17-29
「やだなー…恥ずかしいなー…」
「何を今更」
皆の待つ食堂が近付くにつれて、なんとも言えない気持ちは増していく。
「他にもっと恥じらうべき事なんて山ほどあんだろ」
「ちょっと…それどういう意味よ」
隣を歩くローは何て言うか、いつも通り。
こう、…致してしまったら普段の私たちの関係ってどうなっちゃうんだろうって
私はどうしたら良いんだろうって少し不安だった。
絵に描いたような甘々な関係には程遠い。
嫌じゃない。
こんなローとのやりとりが好き。
私はきっと一番、ローといる時の自分が好き。
でも貶されてる感は否めなくて、咎めるように睨んでみた。
「普通じゃねぇから、気になったんだろうな」
嘘だ。
いつも通りなんかじゃない。
少しだけ甘みを増した私たちの間に流れる雰囲気。
それが急に恥ずかしくなっちゃって、ふいって顔を逸らした。
「そういう、普通に照れてるおまえも悪くはねぇな」
「やだなに急にどうしたの、…照れるからやめてよ」
赤くなっちゃってる気がする顔を手で隠して、指の隙間からローの顔を盗み見てみる。
ふんって鼻を鳴らすローが、勝ち気な顔でこっちを見下ろしてた。
やだなに本当に何なの反則やめてずるい格好良い…!!!
何も言えない事に反して、心の中が煩い。
別人みたいに変わられても困る。
かと言ってそっけないのも、今までと本当に何の変わりもないのも物足りなかったかもしれない。
ローの態度は、考え過ぎて経験がなさすぎて
普通じゃないらしい私にとっては
百点満点。
いや、120点…1000点?
これ以上ないってくらいに、クリーンヒットだった。
それっきり、普通の恥じらいで悶え死にそうになった私は何も言えなくなっちゃって。
そんな私を面白そうに眺めてる余裕たっぷりのローと私は、ポーラータングの食堂に到着しようとしてた。
「あれ?…何か今日静かじゃない?皆居るんだよね?誰も…見なかったな」
「昨日宴で酔い潰れて…にしても静かだな。確かに」
様子がおかしい事に気付いて、変だよねって話しながら
いつもはガヤガヤ賑わってる食堂の扉の前に来ても尚、それは聞こえて来ない。
お酒に飲まれる事が絶対にないジャンバールが朝ごはんの仕度をする物音すら聞こえないし
──気配を感じないんだ。
私は鍛えてる皆と違ってそういうのには敏感じゃないけど。
でもくんくんって匂いをかぐと、お魚の焼けるいい匂いは確かにする。
「白身?のお魚…塩焼きかな。ご飯の匂いはするけど」
「入ればわかんだろ」
ガチャって、ドアノブを回して中へと入っていくローに着いて私も足を踏み出す。
本当にどうしたん───パンパンパンパーン!!!
何の気配も感じなかったから
私の想定では食堂の中は無人だと思ってたの。
それが何でかはわからないけど、扉の先には誰もいないんだろうなって。
聞こえて来た大量の破裂音?にびっくりし過ぎて思わずローのTシャツを掴む。
背の高いローの後ろに隠れながら、恐る恐る中の様子を覗き見た。
「「「「「「キャプテン!ウイ(さん)!ゴールインおめでとー!!!」」」」」」
なんだ。
これは…。
降ってきた大量の紙テープは、皆が持ってるクラッカーから放たれたもので
それを片手に勢揃いしてる皆の後ろに並ぶのは美味しそうなごちそうと、デカデカと書かれた"♡祝♡初夜♡"のふざけた横断幕。
唖然としすぎて固まった私と頭を抱えるローに反して、皆の顔はニヤニヤ楽しそうに笑ってた。
カラフルな紙テープと金銀に輝く紙吹雪が宙に舞う中
テーブルを彩るのは鯛の尾頭付きにお赤飯。
そこは祝い膳の他にも空腹の胃を刺激してくる沢山のおかずで埋め尽くされてた。
私たちを祝福する祝いの言葉が掲げられた会場に並ぶ、大好きな人達の笑顔。
なんて素敵な…
「ンな訳あるか!!ちょっと!!ベポ達はともかく何で皆知ってんのよ!!?」
「めでたい事は祝わなきゃと思って」
「祝うなら大勢の方が良いと思って」
近くにいた戦犯二人。
ベポとシャチの胸ぐらを掴みあげてとっちめる。
めでた…いのかもしれないけど!
「乙女の恥じらいってもんがあんでしょうが!!デリカシーない!バカ!!バカバカバカ!!」
「ぷっ…」
ぐらぐら揺さぶりながら2人に文句つけてたら、誰かの吹き出す声とクスクス笑うちょっと高めの声。
後ろを振り返れば
「やだ、ねぇ聞いた?乙女って誰??それにデリカシーって…ぷっ。可笑しい」
「ウイさんにも恥ずかしいとかそういう感情あったんっすね!!」
アンさんとエイジくんがさらりとド失礼な発言をぶちかましてくる。
エイジくんはこういう子だ。
悪気なくしれっとこういう事をよく言う。
酷いけどそんなとこは結構好き。
でもアンさんは──
バカにされてる感は否めないけど、今までのアンさんはこんな時
我関せずって顔で何も言ってくれなかった。
それが今──
悪口じゃない、これはあれだ。
いじりだ。
無視でも無関心でもなくて
私今アンさんにからかわれてる。
「うわーんアンさん大好きー!!」
「ちょっ…!!やめてよ朝から暑苦しい!!貶されて喜ぶとか頭おかしいんじゃないの!?」
嬉しくて抱き付いてみたら、凄い嫌がられた。
結構本気で引き剥がそうとされてるけどそんなの気にしない。
喧嘩してた訳じゃないけど、仲直りって言ったら良いのかな。
アンさんが本当に心を開いてくれたんだって思ったら、嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
ドMなのかしら。
今まではそういう目で見てなかったから気付かなかった。
自分で言うのもなんだけど私は、粗捜しばかりしてる嫌な女だったと思う。
「ちょっと、いい加減離れなさいよ鬱陶しい」
「やだやだやだ」
心底嬉しそうにくっついてくるこの子を…不覚にも可愛いと思ってしまった。
もういいわ。
色々勘違いもあったみたいだけど、もうなんだか今までみたいにしてる方が面倒。
私はきっと昨日より前から、こうなるきっかけを探してた。
「脱処女オメデトウ。乙女なウイさん」
「なっ…!!」
面白いくらいに真っ赤になる顔。
今がチャンスとべりっと腕を引き剥がした。
皆にヒューヒュー囃し立てられてなんだか泣きそうになってるけど、知らない。
解放された今の隙に距離を取ると
あの子達を囲んでからかってる皆から少し離れた場所で、それを読めない表情でただ見つめる副船長の姿が目に止まった。
なんだか昨日の、あの後の事を思い出してしまって
何とも言えない複雑な気分になる。
「っはー、やぁーっとくっついたな!長かった長かった!」
「本当それ」
戻ってろって追い出されて、あの子の船からポーラータングへ戻る帰り道。
潜水艦に横付けした麦わら一味の帆船の上では、今も宴のどんちゃん騒ぎが続いていた。
「いやー…アン格好良かったな!キャプテンはまぁアレだけど、おまえならその気になれば選り取り見取りだ!」
「ありがとうございます」
シャチさんに玉砕した告白劇を蒸し返されて、慰められてるんだか何なんだか…。
ずっと好きだった。
本気で好きだった。
でもなんだか、一世一代の恋に破れた直後なのに心は軽い。
祝福、してるのかしら。
…なんだか自分の気持ちがよくわからない。
「島に降りた時とかはそういうのもっと着たら良いのに。凄い似合ってる」
「あらどうも」
ベポにワンピースを褒められて、そういえばいつもと服装が違う事を思い出す。
着なれてたつなぎと違って、色んなところがスースーした。
でも確かに、これからはたまにはこういうのも良いかもって思わなくもなかった。
それから潜水艦に着いて、また宴に戻ろうかって話になった時
ベポがニヤリと笑った。
「ねぇ、お祝いしようよお祝い」
「お!良いな!!何やる?」
楽しそうにお祝いを企て出す二人を眺めながら、気になるのはさっきから一言も話さない副船長。
「ジャンバールにお祝いっぽい朝ごはん作らせて…あと2人がすんごい嫌がりそうな垂れ幕作ろう!」
「良いなそれ!じゃあ他のやつらも呼んで来ようぜ!!」
結局、相談とかじゃなくもう自動的に決まった晴れて2人が恋人同士になったお祝いの会の内容。
クルーを全員集めて来て、ジャンバールさんはお赤飯を炊くって張り切りだして
私たちには鯛を釣れって指令が下った。
お祝いの食事って、確かにそんな感じだった気がするけど
キャプテンに連れていかれたあの子の様子を考えればあからさま過ぎるそれは
凄く照れて嫌がりそう。
まぁ、色々事情を知ってしまえば
これまで悪かったなって思う気持ちもあるんだけど
でもなんだか凄く楽しみになってきた。
お祝いする事にってよりも
あの子がとても嫌がりそうなそれに。
皆お祝いムードで、船の四方八方に散ってわいわいがやがや釣竿を準備する。
「ねぇ、そもそもここらへん鯛いんの?」
「知らねっす!!」
不参加な訳でもなく、やたらと乗り気な訳でもない。
文句を言うでもない態度で釣糸を垂らす副船長は少しでも確率を上げる為に固まるなって指示を出してて
返事だけは良い皆は了解!!って言いつつも何だかんだ何ヵ所かに固まってて
各々がキャプテンとあの子の話に花を咲かせてた。
「固まんなって言ってんじゃん」
「なんで私だけ?皆だって団子になってるじゃない」
何も言わずに隣で準備を始める私に、副船長はどこかよそへ行けと
ようはそう言ってきた。
「さて、固まるなって言ってるのは…鯛を釣る為なのか、自分が一人になりたいだけなんだか…」
「…随分意地悪言うのね」
いつも通りに帽子の鍔が下がってて、表情は読めない。
こっちに顔を向ける訳でもなく、釣竿の先を見てるようだったから尚更。
言われた通りに場所を変えなかったのはなぜだろう。
副船長の隣で、餌を付けた釣糸を夜の海へ放った。