5-3



「ということで。ちょっとウォーターセブンまで行ってこようと思います」
「はぁっ!?ウォーターセブンってマリージョアの方だよな?ンなとこまで乗せてくのかよ」


もう何だかんだで毎日来てる気のするブラーヴェの事務所。
今日はカレンが受付当番らしくて、事務所にはいないみたいだった。


目的地がウォーターセブンに決まって、本格的にブラーヴェに加入するのはまだ先になりそうな事を報告に来たんだけど
予想通りだけど、アオイは不満そう。


「まあそれを伝えに来る時点で、私たちが何を言っても聞かないんでしょう?」


やれやれとソニアが肩を竦めた。
まだ知り合ってそんなに経ってないのに、ソニアは私の事を物凄く解ってる。
解ってくれてる。


「ごめんなさい。時間かかっちゃうと思うけど、頑張って商品改良しながら大人しくしてる!」


最初は話すだけでも緊張してたのに、ソニアとも大分打ち解けた。
それなのに離れてしまうのは少し寂しい。


「海賊なんてほっときゃ良いのに」
「明明後日にはもう出航?」


ぶすっと頬を膨らましてるアオイの機嫌はもう今日は直りそうになくて
ディゼルは残念そうに眉を寄せてた。

ディゼルは藍色の髪と同じ色の瞳を持つ、落ち着いた好青年。
同じ酒職人のディゼルはお家が酒造業をしてるみたいで、教えてくれる本格的な知識は凄く勉強になる。

温度管理や発酵期間、厳密に管理されたディゼルのお酒は洗練されてるっていうか
飲んだ瞬間ただ美味しいって感じた。

味がどうとか香りがどうとかよりも…なんて言うのかな。
丁度良いんだ。
バランスが良い。

飲む人に考えさせる間を与えずにただ美味しいを突き付けるディゼルのお酒は
あれこれ特徴を加えたがりがちな私に衝撃を与えたんだ。


「用がなくても良いからたまには連絡してよ?」


そんなディゼルの嬉しい言葉に勿論って返事をすれば、優しい笑顔が返ってくる。
職人としてだけじゃなく、ディゼルのこんな優しい所も凄く大好きになった。


「ウイ、これ前言っておいたものよ」


そんな中ソニアに渡されたのは一枚の紙切れ。
特に何が書かれている訳でもないそれを、なんだろうって眺めてたら
それは小さくだけどソニアに千切り取られた。


「これがビブルカードよ。これで私たちはあなたを見つけられる」






ソニアが千切った紙切れを机の上に置くと
それは私のいる方向へと引き寄せられるように、少しずつ動く。


「不思議ー。凄いものがあるんだねー」
「信頼したヤツにしか渡すなよ?便利だけど悪用されたら危ねぇし」


アオイは机の上の私のビブルカードを千切ると、俺も貰っておくってベルトにぶら下がるポーチにそれをしまった。

こんなただの紙切れにしか見えないものが、広い海で人と人とを引き寄せ合う。
凄い大事な物らしいんだけど、あまり実感が沸かないままバックにそれをしまった。

居心地は良いんだけど、あんまり長居しても皆の仕事の邪魔になる。
出航日に見送りに来てくれるっていう皆の申し出をありがたく受け取って、ブラーヴェの事務所を後にした。







「ただいまー」
「…おかえり」


戻ったフリーウィングのリビングでは、ローがコーヒーを飲みながら新聞を読んでた。


「皆は?」
「出掛けた」


居ないらしい皆をちょっと残念に思いつつも、もうすぐ出航だし島を満喫してるんだろうなって思った。
キッチンにはローが淹れたらしいコーヒーの残りがあって、それをカップに注いでローの隣に腰を降ろす。

新聞を読んでるローは文字を追う目が前後左右に動くだけで、他の部分は微動だにしない。
目の動きに合わせて揺れる睫毛が驚く程長くて、そういえばこの人男の人の癖にとんでもなく綺麗な顔してるよなって
そんな事を思いながらコーヒーを啜った。


「なんだ」
「え?」


観察し過ぎて凝視してしまってて、それが気になったらしいローの視線が新聞からこっちを向く。


「…どうした」
「どうもしないけど。ただ見てただけー」


胡散臭そうに顔を顰めるローが、ため息をついて再び新聞に目を落とした。

ローは毎日新聞チェックしてる。
初めて新聞を見ているローを見かけた時
何にも縛られないイメージだった海賊も、意外とご時世に関心があるんだって
実は衝撃を受けたな。

あの頃はまだ、警戒しまくりのローは常にピリピリしてた。
でも今は大分気を許してくれてると思う。


我が道を行くようで意外と空気を読むこの人に、相変わらずよく見られてる気はするけど
そこにチクチクしたものは感じなくなったから。





なんだ、さっきから。


ブラーヴェから帰ってきたウイは、コーヒーを片手にリビングで寛いでる。
寛いでいるというより、見られている。

他のクルーが出掛けている今、俺とウイは二人きり。

近くにいるのを嬉しく思う気持ちは確かに存在するものの、無言でここまでガン見されては居心地が悪い。
なんで見てんだと聞いても、なんでもないと答えるこの女はやはり謎。

部屋に戻ればこの訳の解らぬ視線から逃れられはするが
それをしないでいる自分がいる。


かと言ってこの謎に居心地の悪い状況を打破する方法は思い浮かばず
そんな場所にすら身を置きたいと思うこの恋愛感情というものの不思議に直面した。

元から少し変わったヤツだ。
ウイは特にこの居心地の悪さを感じてはいないようで
普段煩ぇ程に喋る癖に、今日は静かだった。

ただ見られているというこの状況は、正直照れる。
人の顔をじろじろ見ながら、こいつは一体何を考えているんだろうか。

頭に入って来ない文字に限界を感じて突き刺さる視線の元を辿れば
当然の事ながら視線は絡まった。


どくん


予想はしていたものの、それに反応を示す心臓に
ああやはり自分はこの女を好きなのだと実感する。


「なに?」
「別に」


自分の行動を棚にあげて、何の用かと聞いてくるこの女の頭の中身はやはり不可解。
気のきいた言葉で会話を広げられない自分にも嫌気がさす。

会話もなく見つめ合うだけの状態に
ウイは首を傾げながら親指で顎を支え、下唇に人差し指を押し当てた。


「お前それ、癖か」
「え?」
「その手」


ウイはその格好のまま視線を手に落とすと
本当だ、と自分の行動に驚く素振りを見せる。

こんな些細な事に
本人の自覚のない癖に自分が気付いた事に、気分が高揚した。
誰よりも自分が#Name1#を知っている気になった。


そういえばやってるかもと相変わらず癖を発動しながら唸るウイに
口下手な自覚はあるものの、この機会を生かしたい気持ちが芽生える。


「お前の話を、聞きたい」
「…どうした急に」


やはり突拍子がなかったかと思いつつも、それは事実。
ウイが戸惑った原因がただ驚いただけではなかったことを
この時はまだ、知らなかった。




「いや話すのは良いんだけどさ、何話せば良いのよ。ネタ!ネタ頂戴!」


餌を与えれば飛び付くらしい。
すっかり普段通りのよく喋るウイに戻った所で、実際聞きたいことを考えた。


何でも、と言えば簡単だが
話す方としてそれは困るんだろう。


「好きなものとか、色々あんだろ」
「んー、食べ物だったらりんごが好き!あとお酒も好きだよ?知ってると思うけど」


彼女がシードルやアップルブランデーをよく作るのは
りんごが好きだったかららしい。
酒好きなのは、よく知ってる。


「そういやお前ザルなのか」
「ザルって全く酔わない人のことだっけ?何杯か飲めばふわふわして来るし、飲みすぎると眠たくなるから違うんじゃない?」


認識出来ていなかっただけで、#Name1#もある程度は酔いが回るらしい。
疑問に思っていた事を口にし、その返答がすぐ返ってくるこの時間は
思っていた以上に楽しい。


「あとね、紅茶はアールグレイが好き!コーヒーも好きだけど。好きな色は白とかアイボリーとかかな」


ウイが好きだと言うものは、この船で見かけるものばかり。
自分の船ならそれも当然なんだろうが、改めてそれがそうであった理由を知れた。


「ローは?」


話を聞きながら、船の中からまだ知らぬ#name1#の手掛かりを探れないかとそれを探してしまっていた。
名を呼ばれた事で我に返る。


「おにぎりと焼き魚が好きだな。パンと梅干しは嫌いだ」
「じゃあ梅干し入りのおにぎりは?」


それは好きと嫌いの掛け合わせ。
だがしかし


「嫌いだ」
「めんどくさっ!」


子供みたいとけたけた笑うウイに、そうだろうかと気恥ずかしさが沸く。
だが嫌いな物は嫌いだ、仕方ねぇ。


その後もウイはあれも好き、これも好きと話し続け
そんな和やかな時間はクルー達が帰ってくるまで続いた。




「おいロー!お前らウイに迷惑かけてんだからしっかり護衛しろよ!」


あっという間に日は巡り、ルンルンバースを出航する日になった。
船着き場にはブラーヴェの職人達がウイの見送りに顔を出す。


アオイは生意気だ。
聞けばウイと同い年らしい。
言われなくともそのつもりでしかない事を年下のガキに言われたくらいで苛立つのも、"嫉妬"なんだろうか。


「じゃあまた!お見送りありがとね!」


船縁で別れの挨拶を交わすウイの後ろで出航準備は整い、そろそろ船を出す寸での所で
ソニアに声をかけられた。


正直あまりこの女は得意じゃねぇ。
というより、先日だせぇとこ見られたせいで気まずい。
関わりたくねぇ。


かと言ってウイの手前それを無視することも叶わず、仕方なくソニアの方へと足を向けた。

そこで急に掴まれた胸ぐら。
不測の事態に体勢を崩すと、耳にソニアの声が直に響く。


「話したこと、忘れないでね。…意外と甲斐性ないみたいだから」


耳に痛い言葉と、そう取られても仕方のない己の状況。
中々に胸を抉る言葉を吐いた本人を凝視すれば、その顔は普段取りの笑みを張り付けていた。


「いってらっしゃい、お元気で」
「…あぁ」


やはり、この女は苦手だ。


首を傾げるウイに行くぞと用が済んだ事を知らせ船を出した。
ヤツらが見えなくなるまで、ウイはずっと手を振っていた。


「キャプテンさっきの良い女誰?」


そんな中シャチとペンギンがソニアに関心を示す。
常日頃女の尻を追いかけ回すコイツらにとって、確かにあの女は興味の対象だろう。
見てくれは確かに良い。


「なんか良い雰囲気だったじゃん」


ほっとけという意思表示で不機嫌面を張り付け無言を貫けば、それを察したペンギンが拗ねたように不貞腐れた。


良い雰囲気どころか、罵られ釘を刺された。


「確かにローとソニアってお似合いだね!二人ともミステリアス美人!」
「っざけんな」


思わず結構ドスの利いた声が出た。
流石のウイも目を見開いて固まっている。

ああいうのは好みじゃねぇと吐き捨て、その場から逃げた。


好みじゃねぇどころか苦手な女と妄想でもくっ付けられるのは本意じゃねぇ。
それがウイになら尚更。




destruct at reality.