17-15
この場の多数決では圧倒的な負けだけど、少数派だからってこれに関しては私がおかしい訳じゃないと思う。
だって本当にそんな事を気にして、永遠の愛っていう確証がないと恋人にも夫婦にもならないなんて事を世の中の人全員がやっていたとしたなら
人類なんてとっくに滅びてる。
何か、事情でもあるっていうの…?
説明してって目で訴えても、気付いてないのか言えないのか
シャチさんもベポも目を合わせてはくれない。
「おまえそれは──おまえの父親と、母親の事を言ってんのか」
「…それも、ある」
父親と母親…?
結局聞こえてくる声から情報を拾うしかなくて、耳に意識を集中する。
「一緒にすんな。俺とおまえの父親とは別の人間だろ」
「母様は…!凄く綺麗な人だった。優しくて穏やかで…非の打ち所のない人だった!!それでもダメだったのに、私がそうならないって言える?」
これはつまり、あの子の両親は離婚してるとか
そういうこと?
まぁ、親の離婚って子供としては傷付いたりとかするのかもしれない。
でも今の世の中離婚はそこまで珍しい事でもない。
あの子には悪いけど、少し大袈裟過ぎやしないだろうか。
それしきの事でトラウマ作ってたら私はどうすれば良いっていうのよ。
「私は綺麗でもなければ、胸だってないし…ガサツだし飲んだくれだし、口も悪ければ人の言う事も聞けない」
別にとびきりの美人ではないと思うけど、普通に可愛いと思う。
胸は確かに大きくはないなって思ったけど。
更に言ってしまえば、それ以降に関しては良くない自覚があるなら改善しろとすら思う。
どうしよう。
皆凄い神妙な顔してるっていうのに、なんだか寧ろ…腹が立ってきた。
「言わなかっただけで、私いつだってこんな事グチグチグチグチ考えてた…!それに…」
沸き上がってくる苛立ちを鎮めようと深く息を吸い込む。
そうだね。
そんな事グチグチ考えてるようには微塵も見えなかったよ。
名演技。
凄い凄い。
寧ろそのグチグチ考えてたっていうの嘘でしょ?って思うくらい。
自分で言っててフォローなのか嫌味なのか分からなくなる。
でも仕方ない。
こんなちっぽけな事で大騒ぎしてるって言うのに、キャプテンも皆も呆れる所か心配そうなんだもの。
やっぱり、結局あの子は狡いんだ。
すさんだ心で、それでも部屋の中から聞こえてくる声を聞き逃さないように気を付けてた。
聞けば聞く程嫌になる気しかしないのに。
「実の父親が…捨てようと思うような子なの、私。一番愛されるべき人にすら邪魔者扱いされるような…そんな人間なの…!!」
え?
一瞬、自分の耳を疑った。
あれ?
さっきまで御両親の離婚の話をしてたんじゃなかったの?
…捨てられた?
あの子が…?
再度ドアにへばりついてるシャチさんとベポに説明を求めて視線を向けるけど
さっきより更に表情を暗くした二人は結局目を合わせてはくれない。
こっちはきっともうダメだと思って仕方なく
私の背後で廊下の壁に背を預けてる副船長の方へと向き直った。
『あの、これどういうこと?』
『どうって?聞こえる通りだけど』
予想通り、副船長は目も合わせてくれたし返事もくれた。
けど…その聞こえる内容が意味わからなくて聞いてるっていう、こっちの意図はまるで無視の返答だ。
いやきっと、副船長は解ってて曖昧に濁してるのか。
『ウイは元は貴族の娘で、良いとこに嫁に行けるようにってほぼ監禁されながら英才教育されてたみたい』
いつもの如く煙に巻かれるかと思ってたのに
意外な事に副船長は私が聞きたがってるあの子の事を、ちゃんと教えてくれるみたいだった。
貴族の娘ならあんな大きな船持ってるのも納得だ。
普段の行いには貴族らしさの欠片すらも感じなかったけど。
『良さげな嫁ぎ先がなくなって、自暴自棄になった父親が愛人に唆されてウイとウイの母ちゃんをヒューマンショップに──』
『ちょっと…ペンギン!』
副船長の言葉は、ひそひそ話ギリギリのベポの声で遮られる。
ヒューマンショップ…?
ってことはあの子も、どこかの誰かの慰み物だったっていうの…?
しかもそれをやったのは実の、父親…?
先生に無理矢理犯され、両親の死の真相を知ったあの夜の血が沸騰するような怒りが今
からだの奥深くで鮮明に再現されてる事をどこか他人事みたいに実感してた。
気を鎮めようと閉じた瞼の裏で、大嫌いだった筈のあの子の顔が浮かんでは消える。
満面の笑顔の筈なのに、それはどこか痛々しく見えた。
なんでキャプテンや皆がその話を知ってるのかは知らないけど
この感じじゃきっと、あの子はこの話をあまり知られたくないんだろうって思った。
当然か…。
それならトラウマも納得の中々の悲劇だ。
それを隠してヘラヘラしてたのも、嫌味なんかじゃなく本当に名演技。
こうなってくると、それはそれで健気過ぎて腹立たしい。
『別にもう良いっしょ。ウイがここまで自分でベラベラ喋るって事は、俺らと今後二度と関わる気がねぇか、乗り越えるかの二択しかないと思うんだよね、俺』
あの子極端だからって言う副船長に、初めて心から同意出来た。
なんだか私は、初めてあの子の事を理解出来た気がする。
あの子本人の事も、皆があの子に向ける感情にも。
言いたくない気持ちもわかるけど、知っていたら見方も違ったのに。
もっと違う関係が築けたと思うのに。
聞かされていなかったとは言え
そんな身の上でも、表面上だけでも
卑屈さを微塵も出さずにいたあの子への今までの自分の態度を考えて、落ち込んだ。
前に副船長が私とあの子を一緒にするなって言ってた本当の意味が、今ならわかる。
『そんで続きだけど。それに気付いたウイの母ちゃんがウイ連れて逃げようとしたんだけどバレちゃって──』
もう大分昔に通りすぎた過去の話だってわかりつつも、当時のあの子とあの子の母親の身を案じては奥歯がギリリと音をたてた。
なんで世の中こういう時、上手くいかないものなのか…
『最悪なことに母ちゃん、殺されちゃったのよ』
『それも、ウイの目の前で』
ごくり、と喉がなった。
ちょっと待って。
これは…あの子への悪い印象全てを払拭して尚有り余る程の悲劇じゃない…
『──────』
副船長の話すあの子の話はそれから先も続いてた気がするけど、全く頭に入ってこなかった。
情報が多すぎて、頭がついて来ない。
キャプテンに時間が欲しいって言ったあの子の気持ちが今、よくわかる。
考えが纏まらない頭で、ただなんとなく思ったの。
"行かなきゃ"って。
踏み出す足の向く先は
リビングとは逆の、外へと繋がるサンルームの方。
なんだか足元が、ふわふわぐらついてる気がした。
雲の上を歩いてる感じ。
メルヘンな比喩だけど、それが一番しっくり来る気がした。
全然そんな気分ではないんだけど。
潜水艦の、私の部屋。
そこに着くまでの道のりで記憶に残っている事と言えば、外に出た瞬間の夜の海の匂いと
横付けしてある麦わら一味の船から聞こえて来た賑やかな宴の喧騒だけ。
皆に何の説明もなく戻って来ちゃったけど、大丈夫だったかな。
そんな事考えながら、真っ暗な部屋に明かりを灯しては着ていたつなぎをベッドに脱ぎ捨てた。
必要最低限の物しかないこの部屋には、唯一全く使ってないのに捨てられない物がある。
大きな紙袋に入った、普段の私には全く縁のない女物の洋服達。
その中でも一番奥にしまってあるキャミソールタイプのワンピースを引き抜いた。
これは初めてあの子に会った時、見せて貰ったカタログで一目惚れしたワンピース。
あの時の私はお洒落なんてした事がなくて、自分の服を選ぶなんて事もした事がなくて。
そもそもキャプテンの好きな人相手に馴れ合う気なんてなかったから、服にときめいた心はそっと胸にしまったんだ。
打ち解けようとしてくれるあの子の手を何度も振り払って、別れ際には結構酷い事も言ってしまって
それなのにあの子はこれを贈ってくれた。
これが気に入ったなんて私、一言も言わなかったのに。
着てやるものかって意地になっていたけど、今日までこれを捨てられずにいたのは
"着ない服"なんかじゃなく、"来るべき時が来たら着る服"だったからなのかな。
着なれたつなぎとは布面積がまるで違い過ぎるワンピース。
肩や首回りがすーすーして落ち着かないけど、姿見に映る自分を見て、背筋がしゃんと伸びた。
「凄い…私じゃないみたい」
思い込みと、勝手な敵対心。
そんな事で散々あの子に嫌な態度を取って来たこんな私の心変わりでも、あの子は喜んでくれる気がした。
その気持ちの現れってことでこれを着たかったのに
素敵な服に身を包んだ私はまるで別人みたいで、ただそれだけで中身まで変われた気分になった。
卑屈な心が少し、和らいだ。
両親の事がトラウマになってるだろうことは、何となくわかっていた。
ただ何がどう傷付いたのか、どこにどう怯えてるのか
それを言葉にされた事で、これまでのウイの言動1つ1つが府に落ちたような気がした。
どこか冷めた顔で話し出した時とは一変して、涙ながらの喧嘩腰で放たれる言葉達。
自分は間違っていないとでも言いたげに突っかかってくるウイは、こんなくだらねぇ事でこれまでずっと悩み続けていたのか。
「おまえ、バカだろ」
さして考えもせずに、口から出たのはそんな言葉だった。
目を見開いてびくついたウイの反応が解せねぇが、バカとしか言い様がないものは仕方ない。
「人の父親にこう言っちゃなんだが、おまえの父親が禄でもねぇ人間だった。それだけだ」
「ローには分かんないよ!!家族も故郷も、友達も、恩人も…奪われたかもしれない!つらい思い沢山してきたかもしれない…!!けど!!」
けど、なんだ。
急に引っ張りだされた自分の過去に自然と眉根が寄る。
別に可哀想だなんて思われなくて結構だ。
確かに不幸な身の上かもしれねぇ。
過酷な環境だったかもしれねぇ。
ガキだった
相手が強大だった
だがどんな状況であろうと、守れなかった物の数は恥でこそあれ自慢になんてなりやしねぇ。
「ローは愛されてたじゃない。家族にも!!コラさんにも…!!!実の父親に!一番愛して貰えるべき相手に捨てられた私の気持ちなんてローにはわかんない!!!」
めんっどくせぇ…
放たれた言葉が衝撃的過ぎて怯んだ。
なんだこれは。
不幸比べか。
確かに良い着眼点だ。
言われて初めて俺は裏切られた経験がねぇ事に気付いた。
そんな俺にはウイの気持ちは理解できねぇか。
だとしても
だとしても、だ。
ならばどうしろと言うのか。
いや、どうにも出来ねぇから放っとけと。
そういうことか。
情緒不安定。
被害妄想。
開き直り。
呆れる程の面倒臭さにため息が止まらない。
それなのに
それなのにどうして
俺はこいつを見限れねぇんだろう。