17-28




「本当にどうした」
「…っ!!」


ローに掛けられた声にピシリと体が固まった。


「…あはは、寝惚け、ちゃって…なんでも、ない」


言える訳がない。


エースはああ言ってくれたけど、エースとローは性格も違ければ
ローはエースの言う"こっち側"に行った事もないんだから。

全部解ってくれた上で、こんな私でも良いって言ってくれたけど
今他の人を想って涙を流してしまっている事は絶対に、褒められた事じゃない。


「──夢でも見たか」
「…うん、多分」


迂闊だった。
例え寝惚けてたって、今そんな感傷に浸るべきじゃなかった。


「シャワー!私シャワー浴びたい!先浴び──」
「何の夢だ」


笑いを顔に張り付けて
誤魔化そうと、この場から逃げようとすれば、掴まれた腕は私をベッドの中へと引き戻す。

体を起こして覆い被さってくるローの顔は既に、少し怒ってる気がした。


「なん、だったかな。忘れちゃっ──
「おまえ、咄嗟の嘘がド下手くそな自覚ねぇのか」


そんな声色に反して、乱れた髪を耳に掛けてくれる手は優しい。


確かに、準備してない嘘を付くのは苦手かもしれない。
そして
私が"何か"を誤魔化そうとしてるのもバレてしまっている事を同時に悟る。


「──」














本当に、──どんだけ下手くそかって自分自身に突っ込みたい。
この状況を切り抜ける方法は全く浮かんで来なくて、ただ無言のまま口をパクつかせてた。


「隠し事はもうすんな」


泳いでた視線をローに戻す。
拗ねたようにも見えるその目に、胸がきゅうっと締め付けられた。


私だって隠し事、したくない。
でも昨日の今日で、さっきの今で
夢の中でエースに会えた事を言うのはどうなんだろう。


行かないで欲しいって、願ってしまった。
この腕で確かに、私はエースを抱き締めた。








結局何も言えずに俯いてたら、大きなため息が聞こえてきた。


なんで言えもしない事を、上手く隠せなかったんだろう。
どうしてそんな事を
例え夢の中だろうと、しちゃったんだろう。





「ごめ、なさ──
「怒らねぇ」


どうにも出来なくて、取り敢えず謝ろうとした言葉は遮られる。


「否定もしねぇ。大丈夫だ」


恐る恐る見上げれば、小さな子供でもあやすような優しい顔。


「何があった。話してみろ。──それじゃこれまでと変わらねぇだろうが。俺はもう、例え何であろうとおまえに何かを抱え込ませたくねぇ」








髪をすいてくれる手の温かさに、泣きそうになった。


私の愛する人は
何て頼りがいのある、器の大きな人なんだろう。

本当に私を愛してくれる人は皆
とんでもなく良い人過ぎる。


「夢を、見たの──」


大丈夫だって言われて、話してみようと思った。
良い大人が一人で感情の整理もつけられないなんて本当にどこまでもどうしようもない。


それなのに、
この人はその面倒臭さに呆れる訳でもなく一緒に抱えてくれるって言う。


そこまで想ってくれてる事がありがたすぎて
あの白い空間での出来事を話す声は、時折涙で震えてた。











「──それ、で。さっき…もういないんだって、そう思ったら…悲しく、なっちゃって」


少しはオブラートに包んだ方が良かったんだろうか。
本当に包み隠さず話してしまって、心は軽くなった。

でも今更だけど、聞いてて面白くないだろうなって思って、何も言わないローの反応が怖くて
この話は茶化しておわりにしようって思ったの。

あれは今思えば、自分に都合が良過ぎだ。
私がいつもみたいに、勝手にエースを思って見てしまった夢だったんじゃないかって
落ち着いて考えればそう思えて来なくもない。


「バカだよね、たかが夢ごときで。…でも、凄いリアルだったっていうか。だから、…本当にずっと、傍に居てくれたのか──
「…火拳屋は本当に、ずっとおまえの傍に居た」


こんな夢物語信じなそうな人代表の口から出たのは、意外な言葉だった。


「きっとそれは夢じゃねぇ。それにおまえは今まで──ずっと火拳屋を好きだった。ンな事があれば誰だって動揺する」


ぐしゃりと頭を撫でられて呆けてしまった。


何ていうか、私がエースを好きだったとこを話す時はちょっと、嫌そうだったけど
夢だろって一蹴もされなければ、受け入れてすら貰えるなんて
まさか思いもしなかった。






私は今までも、こんな風だったのかな。
考え過ぎていろんな事を自分でややこしくして来たのかな。


ローに聞いて貰ったからって、エースが戻ってくる訳じゃない。
でも溜め込まないで、吐き出せて、気持ちを認めて貰える事って
こんなにほっとするんだ。


あんなにどうしようって思ってた事が一瞬で解決してしまって、なんだか本当に拍子抜け。


そう言えば、昨日も言われた。
"おまえは物事をややこしくする天才だ"って。


「ねぇロー」
「なんだ」


見つめ返してくれるローの瞳は、話をする前と何も変わってない。


呆れられてない。
嫌われてない。

この人なら、大丈夫。


「ありがとう、…大好き!」


嬉しくて、ローの首に抱き付いた。
まだ少し恥ずかしいけど、こうやって好きって思った時に私はもう
この人を抱き締める事が出来る。

それが堪らなく、幸せだと思った。


「誘ってんなら遠慮なく乗るぞ」
「ん?」


何に?って思って腕の力を緩めてローの顔を覗いてみる。

その正体が何なのかを













背中をすっと這う何かが、更に下へと降りていこうとしてる事で悟る。











「なっ!!違う!違うよ!朝だよ!私シャワー浴びたいんだってば!!」


その腕を無理矢理引き剥がして、シーツにくるまりながらベッドから降りた。

立ってみてなんだか、下半身に違和感を感じる。


「…なんか、まだ入ってるような、重苦しいよう…な…」
「なんなら実際に突っ込んでやっても構わ──「わーわーわーわー!!何でもない聞こえない聞こえない!!」


もう。


全く油断も隙もありやしない。
何かにつけては話の流れはそっちに持っていかれかける。


嫌じゃない。
寧ろ凄く幸せだった。

でもまだ慣れないっていうか、恥ずかしいっていうか…


チラリとベッドを振り返ると
若干不貞腐れてるローがベッドヘッドに寄りかかって項垂れてた。

視線に気付いたローがまた、性懲りもなく口を開く。


「なんだ、一緒に入──「入りません!一人で入る!」


好きな人を見つめて、ただ幸せに浸るのはこんなにハードルが高い事なのか。




嬉しいような、そうじゃないっていうか。


贅沢な気持ちを吐き出す為のため息をつきながら部屋に付いてるお風呂場に向かう途中、足はいつもの癖でコルクボードへと向かう。

エースの手配書におはようって挨拶するのが私の毎朝の日課。


もういなくなっちゃったみたいだけど、今日くらいはエースにおはようって言いたいなって思って口を開こうとした時







コロン







風も揺れもないのに、エースのビブルカードを留めていたピンがなぜか
床へと転がり落ちた。












『夢じゃねぇ証に、明日の朝まででいいから──』

















「エース!!?ねぇ…!そこに、いるの…?!」


突然大声を上げた私に、ローはさぞ驚いただろう。
転がり落ちたピンを拾って辺りを見渡した。















「…どうした、急に」


やっぱり何も見えない。
感じられない。


静かな部屋の中の空気は戻かしい気持ちをこれでもかってくらいに膨張させて、また涙が込み上げてくる。


ローに話した時に思い出し逃してた言葉。











『──"日課"、忘れんなよ!』











エースは本当に会いに来てくれた。
今までもずっと、傍にいてくれてた。


このピンが証。
ずっと一人じゃなかった、証拠。







捕まえられないエースの代わりに、手の中のそれを力いっぱい握り締める。


話せる時間がまだあるのなら、伝えたい言葉は尽きる事がない。
それを上手く言葉にできなくて、例え同じ言葉しか言えなかったとしても
ありがとうは何回、何十回、何百回何千回言ったって絶対に足りない。








ガタン、バサァ…──











部屋の窓が、ひとりでに開いた。

外の空気と潮の香りの入り交じった朝の風が、部屋の中に吹き込んでくる。


髪をなびかせて頬を撫でる風は、おひさまの匂いがした。





風になびくカーテンがじんと胸を熱くする。

入ってきた空気と引き替えに出ていってしまったもの。
外へ、空へと還っていくそれを思って息を飲んだ。












「ほんとに、…本当に──ありがとう…っ」


もう立っていられなくて、しゃがみこんで嗚咽を噛み殺す。
今度こそ本当にいってしまったんだって思ったら、この涙が止まるわけなんてなかった。


私にそれをしらせてくれたピン。
これにはまだエースのぬくもりが残ってる気がして、握る力をほどく事は出来なかった。









本当に、本当にありがとう。
私はあなたを一生忘れない。


あなたが教えてくれた優しさを、私は必ず伝えていこう。

傍にいてくれる心強さに
見捨てずに幸せを願ってくれる無償の愛に
私は確かに救われたから。


あなたに会えて
この気持ちを知れて、本当に良かった。















ただ泣きじゃくる私をローはそっとしておいてくれてた。
何も言わずに、ただそこに居てくれた。


その気遣いがただ、ありがたかった。

























「ひでぇ顔」
「…やっぱ腫れてる?」













気が済むまで泣いて、シャワーを浴びて
頭から被った冷ための水は涙でのぼせた頭を冷静にしてくれた。

部屋に戻ったらローは塗れた髪をバスタオルでガシガシ拭いてて。
下のお風呂を使ったみたいなローは、さっきの事について何も言及してこなかった。


ただ、もう平気かって聞かれて
頷いた。





ローも解ってくれたんだと思う。

さっきの話を、ローは夢じゃないって言ってくれたから。
非科学的でしかないあんな話を、なぜか信じてくれてたから。







そろそろ朝ごはんの時間。
海賊とは思えない程規則的な生活を送ってる皆の待つポーラータングに、そろそろ顔出そうかって話になった。


正直、恥ずかしい。
ベポとか、ペンギンとかシャチとかアンさんは
昨日私とローの間に何があったか知ってるんだから。

でも昨日言えなかったお礼も言いたいし、恥ずかしいからってこのまま一生顔を合わせないなんて絶対嫌だ。


そんなこんなで、今に至る。









朝の太陽の降り注ぐ甲板を並んで歩きながら、涙で酷い事になってるらしい目元を
大きな手が優しく撫でた。






destruct at reality.