17-12
私たちは心の中の恐怖を悟られないように
それを覆い隠して、隠して隠して生きてきたから。
知られてしまえば足元を掬われるって。
お互い以外に理解し合える存在なんてないの。
外から見た私たちはいつだって"偽物"で
綺麗に見えるその鎧を、ずっと脱げずにいたけど
でも──
私だけ
あなただけには、本当の自分を解って欲しかった。
何も知らない人からの同情や気休めなんていらない。
いっ時の感情で、掠めるだけ掠めて放っておくようなその程度の覚悟でしかないならどうか
触れないで。
入ってこないで。
放っておいて。
「望んで…るんじゃないかな」
「お前の憶測を聞いてるんじゃねェ、事実を聞いてる。自分が死んだ後も"火拳屋が"それを望んだのか」
さして考えるそぶりも見せずに、間もあかずに返ってくる無機質な返事。
ローの目的の為ならそうなるのも仕方ないのかもしれないんだけど
知りもしない人の心の中を決めつけて、疑わないで欲しい。
「あんな状況でさ…仲間が、家族が命懸けで助けに来てくれてるような時に──自分が死んだ後の恋人の身の振り方って話しておくものなの?普通」
「俺なら話さねェ」
ローの言う、"エースがそれを望んだ証拠"が存在しようもないものだって事を、わかって欲しくて聞いた問いかけは
またしても即座に返ってきた。
「だったら──「勘違いしてねェか?俺はそれを話しておかなかった火拳屋を責めてる訳じゃねェ」
ならどうしろって言うのよ。
墓穴を掘らなきゃ負けはない。
その為にも私は冷静でいなきゃいけないのに、わかってるのに
ローはいちいち癪に障る言い方をしてくる。
それはきっとこの"話し合い"っていうものがそもそも
マトモなローが狂ってる私を諭してあげる会みたいになってるから。
ローは実際、話し合う気なんて微塵もない。
私の言葉の挙げ足を取って是正しようとしてるだけ。
結局は一方的なそんなやり取りが続くこの時間は、ストレスでしかなかった。
「さっきもそうだ。なぜお前は自分の憶測をさも事実のように決めつけて突っ走る」
ダメだ。
わかってる。
わかってるけどくっそ腹立つ。
ギリッと握った拳。
指先が白くなっても尚、気持ちは落ち着かない。
やり過ごせ
聞き流せ
この場さえ乗りきれば──
「もう1つ質問だ。さっきから何に苛ついてる。ただ聞かれたことを答えるだけのやりとりのどこに腹を立てる必要がある」
「……苛ついてなんかないよ」
これは本当に聞かれたことを答えるだけのやり取りと言えるんだろうか。
あなたの好きな果物はなんですか?
──りんごです!
ローの中ではこの一連の流れはこのくらいの認識なのか。
本気か?
凄いな。
苛ついていないと言いつつも
視線を合わせないのも、微塵も力を込めずに不機嫌そうな顔でいる事も改めなかった。
口じゃ勝てないから、ささやかな抵抗だ。
「どうだかな。──ならば"仮に"で構わねぇ。仮に火拳屋がそれを望まないのならば、おまえの気持ちは変わるのか」
だからさ、ないって言ってるじゃない。
そんな事。
ありもしない例え話なんて、時間の無駄でしかない。
だってその"もしも"は存在しないんだから。
ローみたいに、胸を張って何一つ偽らずにいられるような人にはこの気持ちは分からない。
本当の自分は疎まれるような存在でしかなくて
頑張って頑張って頑張った先で、無理をして偽った先で出会えた沢山の幸せ。
手放したくないかけがえのない存在だけど
でも本当の自分も分かって欲しくて、でも怖くて、理解して貰えそうもなくて。
一生偽って生きていくしかないって
肩の力を抜ける場所なんて私にはないって思っていた所で
やっと出会えた居場所なの。
私にとっても、エースにとっても。
そんなかけがえのない存在なの。
「仮でしかない事想定したって意味なくないかな。ローよりも私の方が、エースのことよく解ってる」
沸いてくる苛立ちは何とか飲み込んで
突き放すように、無機質にそう言い放った。
『ちょっとこれ…どういうこと?!』
『俺が知る訳ねぇだろ!!』
フリーウィング号リビングの
甲板ではなく、廊下へ続く方の扉。
木の板一枚で隔てられたその先では、一人と一匹が驚愕の表情を浮かべひそひそ声で叫び合う。
『ペンギンこれ知ってたの!?』
イエスともノーとも言わず、さぁ?と両の手のひらを天へと向けとぼけるペンギン。
ハートの海賊団のクルーにとって、初耳であれば結構な衝撃を受けるこの事件。
特に動じる事のないこの様子から、ベポとシャチはペンギンはこれを知っていたのだろうと判断した。
そうなると
『……やだよ。なんで??ウイあんなにキャプテンの事好きだったじゃん』
『しかもエースって、相手死んじまってんじゃねぇか…』
質問は自動的にペンギンの元へと集まってくる。
実際の所、今ここで盗み聞きした以上の情報をペンギンは持っていない。
ただ少し前に知ったというだけだ。
『俺も今聞いた事しかわかんねぇもん。知りたきゃ大人しく聞いときなさい』
口元へ寄せた人指し指でしーっと一人と一匹を黙らせたハートの海賊団副船長は、せやな!と直ぐ様素直に耳を扉に押し当てる単純な彼らにやれやれと肩を竦める。
そして少しの間の後、大きく吐いたため息と共に振り返り声をかけたのは
言葉を発しない割に誰よりも心の内を騒がせているだろうもう一人のクルー。
『良かったね。ビビる必要なさそうで』
ひそひそ話に慣れたこの空間では、その言葉はしっかりとアンの耳に届く。
アンは"船長として"ではなく
"男として"ローに好意と尊敬の念を抱いている。
彼の心には既に別の女性が住んでいる事を知って尚、その気持ちが薄れる事はなかった。
これはアンにとって都合の良い展開の筈なのだが、なぜか彼女の表情は堅い。
"アンさんの恋、応援してるね!"
両思いにしか見えなかった彼と彼の思い人。
そんな彼女にいつか言われた、自分の恋人との恋路を応援するという謎の言葉。
まだ話せないと言われた理由も全てが今、アンの中で一本の線として繋がった。
『……そういうこ──「俺はルフィ!海賊王になる男だ!!」
そんなアンの声は、扉の向こうから突如聞こえてきた大音量の声にかき消された。
「…麦わら屋?」
「…ルフィ、くん…」
ノックもなく突如乱暴に開かれた扉の先に立っていたのは、麦わら帽子を被った一人の青年。
片方にとっては手の妬ける同盟相手。
もう片方にとっては亡き恋人の大切な弟。
「ん?おまえがウイか?なんだ意外と普通だな!!」
「…あ、えっと…ロレイシル・ウイです。初め、まして」
「おい麦わら屋。ここに何の用だ」
鼻の下を人指し指で擦りつつ、あっけらかんと中々失礼な発言をかますルフィと
いつか会いたいと願っていたルフィとの急な対面に頭を混乱させたウイ。
そしてローは、邪魔だ消えろと言わんばかりの顔でルフィを睨み付けていた。
「トラ男何怒ってんだ?まぁいいや!ウイ!俺お前に伝言預かってんだ!!エースから!」
ルフィの言葉で、2人は同時にピシリと固まった。
息をするのも忘れる程の衝撃の理由はそれぞれ異なるものの、その"伝言"の存在はそれ程に今後の状況を左右し得るもの。
「エース…が、私…に…?」
内容を聞かずとも、既に大粒の涙がウイの目元を濡らしていた。
「お前がエースが言ってたウイだろ?ならお前にだ!」
「あの…!エース、何て…?」
にしし、と笑うルフィとは対照的に
何かに取り憑かれたかのようによろよろと歩み寄るウイは早く聞かせろとばかりにルフィへと掴みかかる。
2つのごくり、と固唾を飲む音は
各々が自覚しないだけで重なっていた。
「"約束、1つだけど守ったからな"って」
「──やく、そく…?」
ウイが守られたらしい"約束"にいまいちピンと来ていない事には、流石のルフィも気付けたようだった。
それだけ言えばわかると兄から言われてはいたものの、もっと他に何かを言われた気もするルフィは眉を寄せ口をへの字に曲げ記憶を掘り起こす。
「そうだ星!!エースのやつ"星の約束"って、何かそんなこと言ってたような」
それを耳にしたウイはぐっと口を真一文字に結んだかと思えば、川が決壊するかのようにぐしゃりと顔を歪ませる。
堪えきれぬその声はリビングとその外の廊下へも響いていた。
ローはただ、泣き崩れるウイを黙って見ているしかなかった。
「お、おい!どうした!!?」
声を堪えるでも啜り泣くでもなくわんわん泣くウイの様子には、人とやや違った感覚を持ち合わせるルフィですらも流石に慌てふためいた。
泣き止む気配がないどころか、嗚咽としゃくりと泣き声に、鼻を啜る音が混ざった不協和音はそのボリュームをあげていく。
伝言を伝えただけとは言え、どうにも自分が泣かせた感が否めないルフィ。
目を見開き口をすぼめ、お手上げとばかりに両手を軽く挙げたまま
助けを求める視線はこの場に居合わせるもう一人の人物、ローへと向いた。
しかしローもこの号泣の原因と思わしき"星の約束"には皆目検討もつかない。
ウイにしか伝わらぬその約束。
それが交わされたのはエースが初めてウイへの気持ちを伝えた天然のプラネタリウム。
人の気持ちが月日と共に変わり逝く事を怖いと言った恋人──いや、未来の恋人に
エースは"ある事"を誓った。
自分は絶対に裏切らないと。
一生、───
──死ぬまで、何があっても好きでいてやると。
変わらない気持ちがある事を見せてやると。
「なぁ、言えばわかるってエースは言ってたけどよ──伝わったんだよな??」
ルフィが恐る恐るかけた言葉に、返事はない。
ただこくこく頷くウイは、顔を覆ったまま無言で肯定の意を伝えた。
彼女にとって、その約束はお守りだった。
恋人を亡くして尚、自らが作り出した亡霊と添い遂げる気でいるのも
未だその言葉が彼女の心の支えとなっているから故と言えるだろう。
彼も彼女と同じように、その約束を覚えていた。
命尽きる目前、霞む意識の中でさえ約束が果たされた事の伝達を望んだのも
変わらぬ気持ちがあることを、寂しがり屋の恋人に伝えたかったから。
また起きるかもしれないそれを信じて──
「あともう一つあんだ!"アイツに幸せにして貰え"って。誰だ??"アイツ"って」
前に進んで欲しかったから。
再び上がった不協和音のボリューム。
故人とは生前、まともに言葉を交わしたこともないローではあったが
"アイツ"が誰でその伝言が何を意味するのか
それを理解するのに時間はかからなかった。