17-30




「…案外すんなり、仲直りしたみたいね」
「珍しい。副船長が沈黙我慢対決に負けるなんて」


暫くは無言で夜の海を眺めてた。
私は別に居心地が悪くなんてなかった。

でも副船長は違かったみたい。


「今日は俺、どうしちゃったんでしょう。…でもあれは俺も格好良いって思ったよ」
「…ありがとう」


今の副船長は、自分でも普段通りじゃない自覚があるらしい。
確かに微妙に様子が変だけど、私はこっちの方が良いと思った。

普段の副船長って何だかやりにくいんだもの。


「…教えてくれたら良かったのに。もっと早く」
「なにを?」


沈黙は嫌みたいだから、聞かれた事に答えてみた。
私があの子を応援しようと思ったわけを。


「ヒューマンショップ。…まさかあの子も誰かの慰み物だったなんて私知らなかったもの」


認めたくはなかったけど、私はずっとあの過去を言い訳にしてきた。
同じものを抱えて、それでいてこうも違うあの子と私。

同じ土俵で戦ってこれなら、負けを認めるしかないじゃない。
それでも捻くれずにいるあの子を、応援したくもなるじゃない。


「え?違うけど。ウイちゃんピッチピチの処女よ」
「は?!」













え?











「父親に…ヒューマンショップに売られたって…」
「親父さんがそれ企ててるの知って、色々あったけどウイは家出たから売られてないよ」















なんですと…?












「──まぁ…もういいわ。ちゃんとケジメ付けられてスッキリしたし、なんだか疲れたし」
「なるほどねー。そこ勘違いして仲間意識持っちゃったって訳」


事実を知ったからってまた蒸し返すのが、もう面倒だと思った。
私と同じ過去はなくても、あの子はあの子で色々あったのは事実。


素直なんだか捻くれてるんだかよくわからない子だけど
もう少し肩の力抜けば良いのにって、そう思った事に嘘はないから。


「副船長は?まぁ最初からキャプテンに敵う訳なんてないとは思ってたけど。キッパリ諦められそうなの?」
「言うね」


初めてこっちを向いた。


この人も、キャプテンとは違うタイプのポーカーフェイス。
でもなんだか今日は、その顔がどことなく弱ってるような
そんな印象を受けた。






「なんか…やってらんないよね。失恋したのに祝わされんの」
「あら、私はもう別に気にならないけど」


弱ってるんだろうし、気持ちは痛い程解るけど
なんだか優越感。

私が気にならない事を気にしてくよくよしてる副船長。
いつもとは立場がまるで逆。


「だって今頃2人はイチャイチャちゅっちゅしてる訳でしょ。俺今日どんな思いで寝れば良いのよ」
「知らないわよそんなの」


イチャイチャちゅっちゅって…


まぁ間違いないんでしょうけど、他に言い回しないのかしら。


「振られた者同士慰め合っちゃおっか」
「──クルー同士の不純異性交遊は禁止です」


副船長が言うと、例え相手が私だろうと冗談に聞こえない。
この人は陸に降りれば、それはそれはお盛んだから。


でも何て言うか…私にまでそんな事言って来たのが意外だった。
女好きが過ぎるのか、本当にとんでもなく弱ってるのか。


…確かに吹っ切ったとは言え、私だって眠る前に一人で目を閉じれば
色んな感傷に浸り出す気もしなくもない。

そんな時にキャプテンとあの子を思えば、涙とかも出てくるかもしれない。


「許されるっしょ。今日の俺らなら」


言ってしまえばお互い個室の私たちが何をしようとバレる事もないし
例えバレても、キャプテンは今回ばかりはそんな私たちを裁けない気もする。









え?
副船長と…?


まじまじと隣に立つその人を観察してみた。


確かにキャプテンとは違う系統ではあるけど、整った顔もしてれば良い身体もしてる。
先生のたるみまくってたそれとは雲泥の差だわ。


「ごめん…やっぱ嘘」


その言葉にハッと我に返る。


「いや、私はそれで全然構わないわよ」
「それしちゃったらさ──」


なんなんだろうこの感じ。

告白してもいないのに振られた感。
──やっぱり私、副船長好きじゃないわ。


「何か本当に終わっちゃう気がして…出来ねぇわ」
「うぉおおお!!獲った!!獲った獲った!!鯛獲ったど〜!!!!」






タイミング良く上がった雄叫び。


「おー!やるじゃん」


鯛の上がった方へ向かう副船長の後に、着いては行けなかった。








胸が締め付けられて苦しい。
でも、その正体は"私の気持ち"じゃない。

副船長の気持ちを思って、想像したら
胸が苦しくて仕方なくなった。






結局あの後、その場はお開きになって。
今朝は早くから皆で食事作りを手伝ったり食堂の飾りつけをしたりって慌ただしかった。

そして今に至る。









副船長は昨日、どんな思いで眠りについたんだろう。










「で?大人の階段登った感想は?」
「──!!!」


昨日の事思い返してたら、いつの間にか副船長はあの子達を囲む集団に溶け込んでた。


他の皆も結構突っ込んだ事言ってたけど、何て直球な質問するんだろう。


口をパクパクさせて真っ赤になってるあの子を見て、鍔に隠される事のない口元がつり上がる。


「他つまみ食いしたくなればいつでも遠慮なく」
「ならないよ!!」
「おい離れろ」


今まで誰の冷やかしも止めようとはしなかったキャプテンが、副船長からあの子を引き剥がす。
どれだけ冷やかされても顔色1つ変えなかったのに、副船長相手にはむきになってるように見えた。


「いつまでやってる。冷める前に食べてしまおう。ごま塩は確か──」


冷やかしにも参加せず微笑ましく見守ってたジャンバールさんの一声で、一度歓談の場はお開きに。
未だ一方的に火花を散らしてるキャプテンと、何事もなかったように席に座る副船長。


あぁ、いつも通りだなって
そう思ったの。

流石に昨日は難しかったかもしれないけど、今日の副船長はいつもの飄々とした私の苦手な副船長に戻ってるって。


「さあ食べよう」
「じゃあめでたきキャプテンとウイの床入を祝して〜!!」
「ちょっと!!!」



「「「「「「いただきます!」」」」」」










ガヤガヤと談笑しながら鯛をおかずにお赤飯を頬張る皆。

そんな中なぜか、副船長の方に視線を向けてしまった。











茶碗と箸を持つ手は、よく見れば全然進んでなくて
その視線の先には、未だ席の近いクルーにからかわれてるあの子の姿。


ただじっとそれを見つめる目に──







あぁ、この人はきっと乗り越えられも吹っ切れもしてないんだろうなって。

今もまだあの子の事が、好きで好きで仕方ないんだろうなって
そう感じた。






「最…低…」
「言っとくが、アイツらの悪ノリは半分以上おまえの影響だぞ」


ひやかされにひやかされまくって
もう穴があったら入りたいくらいだった。

人にする分には楽しくて仕方ないんだけど、自分がされるとこんなに疲弊するもんなのか。


「ちょっと心を入れ換えようと思う」
「何日続くか見物だな」


ご飯食べて、からかわれながら後片付けして
昨日醜態を晒した皆にありがとうとごめんねを言って更にからかわれて

やっとの思いでフリーウィングに戻ってきた。


リビングのソファーに突っ伏して項垂れてる私と同じ状況とは思えないくらい
全然堪えてなさそうなローはずるいと思う。


「別に気にする事じゃねぇだろ」
「気にするよ。気にするでしょ。恥ずかしいでしょ」


恨みがましそうに見てただけで、私が何を思ってそうしたのかは筒抜けだったらしい。


だってあんな…
あんな事してたのが皆に知られてるって、結構な拷問だと思うんだけど。


でもそういえば昨日もローは余裕たっぷりだった。









「自分ばっかりずるい」
「何がだ」


何だか羨ましくて、不満。
でもこんな事をただ話していられるのって幸せだなって思った。


からかいたい気持ちが大部分なんだろうけど、皆祝福してくれた。

大切な友達と大好きなこの人。
美味しいものでお腹いっぱいな中で、落ち着く場所でぐだぐだ出来るこの瞬間。


きっと今私、世界で一番贅沢者だと思う。


「麦わら屋のとこに顔出しに行くんじゃねぇのか」
「あ。…そうだった。行くけど…なんかルフィくんもう忘れてそう」


違いねぇって、向かい側のソファーで自分ばっかりコーヒーを飲んでるローが鼻で笑った。


マルコもいるかもだし、覚えてなかろうがルフィくんにも昨日顔出せなくてごめんねって言いたいし。


のそのそ立ち上がって食品庫へと向かう。


何本くらい持って行こう。
在庫は結構あるけど、持ってくの重…







「ねぇロー」
「もう行くか?」


食品庫からリビングにいるローを呼んだ。









「これ、シャンブって」
「…おまえは俺を何だと思ってんだ」


その声はとてつもない呆れを含んでる。


何って、世界で一番大好きで格好良くて頼りになって
器も大きい上に強くてお医者様な



超便利瞬間移動屋さんだよ。






「お邪魔…しまーす」
「おお!ウイ!おまえも一緒にババ抜きやるか?」


恐る恐る、ルフィくんの船の扉を叩いた。
中を覗けば、ルフィくん以外にも何人か人が居て
一斉にその視線が集まってくる。


「ババ抜き?賭け有り?」
「…やめとけバカ」


賭博の匂いにうっかり飛び付いてしまったところを、後ろから着いてきてくれたローに窘められた。


やめとけって…ババ抜きを?賭けの方…?


「はじめまして。会ってみたいと思ってたわ」
「わー…すんごい美人…」


やめろって言われたのはどっちだろうって答えを求めてローを見上げてたら、ふいにかけられた声。
それに振り向けば、その衝撃的な美貌にうっかり思った事を口に出してしまった。


彫りの深い神秘的な黒髪美人。
恐ろしい程のナイスバディ。


それが人だって事をうっかり忘れて
無遠慮に上から下まで凝視してしまう。


「あら。思ってたよりも素直で純朴そうなお嬢さん」
「初めまして麗しきレディ…!!ウイちゃんって言うのかい?スイーツと一緒にお茶でも──
「気安く触んな黒脚屋」









何が起こったんだろう。










金髪スーツの手足長過ぎなお兄さんに跪かれて手を取られたと思ったら
そのお兄さんがローに蹴られて吹っ飛んだ。


瞬く間の出来事だったのと、蹴られた時と壁にのめりこんだ瞬間結構衝撃的な音がしたせいで唖然としてしまう。


「ちょっ…だ、大丈夫ですか?」
「構うなほっとけ」


いや、ルフィくんの船にいるって事はあの人も海賊で強いんだろうし
私なんかが心配する必要ないくらい丈夫なのかもだけど

何の前触れもなく人を蹴り飛ばすって…失礼っていうか何て言うか
ダメだろ普通に。


「そうよー。サンジくん気をつけなさい」
「ナミすゎん…!俺を気遣ってくれるのかい…?なーんて優しいんだー!!」

















気をつけるのローじゃなくて
"サンジくん"って呼ばれたこの人の方なの?


頭から割とえぐい量の血を流してるのに全然ピンピンしてる事にも
ローに怒らないんだって事にも度肝を抜かれる。


"ナミさん"って呼ばれた方の人も特に優しく気遣ったようには見えないんだけど…









え。
なに?


おかしいの私?





2046


destruct at reality.