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初めての海上訓練は意外にも順調。
救出部隊と張り切るウイやクルー達をよそに、
海上をシャンブルズで移動して回るローが海に落ちることはなかった。


「んだよつまんねーな」
「せっかく水着着たのにー。海入りたいー」


一般人が海に落ちるのとは事情が違う事を、彼らは理解しているのだろうか。
ローが死にかける事を、無自覚という暴力が待ち望んでいた。


「おいウイ、これまだあんのか」
「なくなっちゃった?あるよー。持ってくるね!」


ミサンガについたビーズが残り少なくなった事で、ローはそれの補充をウイに頼んだ。
ウイが船室へと入っていくと、途端にクルー達がニヤニヤとその顔を歪める。


「ねぇ。さっきのあれ告白?一応告白?」
「もっとバシッと直球で行かねぇと通じねぇと思うぞ?」
「でも真っ赤になってたねーウイ。可愛いなぁ」


只でさえ鈍すぎるウイに引っ掻き回され精神的に疲弊しているローは
クルー達のこの調子に滅入った様子で口を開いた。


「頼むから構うな。ほっとけ」
「それは出来ねぇだろ!だって俺ら賭──「俺らキャプテンもウイも大好きだから気になっちゃうんだよ!!!」


何かを言いかけたペンギンはシャチの飛び蹴りをくらい、そこに突如割り込んだベポによって姿を消した。


「か?か…てめぇら何企んでる」
「か?何それ分からないなー」


賭けを知られまいと誤魔化す彼らは明らかに挙動不審だった。


「ローお待たせー!はい!」


絶妙なタイミングで戻ったウイが、大量のミサンガを鷲掴み逮捕寸前の彼らを救う。
そのうちの一本を渡そうと突き出した手は受け取られる事はなく、逆に腕を突き出され返した。


「…なに?」
「片手じゃ付けられねぇ」
「あ、そっか。ちょっと待って!」


今は使わぬミサンガの方をローが受けとると、ウイは微妙に距離を取ってそれを結びだす。
少しはローという存在を意識しだしたらしい状況は、それはそれでローに眉を寄せさせた。


「できた!」


軽く回してつけ心地を確認した腕が、物足りなくなった距離を埋めようと彼女の頭に手を伸ばす。


「どうも」


近すぎれば振り回され遠すぎれば不満。
それが恋心。




ウイの頭をくしゃりと撫でたローは再び、訓練を再開した。


「結局俺らいてもイチャついてんじゃんね」
「お前何うっかり口滑らせてんだよ。殺されるぞ」
「そうだよ!全く…」


隠れはせずとも蚊帳の外。
覗くなと言う割に、覗かずとも見える場所でもお構い無しのローに不満をこぼすペンギンは
シャチとベポから説教を食らう。

この賭けがローの知る所となれば恐らく、彼らは半殺しに近い目に合うだろうから。





結局一度も救出係の出動はないまま日は傾き始めた。

それに話が違うと謎の憤りを見せるのは落ちる前提で水着にまで着替えたウイだった。
何事も起こらぬのならそれが一番なのだが、とどのつまり泳ぎたかっただけらしい彼女は周りの制止を振り切り海へと飛び込む。


「寒っ!もういいや!ローシャンブってー!」


何度か潜り海中散策を楽しんだウイは、夕暮れ時の下がった水温に身を震わせた。
もう彼女にとってシャンブルズはタクシーのような位置付けになりつつある。

気軽に呼べて便利。
対価を払わぬのだから、それはもう無賃乗車を越えてアッシーだ。


ため息はつきつつも黙ってそれに従うローの様子に、クルー達はやれやれと肩をすくめる。

結局のところ、意中の相手からであれば良いように使われる事すら幸せ。
そんな光景はただ微笑ましい。


進展しているのかしていないのか。
何とも言えぬ状況ではあるものの、気持ちを自覚したローの態度が明らかに変わったのは事実。

彼女の方はどうなのだろうか。
そしてこの恋は今後、どう動いて行くのだろうか。




「思ったより近かったね!」
「フリーウィングのおかげだね」


次の目的地であるサザンスターが見えてきたと知らせに来たベポに連れられてウイは甲板に出て来た。


「ウイ島でなにするの?仕事しばらくお休みするんでしょ?」
「うん!観光とかかな。あとソニアに教えて貰ったお店覗いてみたいと思ってた!」


サザンスターにもブラーヴェの商品は卸されている。
酒場の店主が販売も行っているらしいその店は、料理も酒も美味しいとのことだ。


「そうなんだ!楽しみだね!」
「うん!ソニア達が美味しいって言うからにはすんごいおいしい気がする!」


うきうきと話すウイに、ベポはほっと胸を撫で下ろす。
仕事を休むウイは暇をもて余すのではと、彼はそこを少し心配していた。






「じゃあ私その辺ぶらぶらしながらソニアに聞いたお店で夜食べてくるね!」
「あぁ。こっちは情報収集と、一応造船所にも顔を出してくる」


造船所の横の繋がりで、ウォーターセブンのエターナルログポースを入手出来ないかと彼らは考えた。
実際ウォーターセブンは造船業では名門中の名門。
一般的に出回る以外でそれがあるとすれば、まず間違いなく造船所だろう。

ウイを一人で行かせて良いものか、ローは悩んだ。
しかしたかが半日、行先もブラーヴェ系列の店。
大丈夫だろうと、彼は高を括ってしまった。




ログが貯まるまでの日数も次の島についての情報も、彼らは難なく入手する。
ウォーターセブンのエターナルログポースに関しては、専門店も造船所も不発。
それ自体も珍しければ、このグランドラインには数えきれぬ程の島が存在する。
そう簡単に手に入る物ではない。

ハートの海賊団は酒場で夕食を済ませると、早々に船へと戻った。


「アイツ…まだ戻ってねぇのか」
「まだ8時だよ?今頃お酒飲んでるんじゃない?」


小さな子供でもあるまいし。
ましてや酒を飲みに行ったのに8時に戻っている事を期待するのは些か早すぎる。
不満気な顔を隠そうともしないローに、クルー達は心底呆れた。

しかし心配し過ぎだとローを咎めた彼らですら、時計の針と窓の外をチラチラと伺う。
結局は彼らも人の事を言えぬレベルの心配性。


しかし大体は取り越し苦労で終わる事の多いそれも
稀に現実となることがある。





時は少し遡り夕刻頃。
ウイは街の散策を終え、ソニアに聞いた酒場を訪れていた。

早い時間だというのに賑わう店内。
どうやらどこかの海賊がテーブル席を貸し切っているようであった。
ウイは忙しそうな店員に、簡潔に注文を済ませ
カウンターで耳をすませた。


「この前のガキは随分高く売れたなぁ!」
「オッドアイは珍しいからな。暫く苦労しねぇだろ」


一部であろうと貸し切り。
気が緩んでいるのか、聞かれても困らぬ話なのか。
彼らの話し声は大きく、聞こうとしなくとも耳に入ってくる程であった。

ウイのこれはもう癖だ。
ハートの海賊団と出逢ったあの日もこうして情報を収集していた。

知らぬは罪。
そんな言葉がある程に、知識や情報は偉大だ。
罪かどうかは置いておいて、それを扱う者の技量にもよるが
情報は大きな武器になる。

現に少し前、船の持ち主の前でそれを盗む計画を企ててしまった残念な集団は
痛いしっぺ返しを食らった。

しかし今ウイの後ろで騒いでいる海賊達は、それが残念な結果に終わるかはさておき
既に彼らが世間一般が正にイメージするような海賊である事を彼女に知らせてしまっていた。


「そういやこの前はガキ珍しいモン持ってたよな。オイ!あれどこやった?」
「あ?エターナルログポースのことか?使えねぇよ、ウォーターセブン行きだ。誰が行くかあんなマリンフォード寄りの島」


聞こえて来た言葉にウイは目を見開く。
そして時計を探すふりをして、会話を繰り広げる男達を盗み見た。

それは結構な人数を擁する海賊団。
そして誰しもが驚く程体格が良かった。

ウイは考える。
見るからに強そうで、しかも人数が多い。

しかし男達も話している通り、エターナルログポース自体が希少。
行きたい島を指す物は更に、中々巡り合えるものではない。


ハートの海賊団もそれは理解していた。
すぐに見つからないと踏んでいたのなら、これを逃してもそこまで痛手ではない筈。
ウイは酒に口をつけながら悶々と考え込んだ。
耳だけは彼らの方に注意を払いながら。




「お疲れ兄貴ぃ!どうでした?!」
「あぁ。まだ小せぇが3人。小屋にぶちこんできた」


ガハガハ煩い下品な笑い声に、頭が痛んだ。

でもそれどころじゃない。
今日この島で子供が三人海賊に捕まった。
そしてその子達はヒューマンショップに売られようとしてる。

ヒューマンショップ。
きっと私は人並以上に、人身売買を行うそこに嫌悪感を持ってる。
しかもこの人達は、ウォーターセブンのエターナルポースを持ってる。


「3人か!大量だな。次のヒューマンショップの巡視船はいつだ?」
「明後日っす!」
「じゃあ飯も要らねぇな!死にゃあしねえだろ!!」


売られた子供の行く末なんて、決して良いものな訳がない。
それなのにこの人達、2日もご飯あげないつもりらしい。


エターナルログポースだけなら悩む所だけど、もう自分が悩んでない事は明白だった。


頭はもう動き出してる。
この人達が食いつく餌は、お金。


「店長さんいますか?ブラーヴェからの紹介でお邪魔してたんですが」


ソニアが話を通してくれていたのか、忙しそうな店員さんが店長さんを呼びにカウンターの中に入って言った。
その為に結構声を張り上げたから、煩かった喧騒が小さくなる。


「噂のウィングのシードルの職人か!会えて嬉しいよ!」
「私もです。これ少しなんですが、私のお酒です。味見してみてください!」


そう言って持ってきた紙袋を手渡す。
店長は受け取ったそれから一本取り出して、それを眺めながら口を開いた。


「飲んでみたかったんだよ!でもこんなに良いのかい?こんな高い物を…」
「珍しいから高くなってるみたいですけど、コストはそんなにかかってないんです」


じゃあ遠慮なくと店長はそれをしまった。
背後から刺さる視線を、確かに感じる。


「ここにはいつまで?」
「まだ決めていないんです。自由気ままな一人旅なので」


餌は蒔いた。
この人達は金を生む身を消して騒ぎになりにくい存在を放ってはおかない。

あまり遅くなれば子供達は寝てしまうかもしれないから、早々にお会計を頼んで店を出る。
帰り道は薄暗い裏路地を選んだ。


明かりも人通りもない道を、空を見上げて歩く。
そんな中小道から現れたフードを目深に被った男の人が


ごすっ


お腹に結構な力の拳をお見舞いしてくれた。




destruct at reality.