が大声をあげた。
なんだ今日は、騒がしいな。
「今朝の新聞?あれね、ローのせいみたい。ローがドフラミンゴの七武海脱退を条件に大事な人質返すって──「すぐ!すぐ止めるえ!!あんなの嘘っぱちだえ!!ドフラミンゴは七武海なんて辞めてないえ!!!!」
なん──だって…?
「え、それどういう──「早く!!早くローに連絡するえ!!今日の午後3時…あぁ!もう出てるえ!!今朝の件が誤報だったと号外が出るえ!」
なんで先にそれを言わないんだと責め立てられて
確かにそんな状況ならそっちを先に伝えれば良かったという後悔が襲ってくる。
誤解されてる話を説明した時も、なんであんなにはしょりまくった説明をしちゃったんだろう。
バックの中から出したでんでん虫をダイヤルする手が、焦りと動揺で信じられないくらい震えてた。
ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる
ローを呼び出すその音は、鳴り続けるだけでローを出してはくれない。
ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる
「出ない…!!どうしようベガス聖!!」
「あー!!!もう!!なんでローがドフラミンゴなんかに喧嘩売るんだえ!!?」
涙目で受話器に耳を押し当てる私と
髪を掻きむしって発狂でもし出しそうなベガス聖。
そうか、私はローとドフラミンゴの因縁の件もベガス聖に話してなかった。
あまり吹聴して回るような事でもないし、寧ろパーソナルな問題。
でも
「お願い…!!出てよロー…!!!」
こんなことになるならもっと前から、話をしておけば良かったって
ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる
声が聞けないだけで、悪い想像ってこんなに物凄い勢力で広がっていくものだったって
…二年ぶりに思い出した。