17-17
「アン?」
開いた扉の先に見えたのは
お洒落したアンさん…?が、なんか凄い顔してしがみついてるベポとシャチをボカスカ叩いてる現場だった。
ローが名前を呼ぶまで一瞬誰かわからなかったくらい、普段と雰囲気の違うアンさんはなんか怒ってるみたいで
目が合った途端ギロって音がするくらいに睨まれる。
今まで、無視はされても睨まれた事とかはなかったのに。
「お取り込み中みたいですけど、失礼しますよ」
かち合った視線が逸らされはしないまま、リビングに入ってきたアンさんがすっと私の横を通り抜けた。
初めて会った時から綺麗な人だと思ってたけど
着てるワンピースとちょっと怒った顔がいい感じにマッチしてて凄い迫力美人。
普段つなぎ着てるの勿体無いなって、呆気に取られた頭がそんな事考えてた。
「キャプテン、私…初めて会った時からずっと、ずっとあなたが好きでした」
ゴクリ
突然の告白タイムに動揺しすぎて飲んだ息が、思った以上に大きな音を立てる。
アンさんがローを好きな事なら知ってる。
応援、出来てないような時もあったけど、するって決めてる。
それに今さっき再確認したばかりだ。
私はあの心臓を受け取ってはいけないって。
「悪ぃがおまえの気持ちは受け取れねぇ」
「なんでですか?この子が好きだから?」
なんっで今日に限って…!
どいつもこいつも遠慮無しの直球ぶっぱなしモードなんだ……!!
え?
アンさんってこんなタイプだった…?
そりゃ私嫌われてただろうし
素は見せて貰えてないんだろうからそんなによくわからないけど…
え?
「あぁ」
「でも今振られたじゃないですか、キャプテン」
ノー!!!!
なんって直球なんだ!
直球過ぎるよアンさん!
いつものおしとやか美人はどこに行ったんだアンさん!!!
目の前で突如始まった愛の告白劇は、突っ込みどころ満載なのをよそにどんどん進んでいく。
いたたまれない気持ちで逃げ出したくて仕方ないのは、きっと私がずるいのとは関係ないと思う。
「例えそうだとしても、俺の気持ちは変わらねぇ」
もう不自然でも無責任でも良いから逃げ出してしまおうかって
本気で考え始めた頃に聞こえてきた言葉。
思わず顔を上げてしまえば、アンさんと話してた筈のローとしっかり目があった。
ぶつかった視線はなんだかえも言われぬ感情を生んで、もどかしさで唇を噛む。
それでも、噛んだ唇よりも胸が痛んだ。
ずっと欲しかったものが目の前にあって
あげるよって言われてて
嬉しいのに、貰って欲しいとすら言われてるのに
手を出せない。
それはまるでしゃぼん玉。
宙に浮く虹色の癒しは、触れてしまえば呆気なく壊れる。
風に拐われて手の届かないどこかへ行ってしまうまで、触れられたのにと名残惜しく見届けるしか術はない。
「ですって。良かったわね」
「…え?」
目の前で急に回れ右した美女が、腕を組んで呆れたように私を見下ろしてる。
アンさんに笑顔を向けて貰えた事なんて今まで一度もない。
いつもツレない反応しかしてくれなくて。
でも今日のこの顔は──笑顔じゃないけど、なんだかいつもと違かった。
「少なくとも他の人に言い寄られたくらいじゃ気持ちは変わらないんですって。…あなたが色々暴露しちゃった後でも」
その言葉を聞いて
アンさんの形の良い眉が下がったのと相反して、少しだけ上がる口角を見て
もしかしたらって思った。
「あなたさっきから、ああでもないこうでもないって面倒臭いのよ。…ネタが尽きたら私まで理由にされてしまいそうで」
そうかもって思ったら
とても似合ってたワンピースが、よく見たら見覚えのあるものだった事にも気付いてしまった。
私の手を離れてから一度も見なかったそれが再び現れたのが、今このタイミング。
仮定の裏付けがまた1つ増えた。
「だからその前に振られてやったわ」
「アンさん…」
正直、扉の奥から現れた怒ってる感じのアンさんを見た時
罵倒されるかと思った。
何が応援するだって
私がだらしないからローが諦められないんだって
罵られると思った。
それなのに───残念だったわねって笑ったアンさんは
同性の私でも見惚れてしまうくらい、綺麗だった。
勘違いじゃなければ、アンさんは私と仲良くしようとしてくれてる…っぽい。
「だから、私のことなら気にしないで?」
責められるどころか、ローとの仲を応援するよちっくなこの展開。
仲良くなれたら嬉しいなってずっと思ってた。
でもきっとローとの事がちゃんと解決してからじゃないと無理、っていうか…
寧ろそこ解決しても難しいのかもとか思ってたのに
何がどうなってこうなったんだろう…。
これは喜んで良い状況なの?
そもそもなんで急に?
いや、もし本当なら嬉しいんだけど。
…それともまさかこれドッキリか?
ドッキリならどこからどこまでが本当で嘘?
考えなきゃいけない事に頭の処理が追い付かない。
片付く前にどんどん積み上がっていくこの状況が嫌になり始めた頃、背中に風を感じた。
誘われるように振り向いた先には、開けっ放しのドアと神妙な顔の初代の皆が立ってて
気まずさに耐えきれなくて、目が合わない内に急いで顔を背けた。
そっか。
皆も居たなら、全部聞かれてたか。
ローにこれを話した時点で、もうここに残る選択肢なんてなかった筈なのに
そしたら皆とだってお別れだし、理由を聞かれたら答えない訳にもいかないだろう事はわかってた筈なのに
急にずんと重くなるこの気持ちは、一体なんなんだろう。
「ウイ俺…熊だよ!人間の事は知らないけど、熊の!俺の気持ちは変わらないよ!!」
ハッとして視線を戻す。
今度こそちゃんと見たベポの顔は、目の周りがグシャグシャに濡れてた。
「俺はこの先もずっと!ウイのことが好きだよ!!」
叫ぶだけ叫んで、大きな図体であうあう唸りながら号泣するベポに
あれだけ泣いたのに、まだ枯れもしない涙が込み上げて来る。
「おまえさ、帰る場所がねぇとか家族はもういねぇとぐぇっ!!…妹だって言ってたあれは嘘か?」
ベポを落ち着かせようとその背中に手を伸ばしたシャチは、大泣きする白熊に抱きつかれて絞め殺されでもしたような声を上げた。
「少なくとも俺は本当に…おまえの事家族だと思ってるぞ」
よしよしってベポをあやすシャチの顔が呆れたように笑ってたのは
ベポのせいだけじゃない事…私にだってちゃんとわかってた。
「ペンギンも!何か言ってよ黙って突っ立ってないで!!」
「おまえ泣くか怒るかどっちかにしろよ」
シャチに鼻をかんで貰いながら、ギャンギャン喚くベポがペンギンに突っかかり出す。
「別に…俺今更何も言うことないんだけど」
両手をつなぎのポケットに突っ込んでやる気なく立ってたペンギンは、急に振られて面倒臭そうに頭を掻いてた。
ペンギンはいつでもブレないな。
納得いかないらしいベポが噛み付く勢いで怒り狂ってたけど、私はもう十分──
「4年前?にもう言ってるもんね。"超絶男前なキープがいるって覚えといて"って」
普段は帽子の鍔で見えない事が多いのに、いたずら好きが滲み出た目が笑ってる。
これはあれだろうか。
あれから結構な時間が経ったけど変わってないよって。
ペンギンはそういう事を伝えようとしてくれてるんだろうか。
「4年も、経ったんだ。よく覚えてたね」
「そりゃいつでもチャンス付け狙ってますから」
そうだね。
ペンギンが忘れる訳がないね。
エースとは違った形で、ペンギンもずっと私を支えてくれてた。
いけない事してる時も、いつだって味方でいてくれてたもんね。
「ちょっとウイ!!なんでペンギンにだけコメント!?シャチはともかく俺には何か言ってくれたって良くない!?」
「なんでそこで俺は見捨てんだよ」
俺ウイの為に熊まで引き合いに出したのに!!ってムキーってなってるベポにも、真顔で的確な突っ込みいれてるシャチにも
そうだよねごめんねって思いながら思わず笑ってしまった。
「キャプテンくらいよ、こんな厄介なあなたの面倒見れるの」
彼も他の男に擦り付けて逃げちゃったんでしょう?って、冗談めかして背中を押してくれるアンさん。
やっぱりドッキリでも嘘でもなく、アンさんはもう私に怒ってない気がする。
本当に私と、仲良くしようとしてくれてるんだ。
心が揺らいでる事に、気付いてた。
ダメだってわかってるのに
この温かさと優しさに、流されてしまいたいと思ってしまう自分がいた。
「あなた勘違いしてると思うけど…人を信じた事が間違いな訳じゃないわよ」
聞こえた声で我に返って、また床板を眺めてた事に気付いて慌てて顔を上げた。
「信じた人を間違えたの。どんなに誰かに失望しようと…信じる事をやめてしまえばそこから何も変わらないわ」
信じた事。
私が良い子にしていれば、父様の期待に応えられれば
いつかまた皆で楽しく暮らせる日が来ると信じていたの。
その為に
退屈で仕方のない何もない部屋で、与えられた事だけを必死でこなした。
ほとんど誰も訪れない部屋は寂しくて仕方なかったけど、私が上手く出来ればいつかは
父様や母様とずっと一緒にいられて、お友達とも遊べて…そんな日が来るのを信じてずっと、我慢してきたの。
望んだ未来が訪れなかったのは
父様を信じた私が悪かったか、私が上手く出来なかったから。
そっか。
"信じた"事が悪かったんじゃなく
あの"父様を"信じた事が悪かったのか。
「ほら」
ずっと黙って事の成り行きを見守ってたローが、キューブに入った心臓をずいっと私の方につき出した。
ずっと、言ってくれてたのにね。
父様が異常だ、禄でもなかったって。
私バカだから、アンさんの言い回しで初めて納得出来たよ。
上手く出来ない私でも、この人とこの人の選んだ見る目のある仲間が、それでも良いって言ってくれてるんだもん。
きっと
信じてみても良い…いや、信じるべきなんだろうね。
亡き恋人は、弱過ぎる私が誰かに支えて貰う事を望んでくれてる。
手段は脅しかもしれなくても、確実で永遠の愛を約束してくれる人がいる。
ダメな所も面倒臭さも、全部わかった上で
それでも寄り添ってくれる人達がいる。
きっと、ここが私の求めてた場所。
欲しくて仕方なかったもの。
なんやかんやあったとは言え、あれだけ大好きだったローと私を隔てる障害はもうない。
けど──
手を取れば私はまた、大切な人をこの世ではない場所へ引きずりこんでしまうかもしれない。
そう考えただけで、背中がぞっと冷えた。