17-11




「あの船なら、特に害のあるもんじゃないよい」
「あら、えっと…マルコ、さん?でいいのかしら」


フリーウィング号を指差し何やら騒ぎ出した2人を見て、誤解を与えてはいけないと人の輪の中から抜け出て来たのは最後に合流した客人。

"元"とは言え四皇の右腕、それも結構な年上なマルコではあるが
この男は敬称の有無ごときの些細な事は気にもしない。


「好きに呼ぶと良いよい。あれには俺の妹が乗ってる。戦う腕もな──「はぁっ!?もうウイって本当に何者なのよ!エースとトラ男くんをメロメロにしちゃう魔性の女で白ひげ海賊団一番隊隊長の妹!?」


危害を加えさせられる攻撃力もなければ、よそに情報を流す心配もないから安心しろと
そう伝えようとした言葉は驚きで目を見開いたナミの声にかき消された。

なんだか肩書きが忙しい人ね、と微笑むロビンのリアクションとの温度差が酷い。


「親父が娘と決めたんだ。ウイは海賊じゃあないが、白ひげ海賊団の家族だよい」
「本っ当に何者なのよ全く…ちょっとそこ説明しに手土産持って出てこないかしら!」


野次馬精神が旺盛であるには違いないのだが
結局の所、ナミはウイのシードルをタダで飲みたい。
そこに尽きる。


彼女の駄々漏れの思惑が伝わったマルコとロビンは苦笑いを浮かべながら酒のジョッキに口を付け
ナミは何本か貰って転売すれば…と守銭奴魂丸出しの独り言をぶつぶつと呟いていた。


「なぁさっきから何だ?その"ウイ"って。俺どっかでその名前、聞いたことある気がするんだよな〜」


ひたすら片っ端から料理を貪り食い続け、ようやっとある程度腹が落ち着いたらしい麦わら海賊団の船長。
ナミにそう問いかけながらも、追加の肉が運ばれて来るタイミングを逃すまいと視線は船内に続くドアに釘付けだ。


「もう!エースよエース!!言ってたじゃない兄貴が惚れた女に会わせたいって!!それがウイであの船の持主よ!!」


通常、ルフィにとって肉の誘惑を前にそれに敵うものなど存在しない。

だがしかし

"あの船"をビシリと指すナミの指の先に視線が誘われたのは
ルフィの頭の中で"ウイ"が何なのかが、ようやっと合点がいったから。







「あーー!ウイ!!そうだウイだ!」


そうだそうだと手のひらに拳を打ち付けたルフィは、しゃぶっていたもう微かな肉片すらも残っていない骨を放り投げた。


「忘れる所だった!あっぶね〜!!」


いや、忘れてただろう。


周囲の人間の心の声はシンクロした。


「あんたいつの間にウイと知り合ったの?」
「いんや?会ったことねえぞ!でも会わなきゃいけねえんだ!」


謎に準備運動よろしく膝の曲げ伸ばしを始めるルフィに、ナミ以外からも集まってくる疑問符の籠った視線。


「ウイに何か用かよい」
「ん?あぁ!エースから伝言預かってんだ!」


その言葉に、マルコはピシリと固まった。

何の準備なのか…そこはさておき。
体をほぐし終えた船長様は早速思い出した用事を済ませにウイの船へと向かおうとしている。


「じゃあ俺ちょっと行ってく──「エースは、…エースは何て?」


ほぼ無意識に、マルコはルフィを引き留めた。

伝言を託した相手の事はよく知っているつもりでも、内容によってそれは過去への呪縛の決定打となり得るもの。
時間はかかってでも前へ進めれば良いと思った矢先に出てきた予想外の置き土産は、マルコの眉間に深い皺を刻んだ。


「ウイにってエース言ってたんだ!だから聞きたきゃウイから聞いてくれ!」


俺にも何の事だかサッパリだ!とヘラヘラ笑うこの麦わら帽子の男は
たまにまともな事を言う。


だがそれがもし本当に呪縛の言葉であったとして、マルコからしてみればエースも大事な弟分。
例え今ここでそれを知ったとしても、阻止出来たかどうか…。


「俺の肉ちゃんととって──ん?誰だ??」


今度こそ出発しようとした矢先、キョロキョロと辺りを見渡し始めるルフィ。


「なによどうしたの?」
「え?今誰か呼んだか?女の声だったような…」


宴の場に居合わせる女は、今現在ナミとロビンの二人だけ。
いくら惚けた船長と言えど、この距離で聞きなれた仲間の声を間違えたりはしない。


「噂のウイじゃないの?ほら、行くならさっさと行ってきなさい!」


摘まみ出されたルフィは不満げに口を尖らせたものの、結局は声の主を探すのを諦め目的の船へと足を踏み出した。





各々の集結地点となったフリーウィング号のリビング。
しかし当の本人達はまだ、それを知る由もなくゴールの見えぬ問答を繰り返す。











「確かに、そうかもしれない…っていうかそうなんだろうけど。でも!!私が嫌だった!!ローが何て言うかじゃないよ。私の問題!」
「本人の意志や都合は無視か。…まぁ良い、次だ」


形式上譲りはしねぇものの
言葉の辻褄合わせで惨敗な自覚はあるらしい。


日頃物事の筋を通したがる性格故に、自分が今それと真逆な状況にいる事の後ろめたさ
それが明け透けに見て取れた。


「俺がこれまでお前の話を阻止してきたのは事実だ。だとしても──お前に断固たる意志があればこう上手くはいかなかった」
「……」


またしてもばつが悪そうに歪む顔。

さっき下で話した時にも言ってはいたが、俺が濁し続けた茶を拒絶しなかった自覚はあるようだ。


「お前の中に、火拳屋に気持ちが移る前のそれは少しも残ってねぇのか」
「……ないよ」


少しの間の後にきっぱりと言いきられた否定の言葉。
だがその口ぶりとは裏腹に、なぜかどこかが説得力に欠ける。


「そうか。なら次の質問だ。──お前は先立たれた者は一生故人を想って独り身でいろと。そういう考えのヤツか」
「別に…私がそうしたいだけで他の人までそうすべきとか思ってない。個人の自由でしょ」


なるほど。









ウイも馬鹿ではねぇ。
時間を置いた事もあるせいか、今のこいつは至極冷静。
さっきのように感情に任せて何かを口走る事はまずねぇだろう。

即ち今のウイの言葉はよそ行き用に設えられた言葉であって、本音とは言えねぇ。


俺が情報を集めウイが自ずと考えを改める方向に持っていこうとしているように
ウイはウイで俺に諦めさせる為の設定のもと、言葉を選んで口にしている。


だが"全て"が嘘ではねぇ。


母親の件があるからこそ、敢えて確認した遺された者のその後の在り方。

新たな一歩を踏み出す為に他の人間を愛する事。
ウイはそこに関して生理的嫌悪を感じる人間ではねぇってとこは嘘ではなさそうに見えた。







ならば──


「なら教えてくれ。お前が"そうする"理由はなんだ」


どうあろうと話の肝は確実に、"そこ"だ。







意識しなくても自然と背筋がしゃんと伸びるような感覚。

これはあれだ。
ローとチェスしてる時みたい。


「確かに、そうかもしれない…っていうかそうなんだろうけど。でも!!私が嫌だった!!ローが何て言うかじゃないよ。私の問題!」
「本人の意志や都合は無視か。…まぁ良い、次だ」


駒はお互いの言葉。
それがこの後どう動くかが予め設定されていない分、今の戦況がどうなっているかを知る術がない。
ただその分、描きたい盤面に制限もない。


ローが何を描きたいかは何となく想像出来る。
けど"どうやって"までが見えてこない。

心苦しさを感じてる時点で、きっと既にローのペースに乗せられてる気がするな。


「俺がこれまでお前の話を阻止してきたのは事実だ。だとしても──お前に断固たる意志があればこう上手くはいかなかった」
「……」


自意識過剰かって自分でも思うけど
きっとローは私が何を話しても、諦めてくれる気なんてないんだと思う。


"今"は。










なら私は、時間をかけてでもローに諦めて貰わなきゃいけない。

力業で強行突破はしないって約束してくれた。


気持ちが顔に出るタイプじゃない。
けど、それを話すときのローは反省してくれてるように見えたから。
ローは本当に、私の気持ちがまたあの時みたいにローに向く事を望んでる。


それと真逆の結果しか生まない約束違反をするメリットなんてない筈だ。
そもそも自分で言い出した"約束"を違えるなんて事は、この人は絶対にしない。


「お前の中に、火拳屋に気持ちが移る前のそれは少しも残ってねぇのか」
「……ないよ」


大丈夫。
さっきみたいな力ずくがないなら、私が折れなければ負けはない。


「そうか。なら次の質問だ。──お前は先立たれた者は一生故人を想って独り身でいろと。そういう思考か」
「別に…私がそうしたいだけで他の人までそうすべきとか思ってない。個人の自由でしょ」


後はローが諦めてくれるまで
私が変なこと言ってしまわなければ良いだけ。


大丈夫。
──大丈夫だよ。







「なら教えてくれ。お前が"そうする"理由はなんだ」


ローは今、自分がどんな顔してるかわかってるのかな。
とてもじゃないけど話し合いって顔ではないんだけど。


一挙一動を見逃すまいと意識を向けられてるのがビシバシ伝わってくる。


…口喧嘩自体はこの上なく上手いし強いのに
こういうとこで相手に最大限警戒させちゃう所は本当に上手くないと思う。
これだからこっちは気が抜けない。


「"好きだから"は、理由にならない?」
「ならねぇな。おまえの価値観としては、火拳屋が死んだ後おまえの気持ちが俺に向いても何の問題もねぇ訳だろ」


回りくどい事言ったって面倒なだけなのは分からなくもないんだけど
凄いズカズカ切り込んで来るっていうか…。


「…いや、それはそうかもしれないけど…なんか凄い…まぁいいや」









ローは怖くないのかな。
受け入れてくれない相手に、正面きってそんなこと聞くの。


「それはなぜだ」


そんな真剣な目で想いが叶わない理由を尋ねるのは、嫌じゃないのかな。







ねぇなんで?


ローなら私になんか拘らなくても、選り取りみどりじゃない。
寧ろ私よりいい人なんて世の中にはいくらでも居る。


どうしてそんなに私に拘るの?
食い下がらずに居てくれるの?


ねぇ、どうして?






応えられないのに
諦めて欲しいのに
今のこの状況は芳しくない筈なのに

心のどこかは喜んでる気がした。
いつもの私の、狡くて悪い所。




いかんいかん。
今日はそんな自分と決別しに来たんだ。


そもそも私が自分に甘くて、意思が弱くてこんな事になっちゃってるだけであって
私は本来エースの恋人。

私はきっと、タイミングがなきゃ断てない。
今がその時。


こんな時ですら騒ぎ出す弱い心の声に、耳は貸さない。


「エースには凄く助けられた。…支えられてた。…死んでしまったからってハイ次!って、そんな事出来ない」
「それを火拳屋は望んだのか」


今日だけで二度目だな。
それ聞かれるの。


ちらりと伺い見たローの顔はさっきと変わらずで
射るような視線はもう、その圧力を体感出来そうなくらいだった。





大根役者の癖に、そこだけは名演技なんだもん。

エースの馬鹿。
説明して回るこっちの身にもなってよ。




destruct at reality.