17-18
──お姉ちゃんが部屋に残るって言ってたら、母様は死ななかったのに
…またか。
真っ白な世界に、うんざりしてため息を吐いた。
私のこれは病気か何かなんだろうか。
さっきまで起きてて皆とフリーウィングに居た筈なのに、寝た覚えなんてないのに
ここは夢の中でよく見るあの場所。
──母様を返して…!
まだ幼い女の子が、目の前で踞って泣き出した。
いつからか見るようになったこの夢。
見たくなくて目を瞑って、聞きたくないから耳をふさいで逃げてたけど
もういい加減ここがどこでこの子が誰かなんてわかりきってる。
『私の…せいじゃないよ。母様をあなたから奪ったのは…父様だよ』
この子に話しかけたのはこれが初めてだった。
それでも泣き止む事はなくて、かけた言葉が不正解って言われてる気になる。
違う、おまえのせいだって。
そう言われてる気がしてならなかった。
──あんなに無理に近かった処刑台からの脱出には成功したのに、その先でエースは死んでしまったの
ここに居る子が、この子一人じゃない事も知ってる。
もう一人のこの子が誰なのかも、勿論知らない訳はなかった。
──母様の時も"そう"だったじゃない。エースも"そう"なんじゃないの?
この子は泣いてはいなかった。
けど、射殺す位の目付きで私を睨んでる。
──あなたが手を伸ばしたから、エースは死んだんじゃないの?
『…違うよ、偶然だよ』
──二度あることは、三度あるって言うわよね
泣きじゃくる小さな女の子の髪をすきながら、後から現れた子は話を続けた。
この子が言う"三度目"は誰の事なのか、聞かなくてもわかってしまう自分が嫌だ。
『違うって…言ってるじゃない』
──本当に?…愛しくて仕方のない筈の子供を親に捨てさせてしまうのよ?呪われてるのよ、あなた
違う。
違う違う違う違う。
何の根拠も、証拠もない。
呪いなんて非科学的なもの信じない。
ただ似たようなタイミングで、悲しい事が重なっただけ。
そう。
ただそれだけなの。
欲しかった居場所に飛び込むには、ここを抜けなければいけない。
──だってあなた変じゃない。この船はあなた以外を拒んであなたの言うことだけを聞く
ここは私の心の中。
傷付きたくなくて閉じ籠った。
見たくも聞きたくもない、それでも決して消えることのないものを
ここに閉じ込めた。
──あの不思議な力も、"普通の"覇気ではないんでしょう?
この子達は私。
母様を殺され、エースを奪われた悲しみから立ち直れずにいる
あの頃の私。
──呪いじゃないなら副作用かなにか?手を伸ばす相手を消してしまう、恐ろしい副作用
この子の言葉を戯言だと聞き流せないのは
泣きながら過ごした過去の自分が、何度もそれを思ったから。
──母様とエースの次は
エースの事が大好きだった。
父様の裏切りに傷付いた。
どっちも嘘じゃなく本当のこと。
でも私が一番怖くて、知られたくなくて、踏み出せずにいた原因は──
──ローを殺すの?
私を庇って撃たれた母様の背中と
また後でって白煙の中で別れた、一緒に生きていく約束を交わしたエースの顔が
ついさっき起きた事みたいに鮮明に頭に浮かんだ。
血や煙のにおいまで感じる気のするこれは…警告…?
"忘レルナ"
"アノ悲シミヲ忘レルナ"
"ローヲ死ナセタクナイ?…綺麗事ヲ抜カスナ"
"取リ残サレル悲シミヲオマエガ味ワイタクナイダケダ"
"ローニ死ナレレバ、呪イヲ認メザルヲ得ナクナル"
"オマエハソレヲ認メタクナイダケダ"
見ないふりをしてただけで
言葉にするのが怖かっただけで
ずっと前からわかりきってたことだ。
ローの胸に飛び込みたい気持ちも確かに存在するのに、この真っ白な靄が晴れることはないのは
傷付きたくない気持ちが必死で空を塞いでいるから。
「ちょっと…大丈夫?顔色が…」
肩を揺さぶられて、あの白い空間が波が引くように消え去った。
代わりに現れたのは、心配そうに覗き込んでくるアンさんの顔。
「だい…じょうぶ…」
「あんまり大丈夫そうには見えないんだけど。…少し横になった方が良いんじゃない?」
気遣うように腕を引かれてソファへ足を踏み出した瞬間、サァっと頭から血の気が引いた。
頭が妙に冷たく感じて平衡感覚がわからなくなる。
ぐらつく景色は、色が霞んで見えた。
「がう…」
「え?」
これは目眩かって思って、そんな事になっちゃってる自分の弱さが笑える。
病気なんかしてなくて、睡眠も栄養もちゃんととってる。
疲れたって言ったって気持ちの上でのこと。
そう。
私の気持ちはこんなに弱い。
「違う、の…皆ありがとう。私、気持ちがいつか変わっちゃうのも、それも勿論…怖いんだけど」
自分じゃどうにも出来ないから。
気味悪がられても
今度こそ嫌われてしったとしても
「母様も、エースも…私が手を伸ばした途端、死んでしまった」
これを隠してローの胸には飛び込めない。
「私があのまま部屋から動かなければ、エースの手を取らなければ…」
皆のキャプテンを奪ってしまう訳にはいかない。
私だってもう、あんな思いはしたくない。
「2人は死ななかったかもしれない…!!!」
ローだって──死ぬかもしれないとなれば気持ちも変わる。
化け物でも見るような目で見られてたら
少しでも気味悪がられるのを感じてしまったら
最後まで言えない気がして、ずっと下を向いてたの。
本当に助けてくれると言うのなら
もう一度誰かに手を伸ばして良いと言うのなら
どうかこの呪いを解いて。
すがるような気持ちで、恐る恐る顔を上げた。
「ウイは馬鹿なの?考え過ぎでしょ普通に」
「おまえ呪いとか信じてたのか。意外と可愛いとこあったんだな」
信じられないものを見るような目でこっちを見てるベポと、マジかよって半笑いのシャチ。
他のことなら一緒になって笑えたかもしれない。
そうだねって。
でもこれは冗談でもネタでもない。
本当に、本当に怖くて仕方のない私の悩み。
「…二度も同じタイミングで、そんな偶然って起きるかな」
「起きちまったもんはしょうがねぇけど…流石におまえのせいとかではねぇだろ」
「そうだよ。ウイにそんな大層な力なんてないよ絶対」
どこか冗談めかして本気で取り合ってくれない2人に、なんだか腹が立ってくる。
突拍子もない話だって知ってるけど、でも大切な話なのに。
「そうかもしれない…!私だってそう思いたいけど…!!じゃあ私のあの覇気は!?この船の事は!?…普通じゃないじゃん、私」
好きでそんな事思ってる訳じゃないし、一番そうあって欲しくないのは私だ。
「ウイがおかしいのは否定しないけど」
「そうね、そこは私も同感だわ」
「確かに覇気もフリーウィングも特殊なんだろうけど、なんかもう慣れたし。なぁ?」
うんうん頷き合う二人にアンさんまで加わる始末。
皆は絶対、事の重大性をわかってない。
「私のせいじゃないって確証ある!?もし!!もし本当にそうだったら、…ロー死んじゃうんだよ!?そんな軽々しく言わないで!真面目に考えて!!」
真剣に考えて欲しくて、これ以上ないくらいに皆を睨む。
起こってしまってからじゃ遅いんだ。
「いや、だって違うでしょ」
「私もあなたのせいじゃないと思うわ」
「もしそうだとしてもキャプテン呪いとか効かなそうだし」
確かにーって笑ってる皆に苛立ちも限界だ。
怒りでわなわなする手をもう片方の手で抑えつけた。
「いい加げ──
「じゃあさ、ウイのせいって確証はあんの?」
怒鳴り散らそうとしたら、それは遮られた。
「違う確証出せってんなら、そうだって確証も準備すべきでしょ」
ヘラヘラ笑ったりしてないペンギンが、静かにそう言い放った。
「それは…ない、けど。もし…!!そうだった時に失うものを考えて。ローの命をかけた博打なんて、私には打てない」
「リスクを考えんのは賢明だし、ウイにとって小さい事じゃないから慎重になってんのも解るよ」
やっとまともに取り合ってくれる人が出て来た。
でも
呪いだろうと副作用だろうと、これは私に人を死なせてしまうナニカがあるかを決める話じゃない。
その可能性が否定出来ない状況で私がどうすべきかの話だ。
私が呪われてる確証なんてない。
寧ろそんなものがあればこんな風にうだうだ喚いてなんてないよ。
もしそうなら、誰とも関わらずに一人で引きこもってる。
「ただウイに関係なく親父さんは頭イッちゃってたし、エースの処刑だって決まってたんじゃねぇの?」
「…だとしても、2人が死んじゃうって決まってた訳じゃない」
"そうかもしれない"には部分的な偶然の積み重ねで十分なのに
"打ち消す為"には確固たる証が必要だ。
この議論に負けてしまいたいのに、抗う私は圧倒的に有利で
「それ言い出したらキリないっしょ。なに?ウイに関わった人の死因は全部呪いなの」
「そんな事言ってない…!ペンギンには解んないんだよ!!大事な人が死んでしまって、それが自分のせいかもしれなくて…!!」
誤った決断をしてしまえば、それこそ最悪の展開で
願ってるゴールは同じなのに
好きで否定してる訳じゃないのに
「また死なせてしまうかもしれないんだよ!?」
なんでこんな事言わなきゃいけないんだろう。
ベポもシャチもアンさんも、もう笑ってなかった。
ペンギンも呆れたのか納得したのか、もう何も言わなかった。
自分でも馬鹿みたいだと思う。
呪い?副作用?
現実味もなければ何の根拠もない事を、こんなに必死で言い張る私は
父様以上に頭がおかしい。
でも──
「根拠がなくたって!可能性がある限りそれは──「わかった。もう良い黙れ」
もう見苦しくすらある私の暴走を止めたのは、ローだった。
「…おまえは呪われてる」
違うと言われてもそうとしか思えなかった癖に
実際自分以外から聞く肯定の言葉は、一瞬で私の心を深い闇色に染めた。