16-52
薄暗い空間。
地に足はついておらず無重力かのように漂う体。
そうだ…
俺はドフラミンゴを足止めするつもりが、結局ヤツのドレスローザへの侵入を許し──そして撃たれた。
これは…死後の世界ってヤツで
俺は死んだんだろうか。
意識を失う直前
周りの民衆の悲鳴に混ざって聞こえた麦わら屋の叫び。
そして撃たれた傷口が焼けるように熱を帯びたのと同時に感じた、人肉が焦げる臭い。
火を発するような可燃物はなかった。
しかし記憶が確かなら、俺は止血もままならず意識を飛ばした筈。
本当に傷が焼かれたのなら、余計に血を失わずに済んで助かった。
13年、ずっとドフラミンゴを討つ為だけに生きてきた。
それが俺が“生かされた理由”。
俺を守って死んだコラさんの無念を叶える、ただそれだけの為に。
だか結局──
どんなに鍛えても
どんなに強くなっても
オペオペの実を使いこなし
覇気を習得しても
あの男には敵わねェと、…つまりそういう事か。
俺があの時死ななかった意味は
生かされ生きてきたこの年月は
一体何だったんだろう。
こんなの何の意味も、価値もねェじゃねぇか。
『諦めんのか?不能野郎』
直接頭に響いてくるどこか聞き覚えのある声に、眉間に皺が寄る。
──誰だ?
どこに居る。
辺りを見渡しても、そこにあるのはどこまでも続く闇。
視認も出来なきゃ気配も感じねェ。
でも確かに聞こえた。
不能野郎が何の事かは知らねェが、俺を指す言葉で尚且つそれは胸糞悪いもの。
そしてさっきの声の主を俺は嫌いで仕方ねェ事は確かだった。
『何だ見込み違いか?お前にしか任せらんねェと思ったからわざわざ来たってのに』
──俺はこの声を知ってる。
誰だ?
『お前の仇討ちなんて俺は知らねぇよ、だがな。アイツはどうすんだ。手ェ出すんじゃねぇとばかりに威嚇してた癖に──結局良いのは威勢だけか?』
おまえは誰だ。
アイツって、誰の事を言っている。
『────』
急に闇が晴れて、辺りが明るくなった。
次に視界に入ったのは、目の前の王座にふんぞり返って座る、──ドフラミンゴだった。
「やっと目を覚ましたか、死んだかと思ったぞ」
「悪かったな、しぶとくて」
ニヤニヤと笑うこの男は、中々目覚めに悪い。
辺りを見渡せばそこは王宮、しかも王座のある間らしく
設えられた四脚の椅子の内1つに俺は拘束されていた。
「生きてンなら聞きてェ事がある。おまえが寝てる間にどうも状況は変わったみたいでな」
クラブ、ハート、スペード、ダイヤ。
それを模した椅子の内、俺が座らせられてンのはハートのそれ。
ここは以前はコラさんが座っていた、いずれ俺が座る事になる筈だった席。
俺が座らされて文句言うヤツがいねェって事は、今ここは空席なんだろう。
「だがまずはおまえとロレイシルの娘、そこの関係をハッキリさせておこう。おまえが黒幕、それはあってンだよなァ!?」
「…」
ロレイシルの娘…?
あぁそう言えばカイドウへの酒の引き渡しの時
ベポはウイが昔、ヒューマンショップへ売られかけた話をしてやがった。
あそこもこの男の商売だ。
売ろうと持ちかけた父親をドフラミンゴが覚えていたとか言っていた気がする。
「何か目的があの女にあって俺に楯突いたのなら、それはそれでスケールのでけェ話だ…!!だが違うんじゃねェか…?問題は、それが“どこから”かって事だ」
「──返答によってはおまえは困ると、そういう認識であってンのか?」
目に見えて苛立っているドフラミンゴはなぜそこまでウイに拘るのか。
ウイが主導で黒幕かと勘違いしてンのかと思えばそれはどうも違ェらしい。
「口のきき方には気を付けろクソガキ…!!あの女のおまえへの協力はパンクハザードから始まった、それで合ってンだよなァ!!?」
「…」
既にぶちギレさせてンだ。
今更機嫌を取って何になる。
俺がもう用済みならば、オペオペの実を果実化させる為に意識のない内に息の根を止められていた筈。
それをしねェってことは
この男はまだ、生きてる俺に用があるという事。
それがこの事情聴取なのかは知らねェが。
答えねェ俺から情報を得やすいように
オープンクエスチョンからイエスノーの二択に絞ってまで聞きてェ事。
──ドフラミンゴは
パンクハザードより前から俺の野望実現の為の某かにウイを協力させていると困る、と。
つまりはそういうことか。
だがなるほど。
確かにそれもそうか。
酒は口に直接入るもの。
SMILEが何とかなったところでそっちで何かやらかされてたら困ると、そういう危惧だろうか。
向き合うつがいのでんでん虫もバレなかったようだし、禄なチェックも通さず酒を卸してたんならそれも納得出来る話。
決めつけは良くねェが
これで当たりな気がしてならねェ。
──だとするなら、どう答えるのが有効か。
「他にも聞いておきてェ事なら山ほどある。おまえの言い分を聞くなら、狙いは“SMILE工場”…それだけの筈だ」
親指の爪を噛みしめ面白くなさそうなドフラミンゴのこの様子を見ると
俺が意識を失ってる間に麦わら屋達はそれ以上の事をやらかしたらしい。
指示した事はやらねェ癖に、それ以上の事はすんのか。
相変わらず読めねェ連中だ。
「それがなぜ、麦わら達とグリーンビットの小人達が繋がってる!!?どうやって地下に侵入した…!?」
小人…?
グリーンビット…地下…そのような事をニコ屋が言っていた気がする。
「なぜ“シュガー”を狙う…!!?偶然でなけりゃあ…奴らこの国の闇の根幹を知ってる事になる…!!!」
シュガー?
ドレスローザの闇の根幹?
「答えなさい!!若が聞いてんでしょ!?ロー!!」
パン!
急に横から頬に打撃を受けた。
平手打ちをかましやがったのはベビー5。
両の手を繋がれているからされるがままではあるが、なんでおまえごときに殴られなきゃなんねェ…!!
ふざけんなという意を込めて横に立つ女を睨み上げた。
「………!!!」
「泣くならやらなきゃイイだすやん。昔のまんまだなお前ら」
途端にめそめそ泣き出しバッファローに泣き付くこの女。
昔から変わらない。調子に乗る割にすぐに泣く。
後先考えらんねェ頭の悪ぃ女。
それはさておき──
「言った筈だ。あいつらと俺とはもう関係ねェ…同盟は終わってる。おまえの言ってる事は俺にはほぼ理解出来ねェ…」
全く覚えのない話ではねェものの、今報告された麦わら屋達の動きは当初決めていた作戦にはなかったもの。
知らねェモンは知らねェと答える以外やりようがねェ。
「ならばロレイシルの酒職人の件はどうだ。あっちは関係なくは…ねェんだろ?」
「──さてどうだかな。おまえも少なからず本人を知ってンだろ?周りが言って素直に従う女じゃねェよ」
なんとなく見えて来たとは言え、ウイの件も現状のドレスローザに関しても情報が少なすぎる。
これは下手に煽らねェ方が懸命か。
「SAD工場の破壊と、俺がそれを追えねェように止める最適なストッパー。両者が同じ時期に行動を起こしどちらも同じ女に繋がっている…そんな偶然普通あり得るか!!?」
確かに青雉がパンクハザードに居たと聞いたときは俺も驚いた。
二年前、丁度あの島を氷とマグマに包まれる地獄島にしやがってから
ピタリと消息の掴めねェ元海軍大将。
本人もそう言うぐらいだ。
俺達を追おうとしたドフラミンゴを青雉は止めてくれたんだろう。
「現に起こったなら有り得たんだろうよ。俺が頼んであの島まで送らせたのは事実だ。──だが青雉の方は恐らくウイの差し金じゃねェ」
実力と立場から言っても、青雉はこいつを止める役目としては最適。
そしてその任をこなせる人物など他に何人存在するだろう。
──計画的に配置するとすれば、の話だが。
「パンクハザードの件はもう良い。いつからの行動がおまえの指示かと聞いている…!!」
「…アイツはこの計画に関与してねェ。それを聞き入れる気がねェ時点でおまえは一生真実には辿り着かねェよ」
ドカッ…バターンっ!!!
足置きに使っていた設えの良い椅子は、沸点に達したドフラミンゴに蹴り飛ばされた。
腹を立てるのは勝手だが俺は今錯乱させる為に答えてる訳じゃねェ。
全て事実、それを受け入れるか否かはそっちの問題だ。
サングラス越しでも、あの凶悪な目が俺を睨み付けている事は容易にわかった。
「フン…!!こんな尋問ヴァイオレットがいりゃあ瞬時に真実を見抜けるんだが──それともお前の差し金って事もねェよなァ…“リク王”!!」
視線の先が、広間の片隅に血を流し拘束されているジジイに移った。
ファミリーにしては知らねェ顔だとは思っていたが──“リク王”だと?
リク王は確か、ドフラミンゴが治める前のこの国の王族。
…生きてやがったのか。
「今日はお前の一族の行動が目に余る…ヴァイオレットにしてもお前も孫も…一体何の記念日だ?」
「──貴様が今朝とった行動は、この国の全てを諦めるのに余りある事件だった!!…それだけだ」
俺はもう警戒する必要がねェ相手って事なんだろうか。
ドフラミンゴは結構な情報をベラベラ喋りやがる。
聞けばあのジジイ…リク王とやらは悪魔の実欲しさに元国王自らコロシアムに出場したらしい。
そしてそれには孫娘も出ているらしく、そっちの方は未だ勝ち残って決勝へ進出。
そこに併せて裏切りの一報が入った“ヴァイオレット”。
あれもリク一族の女だ、と。
「…フフフッお前はそうか。たが“ヴィオラ”は違う…!!あいつは計算高い女だ…!!“賭け”に出たのさ!!」
…なんだ?
この流れだと“ヴァイオレット”と“ヴィオラ”は同一人物か…?
こんな事ならあの夜、名ぐらい聞いておけば良かった。
しかしあの遠方を覗ける女の能力、そしてあの時俺に接触した意味…。
「──この俺に楯ついてきた期待の新人“、七武海”トラファルガー・ローと凶悪な血筋を持つ2年前の“時の男”、モンキー・D・ルフィの海賊同盟に俺が破れる事を望んでやがる!!!」
黒脚屋を“覗いて”こっちの作戦を炙り出そうとしていた。
尋問も不要で瞬時に真実を“見抜ける”。
覗けるのは実際の風景だけじゃねェと仮定する。
あの女が“ヴィオラ”で“ヴァイオレット”、そして幹部でありながら元王家の一族で
隙あらば反逆を考えていたとすれば…すべてに筋は通る。
ドフラミンゴに怨恨のある俺の、ヤツの取引相手を炙り出す企み。
今日俺らがドレスローザに接近、上陸した事。
それらをこの男へ報告せずに、更には黒脚屋にあっちの情報を流す。
…完全なる利害の一致だ。
“ヴィオラ”の目的は俺の目的に合致していて、更にその目的への動機が明確で揺るぎない。
この仮説が合っていたのならば、それは想定以上のプラス。
麦わら屋達も何やら動いていたようだし──
諦めるには早そうだと、ルームを張れるか確かめたものの
やはり両手首を椅子に拘束する鎖は海楼石。
流石に普通の鎖で俺を繋いでおくなんて無意味な事はしねェか…。