17-13




泣き続けるウイと
神妙な顔で床板に目を落とすロー。

その"伝言"に一番長く触れてきた筈のルフィが一番その内容を理解出来ないという不思議な現象。









ルフィは野生の勘というか、直感が鋭い。

泣き止む気配のないウイの事を彼はよく知らないものの、伝言を伝えなければ良かった訳ではないことは感じ取っているようだった。


「後これはお前だけにってんじゃねぇけど、"自分の人生に悔いはない"って。"名声よりも、生まれてきて良かったのか、その答えが欲しかった"って」


新しい事実を知る度に、ウイの中で増していく


「"どうしようもねぇ俺を、今日まで愛してくれてありがとう"って皆に伝えてくれって。多分その"皆"にも、お前入ってんだろ??」


どうしようもない気持ちはきっと──やりきれなさともどかしさ。


知らなかったからこそ創造出来た。
知ってしまえば
これまで依存し合ってきた心の中の恋人は、粉々に打ち砕かれる。


知りたくなかった訳ではない。
だがしかし──寧ろ死者に縛られる事を望んですらいたウイにとっては、その思いを拒絶されたようなもの。
彼女の胸を、手をはね除けられたかのような喪失感が覆い尽くした。


愛されているからこその言葉。
エースの自分への愛には一点の曇りもない。


だがそれでも、ウイはそこに居たかった。

例え時に寂しさに打ちのめされようとも
綺麗な思い出だけを恋しく思い、とどまっても仕方のない理由に縛られて居たかった。


本人ですら認めようとはしないかもしれないが
それこそが──









ウイが夜空と語らう事をやめない理由。











ただこくこくと頷きながら、顔を覆い鼻を啜るウイを見守るローはルフィに託された遺言によって
ドレスローザで自身の身に起こった不思議な出来事のカラクリを知る。


死後の世界、心霊現象、お化けや幽霊…
ローは証拠のない非科学的な存在等信じはしない。


出血を止めた銃痕の焼け跡。
指先すら動かせずにいた状況の中使えたオペオペの実の能力。
聞き覚えのある気のする、男の声。


例えこれが証拠能力に乏しい出来事であったとしても、ローはこれを




"彼の仕業"と位置付けた。









涙は止まらないのに














変だね、私…なんで泣いてるのかがわからない。














ナニカの感情が抑えきれないから涙は溢れ出る。













けど、自分の中の冷静な誰かが問いかけてくるの。














『これからどうする?』
『私はどうすれば良いの?』















泣いても泣いても、涙が尽きる気はしなかった。

このまま泣き続ければ脱水にでもなって
死ねはしなくても意識くらいは失えたりしないかな。

倒れたりすればローの尋問の手もやわらいで
今日はひとまず解散って、ならないかな。











とにかく今は、時間が欲しい。
頭の中を整理したい。













だって私…本当に何に泣いてるんだろう。















死ぬ直前ですら気に掛けてくれていたエースの気持ちが、"嬉しい"の?

死んで果たされるような約束なら確証がなくても傍にいて欲しかったっていう、一緒に生きていきたかったっていう
これはそんな"やりきれない涙"なの?

ここまで依存していたのは私だけで、エースはとっくに私を置いていってしまっていた事が"悲しい"の?

あんなに沢山の人が命懸けで助けに来てくれた事で伝わったよねって。
あれを見て、まだ産まれて来なければ良かったなんて思う筈ないよねって。
大好きな恋人の願いの成就を"喜んで"るの?


それとも
寂しかろうと酔っていようと、自制しなければ何度でも手を伸ばし掛けていたものに手を伸ばす事を赦されて"ほっとしてる"の?










もう何がこの涙の源になってるのか
自分で自分の気持ちが分からなかった。












ただ1つ、わかることがあるとすれば
言える事があるとすれば













愛してくれてありがとうだなんて、それはこっちの台詞だよ。
ありがとうって言葉だけじゃ足りないくらい、沢山の愛をあなたに貰ったよ。










少し落ち着きかけた涙がまたこみ上げて来て、じわりと視界を滲ませた。
泣きすぎで朦朧とする頭を深呼吸で落ち着ける。

吐き出した息と一緒に、頬を伝う涙がまた床に落ちた。










こんな私を愛してくれて、あなたを愛させてくれて
本当にありがとう、エース。







「そういやおまえ、トラ男の仲間なのか??ゾウに居たか??」


人多いと覚えきれねぇな!とガハガハ笑ってるルフィくんに、そろそろちゃんと頷く以外の返事をしなければ。


意を決して震える口を開いた。


「違…「ゾウには居なかったがこいつは俺の仲間だ。紹介が遅れて悪かったな」










遮って来た言葉の内容に覚えはない。











「それとおまえの兄貴の言う"アイツ"ってのも、俺のことだ」
「そうだったのか!トラ男エースと友達だったんだな!なんだ早く言えよ〜!!」


だからトラ男ウイとも知り合いなのか?って
ローの言葉をなんでも鵜呑みにしていくルフィくんに焦りを感じる。


「ちょ、ちょっと違…「俺はその伝言以前に、本人直々に頼まれた」













は?














「何訳分かんないこと言って…「それより宴だ!なんでおまえらこんなとこ居たんだ??肉なくなるぞ!!」


がしりと掴まれた、宴へと誘われようとする右手。
それと同時にぐいっと引かれる左腕。


「待て。俺はまだこいつと話がある」
「あっちで話せば良いじゃねぇか!なぁ?」
「え、あ…うん!!」


ローには申し訳ないんだけど
今さっきの話の続きはしたくない。

お酒飲んだりはしゃいだりする気分では全くないんだけど、このままここに居るより大分マシな気がした。


「こいつは酒職人だ。差し入れる酒を用意させる。先に行ってろ」
「酒〜?俺は酒飲まねぇ!だから行こう!!」


急遽始まった、私の腕での綱引き大会。


宴やってるならお酒は確かに差し入れしたい。
ルフィくんがお酒飲まないのは残念だけど、お仲間さんとかハートの海賊団の皆とか、マルコにも久しぶりに飲んで貰いたいし。
でもなぜそれをローが勝手に決めるんだ。


差し入れの準備だなんてどうも嘘臭い。
これはどうせルフィくんを追い払う為の建前だ。

頑張れルフィくんって、右手を引く力を応援してたのに


「さっさと戻らねぇと肉がなくなるぞ」
「それは困る!おまえらもさっさと来いよ〜!!」


右腕は呆気なく離された。
待ってるからな〜と手を振りながら、ルフィくんは嵐のように去っていく。



お酒よりは重要だったらしいけど
お肉を前にすれば、私なんて秒で負ける程度の存在だった。







バタン、とルフィくんが出ていった扉が音を立てて閉まった。

しんと静まり返るリビングには、私とローが二人きり。













「"仮に"の話じゃなくなったな」
「……お酒、準備して行こっか。ルフィくん待ってるって言ってたし」


やっぱりさっきの話の続きをしようとしてるローを振りきろうと、食品庫に向かって回れ右をする。


ダンッ!!













「触れてねぇ。これはセーフだろ」


食品庫への道を妨げたのは、無駄に長い腕。
非難するように見上げた顔は呆れたようにため息をついてた。


ため息付きたいのは、こっちの方だ。


「ごめん。ちょっと私今は、色々…考えたい。さっきの続き、また今度じゃダメかな」
「前に言った気がするな。…おまえに時間を与えて良くなった試しがねぇって」


言われた気もしなくもない。
そしてこの間接的な返事は、つまり"ノー"だ。


やっぱりお酒の差し入れはルフィくんを追い払う口実だったのか。


「考え事なら一人でするな。俺も一緒に考える」
「そういうんじゃなく…本当に私、今何がどうなってるんだか…自分でも分かってなくて」


さっきも思った。
今日のローはなんだか…前まで以上に遠慮がない。

今までは踏み込んで来て欲しくない時には、ローもそれを理解して引いてくれていたのに。


「否定しなかった」
「え?」


どうしたものかと思考を巡らせていれば、そんな暇はやらねぇとばかりにローは話を進めていく。


「おまえも火拳屋の言う"アイツ"は俺だと認識しているし…実際他にいねぇだろ」
「それは…」


そうなんだけど。
でも、だからって…エースに言われた通り、はいそうしますって割りきれるものじゃない。

その為にも時間が欲しいのに。


「さっきの伝言が小せぇ事じゃねぇのもわかる。だがそれを聞いたからと言って何を考える必要がある」













責められてる訳じゃないのもわかる。
かと言って、ローの態度は私を気遣ってくれてる訳でもないように思えた。








探るように細められたローの視線が怖いと感じたのは
エースへの誠意っていう建前の裏に隠したそれを知られたくなかったから。

そしてローも
その存在に気付いているからこその遠慮のなさなんじゃないかって、そんな気がしてならなかった。








「さっきおまえが言った理由はもう、事実として覆された」


頭が痛い。
号泣しまくった後のこんな頭で、理詰めのディベートなんてしたくない。


自分がゴールとして目指していた状況が、変わってしまったから尚更。
むしろそのゴールがどこなのかも、辿り着く事が正解なのかもわからなくなってしまった。


「火拳屋はおまえがいつまでもそうしてる事を望んでねぇ。ならおまえが俺を拒む理由はもうねぇ筈だ。…本当に理由が"それだけ"なら」


無理だ。
今はローと戦えない。

きっと上手いこと誘導されて、後悔するのが関の山。
こっちの急所に気付きつつあるなら尚更だ。


何が正解かはわからなくても、ローの胸に飛び込めない事だけは事実。
例えエースもローもそれを望んでいたとしても。


「考える時間が欲しい?違ぇな。おまえは俺から逃げるのに丁度良い理由を探す時間が欲しいだけだ」


そうだよ。
このままだと言い負かされるから、だから時間が欲しいんだよ。


告白しようと意気込んでた二年前と今は違う。
パパもいない。
エースもいない。
マルコは生きていても、"白ひげ海賊団"っていう私の帰る場所はもうない。

それに───













『いい加減気付いたら?』
『母様もエースも──』













最近見なくなっていたあの、真っ白な夢に出てくる2人の女の子。


この子達が私の聞きたくない言葉しか話さないのは知ってるから、掻き消すように目を瞑って首を大きく振った。


「どうせおまえは、無理矢理がねぇならほとぼりがさめるまでうやむやにしておこうって、そんな魂胆だろ」


2人は消えてくれたけど、現実の世界から聞こえてくるローの声は消えてくれない。
その声が形作る言葉も、到底私に優しいものなんかじゃない。


「させねぇよ。納得するまで帰さねぇ。言えよウイ。おまえは何にビビって俺を拒絶する」


身を屈ませて覗き込んできたこの灰色の瞳は、名うての占い師愛用の水晶玉ですか?

目を合わせている時間だけ、心の中が読み取られていく気がして怖かった。


怒ってる訳でも笑ってる訳でもないポーカーフェイス。
腹が立つ程綺麗な肌に、整った顔立ち。


この顔をなんのしがらみもなく見つめていられたら、どんなに幸せだったんだろう。






destruct at reality.