17-32
「凄いねぇ!魔法じゃん魔法!!どうやってるの??」
「これか??これはランブルボールってやつを──」
良い年してなにやってんのウイ。
年甲斐もなく楽しそうにチョッパーの背中に乗っては目を輝かせるウイの姿に、何かいらっとした。
一人で戻ってきたキャプテンも地味に機嫌が悪かったけど
これか。
これのせいか。
船室の影に身を隠して麦わら達の船の甲板を覗けば、キャッキャキャッキャ煩いウイとチョッパーは探さなくてもすぐ目についた。
デレデレしながら頭撫でくり回してみたり
力コブ出したチョッパーの腕にぶら下がっては大人気なくはしゃいでみたり。
確かにあの変身するやつは凄いと思うけど、ただ喋っただけでここまで聞こえる程の大声でべた褒めなのはどうかと思う。
さして面白くもオチもないしょうもない話だろ、どうせ。
もこもことかふわふわとか言ってるけど、そこまで言う程のもんでもないし。
帽子が可愛いとか適当な事言ってるけど、あの帽子絶対構造おかしいから。
あの角の根本サイズにだけ穴あいたやつ、どうやって分岐した角出し入れしてるか謎すぎるから。
前帽子取ってたとこ見た事あるけど、帽子有りに見慣れすぎて取った姿物足りないっていうか
ぶっちゃけ変だったから。
可愛いとか言ってるの、あれほとんど帽子がだから。
本体さほど可愛くないから。
いつまで経っても飽きる事なくはしゃいでる二人に、苛立ちは募るばかり。
もう腹立つだけだし戻ろうかなって思ったら、動きがあった。
一般的なトナカイの姿に変身したチョッパーの背中に乗ったウイが、こっちの船に渡ってくる。
場所を移動して見つからないように隠れると、二人はそれに気付く事なくフリーウィングへと向かって行った。
「チョッパー頭良いんだねー!凄いよ本当に!!」
「そんなこと!!ねぇぞ〜!!」
聞こえて来たそんな会話に、また腹が立った。
ウイ、そいつ医者かもしれないけど絶対バカだよ。
前に物陰に隠れようとしてたとこ見かけたけど、隠れ方逆っていうか丸見えだったから。
…俺の方がちゃんと隠れられてるから。
「あ、ここに居た!」
「…」
チョッパーと別れてポーラータングに戻ってきたら、ローはリビングで地図みたいなのを広げてた。
「何見てるの?」
「ワノクニ周辺の海図だ」
そうだった。
皆ワノクニに行くためにここに集まってるんだもんね。
それにしても…
「随分…古そうな海図だね」
「鎖国して大分経つからな」
ん?
気の、せいかな。
「ねぇ、ロー何か怒ってる?」
「さぁな」
無視されてる訳じゃないけど、なんか素っ気ない。
元からベラベラ喋る方ではないけども。
他の皆も居るには居るけどローは離れたとこで一人これを見てた訳だし。
機嫌…悪いのかな。
「あ!漢方の図鑑、持って来ようか?」
「いらねぇ」
…。
なに?
絶対怒ってるじゃん。
「私、…何かしちゃった?」
「…」
否定されないって事は、きっとそうなんだろう。
何しちゃったんだろう。
チョッパーと一緒に出てきた時はそうでもなかったような気もするけど、そんなに話してないから私が気付かなかっただけかもしれない。
となると、先に戻ってろってあれ?
そもそも焼き餅じゃなかったのか
サンジさんに手を取られた時、私が自分で振りほどかなかったからなのか…
「ごめん…」
「……ちょっと来い」
顎で指されたのは扉の方。
怒ってる感じはそのままなローが立ち上がった後を黙って着いていく。
ローはあんまり人と馴れ合おうとする性格じゃない。
ルフィくん達はそんなローが同盟まで組もうと思うような相手。
私、そんな大事な人達に何か失礼とかしちゃったのかな。
扉を出てから、向かった先はきっとローの部屋。
何も喋ってくれないし、振り向いてもくれない。
なんだかそれが心細くて
さっきまで幸せでいっぱいだった心が嘘みたいに重くなった。
嫌われちゃったのかなって怖くて
怖くて怖くて仕方なかった。
結局ウイが戻ってきたのは、あれから大分時間が経ってから。
苛立つ自分とは対照的な、聞かなくとも楽しかったと顔に書いてあるその様子に更に腹が立った。
こういうヤツだ。
関心のある事に遭遇した途端、バカみてぇにのめり込む。
今に始まった事じゃねぇ。
だがこっちも、今は関心を引くには十分なタイミングだったろうが。
自分の頭の中はそれで埋め尽くされてるのに対して
ウイはそうでもねぇのかと思うと面白くねぇ感情がコントロール出来ない。
大人気ねぇとわかってはいても、不満は燻った。
場所を移す為に連れてきた自室。
扉を開ける時、チラリと何も言わねぇウイを覗き見る。
今朝ポーラータングに戻って来た時より大分開いた距離。
俯くその顔が不安気に落ち込んでいるのを見て
重苦しいため息が沸いて出た。
それに反応するように顔をあげたウイの目が何かで揺れる。
何やってんだ、俺は。
ため息をつかせたのは他でもない自分自身の愚行。
自己嫌悪、正にそれだ。
それとは違う受け取り方をした事が明白なウイが更に落ち込むのを見て
自責の念が占める心の一部分が悦びを覚える。
今は自分の事で埋め尽くされているだろうウイの頭の中を思えば、俺はガキかと自分でも呆れる程に
苛立ちは鎮まっていった。
部屋に入って明かりを付けると、今まで聞こえていた足音が着いてこない。
「あの、…本当にごめん。私…その、浮かれちゃって…たよね」
部屋の前の廊下で俯きながらぽつりぽつりと言葉を紡ぐ声は確かに震えていて、その姿に
鈍器で頭を殴られたような衝撃を覚える。
「私、調子乗りやすいから…でも!これからは気を付けるから!」
必死に訴えかけてくる姿に、息が詰まった。
「だから!…その、──
「…悪かった」
腕を引いてウイを部屋の中へと引き入れる。
強張ってガチガチに緊張した体を抱き締めると、途端に力の抜けたそれにほっとした。
「わかってンならそれで良い。…俺も大人気なかった」
不安にさせたくねぇのに、自分の我がそれを邪魔する。
自分でも思う程に情緒不安定。
こんな厄介な感情に振り回される日が来るとは、思いもしなかった。
背中に感じる抱き締め返してくる腕が、愛しさを募らせる。
この女を守ると決めた。
それは物質的な意味だけではなく、気持ちも全て。
「……ごめんロー。あの、…私何がローを怒らせたのか…わかってない、かも…?」
あはは、と乾いた笑いを浮かべるその顔は目が泳いでいて
よく考えればそういうヤツだと思わなくもない。
「…良い。俺が善処する」
「やだよ教えてよ!!」
必死にそう懇願するウイを見下ろして、今度は自分が追い詰められている事を悟る。
気付いてねぇなら知られたくねぇ。
トニー屋ごときに嫉妬したなんて事を。
「気にすんな。俺が大人気なかった」
「気になるよ!また同じことしたらやだから教えてよ!…ちゃんと、直すよ?」
言いたくねぇんだよ。
こんなくそだせぇ事。
察してくれと思いつつも、自分から改善すると言い出したウイの態度は新鮮に思えた。
これまで散々直せと口煩く言ってきた事に対して、こいつはどこかのらりくらりその場を納めてきた節がある。
その証拠に、何度言っても自分の危険を省みない所は直る兆しすら見えた試しがねぇ。
自分から言い出す程だ。
今回は本当に、本気で改善する気があるんだろう。
ただ、さっきまであんなに不満に思っていたそれが改善されたとする。
そんなウイはなんだか、ウイらしくねぇ気がした。
矛盾も良いとこだとは思うものの
俺が好きになったのは、時に面白くねぇ状況を引き起こそうとも
こっちの思い通りには決して動く事のねぇ、そんなウイだ。
「直さなくて良い。本当に気にすんな」
「は?気になんない訳ないでしょうが」
おい。
さっきまでのしおらしさはどこへ行った。
「そうだよ言ったじゃん、心臓いらないから不安にさせないでって。私本当に──
「もう黙れ」
至極全うな言い分。
耳が痛いそれの続きは無理矢理黙らせた。
途端に目を見開いて動揺するウイの唇を割って滑り込めば、怖じ気づいたように縮こまる姿に満たされる何かがある。
「ね…ぇ、誤魔化さないでってば」
「悪かったっつってんだろ」
俺も心を入れ換えよう。
ありのままのこいつを受け止められるように。
結局、なんだったんだろう。
あれから目に見えて優しくなったローが怒ってた理由を教えてくれる事はなくて
でももう怒ってない事も、嫌われてない事もちゃんと伝わってきた。
怒るだけ怒って理由も教えてくれないなんて理不尽極まりないんだけど、どうせ私が何かしたんだ。
嫌われたくないから、もう怒らせたりしたくないから知りたいのに
なんで教えてくれないんだろ。
でもそんな事どうでも良くなってしまうくらい
抱き締めてくれる腕の中は心地が好いし、戯れるような甘いキスは幸せを募らせる。
本当に、優しいキス。
昨日みたいな厭らしいやつじゃない。
でもこうしてると…"続き"が欲しくなる。
抱き締められて髪を撫でて貰うだけじゃ物足りなくて
その…
昨日みたいに求めて欲しいって、思ってしまう。
けどそんな事恥ずかしすぎて口になんて出せない。
狡い心は
伝わらないかなって、背中に回した手に力を込めさせて
それに気付いたローが落とした視線を、上目遣いで見つめ返した。
どうか伝われって、呪いかって思う程凄い念を送ってたと思う。
「そろそろ昼飯の時間か」
私のアピールが下手くそなのか
ローが気付いてて無視してるのか。
そう言われて時計に目をやれば、確かにそろそろお昼の時間。
お腹減ってなくはないけどさ
今はご飯よりももっと、他のものが欲しかったのに…
離れて行ってしまったローがデスクの上を片付けてるのを、我ながら明らかに物欲しそうな目で見つめてた。
ため息をつきながら振り向いたローにハッとする。
伝わって欲しいけど、あからさま過ぎるのは何だか恥ずかしい。
「俺はそんな趣味はねぇが別に構わねぇ…でもおまえが嫌だろ」
「え、何が?」
やっぱり伝わってたと思わしきローの言葉は顔に熱を集めさせる。
嫌な訳ないし寧ろ私が欲しがってるぐらいだよって思いつつ
微妙に噛み合わない気のする会話の続きを待った。
「さっきの状況とアイツらの行動パターンを考えりゃ、気配の読めねぇおまえでもその扉の向こうがどうなってるか。…察しはつかねぇか」
「…え"」
『やっべ!』
『バレてんじゃん逃げろ!!』
バタバタバタバタ…!!
ドアの外から聞こえてきた物音に、さぁっと血の気が引いた。