17-3




「ここ置いとくよ?」
「ああ、助かる」


既にもう、ローは本を1/3は読み終えてた。
相変わらずこっちには見向きもしないで、目線は文字を追いながらコーヒーに手を伸ばす。


読みたい本を前にすれば、色んな事が疎かになる程のめり込む気持ちは分からなくもないけど
ちょっと酷すぎやしませんか、ローさん。


ふぅ、と大袈裟に付いたため息すらも見事にスルーされて
だからと言ってここで引き下がる訳にもいかないからローの隣に腰を降ろした。







隣に座っても、じっと視線を送っても
気付いてない事はないんだろうけどローは無反応。

そんな態度と沈黙に耐えかねて
恐る恐る、話しかけてみた。


「あの…、お疲れ様…?なんだか短期間で色々あり過ぎて、何て言ったら良いかわかんないんだけど…おめでとう?で良いのかな」
「──結果としては念願叶ってドフラミンゴはブタ箱行きだが…今回は俺一人の功績じゃねェからな」


相変わらずページを捲るペースも落ちなければ、顔すら上げてくれない。
でも、ちゃんと返事は返ってきた。


「嬉しく…ないの?」
「嬉しい、か…。微妙だな。コラさんの意志を継ぐだけならこれで良かったンだろうが…いつの間に俺の願望がそこに加わってた」


この人本当に本の内容頭に入ってるんだろうかって思う位
返ってくる言葉は、なんていうか真面目で。


「願望?」
「いざ本人を前にしたら…俺はコラさんを殺した事を悔いて謝らせたくて仕方なくなった。それが裏目にも出れば正念場で踏ん張る動機にもなったから…結果微妙、だな」


自信家…ともちょっと違う。
ローは今回に限らず、結果を生む為に必要な努力や準備を絶対怠らない。
成功するのが当然みたいな口振りになっちゃうのは自然な流れなのかもしれないんだけど──


「そっか。こうなるまでに何年もかかった事だし、手放しで喜べる状況じゃないのかもしれないけどね。でも凄いなって思うよ。完璧過ぎな位有言実行じゃん」
「世話になった奴らも居る。運も良かった。俺一人じゃこれは、流石に成し遂げられた気がしねェ」


そんなローがこんな、微妙なラインだけど弱気っぽい事を言うなんて…


なんだか正直ね、ちょっと意外だった。






「運も実力の内!助けてくれる周りが居るのもローの人徳だし!普段色んな人に助けて貰ってばっかりの私が言うと何かアレだな…」
「全くもってその通りだな」


最近もまたベガス聖にとんでもなく助けて貰ったばっかりだ。

今回ローを助けてくれたって言う人達がどんな人か分からないから、不確かなこともあんまり言えないんだけどね。
これだけは言えるって事があるとすれば
ローの背中は絶対に、この人に着いていきたいって思える…そんな背中だよ。


「まぁ何はともあれ──ずっとこの為に動いて来た事だ。これでコラさんも浮かばれれば、やっと俺は俺のやりたい事の為に動ける」
「いつもやりたい事しかしない癖にどの口がそれ言うの」













折角心の中では称賛を送ってたのに
衝撃的な一言のせいで唖然とし過ぎてローを凝視してしまった。

流石のこれにはローも視線を上げて睨み返して来たけど、悪いけど全っ然怖くない。


いや、わかる。
わかるよ!
そういうこと言ってるんじゃないんだよね!


でもさ、ローは基本的に何事も譲らな過ぎるから
そんな事真顔で言われると突っ込み待ちなのかなって誰でも思うよ、絶対!!


「──例えそうだとしても、お前にだけは言われたくねェ」
「“例え”じゃないって!絶対そうだって!聞いてみなよ皆に!!」


言ってろって
それだけ言うとローはまた目線を本に戻してしまった。












え、ちょっと待って。


直接ドフラミンゴの話も聞きたかったのもあるんだけど
今話さなきゃいけないのってそれじゃない。 

それなのにローは話は一区切りとばかりにまた本に集中し出してしまった。











このままじゃダメだ!
今日の私はめげない!!


「ローあのね!!…約束、したでしょ?話あるって、聞いてくれるって!」


我ながら姿勢も前のめり気味で、凄い鬼気迫った顔してたと思う。











「…すぐ読み終わる。それまで待ってろ」











はい?











結局ローがそれ以上何かを言ってくれる事はなくて
また沈黙の中でページを捲る音だけが聞こえる静かな時間は過ぎていく。






いやいやローさん
あなたさっきまで…本読みながらでも普通に会話してましたやん。




恨みがましい目でローを睨んでみたけどもやっぱり効果はなくて
言い出したら聞かない人だから、これはローの言う通り読み終わるのを待つしかなさそうだ。

あと残りは1/5くらい?
そんなにはかからないだろうけど、それまで皆のとこにでも顔出してこようかな…


ぬるくなり出したコーヒーを一気に飲み干して


「おわっ!!」


ソファーから立ち上がろうとしたら、出来なかった。












「どこに行く」
「え…読み終わるまで皆のとこに…顔でも、出してこようかなーって…」


結構な力で腕を引かれて、強制的に戻らされたソファーの上。
右手だけで器用にページを捲るローが私の腕を掴む左手を、離してくれる気配はない。


「ここにいろ。すぐ終わる」















ど、どどどどうしよう。















一瞬だけ、目が合った。
その瞬間確実に…心臓は全力で鼓動を打った。


腕を引いたり捻ったりしようとしても、大きなその手はびくともしない。
それに──掴まれてるのが手首。

手首の脈から、この尋常じゃないドキドキがローに伝わってる気がして
恥ずかしいような後ろめたいような何とも言えない気分になる。


これは緊張のドキドキ、他意は…ない。












コーヒーもさっき飲んじゃった。
腕掴まれてるし時間潰しの本も取りにいけない。
ただドキドキしながらローの横顔を見てるしかなくて
最初は落ち着かなくて仕方なかったんだけど…












ふと、これまでの色んな記憶が蘇った。

初めて会った時の、ローだけ明らかにノリが悪かったお酒の席の出来事。
ずっと疑われてて、中々打ち解けてくれなかった最初の頃。

仲良くなれて
沢山遊んで沢山飲んで、沢山冒険して。
楽しい事も死ぬかと思ったことも、怒られた事も泣きたくなる位嬉しかった事も
本当に色んな事があった。




私は本当に、この人の事が大好きだった。




気持ちが霞んだり薄れた訳じゃない。
それよりも大切な人に、気付いてしまっただけ。

大好きだから、今でも幸せを願っているから
だからちゃんと終わらせるからね。






居心地の悪かったこの時間も、ページを捲る終わりへのカウントダウンでどんどん減っていく。


盗み見た横顔はやっぱりとても
──格好良かった。







「──他にこの東洋医学とやらの論文はあるのか」
「あ、読み終わった?それが中々なくて!漢方とか私も興味あったんだけど、独特な植物が原料な事が多くて全然手に入らないの」


掴まれてた手から温もりが消えると、ローはパラパラと本を捲りながら立ち上がった。


「能力者でもない人間の治療法としては非科学的な印象しかねぇが、学問として成立してンなら何かしらのエビデンスがあるんだろうな」
「そいえばワノクニって、ドンピシャで東洋医学とか盛んなんじゃないの?」


次のロー達の目的地“ワノクニ”。
鎖国してるみたいだから外に出回る情報自体が少ないし信憑性も不確かだけど
たまに見かけるワノクニの名品とかは雰囲気そっち系だ。


「漁れそうならその辺も見てくる。…漢方っつったか?具体的に何が欲しい」
「え!?良いの!!?…でもそんな急に言われてもな…」


ローが本を戻した場所のすぐ近く。
同じジャンル、東洋医学の漢方図鑑。

前にこれを眺めてた時、効能で興味があるものもあったんだけど
薬膳料理の材料として使ってみたいのも沢山あった。


こんなチャンス中々ない!
どれお土産に頼もう…















はっ…!!!












「違うよ!!そうじゃなくて話!!もう読み終わったなら良いでしょ?」
「なんだいらねェのか。それは残念だ」














くっ…!!










横から一緒に図鑑を覗き込んでいたローがニヤリと笑った。


流石ロー!
何て魅力的なトラップを…!

欲しい…
欲しいよ漢方…
美肌効果とかアルコール分解促進とか…
本当に効果があるのか試してみたい気もするし…!!
コメントで想像するしかなかったそれが実際はどんな味なのかも気になる…。


でも…







「まずは話を聞いて。…いつもそうやってはぐらかそうとする。約束でしょ?」
「気のせいだろ。──じゃあこれは俺が借りておく」


決意表明としてパタンと閉じた漢方図鑑は、そのままひょいっと取り上げられてしまった。


必要ならその図鑑はあげても良い。
パラパラとそれを捲るローに向けて、少し震える唇を
頑張って開いた。








「ローあのね、私──「その前に俺も話がある」


ありったけの勇気を振り絞ったのに
いつもローはこんな風に何てことないような顔で遮ってしまうんだ。


「やだよ!私の話が先でしょうが」
「それもその後必ず聞く。寧ろこれに関して言えば俺の方が先約だ」


本棚を背にローを睨み上げても、結局そんなもの通用しないとばかりに
この人はやりたいように事を進めてしまう。


…なに?約束って。
そんなのした?


悪いけど覚えがなくて
でもどうせまた、譲ってくれる気もなさそうで。

私の話の後だとローの話どころじゃなってしまうかもしれない。
約束の覚えがなかろうと、ローが話したいって思ってくれてる事を一生聞けないかもしれないのは
それもそれで嫌な気がした。


「なに?」


私の話も必ず聞いてくれるのなら、まずはその約束の話とやらを聞こう。


それを促したタイミングで、図鑑をテーブルに置いたローがこっちへ向き直った。


睨まれてるとかじゃないんだけど
凄い真剣な目で見つめて来るから、何事かって。

かち合った目を逸らせない。










「──お前が好きだ」









「四年前も、二年前も。──約束した。その時が来れば俺から言うと」









ちょっと…待ってよ。









「あの時の俺にはお前を想う資格がなかった。生かされた恩も返せてねェのに自分の為でしかねェ事をするのも、お前を巻き込む事もしたくなかった」









じゃあポーラータングが完成した時、私を自由の身だって仲間にするのは諦めるって言ったのも









「これでやっと言える。ウイ…俺はお前が──「ちょっ…ちょっと待って!!!」









水鉄砲戦争の前に、私が告白しようとした時ローがそれを遮ったのも









「ご、ごめん!頭が…付いてこない。」









全部理由はドフラミンゴの件だったって言うの?


だとすると私は
丁度それが解決した今、あの時の話の続きを聞きにのこのこここまでやって来たって事で…


「いやちょっと!待って!一緒に旅出来ない理由!!ベポがローから言うなって言われてるから私には言えないって!そう言ってた!!」


そうだよそんな筈ない。
それを知ってたら私は、絶対このタイミングでここには来なかった。


destruct at reality.