17-16
「俺はどうすれば良い」
「え?」
他のヤツならとっくに見捨ててる。
そんなに捻くれてぇなら好きにしろと見放してる。
「どうすればおまえはその、"起こりもしねぇ被害妄想"にビビらずに済むかと聞いてる」
ここまで行き過ぎたバカの妄想になぜ一緒になって付き合っているのか。
我ながら情けねぇと自分でも思う。
鼻を啜りながら潤んだ目で見上げてくるウイを尻目に後頭部を思い切り掻きむしった。
「そんなの…私が聞きたいよ。どうすれば良いかわかってれば最初からこんなに困ってない」
本人にもわからない。
提案する案は全て却下。
ンなもん無理ゲーじゃねぇか。
詰んでる。
この状況は確実に詰みだ。
頭ではわかっているのに、ゲームオーバーの選択肢をどうしても選べねぇ。
何か、何かねぇだろうか。
このバカが目を覚ませるようなきっかけが。
そうだ、──2年前。
俺が止めさえしなければ全ては上手く纏まっていたであろうあの事件。
火拳屋の存在に気をとられ過ぎて忘れていたものの、こいつは一度俺に告白しようとしている。
あの時は平気ならそこは矛盾するんじゃねぇだろうか。
「乗り越えたんじゃなかったのか、2年前」
「──そんな訳ないじゃん。…家族が出来て、浮かれてたの」
"浮かれてた"、と。
ほぉ。
「例えローにいらないって言われても、家族っていう帰る場所があれば平気かなって。そう思っただけだよ」
開き直りとは恐ろしい。
聞こえの悪すぎる事実すらも、こうも清々しくあっさり自供してしまえるもんなのか。
呆れを顔に出さねぇように注意を払ってはいても、これはもういくらかは滲み出てる気がした。
「ほら、私最低でしょ?勇気振り絞ったとか綺麗事言っておいて、結局保険があったから言えただけ」
そう話すウイの顔は、自嘲とはこういう事を言うのかと
正にそう思えるようなそんな顔をしていた。
それがどんなに褒められた事ではなかろうと、これで二年前は平気で今は無理な事に説明がついちまった。
これが駄目ならまた他を探さねぇといけねぇか。
「ねえ…さっきも言ったけどさ、現実見なよ。私こうやって話してて改めて最低だなって思ったよ。もう放っといたら良いよ」
「俺はこれまで…自分でも趣味が悪ぃと何度も思った。今も改めて思ってた所だ」
なんとかならねぇかと考えを巡らせていれば、もうやめておけと止めに入るのは
人に現実を見ろと言う癖に誰よりも現実が見れてねぇ女。
「おまえは今日を除けば自分がそんなに良い女に見えてるとでも思ったか?これまでおまえが俺に、俺らにしてきた事を思い返してもみろ」
「ちゃんと…してたじゃない。今までは」
どんな記憶力だ。
真顔で返ってくる返事は、こんな状況でなければ突っ込み待ちとしか思えない。
確かに今までは、こんな捻くれた素振りは見せていなかった。
だとしても。
それ以外にあんだろうがいくらでも。
「どこがだ。…人数けしかけて集団で一人を潰しにかかったり、男相手に体売らせようとしたり、ベポの毛むしりとって枕作ろうとしたり──「あれ枕じゃないし。クッションだし」
そういう問題じゃねぇよ。
手芸品の名前等どうでも良いとばかりに軽く睨みをきかせる。
あっちもあっちで睨み返しては来るものの
ベポの毛の成れの果ての行き先がベッドだろうとソファーだろうと心底どうでも良い。
「ならクッションで構わねぇ。だがパッと思い付くだけでこの有り様だ。現に今も思ってた所だ、とんでもねぇ女だって」
「だからほっといてって──「見くびんじゃねぇよ。心底引こうが、面倒臭かろうが呆れようが、それでもどうにかなんねぇか考えちまう。…こっちも理屈じゃねぇんだ」
放っておける方法があるのなら
この云わば呪いのような感情を消せる方法があるのなら
寧ろこっちが聞きたい。
刺激しねぇ方が良いかと思って黙っていた内心を暴露したついでに、一点腹が立って仕方ねぇ部分も言ってやる事にした。
「例え俺が親や家族、仲間に裏切られてようと、おまえの気持ちなんてわかってなんてやれねぇぞ」
途端に変わった顔つきは、同じ睨みをきかせた顔でもさっきのそれとはまるで違う。
何言ってんだてめぇとでも言いたげな好戦的な目付きを同じ思いを込めた視線で返した。
「わかりたくもねぇ。おまえは今まで何を見てきた」
今度は俺が言ってやる。
"現実を見ろ"と。
「おまえは信じられねぇんだよな?人の好意が」
警戒心丸出しの顔が、俺の問いに籠められた意味を探るようにこくりとだけ頷く。
「俺だけじゃねぇもんな?ベポやペンギン、シャチやジャンバールがおまえを好いてンのも、クルー達が懐いてンのも、全部信用出来ねェンだもんな?」
「…!違う!!今…、今好きでいてくれてるのは知ってるし…信用だって、してる」
口ごもり、尻すぼみになりながらの反論は全くもって説得力がねぇ。
「結局先の事は信用出来ねぇんだろ?アイツらもいずれはおまえを売り飛ばすとでも言いてぇか」
「…そこまでは、思ってないよ」
完全に否定しねぇとこを見ると、売り飛ばしはしねぇでも
いずれは好意が悪意へ変わるものだと本気で思っているようだった。
改めて確認して、改めて腹が立つ。
これはそう、"侮辱"。
それが一番近い。
「"そこまで"がどの程度かは知らねぇが、俺はそんな薄情な連中を仲間に選んだ覚えはねェぞ」
「だから違うってば…!皆がどうとかじゃない!!私!私がそういう人間なの!!」
普段は呆れる程阿保でしかねぇ。
良く言えば従順だが、悪く言えば頼りねぇか主体性に欠ける。
だがこれだけは胸を張って言える。
アイツらの人間性、俺はそこだけは絶対に間違えたつもりはねェ。
「親ですら邪魔だって思うの。私、に…問題がある。皆のせいとかじゃない!!」
「それはうちのヤツらが揃いも揃って見る目がねぇと。そういう事か」
全てを捨てて俺に付いて来る事を決めたアイツらの目が節穴のように言われるのは、中々に腹立たしい。
「違うって言ってんでしょ!?なんでそうやって人の挙げ足ばっか取る訳!?私が隠すのが上手いだけ!!皆を騙してただけ!!」
「隠せてねェって言ってンだろ阿保が!!おまえこそ現実を見ろ!これまでアイツらの何を見てきた」
なぜこうも気付かない。
アイツらのおまえを見る目のどこに、そんな要素があった。
「例えどんなにおまえに非があろうと、うちのクルーにそんな人でなしはいねぇ」
ぎゅっと口をつぐみ目を伏せるウイは今、何を考えているんだろうか。
この病的なまでに強情な女を、どうにか楽にしてやる方法はねぇもんだろうか。
「おまえこそ現実を見ろ!これまでアイツらの何を見てきた。──例えどんなにおまえに非があろうと、うちのクルーにそんな人でなしはいねぇ」
違うのに。
やっぱりローには私の気持ちなんて解らない。
相手が誰かなんて関係なく怖い気持ちが消えないのも
皆が良い人過ぎるから、だからこそつらくて怖いのも。
なんだか目に見えて怒ってる。
どうせローには私が皆の気持ちを全く理解してない恩知らずにでも見えてるんだろうし。
何か言えば何倍もの正論で返ってくる。
それならもう何も言えない。
言いたくない。
「まぁ良い。わかった」
不貞腐れた私が黙秘を決め込もうとした空気を、ローがかき消した。
なに?
わかったって。
絶対ローはなんにもわかってない。
うんざりしながら目線を上げようとすれば、威圧感のありすぎるあの顔が視界に入る前に聞こえて来た声が心をざわつかせた。
「ルーム、メス」
それは昔、幸せな夢の中で聞いた台詞だったから。
きっとあれが夢じゃなければ、今は変わっていたのかもしれない。
あれは、そう。
現実では触れる事の出来ない臆病な心が生んだ
幸せで儚い、残酷な幻。
"おまえバカだろ"
さっきも少し、あの言葉に期待した。
でもその既視感の続きは、正論のふるぼっこ。
6年という年月は、素敵な魔法使いを現実的な大人に変えてしまったんだなって
それもそれで悲しくなった。
「俺の心臓、お前にやる」
でもこれは
「お前が不安になるような事があれば、遠慮せずそれを握り潰せ」
夢でもなければ、卑屈な私を非難する言葉でもない。
「足りねぇか?ならどこが欲しい。目でも耳でも、腕でも足でも他の臓器でも、それで気が済むならどれでもくれてやる」
これがあの日見た夢の続きなら、もっと早くに見たかった。
「死にたくねぇなら一生愛してろって、これで脅してろ。これ以上の確証はねぇだろ」
こんなどうしようもない私に差し伸べられた手の上で
キューブに収まった心臓がドクドク脈打ってる。
触れる事が叶わないなら
こんな希望、見たくなかった。
ダメだって、わかってる。
わかってるの。
けど
私が欲しいのは強制されたものなんかじゃないのに、それはとても魅力的に見えた。
人の事言えないくらい面倒臭いし
完璧でいられない人の気持ちなんて全く解ってくれない。
それでも、例えそれが脅しの上に成り立つ関係だとしても
この手を取ってしまいたいと、願ってしまった。
惑わされるように
誘われるように
右手が伸びてしまいそうになった時──
──眠ったつもりはないのに夢を見た。
──そうやってまた殺すの?
それはハッキリ、見えて聞こえた。
あの真っ白な空間で、あの子がこっちを見てた。
呆れたような目で
膝で眠る幼い方の女の子の髪をすくあの子が、茫然としてる私にため息をつく。
──母様もエースも─……
「ウイ?」
「あっ……ごめ、聞いてなかった。なに…?」
名前を呼ばれて引き戻される。
はっとして伸ばしかけていた右手を握りしめた。
「どうした」
「な…んでもない」
ちっとも動いてなんていないのに、やけに息がしにくい。
目の前にあるキューブ入りのそれとは比べ物にならないくらいの激しい鼓動が、体の奥で暴れてた。
あれは…白昼夢?
でも助かった。
…危うく取り返しのつかない事をしてしまう所だった。
少しずつ落ち着いてくる胸の音を聞きながら、背中が冷や汗でびっしょりな事に気付く。
挙動不審だろう私は今どんな目で見られてるんだろう。
ローがあれから何も言わないのが有り難いのか、もう何でも良いから状況を動かして欲しいのか
それすらももう、よくわからなかった。
どうしよう。
本当に。
「───!」
「──────!?」
なんの目的もなく床板の繋ぎ目を目で辿っては、さして上手く回らない頭で思い付きもしない打開策を考えてたら
よく聞こえなかったけど言い争いみたいな声が聞こえたの。
声のした気のする廊下側の扉に目をやれば
ガチャッ
それは視線が届くと同時に、開いた。