17-9




「おまえの人生だ、好きにすれば良い。ただ…エースを不幸の理由にだけはしてくれるなよい」


ウイのこの調子じゃ、今は何を言っても無駄。

だからいつかそのタイミングで
これの意味が解る時が来たのなら、その時は自分の為にもエースの為にも踏み出せば良い。


「なに、それ…どういう意味?私別に不幸せなんかじゃないよ!」
「聞き入れる気のないヤツには解らないんだな、これが。どうせ何言われても聞きゃあしないんだから気にするな。──ただ、ちゃんと覚えとけよい」


なにそれとムキになるウイは2年前からちっとも変わらない。
頑固で周りはよく見てるクセに自分の事がまるでわかっていない、厄介なじゃじゃ馬娘のまま。


「──さて、あんまり待たせると色々面倒だ。俺は行くよい。…ちゃんとあの兄ちゃんとも、逃げないで話すんだよい」
「…わかってるよ」


どうだか。


わかりやすく目が泳いだところから察するに、中断してる話の続きってのは相当したくない類のものらしい。

聞けば長くもなるだろうし、聞いたところで何も出来そうもないから聞かない。
ただあの兄ちゃんの様子じゃあ十中八九、そっちもこの話関連だろう。


「落ち着いたら墓参りに来てやってよい。親父もエースも喜ぶ」
「勿論だよ!パパの故郷行ってみたい!」


こんな呼ばれないと来る用事もなさそうな場所に来てるんだ。
ウイも気乗りこそしなくとも話すつもりで来ていると見た。

それなら別に
連れていって直接引き渡さなくても逃げやしないだろう。


「何もない長閑なとこだが…そうそう、少し前によそから移り住んできた夫婦が花屋を始めたから、花は島で調達出来るよい」
「何もないのにお花屋さんはあるの?ふーん」


しっかりしている方ではあるが、極端過ぎるところが玉に瑕の
俺らの大事な大事な妹。

看護婦以外の女は船に乗せない親父が"娘"として迎え入れたということは
直接聞いた事はないけどウイも何かしらの訳有りという事で。


「ブラーヴェの方が落ち着いたらすぐ行くね!」
「おう、待ってるよい」


一見何の曇りもないように見えるこの笑顔の裏側を傍で支えてくれる存在が必要だろうと
聞きやしないから口にはしないが、心の底からそう思った。







「待たせたよいって…よく考えたら俺ワノクニ行かないしね〜」
「え!?行かねぇのか!?」
「おまえさんの顔見に来ただけなんじゃと」


ルフィの船に戻ってみりゃあ、和やかな雰囲気で菓子を摘まんでいる筈の集団から
妙に突き刺さる視線が1つ。

それが誰かは見なくてもわかる。


「おい…逃がしちゃいねぇだろうな」
「ウイなら船にいるよい。まぁ…気持ちも解らなくはないがそう目くじら立てなさんなって」


トラファルガー・ロー。

ルフィと並んで最悪の世代と評されるこの男の存在は、世に知れ渡る少し前から知っていた。


「まぁ良い。…おい麦わら屋、コイツが揃えば文句はねぇんだろ、さっさと始めろ」


ウイの意中の男。

エースからもそう聞いていたし、ウイがこの男の話を嬉しそうにするのも何度も見てきた。


「えーと、…マルコ!そうだマルコだ!今までどこ行ってたんだ?」
「ちょっとばかし野暮用だよい。…そういえばおまえさんはウイを知ってるのか?」


こっちからすれば時の男、更にはエースの弟。
だがあっちから見れば大勢の兄貴の仲間の内の一人、だもんな。

うろ覚えでも記憶に残っていただけよしとするか。


「ん?ウイ?聞いた事あるような〜ないような〜…食いもんか!?」
「知らないなら良いよい。それより…向こうの兄ちゃんが今にもキレそうだ。さっさと始めるよい」


ウイが"くん"付けで呼んでいたからもしかしたらと思ったが、どうやらそれは違うらしい。


まぁ、知り合いだったところで何がどうなる訳でもないんだが。




どちらの事も人伝の評判でしか知らないものの、どう見ても馬が合わなそうなルフィとロー。

手は焼いているようだが、何とかルフィを上手く手懐けている辺り
根は世話焼きの優しい男なのかもしれない。




ウイがもしエースの死を乗り越えられるとすれば
進む先に居るのはきっと、この男。


ただ問題なのが
あの頑固者は本気であそこに留まり続ける事も十二分に有り得るという事だ。


…頑張れよ、若造。


早速居眠りし出すルフィの首根っこを掴み上げては怒鳴り散らす若き医者の海賊の健闘を、胸の内で密かに願った。








「…はぁ」


ルフィくん達のとこに戻るっていうマルコと別れてフリーウィングの船室の扉を開ければ、そこはしんと静まり返ってた。
もしかしたらローとかペンギン…それか別の誰かがいるかなって思ったんだけど
その予想は外れてて、心の底からほっとしてる。


今は一人でいたい。


マルコが無事で、また会うことが出来た。
マルコ以外にも無事でいる家族の存在を知れた。
ずっと知りたかった二年前のあの日の事も聞けた。

ずっと望んでた事が叶った筈なのに、なんだか胸は重苦しい。






「エースのせい、か…」


多分それは、マルコに言われたあの言葉。


マルコにも言ったけど、私は不幸せなんかじゃない。
私にはエースが居る。
それだけで私、幸せだ。


しあわ、せ…か…。


リビングの窓から、マルコが戻った事に気付いて誰かが呼びに来るんじゃないかって外の様子を伺った。
誰の人影も見えなかったけど
代わりに目に入ったのは、ガラスに映る泣き腫らした自分の顔。


「いや…これは思いがけずマルコに会えたのにビックリして嬉し泣きしただけで…!」











声に出してから思う。
これは誰への言い訳?






誰にも言わないけど
不幸とかじゃないけど
マルコの言葉が胸に刺さったのは、思い当たる節がなくはないから。


エースが好きな事は嘘じゃない。
私には絶対エースが必要。

ただもし
もしエースを選んでなかったら…
その時私は、引き換えに捨てたモノに手を伸ばせてたかな。


パパも居ない
他の皆の生死も分からない
一時出来た私の、絶対になくならない筈だった"帰る場所"がない状態で。

それでもあの水鉄砲戦争の時みたいな気持ちで居られた?


「…本当私、いやなヤツ…」






きっと出来なかった。
あれこれ理由を付けては尻込みして、はぐらかして、逃げたと思う。


"不幸"ではないけど、"諦めたモノ"に手を伸ばさない言い訳にエースを使っている。
その例えは残念なことに、とてもしっくり来る気がした。







パァン!!








「ダメだダメだ!今それを考えるのはよそう!」


両の手で思い切り頬を叩く。


そうだ。
今結論を迫られてる訳じゃない。

それより今はいつ誰が来るか分からないんだ。
この泣き腫らした目を何とかしなければ。






「ったく…」


苛立つ気持ちを隠しもせずに乱暴に扉を開けた。


まずはポーラータング。
それからフリーウィングだ。

話し合いは予想以上に早く済んだ。
寧ろ…あれは不死鳥屋を待ってからすべき事でもなければ、改めて集まってする程の話しでもねぇ気がするがな。


つかつかと早足で進めば、隣に付けていた第一の目的地にはすぐ到着した。


バァン!


「次の満月の夜にワノクニへ入国する。それまでは暫くこの海域で待機だ。入国してからの事は今話してもどうせ忘れるだろうから詳細は前日に話す。俺は今から所用でここを離れる。何か用のあるヤツは?」


全員居るかは謎だ。
だが人伝でも伝われば探されて邪魔が入る事もないだろう。

早口で捲し立てるように告げたその連絡事項には、口を挟む者も皆無。
全員が黙って俺を凝視しながら、用事がない事を示すように首を横に振っていた。


「であれば解散だ。後は好きに過ごせ。麦わら屋の船で今から宴だそうだ。用がねぇヤツは行ってこい」


バタン!!


よし、これで不用意に邪魔してくるヤツは大分減らせた。















駆け出さない程度のギリギリの早さで進んでいた足は、次の目的地に近づくに連れてそのペースを落としていく。


船がある以上、ウイは逃げていない。
不死鳥屋の様子では、やはり二人の関係は色恋沙汰とは違うように思える。
俺への視線に、敵意は感じなかった。


だとするのならば
課題として残っているものはさっきまでと変わりはしない。
頑なに火拳屋に操立てて拒もうとするウイをどうすべきか。


無理矢理手篭めにしようとしたこと
つい結構な怪我をさせてしまったこと

なによりもその結果、泣かせてしまったこと。


今までは周りにどれだけ反対されようと、強行突破を貫いてきた。
最初は不満そうなヤツも皆、結局最終的には自分の意見を放棄して俺に従った。


だが、ウイはどうだ?
いつか諦めると思うか?

クルー達とウイとでは、性格も共に居る動機も
何もかもが違いすぎる。









考えすぎて止まりかけた足を無理矢理動かして目的地へと進む。


ここで考えていた所で堂々巡りが関の山。
ならばどう出るとしても、初動は早い方が良い。







コンコン


「はーい」
「──なにやってんだおまえは…」
「!!?」


慌てて両の手を背に隠し何事もなかった風を装ったようだが、時既に遅し。
現場はしっかり見た。


「いや…あのこれ、目の!…腫れがひくらしくて!」
「…他にやりようあんだろうが」


患部を冷やすという点ではあながち間違ってはいない処置ではあるが、一見ただの不審者にしか見えねぇ事には違いない。

別に良いでしょ、と文句を言いながらも片付け出す所を見るに
いただけない格好であった自覚はあるらしい。


流石に訪ねた先で、両目にスプーンを押し当てた状態で家主が出てくるとは誰も思わねぇだろ。
…それも控え目に当てていた訳でもなく肩肘張った状態なら尚更だ。


「えっと、…あの…」
「──さっきは悪かった。…ちゃんと話がしてぇ」


しどろもどろな様子のウイに先手を打つ。


正直ノープランだ。
だが
強行突破を続行しねぇのが正解だったことは、謝罪を聞いて気まずそうに漂った目線が物語っていた。

これは確実に、完全にビビらせた。


であれば、出来る手立てと言えば話し合いしかねぇ。


じっとウイの方を見ていれば
戻って来た視線とぶっかって、それは一瞬で逸らされる。


「俺もおまえも、一歩も譲る気がねぇことは理解した。だが悪ぃが俺はさっきのおまえの言い分では納得出来ねぇ」
「…何を話したって気持ちは変わらないよ?ならそんなの…」


敢えて言いはしねぇものの
何を聞いたところで気が変わる気がしねぇのはこっちも同じだ。


「言っとくが俺はこのままの状態でおまえを帰す気はねぇ。おまえが折れようが突っぱねようが、結局ここに滞在することになる」
「なら尚更!何話したって無駄じゃない…!!」


愚問だ。
どちらも譲る気のねぇ泥試合。


だからと言って、形から入ったところで気持ちが後からついてくるような女じゃねぇから


「結果だけ言われた所でこっちはどういう経緯でそこに行き着いたのか謎でしかねぇ」


どうにかウイが自分から変わろうと思えるようにもっていくしか勝ち目はない。
そしてその糸口を見いだすには


「俺にはそこを、聞く権利くらいあんだろうが」


この何重にも張り巡らされたガードの内側にあるウイの"本音"を、聞く以外に道はねぇ。





destruct at reality.