16-48
ローが出てくれなくてもいつまでもでんでん虫を鳴らし続ける私から、ベガス聖はそっと受話器を取り上げて通話を切った。
「時間まで指定して号外出す位だえ。今が丁度取り込み中かもしれないえ。──邪魔したらダメだえ」
私、そんなことあり得ないって思いながら
最悪の展開を想像してしまってる。
ローは凄く強いし策略家。
私がさっきまでそこまで心配してなかったのは、ローが状況と今後の動きを教えてくれて
それが不可能ではなさそうだったから。
ドフラミンゴが本当は七武海を辞めてない?
じゃあドレスローザの国王も?
それってつまり、──取引が成立してると思ってるローは騙されてるってことだ。
騙されてるってことは
ドフラミンゴはハナからローの要求なんて飲む気もなくて、ウィークポイントにもなってるシーザーはローが連れて来てくれて
それさえ取り戻せばドフラミンゴに怖いものなんてなくて…
「ウイ、落ち着くえ。一段落した所であっちから連絡が来るかもしれないえ。そういう状況ならあと2つ、話しておかないとならない事があるえ」
呆然と能面ヅラの虫を眺め続ける私を、ベガス聖か揺さぶった。
心配そうな顔。
きっとこんな顔になっちゃう位、今の私は酷い状態なんだろう。
「な…に?」
「1つ目。私達天竜人、世界貴族は元は世界各国の国を束ねる王族だったえ。それがある時期を境にマリージョアに移住し、“神”だとかふざけた事を抜かすようになったえ」
それは、聞いた事あるかもしれない。
前半の海のアラバスタだけは当時の王族が残ったって。
本当なのかどうかは調べようもなかったけど、有名な噂だ。
「それで?」
「ドンキホーテ一族がマリージョアに昇る前に治めていた王国こそが、──ドレスローザだえ」
「!!!?マジか…それはびっくり…」
ドフラミンゴがいつからドレスローザの国王をやってるかは知らない。
けど、その前…ドフラミンゴのご先祖様がマリージョアに行ってからそれまでの間に
国を治めていた王様が別に居た筈。
「前の国王様は…?ドフラミンゴより前の」
「行方不明だえ。──噂によれば、酷い国王だったとか。ドフラミンゴが国と国民を救ったと聞いてるが、怪しい臭いがぷんぷんするえ」
ふーん。
でもそっか。
何の所縁もない国じゃなかったんだね。
「それともう1つ。これはいくらウイでもぼんやりとしか言えないえ」
「良いよ?寧ろごめんね」
眉を下げ目線を泳がせるベガス聖は、もごもごと口ごもりながら2つ目の“知っておいた方が良い事”を話しだした。
「今回の誤報、七武海なら出来る芸当とかではないえ」
「なんか、そんな気はしてたけど…ジョーカー?SMILEとか、そういう密売関係で世界政府にコネでもあるの?」
ベガス聖はふるふると首を横に振って、逆だと答えた。
逆?
コネの逆?
「ドフラミンゴは世界政府が擁する、とある兵器の秘密を知っているえ」
「…あの、ちょっと待って。それ話して良いとこ?なんとなく言っちゃまずいのそこなんじゃないかなって、思わなくも、ないんだけど」
政府とか、兵器とか、私みたいな庶民が考える規模を軽々越えて来た。
でもそれを知ってるらしいドフラミンゴは、やっぱりそれなりのヤバい相手ってことだ。
「…と、とにかく!天竜人は当時のドフラミンゴには強く出られたものの、“今の”ドフラミンゴには強く出られない、弱味を握られてる状態なんだえ!」
「…だからあんな世界中を巻き込んだ大嘘ぶっこけたのか」
こくこくと頷くベガス聖には、これに関してあんまり突っ込まない方が良さそうだ。
興味がない訳じゃないけど既に喋り過ぎてる感満載だ。
これ以上機密事項を話されたら、ベガス聖の身が危い。
「一個だけ確認。…ローから連絡来たらさ、それは教えちゃっても大丈夫なことなの?」
「その為に話してるえ。あの男がドレスローザを選んで国王に君臨した意味も、いざとなれば世界政府を使える立場にあることも。知らずに挑めば大火傷するえ」
確かに。
私、今少しぞっとしてる。
ローにバレずに誤解の件を上手く利用してドフラミンゴ錯乱作戦をもし実行してたらって。
ヤバい相手だとは思ってたけど
ヤバいの規模が根本的に違かった。
これはヤバい。
「教えてくれてありがとね。…ベガス聖ってここで美味しい物食べて暮らしてるだけかと思ってたら。頂上決戦の時もそうだったけど結構情勢とか詳しいよね」
「基本美味しい物食べて暮らしてるだけだえ」
ニヤリと笑いながらマカロンを口に放り込むベガス聖は
思春期の悪ガキが人助けしたのを隠そうとしてるみたいな、そんな風に見えた。
「──ふぅ…」
ベガス聖のお屋敷の客間、前も使わせて貰ってたその部屋のベランダで
空を見上げて出てきたのはため息。
心配してたって、今度こそ何も出来ない。
そしてそれは今私の手の届かない場所で起こっている。
全然元気なんて出ないけど
いつも迷惑しかかけない私の為に今回も力になってくれて、心配してるベガス聖の前で落ち込む訳にもいかない。
空元気を装ってお茶会をやり過ごして
満腹になったからお昼寝するらしいベガス聖とは一度別れて部屋にやってきた。
胸の奥がざわざわする。
きっと、──何もなかった訳がない。
今日聞いた話の中で、思うところは沢山あった。
ドフラミンゴが私にした話は
彼の過去に起きた出来事と、私の過去を知っている前提に考え直せば色々と含まれる意味が違って来るように思える。
そしてその上で私が裏で糸を引いていると思い込んでるなら…どう思うんだろう。
どちらにせよ、勘違いがなかった時よりも更にドフラミンゴが怒ってる事には違いない。
──無事だと良いけど…
まだ太陽は沈まない時間帯。
私の話を聞いてくれるお星さまが出てきてくれるのはまだまだ先。
大事件が起こっているだろうドレスローザも、新世界側なのはわかるけど方角なんて分からない。
それでも、話しかけずにはいられなかった。
願わずにはいられなかった。
「ねぇエース。ローがそっちに行ったら嫌でしょ?仲良くなかったし」
また自分の我儘で理不尽な願いを正当化する為の言い訳。
違う。
我儘で良い。
理不尽で良い。
だから───
「お願い、エース……ローを守って…」
組んだ指、合わさる手のひら。
そこに込める願いはただ一つ、ローの無事だ。
水平線の彼方のドレスローザできっと大変な目に遇っているその人がどうか無事であることを
想像してしまった最悪の未来が実現しないことを
ただただ願って目を閉じた。
『っとに…仕方ねぇな』
一筋の風が、背中から海へ向かって駆け抜けていった。
もしも願いが風に乗って届くなら、今の風がどうか
ドレスローザへ届きますように。
ウイの願いが籠った八重の潮風は、遥か遠くドレスローザへと届く。
風と共にやってきたのは、果たして“願い”だけだったのか。
風に聞いてみたならば、きっとこう答えるだろう。
『別に頼まれたからやってる訳でも不能野郎の為でもねぇよ。俺は俺の為に必要だから来ただけだ』と。
その割には、すぐ傍にあるドレスローザ本島のコロシアムで
大切な兄弟達が感動の再会を果たそうというのにこちらに直行とは…。
まぁ、弟はともかく兄の方は戦力も人柄も便りがいのある人物。
本人もそう言っている。
そういう事にしておこう。
風の辿り着く島、グリーンビット。
そこでは丁度、ウイが伝えようとしていた話を直接ドフラミンゴから聞くローの姿があった。
ローを捕らえているのは藤虎。
岩を用いて攻撃してくるこの男の能力の正体は“重力”。
物を標的目掛けて飛ばすのも、宇宙から隕石を落とすのも
こうして人に直接重力をかけ、逃げられぬよう捕まえておくのもお手の物。
「じゃあやはりおまえは“天竜人”だったのか…!!」
「…“だった”というなら正解だ。今は違う」
ウイがベガス聖から受けた説明よりも、その話は荒削り。
「“血”とはなにか…!?“運命”とはなにか…!?俺程数奇な人生を辿っている人間もそうは居るまい…!!」
その詳細を酒でも飲みながら聞かせてやりたかったと笑うドフラミンゴは
捕らえたローは置いておき、同盟相手である麦わら一味を“処理”しに行くと話した。
あれを舐めてかかって痛い目を見たヤツラが、過去には数知れずいるからと。
丁度その時──
藤虎が何かに反応したかのように見えぬ筈の目を空に向ける。
「どうした藤虎」
「…いえ何…海の方で雷鳴が聞こえたもんで…空色はどうですかい…」
目が見えぬ分、他の感覚は研ぎ澄まされる。
香りや気温、そして音や気配も。
「雷……?」
空は晴天。
ドフラミンゴの物言いに、雷等落ちようのない天候なのだということを察した藤虎が
雲行きを読み誤るとは歳をとったものだと黄昏た。
常人には聞き取れぬ雷の報せ。
地面が軋み陥没する程に重力をかけられ捕らえられているローはこの条件から一つの可能性を弾き出した。
快晴、海、雷鳴。
パンクハザードでベビー5達を捕らえる際、ナミが雷を自在に操る場面をこの男はしっかり見ている。
──サニー号は近い。
「おーいジョーカ〜〜!!奪い返してくれたんなら!!くれよ!!早く!!心臓心臓!!」
ローと藤虎の戦闘は岩石の飛び交う熾烈な争いであった。
もうとばっちりはないだろうと踏んで、茂みから出てきたシーザーが我先にと命の要の返却を要求する。
ローから取り上げたキューブ入りの心臓。
それは今、ドフラミンゴの手の中でドクドクと脈打っていた。
「それがシーザーのものだと言った憶えはねぇぞ。…“ルーム”!!藤虎──しっかり重力かけときな、俺が逃げるぞ。…“シャンブルズ”!!」
散々人質に使っていた物が紛い物とは、この男も中々に悪どい。
そして逃げ出す前にわざわざ宣言とは…。
消えたローの体の代わり現れたのは、頑丈な岩石。
逃亡者の身代わりに重力を受けるそれは、ビキビキとひび割れを起こし
ものの数秒で粉々に砕け散った。
結果逃げられてしまったとは言え、人一人を捕らえておくのにこの重力。
一応ローに逃げの選択肢を与えた割には、藤虎も随分と容赦がない。
「ぎゃあああああぁ!!!ジョーカ〜〜!!助けて〜〜!!!!」
「!!まだそんな力を!!ロー!!!」
「…何とも往生際の悪ィこって……」
のこのこと姿を現してくれたシーザーを回収し、ローは逃げる。
先程張ったルームの範囲は広大。
その片隅で、ローはサニー号の位置を捉えていた。
ドフラミンゴから極力離れた、そして敢えて視界にギリギリ入る場所の何か。
それと己の体を入れ換え、全速力で向かう先はサニー号とは反対側のドレスローザへ続く橋。
「手間取らせんじゃねェよ小僧!!!逃げ場等なかったろ!!!?」
瞬間移動で逃げるローにも劣らぬ速さで追い付いて来るドフラミンゴはやはり脅威。
ローは“自分が”ドフラミンゴから逃げ切る気等ない。
これは追い付かれるべき算段。
──しかし、
「きゃー!!」
「海に何か居るぞー!!」
遠くで聞こえた悲鳴は、無情にもローの作戦を狂わせた。