17-10
沈黙、だ。
こっちが目を逸らさずにいる事を知ってか、ウイの視線は床に縫い付けられたまま。
正直話合いに乗ってきた所で、ウイの気持ちを動かせるかは微妙…いや、これの勝算は実際低い。
だが乗って来ない事には見込みはゼロのままだ。
膠着状態が続く中、いくら黙っていようとも出ていく気はねぇ事を示す為にダイニングの椅子を引く。
僅かな椅子の音にすらビクついた上に飛び退かれ、盛大なため息が溢れた。
その様子を見たウイが不満そうにこっちを睨み付けてくる。
恐らく
…さっきのアレは俺が思う以上に、相当な反感を買ったんだろう。
まるで毛を逆立てて威嚇する猫。
話すかどうか以前に、まずはこの警戒を解くのが先か。
「──さっきも言ったが、俺がしてぇのは"話"だ。誓ってさっきみてぇな無理強いはしねぇ」
「…ほんとかな」
俄には信じ難いとでも言いたげな顔。
でもまぁ、相手が自分だというのは微妙だが
多少は危機感というものを持ち合わせるようにはなったのは良い変化だ。
「俺からはおまえに指一本触れねぇ。もし違える事があれば目でも耳でも内臓でも、好きなとこをくれてやる」
「いらないから。…貰ったらすぐ魚の餌に撒くからね」
まるで可愛気がねぇ。
だが納得はしたようで
ウイは俺がかけようとしていた向かい側の椅子に腰を降ろした。
「…なにから、話せば良いのかな」
「全部だ」
見るからに凝り固まった体勢をしていたウイの表情が呆れたように弛む。
全部って言われてもな、と浮かんだ苦笑いにすら
完璧に嫌われた訳ではなさそうだとほっとしてる自分がいた。
こんなに他人の一挙一動に踊らされる日が来るとは。
「やっぱり全部って言われても何話したら良いかわかんないや。…ローが聞きたいこと話すから、聞いてよ」
「……」
さて、舞台は整った。
ここから先この勝率の低すぎる一本勝負に勝つにはどう手を進めれば良いものか。
正直戦略もへったくれもねぇ。
つついた箱から何が飛び出すか、予測は不可能。
ただ
気持ちの強さでこの状況が覆るのなら負ける気などしないのにと、頭の中ではらしくない思考が飛び交っていた。
「…いつからだ」
「え?エースを、その…好きって気付いた時であってる?」
違いねぇ事を示すように黙って頷いた。
これだけ拒絶されておいて思い上がりも良いところだと自分でも思う。
だがなぜか、ウイのこれは何かが拗れた思い込みだと思えて仕方がない。
「ハッキリここって決めるのは、なんか難しいな。でも…エースを助けに行くのは本当に危険って事はちゃんとわかってて」
一々リアクションも相槌もしねぇ。
ただ聞いていることは伝わるように目線で続きを促した。
「助けに行く事でもし…その、死んじゃったりとかするかもしれなくても…、ローを傷付けるって分かってても私…エースを諦めたくなく、て」
「俺が構わねぇと言ってもそれは覆らねぇのか」
話の流れ上、一段落したと思われる所で確認を入れる。
ここまで聞いただけではやはり、ウイが火拳屋を好きだという動機は
イマイチなにかが釈然としない。
だがそれが何なのかが、具体的に見えて来ねぇ。
「え?何が?」
「前提として、その前までおまえは俺を好きだった。そこは合ってンだよな」
そうだと思っている部分も念の為確認していく。
たかが1つであろうと、掛け違えたボタンの行く末は全くの別物だ。
「…うん」
「おまえのその言い分だと、おまえが命懸けでダチを助けに行くのも、俺が傷付けられるらしいのも、"俺が"問題ねぇと言えば丸く収まんねぇのかと聞いてる」
収まる訳などないことを承知で聞いている。
聞いておいて、返ってくる返事が否定に違いねぇ事も。
だがウイにとってそこは盲点だったらしく
大きな目をこれでもかと見開き、ごくりと息を飲む音までもが聞こえてきた。
「…いや、でも私そんな勝手な事出来ないなって。凄い考えて、考えて考えて出た結論だよ。今更そんな──」
「生まれて初めて勝手したような口きいてンじゃねぇ。それこそ"今更"だろうが」
俺の価値観では
誰かへの遠慮や申し訳なさで生まれる程度のモノは所詮大したことねぇ感情としか認識していない。
遠慮した先が構わないと言えば、その動機は簡単に消滅する。
周りに依存した動機以上に不確かで脆いものなんて存在しねぇ。
「ねえ。さっきのあれなに?喧嘩?また?結構切羽詰まってたでしょ」
「詰まってるだろうねー。多分心の中は大荒れよ」
所変わってこちらはサウザンドサニー号の甲板。
彼らのキャプテンが参加して来いと仰せた麦わら連合軍の宴の席で、初代ハートの海賊団メンバーはジョッキを片手に頭を寄せ合っていた。
「なに。またペンギンは何か知ってる訳」
「運が良いのか悪いのか。出くわしちゃうんだからしょうがない」
こんなに近くに居るのに、と不貞腐れたように酒を煽る白熊は
長らく会えていない親友を独占しているであろう上司を思い浮かべ舌を打つ。
「なぁ。俺は別にどっちでも良いけどよ。何か久しぶりだし、行かねぇ?」
「どこに」
やさぐれているベポを訳知りペンギンがよしよしと宥める構図を眺めながら、普段貧乏くじを引く事の多いサングラスの常識人が口を開いた。
「覗きだよ、の・ぞ・き!!ウイと一緒に旅してた頃とかしょっちゅうやってたろ」
「…!!イイネそれ!よし!行こう!!」
「えー…別に良いけど…まぁ、いっか」
それは名案だとぴょいと立ち上がるベポと、微妙な心情を隠す気配もないペンギン。
彼らが共に大海原を旅していた頃、シャチの言う"覗き"は彼らのルーチンワークとも言える程に横行していた。
結果見つかり叱られるのだが、何度叱られても彼らが懲りる事はない。
「懐かしいなー。もうあれから4年?経つのかー。…ん?待てよ…そうだよ!そうじゃん!!キャプテン今告白中!!?」
「あ…!!じゃあ遂に!!?なに?キャプテンそれであんな思い詰めてたの?意外と可愛いとこあるじゃん」
良かった良かったと肩を組み合うシャチとベポ。
その様子を見つめる副船長の表情は、いつもの如く帽子の鍔が作る影に隠され伺い知る事は叶わない。
「…今の話、本当なの?」
「あらあら。これはまたタイミング良くお出ましですこと」
船縁に寄り掛かるペンギンにそう問い掛けたのは、ハートの海賊団の紅一点アンだ。
酒の飲めない彼女が宴の場で、あれだけ大音量の声を聞き逃す筈がない。
ましてや告白中と話題に上がったその人は、彼女の想い人。
「…私も行く」
思い詰めた顔でアンが見つめる先では、相変わらず顔色を読ませないペンギンが吐いた浅いため息が漂っていた。
「意外とミーハーなんだなお前。いや〜、マジ楽しみなんだけど!」
「シャチ煩い!!…こっちダメだ視界に入る!!裏から回ろう!」
「皆…いつもこんな事やってたの…」
普段こういった事に参加しそうもないアンの参戦に、シャチはなぜか上機嫌。
その姿はまるで、親戚の子の成長を喜ぶおっさんか何かのようだ。
「良かった〜!サンルームの鍵開いてる!!ほら皆行くよ!!」
張り切った白熊が声帯を震わせぬ声で仲間を呼ぶ。
リビングと反対方向に位置するガラス張りの温室の戸が引かれると、傍目で見ればわざとらしすぎる抜き足差し足で中へと消えていく影が
1つ、2つ──
「普段飄々としてるのに。やっぱり副船長も怖かったりするの」
「え?──あぁ、なに?アン怖いの。ならやめりゃ良いのに」
まだ船室に侵入せずに居る2つの影の間に漂う空気はどこかしらピリ付いていた。
──だがこの2人がこうなのはいつもの事。
彼らは好きな相手の想い人を想っているという複雑な間柄。
一見利害の一致で打ち解けられそうにも見えるものの、"想い方"の異なる2人が手を組み合う事はこれまで一度もなかった。
「…怖いですよ。どんなに覚悟してる事だって、実際起こるとなればキツいし怖いです」
「だからやめればって言ってんのに。…まぁ、"そう"なるかはわかんねぇけど──ほら、行くならさっさと行って」
念願の大好きな船長と大好きな友人が結ばれる瞬間。
それを覗きに行くと信じて疑わないシャチとベポは遅れている2人を早く早くと急かす。
失恋の瞬間を実際に見届けようと覚悟したアンは、ケジメを付けたい気持ちとそれとは正反対の気持ちを抱えながら
ガラス張りのドアへと重い一歩を踏み出す。
そして──実際リビングで起こっている現状に一番近い予測を立てているペンギンは、多くを語らぬ内心で一体何を思うのか。
「エース、ねぇ…」
"キャプテンの告白を覗き隊"のしんがりを務める男が呟いた独り言は、湿り気を帯びた夕暮れの潮風が日の沈む水平線へと運び去っていった。
4人がフリーウィングの船室内に侵入した丁度その頃、故人に託されし約束の届け先にようやっと気付いた一人の青年が動き出す。
きつく、かたく結ばれた結び目を解きほぐす為に。
「ナ〜ミすわぁ〜〜ん♡それにロビンちゃんも♡一体今までどこに?」
「あらサンジくん良いところに。モモが頭痛いって言うから寝せて来たの。起きたら何か消化に良さそうなもの作ってあげて」
麦わら連合軍の宴はサニー号の甲板で行われているものの、船室内に入ればその喧騒はほぼ聞こえてこない。
パンクハザードで出会い、ドレスローザ、ゾウと麦わら一味と行動を共にする侍の子、モモの助。
錦えもんの子と思われていたその身分は実は、カイドウによって処刑されたワノクニ君主の倅であった。
「な〜んて優しいんだ♡…まぁ飯は良いとして、チョッパーには診せたのか?」
「ええ、でも特に悪い所は見当たらないって。明日の朝まだ痛むようならまた診て貰うわ」
まだ幼い上に長旅の疲れや心労もある。
ナミとロビンは男達が使う寝室ではなく自分達の快適な寝室にモモの助を寝かせ宴の席へと戻ってきた所だった。
並々と酒の満ちたジョッキを片手に、賑やかで少しむさ苦しい宴の参加者達に視線を走らせていたナミの目に止まったのは
「はー、それにしても大所帯になっちゃったわね。──ん?ちょっとロビン!あれって…」
「あら、見たことのない船。白い羽の旗…もしこれで海賊船なら中々したたかそうね」
何を隠そうフリーウィング号。
ローが個人的に呼び寄せたウイとその船の事は、他の海賊達には伝わってはいなかった。
しかしナミは情報通、そしてその船がポーラータング号に続くように停泊しているのを見て
彼女の頭はこの羽の旗をなびかせる船の持ち主と今の状況を瞬く間に弾きだす。
「ウイよウイ!ブラーヴェの!トラ男くんってばどれだけぞっこんなのよ」
「あの船が噂のお嬢さんの…そういえばいないものね、トラ男くん」
ドレスローザに着く前
ローとウイがでんでん虫で話す所を目撃した2人は、他の麦わら海賊団のクルーよりも"ウイ"に関する情報を持っていた。
「出て来ないのかしら。流石に大企業の幹部が無関係な集まりに手ぶらで参加って事はないわよね!」
「あらあら。お目当てはそっちなのね」
販売場所が限られている上に未だ品薄が続くブラーヴェのシードル。
永年世界を虜にし続ける魅惑の酒を前にすれば、ナミの頭からは下世話なゴシップニュース等綺麗さっぱり消えてなくなった。