17-5
「──っ!」
「ハァ、…ハァ…」
苦しくて、私の気持ちなんて無視のそんな行為が悲しくて
思い切り噛みついてしまった。
「…どいてよ」
解放された唇も、こんな壁ドンされてるままの状態じゃまたいつ次が襲って来るか分からない。
口の端に滲んだ血をペロリと舐めたローがこっちを見てる視線を感じたけど
それを確認する為に目が合う事ですら嫌だった。
あの冷たい目を見たくもなければ、視線が合えばまたキスされるんじゃないかって
兎に角ここから逃げたかった。
「つまりお前はあの時、あんなに止めたのも聞かねェで…無謀にも海軍やら新世界の強者が集うあの場に乗り込んだとんでもねェバカだ、と…それで良いんだな」
「無謀でもバカでも…!何の役にも立たなかった訳じゃない!!なんでローはいつも頭ごなしに全部否定するの!?どうなろうと、そんなの私の勝手でしょ!?」
なんだか無性にローに嫌悪感が沸いた。
退けてくれそうもない腕を外そうと試みたけど、それは指一本ですら剥がれてくれない。
「ねぇ、離して。はーなーしーてっ!!!」
ただ向かい合ってるのも嫌で、握りこぶしで何度も腕を叩いた。
力の加減なんて全くしてない。
いくら私が女でローが鍛えてるからって、全く痛くない訳なんてないと思う。
それなのに行く手を遮る腕が消えてなくなる事はなくて
その代わりに起こったのは、視点の変化。
「知ってた。──全部気付いてた。流石に頂上決戦に乗り込んでたのは意外だったが」
「なんで嘘付いたの。今初めて気付いたふりして、散々私が話そうとするの邪魔してたのに人の事責めて…!!本っ当性格悪い!!私も最低だけどローも人の事言えないじゃん!」
顎を掴む大きな手が、無理矢理顔を付き合わせさせる。
「お前、俺の蹴り着けなきゃなんねェ事がドフラミンゴの件だと知っていれば。今日ここに来てねェだろ」
「今日来るとか来ないとか以前に!知ってたら遅くてもパンクハザードに送る前にちゃんと話してた!!」
腹立たせるような言い方してる自覚がある。
でもそうさせてるのはローだ。
流石のこれには、ローの言葉の端々にも苛立ちの影を感じた。
「2年前、お前が先に蹴り着けて来たのも火拳屋の件も…俺にとっては“予想外の出来事”だった」
「だから何!?何でもかんでも自分の思い通りに進むと思わないで!私には私の!事情も都合も…気持ちもある!!」
前に一度、やや癇癪を起こし気味のウイは見たことがある。
あれは丁度、ドフラミンゴへの酒の引き渡しの時。
ペンギンが戻って来て、ドフラミンゴもヴィオラも島を離れて
やっと一息つけそうなそんな時だった。
でもあれは、不満を伝えようとしていた理性があった分ここまでではなかった。
「お前が腹立ってるのが“俺の思い通り”って部分なら、悪いな。──元より俺は俺の思い通りに事を進める為に仲間に出来ねェ理由をお前に伏せてた」
怒りでわなわな震えてるのが、顔を背けようとするのを無理矢理抑えつけてる顎から伝わってくる。
射殺すぐらいの勢いで睨み付けてくるこいつは今、本気で怒っているんだろう。
ウイは怒ると手を付けられねェと前にベポから聞いた事があったが…
なるほど。
確かにこれは中々始末が悪ぃ。
「理由はさておき、抗えねェ状況を拒絶するのはお前も同じだろ。そこはお前も“人に言えねェ”。お互い様だ」
「…!!」
その言葉に、目に見えてさっきよりも増す怒り。
図星を突かれて頭に血が昇る
こんなに本心というか、本能に近い感情を隠さないウイは初めて見た。
「そんなお前だから、蹴りを付けるタイミングは知られたくなかった」
「はっ…良かったね、思い通りになって。流石だね。責めて謝らせて腹いせまで出来ちゃって。…これで満足?」
自分自身も、大分苛立って来ている自覚がある。
ただその原因は、こうも皮肉った言い方をされてるせいじゃねェ。
「俺はお前を諦める気は微塵もねェ。知らなかったふりをしたのも…腹いせの為なんかじゃねェよ」
「こっちからしたらそうは見えない!人の事責める為だけにコロコロ設定変えて…それで私がどう思うかとか少しも考えなかった訳!?」
基本的に自分の内面を晒け出す事がない女だから
これに関しては寧ろ、勝手に溜め込まずにいつもこうしていれば良いとすら思う。
「お前は言った事には責任持つだろ。だから…言質を取りたかった」
「は?」
流石に自分でも、今回はやり過ぎたと思ってる。
相手が度を越えた筋金入りの頑固者だからこそ、1つでも引っ掛かるポイントが増えればとあの手この手を尽くしすぎた。
「理由は何であれ、お前が後ろめたさでも感じて折れてくれりゃあそれで良かった」
「ねぇ、…さっきから何なの?ローは別に私の事なんて好きでも何でもないんだよ!!手に入らないものに意地になってるだけ!!」
それが恐らく裏目に出て、こうもこいつを怒らせている。
だが流石に…
「ンなクソみてェな理由で…誰がお前みてェな面倒臭ェ女に拘るか!」
「じゃあ放っておけば良いじゃん!っていうかもう放っておいて!!」
矛先がどこであろうと、苛立ちの限界値は近い。
「それが出来ればとっくに…!6年前の時点でお前なんて放り出してる!!出来ねェからこうなってンだろ!!」
「私はこんなに捻くれた言い方しか出来ないような女だよ!現にローだってさっきから苛付いてるじゃん!現実見なよ!!」
そして言い方云々の問題じゃねェ。
俺が6年間この馬鹿女に向けて来た思いは
一生を懸ける程の事を、ここまで早くにやり遂げてまで手にいれたかったものは
決してないものねだりのまやかしなんかじゃねェ自負がある。
さっきから燻る苛立ちは別としても
俺がやり過ぎたせいか癇癪かは知らねェが、その部分を疑われた事には腹が立った。
「ん…!!……めて…ってば……!!」
口を開けばやたらと攻撃的なこいつも、それさえ出来なければどこにでもいる無力な女と変わらねェ。
さっきは何度言っても学ばねェ死にたがりを懲らしめようと敢えて強引に口付けた。
だが今回は、これが無い物ねだりの意地ではねェ事をわからせるようにと快楽を引きずり出す。
「…ふぁ、…んぅ…」
徐々に力が抜けていくウイは立っているのもやっとらしく
いつの間にか怒気の消えた焦点のぐらつく潤んだ瞳にぞくりと背が栗立った。
「──ざけんな。俺が苛付いてンのは“お前に”じゃねェ…クソみてェな猿芝居に騙されて危うくお前を死なせるところだった…“俺自身に”だ」
乱れた呼吸と濡れた唇に、苛立ちとは別の感情に火が着くのを感じた。
「死ぬ覚悟…ちゃんとしてた。もしそうなればローをとんでもなく傷付ける事も承知の上で、それでも放っておけなかった!死んでほしくなかったの!!」
「死んで欲しくねェ気持ちを他と比べるな。…敵う訳ねェだろンなもん」
実は頂上決戦に乗り込んでいて、更にはこれまでに何度もこの話をしようとしてたこいつを思えば
何となく全てのことに合点がいった。
こいつは火拳屋を助けに行く為に、俺への気持ちを切り捨てた訳だ。
「俺も自分の中の我を通した。コラさんの仇を討つと決めて尚、お前の事を諦めきれなかった。それとこれとは別物だ」
「それだけじゃない!…死んで、しまったけど…あれから2年間!私がこうやって生きてこれたのはエースのおかげだもん!」
涙目で必死に訴えかけてくるウイを見て、なぜかふと
ドレスローザで起きた不思議な出来事が頭を過った。
死んだ人間に支えられてきたという謎の言い分。
妄想なのか、本当に“見えて”でもいるのか、それとも他の何かか。
ただウイが火拳屋に依存し過ぎているのは、どこから見ても明らかだ。
火拳屋はウイのこの有り様を憂いで、俺にどうにかしろと…
その為に撃たれた腹を焼ききって止血しては命を救い
指先すら動かせなかった俺に能力を使わせたんじゃねェかと
なぜかそう思えて仕方なかった。
非科学的な事この上ねェ見解だが、そうでもねェと逆に“アレ”は説明がつかねェ。
「ごめんなさい、私に出来る償いなら何でもする。顔も見たくないならこれを最後にローの前には二度と現れない。でも私、…エースを好きな気持ちは譲れない…!!」
言う通りにさせてやるつもりはない。
その為に、全部片付いて自由に動けるようになるまで話を聞かずにいた。
だが、苛立ちの蓄積とさっき灯った怒りとは別の感情
そして
ウイの声で紡がれる、他の男への想い。
その言葉に
「え…ちょ…!!なに!?」
会話で説得しようと試みてきたものは呆気なく崩れ去る。
「や、だ…っ!!離して!!」
これが最後?
目の前から消える?
「俺は言ったよな。その時が来れば──泣いて喚いても離してやらねェと」
ンな事誰が許可した。
ふざけんじゃねェ。
「ちょ…やめてよ何すんの!!」
「俺は何でも思い通りにしたい性格の悪ぃ男なんだろ?…ンなもん聞くまでもねェんじゃねェか?」
両の手を頭上で掴みあげれば、ウイの瞳に滲む恐怖の色。
これは口ではイヤイヤ言いながらも実は期待している、俺の知ってるあの反応じゃねェ。
本気で怯えられているのは、小刻みに震える手首からも感じ取れた。
体だけが欲しい訳じゃねェ。
俺はウイの気持ちも心も、全てが欲しい。
だがこいつもそこを譲らねぇなら
「おまえも大分めでてェな。俺が全部知ってた上でこのタイミングで話を聞くっつった意味、…少し考えれば分かンだろ」
順番を改める必要がある。
信じられないものでも見るような目で見上げて来るこいつも、それを悟ったんだろう。
「ゃ…いっ!!」
細い首筋に顔を埋めきつく吸い上げれば、そこに咲くのは紅い所有痕。
もう逃がさねェ。
俺にはもう、好きな女を目の前にして我慢する理由がねェんだ。
白い肌の中で、鮮やかに主張を示す俺のものだという証。
それを満足気に舌でなぞると、小さな体はびくりと震えた。
こいつは火拳屋の命を救いたいが為にその気持ちに"恋情"と名前をつけて自分の行いを正当化した。
その証拠に、パンクハザードに向かう最中や別れ際に垣間見えたのは
これまでと同じ、俺を好きだった頃のウイそのもの。
あれは勘違いや思い上がりなんかじゃねェ。
違うものをそうだと思い込んでいるウイの中で、二年前俺に打ち明けようとしたあの気持ちは確実に残っている。
「大人しくしてろ、悪いようにはしねェ」
何年もかけて張り巡らせた蜘蛛の糸。
囚われた蝶は喰われる瞬間まで無駄と知りながらももがくのをやめない。
素直に戻ってくるつもりがねェのなら、もう動機は諦めでも何でも良い。
ただどうしても、居なくなろうとするのだけは
許容出来る気がしなかった。