17-20





「後でまた面倒臭ぇこと抜かすんだろどうせ」


良いから持ってろって受取拒否されたそれをキャプテンがまた差し出す。
いらないってば!ってまたウイが突き返して、二人の間をキューブ入りの心臓が行ったり来たりしてた。


そのやりとりにげんなりしながら横を向けば、シャチとアンはそれを微笑ましく眺めてるし
頼みの綱のペンギンは俺知らねって肩をすくめてる。


もうこの痴話喧嘩みたいなやりとりにだんだん腹立ててる方がアホらしくなってきて、どっちでも良いから貰うかしまうかしてくれないかなって思いながらそれを見てた。


「私持ってると潰したりなくしたりしそうだから!」
「ふざけんじゃねぇ。おまえ人の心臓なんだと思ってんだ」


それは紛れもなく正論でその通りなんだけど…ウイは本当に悪気なくやりそうじゃん。
ウイをなんだと思って預けようとしたのさ、キャプテンは。


「だから…その、別の…ものが欲しいです」


急にもじもじどもり出したウイは、よく見ればちょっと頬っぺが赤い。


なんだろう。
どうせ禄なものじゃない気しかしないのは、俺の心が荒んでるせいかな。


「ものって言うか…それがなくても不安にならないようにして欲しいって言うか…」


は?
















…なに言ってんのウイ。
さっきまで散々確証よこせとか言ってたのどこの誰よ。

元から頭おかしかったけど、ついに最後のネジとんだか。
ハンパねぇな。


「ずっと傍にいてくれるなら、もし不安になっちゃった時も…その都度話、聞いて欲しいっていうか…」


相変わらずもじもじしてるウイに、おまえ頭大丈夫かと言わんばかりの視線を送った。


話聞くくらいで気が済む事で、よくもまああれだけ大騒ぎしたな。
衝撃だ衝撃。


「──言った事には責任持てよ」
「え…ちょ…っ!なに!?降ろして!!」











瞬く間にお姫様だっこされてたウイはどうやら、一度に二つも墓穴を掘ったらしい。









なんでかな。



見た目が良いのは認めるけど、うちのキャプテンはどこをどう見ても"王子様"ってガラじゃないのに

二人が絵本の最後の挿絵で幸せそうに微笑み合う
王子様とお姫様みたいに見えちゃったんだよね。




もう散々言いたい放題だったから
折角だし叶うかはわからないけど、更なる我儘を言ってみた。


ずっと好きで居てくれるって安心感も欲しいんだけど、だからと言って脅しは嫌だって。

命令されたから好きでいるってよりも、自発的に好きでいて欲しいっていうか…
嫌いになるか死ぬかって、流石に振り幅ありすぎるっていうか…

とにかくローの心臓受け取る事がベスト!って感じじゃなかったのよ。


それがなくても安心出来て、それが無理矢理じゃなかったら良いなって
そういうことが言いたかった。













そういう事が。













うん。そういう…












「おまえら戻ってろ。俺は今日こっちで寝る」
「…は!?寝…え!?宴!宴は!?」


唖然としすぎてローのパーカーの胸ぐらに掴みかかった。


寝るって。
寝るって…!!

ちょっと待て。
盛大に待て。


「ルフィくん!待ってるって言ってたじゃん!お酒持ってくって言ったじゃん!!」
「知るかンなもん」


知るかって、自分が言い出したんじゃん!
お酒持って行かせるって…!!

だから私、落ち着いたら宴に合流するもんだとばかり思ってたのに!!


私たちはその…両思い?になった。
きっとその、寝るとか"そういう事"をしてもなんらおかしくない関係なんだろうけど
でも…!!!


今日?
今から?

ちょっと待て。
心の準備ってもんが途方もなく出来てない。


「待って!ロー待ってってば!!私散々皆に迷惑かけてまだお礼もごめんも言えてない!!…ルフィくん!ルフィくんにも今日行けないって──」
「明日言え」


流石だ。
流石だよローさん。

お心も我が道を突き進まれておられるし
私ごときが渾身の力を込めて胸ぐら叩きまくって暴れて首まで締めたところで全く動じない強いお体をお持ちなのは、流石としか言いようがない。


これは──私がどう足掻いても無理なやつ。


「ちょっ…ベポ!助けてベポ!!」


ちょうど解散しようとしてた皆が見えて、必死で助けを求めた。








私の声に振り向いてくれたベポを見て、ほっとしたのも束の間──ヤツはわざとらしすぎる程にっこり笑いながら手を振りだした。
しかも唖然としてる私の顔を見るやいなや、あれをやりやがったのよあれを。


"あっかんべー"を。





さっきも結構毒吐いてたけど、もしかしてベポ
なんか怒ってる…?


え…?
でもあんなに泣きながら大好きって言ってくれたばっかりなのに、あれから私何かした?

でもベポが毒吐くのっていつもの事か。

そっか。
なんだ。これいつも通りか。


「暴れても百面相でも何でも構わねぇが、舌噛むなよ」
「え?」


何のこっちゃいと思ってローの顔を凝視して見たら、近すぎるその距離に今さらながら顔に熱が集まってくる。

追い撃ちをかけるように、大きくなった上下の振動が階段を昇ってる事を伝えて来て
ちょっともうこれどうしよう状態だ。


そうか。
舌噛むって、階段だから危ないってことか。

そっかそっか…。


「ってどうでも良いよそこはもう!待って!ストップ!!急過ぎるよこれは!!」
「舌噛むのがどうでも良いなら、おまえが気に掛ける基準はどの程度なんだ」


ドン引いた顔してるローは私と違って余裕たっぷりで
舌噛むのは確かに大事故だけど今はそれどころじゃなくて
なんかもう勘違いされてるけどそこももうどうでも良くて…











え?
これ、あの、致す感じですか…?











トントンと規則的な足音は軽快で、人一人抱えて階段昇ってる足音とはとても思えない。

こんな軽やかに階段昇られたら、すぐ部屋に着いてしまう。












今日?
今から?


え?
マジか。


マジで?
マジなの?
本気?






流石にちょっとここは本気で時間が欲しい。
ローのことは好きだ。

多分絶対好きだと思う。

ずっと好きだった?
いや、ちょっと前まで私はエースが…














"アイツに幸せにして貰え"














…どんな気持ちで、どんな顔してそんな事言ったんだろう、エースは。

散々大騒ぎして大暴れして、結局はエースの言う通りになっちゃった感じだけど
流石になんか今はまだ気持ちが混ざってるっていうか、整理がついてないっていうか…












パタン











こんな気持ちでそんな事になるのはちょっとあんまりよろしくない。


「ん、ぅ…っ!?」


考え事してると、それ以外が疎かになるのは私の悪い癖だ。






気付けばそこは月明かりの差し込む自分の部屋で
さっきの音は扉が閉まる音で
唇を塞ぐこの温かい感触はキスで
近過ぎて何かが分からなかったこれは、ローの目だ。










廊下からの明かりが途切れると同時に合わさった唇は、ただ触れるだけの優しいもの。


でも


少し遅れて瞳だとわかったそれは、いつも冷静で冷たくすら見える事の方が多いのに
今は私を求めるように熱に揺れてる。


キスは初めてじゃないし、さっきだってもっと激しいのをされた。
それなのに──


「6年、だ。今更急もクソもねぇだろ」


今まで経験した事のない芯にじんと熱が灯るような感覚にぞくりと身体が震えた。

近すぎる距離は吐息の温度すら感じられて
伝わって来たローの内側の熱さに、手足の先が寒気みたいに変に疼く。

抱えられてるこの状況じゃ、距離をとる事も逃げる事も叶わない。


「あの、ね…!嫌とかじゃないの!!でも私、まだ実感が沸かないっていうか」


確かに、そういう意味では急じゃない。
ローはその…6年間ずっと私を想ってくれてた。

それは凄く嬉しい事だし、それを知ったのもつい最近とかじゃない訳だから
両思いだね、これからは恋人同士だねってなった今
"そうなる事"はきっと、急でも不自然でも何でもない。


「ほんのついさっきまで、その…私にはエースが居るから、ローのとこには行けないって…そう考えてたから」


エースにもアンさんにも背中を押して貰った。
ローとの幸せを、願ってくれてる。

けど──大事な事だからこそちゃんと考えたい。
こんな、大泣きして大騒ぎした後の勢いみたいなのはなんかやだ。


「ローにとっては急じゃなくても、私には急だったし、気持ちを整理する時間が…その、欲しいって…いうか…」


私が待って欲しいって訴えてる間に、どんどんローの眼光は鋭さを増して
その威圧感に、伝えなきゃいけない言葉はどもってしまって出てこない。


出てこない、けど…!

この暴れだそうとする気持ちを解放していいものなのか。
本当に良いのか、大丈夫なのか。

失敗したくない幸せが目の前にあるからこそ、怖くて踏み切れないんだ。







「お前は物事をややこしくする天才だったな」


そんなぐしゃぐしゃな頭目掛けて降ってきたのは、盛大なため息と嫌味丸出しの称賛だった。




「ややこし……、慎重なの!!大事な事だから!!」
「都合の良い所だけな」


ふんって鼻を鳴らしたローが、部屋の奥へと足を進め出す。
降ろして欲しいけど落ちるのは嫌で
ぎゅって握りしめたパーカーに気付いたローが肩を抱き寄せてくれた。


お姫様抱っこされてる訳だからこれ以上距離なんて縮みようがないのに
さっきより更に近く感じる距離に、鼓動がまた一段と大きくなる。











不安と
期待と
焦り。

その他もろもろ、沢山。













考える事がいっぱい過ぎて頭がフリーズしてる。
緊張のせいで手足が疼くのは止まらないし
心臓の音も頭そのものが脈打ってるんじゃないかってくらい、ドッドッドって凄い音を立ててた。


そうこうしてるうちにいつの間にか寝転がされたベッドは、いつもの倍以上の重みを受けてスプリングがぎしりと軋む。

目の前で
私に覆い被さるローが、蒼白い月の明かりを背負ってこっちを見下ろしてた。


「頭で考えるな。ここに聞け」


トンってローの右手の中指が指したのは、私の左胸。
心臓の真上に置かれたそれは、まず間違いなくこの異常過ぎる鼓動をローに伝えてしまってるんだろう。


「嫌か」


こんな時でもローは普段通りのポーカーフェイスで
一瞬たりとも逸らされる事のない灰色の瞳は、ドキマギしすぎて沸騰しそうな私を逃がすまいと見張ってた。













ドクン、ドクン、ドクン───













逃げだす事も出来なくて、まるで視線に絡めとられてでもしまったかのように身動きも出来ない。
爆音の鼓動がはぜる頭は、言われなくても思考停止状態で

そんな中、心が叫ぶ答えなんてもうわかりきってる。


















嫌な訳なんて、ないじゃない。










でも散々待ってって言っておいて、改まってそれを口にするのはなんだか恥ずかしくて
思い切り首を横に振った。


「ならそれが答えだ」


輪郭をなぞるローの指が頬に散らばった髪を耳にかけてくれて、良くできましたって言葉の代わりに髪を撫でてくれる。


その大きな手の暖かさになぜか、涙が出そうになった。



2021


destruct at reality.