5-8
未だに頭目の男が地面に頭をつけてぶつぶつと許しを乞うのが聞こえてくる。
それを遮断するように、耳を両手で覆って踞った。
違う。
これはあの人じゃない。
あれはもう過ぎた過去のこと。
違う。
違う!
瞑っていた目を開いて、乱れる呼吸を落ち着けながら顔を上げると
そこにはさっき酒で洗い流した自分の血が広がってたた。
『母様!!母様やだ!死なないで!!!』
まだ乾ききってなかった傷口から血が脚を伝い落ちては
血溜まりの色を徐々に濃く赤く染めていく。
あの時も。血が凄かった。
ガタガタ震え出す体を両腕で力一杯抱き締めても、それは止まってくれない。
誰か、誰か母様を、助けて……。
意識が遠のいていくのを、感じた。
「スキャン」
「ウイ居た?」
西の森と言ってもそれは広大。
それ程でもなさそうだが、相手の力量が分からない状況では無鉄砲に能力を使いまくる訳にもいかない。
近くなって来た事で探りを入れれば、ウイではねぇが
何かが、ルームの中に引っかかった。
「前方1キロ先から、ガキが3匹こっちに向かって走ってくる」
「こんな時間に…子供?」
「何か知ってるかもじゃん!とりあえず行こうぜ!」
そこに向かって森の中を全速力で駆け抜けた。
「おい、お前らこんな時間に何してる」
さっきスキャンで見えた子供たちに声をかけると、3人は揃ってびくりと肩を震わせた。
兄貴らしいヤツの後ろに隠れる男女の子供。
俺らからそいつらを庇うように、前に立つガキがじりじり後退する。
「わぁ!本当に子どもだ!ねえ君たち女の子見なかった?」
背はこれくらいで、髪の色は薄い茶色!とベポがガキ共に話しかける。
「それって…ウイお姉ちゃんのこと?」
「!!ウイを知ってるのか」
ウイの名を知る女のガキに、片膝をついて視線を合わせた。
だがビビらせたらしく、そいつは兄貴の後ろに隠れてしまう。
「…ウイが友達って言ってた白熊って、あんたのことか?」
マトモに話が出来そうな、恐らく兄貴で間違いねぇだろうガキが
ベポに視線を向けそう口にした。
「そうだよ!ウイが拐われたって聞いて、俺達助けに来たんだ!!」
どうやら有力な情報を持っていそうな子供たちに、シャチとペンギンが目を見合わせて頷く。
「ウイは一緒じゃねぇのか?」
「お姉ちゃん、少し休んでから来るって」
シャチの問いかけに、ウイの友達だと聞いて気を許したのかリュウがシュウの背中から顔を出した。
「ウイお姉ちゃん、ユウ達を助けてくれたの!!」
悪い人達を皆倒しちゃったんだよ!とリュウがそれに続く。
「場所はどの辺りだ」
ローの言葉にリュウとユウが揃ってあっち、と山の上を指を指す。
「お前らはこのガキ連れて先に戻ってろ」
それだけ言うと、ローはクルー達の返答も待たず子供たちが指を指した方角へと駆け出した。
子供達はウイが海賊達を皆倒したとそう言ったものの、ローの中の彼女にそんなイメージは見当たらなかった。
しかし現状捕まっていたらしい子供たちを海賊達は追って来ない。
疑問を感じつつ緩やかな傾斜の山道を駆け抜けると、ローは開けた場所に海賊達のアジトを見つける。
一目でそれと分かる程に、小屋の周りで柄の悪い男達が伸びていた。
これは何事かと小屋の中をスキャンすれば
中は外同様、意識を失い横たわる大量の人間。
その中で、探し求めていた人物は踞り震えていた。
「ウイ!!」
小屋の中は暗い。
ローの開け放った扉から差し込む月明かりが照らす先で、名を呼ばれても反応を見せぬウイに
土下座した男がぶつぶつ何かを口にしていた。
駆け寄ったローが震える小さな肩を掴ると、それはびくりと怯えを示す。
「あっ…え、ロ…ー?」
「大丈夫か」
顔をあげたウイの目は不安定に揺れ、焦点がどこか合っていない。
声を聞きひとまず安心はしたものの、彼女の様子はローの知る普段のものとはまるで違う。
余程怖い思いをしたのだろうと、ローの中で急速に怒りが膨れ上がった。
「──メス」
頭イッてそうな土下座男も含め、その場に居合わせる海賊達全員の心臓を抜き取る。
近くにあった布でそれを適当に纏めた。
「ロー!怪我とかしてない?どこも撃たれてない?!」
正気を取り戻したらしいウイの声に振り向くと、心配そうにこっちを見上げてる。
「この有り様じゃ撃てそうにねぇな。残念ながら」
「良かったー…」
ほっとしたように肩を落とし表情を弛ませるコイツに、呆れしか感じねぇ。
この状況で他人の心配とはいい度胸だ。
「おい、何もされてねぇか」
「どこに目ぇ付けてんのよ!撃たれた!全身傷だらけだし足ぽっきん!!」
急にギャーギャー喚き出したウイに面食らった。
ほら見てよ!と見せられた足は血まみれで、痛々しい程に肌が赤黒く変色している。
確かに撃たれたみてぇだし、折れてるなこれは。
「こんだけ煩せぇなら平気か」
未だ痛い折れた撃たれたと文句が止まらねぇウイを抱えて、さっき徴収した海賊達の心臓の包みをその上に乗せた。
抱え上げる際傷に響いたのか、しかめられた顔が不思議そうに包みを眺める。
「なにこれ」
「こいつらの心臓」
途端に顔を歪めたウイが包みごとそれを床に投げ捨てた。
「んな気持ち悪いもの人の上に乗せないでよ!!」
その衝撃で、何人かの倒れている男達がうめき声が上げる。
こいつらが同情に値しねぇヤツらなのも、直に臓器を渡されて気持ち悪ぃだろう事も理解は出来る。
だが一応命の要である心臓を、何の躊躇いもなく投げつけるコイツもどうかと思う。
生ぬるかった気持ち悪いとそれが一時乗っていた部分を払い続けるウイにこれを持たせるのは難しそうだ。
仕方なく心臓入りの包みを拾い上げ、特大のルームを展開しフリーウィングへ直行した。
ほぼ消耗もなく今後も暫くそれはないだろう。
負担のかかる能力を惜し気なく使っても問題もなければ、未だに文句の煩ぇウイを
早く治療したかった。
その後部屋で体をバラし治療を施した時のウイの騒ぎようは、中々に酷かった。
オペオペの実の能力で行う治療は、それ自体には痛みを伴わない。
しかし感覚として自分の体がバラバラにされるのは、どちからかと言えば不快な部類に属するらしい。
更にはえっち!すけべ!と顔を赤らめていたあの様子では、バラした際晒された自分の内側を恥じらったようだった。
人間の内臓なんてもうとっくに見慣れてる。
本人が恥ずかしいと感じている中悪いが、これはどっちかと言うとグロテスクな方。
ウイを無視して行った治療は、喧しすぎた。
脚に埋まっていた銃弾を取り除き、折れていた骨を元の形へと戻す。
血液中に繁殖していた細菌を可能な限り取り除いて終了の簡単な筈の作業中、何度耳を塞ごうかと思ったか知れない。
体を戻してやれば途端に大人しくなったウイの傷口を消毒し、折れた部分を固定してやれば
俯き眉を下げたウイに謝られた。
「ごめんね、巻き込んじゃって」
「それよりおまえの煩ぇ声のが迷惑だ」
再び喚き出すウイは無視して水をくみに部屋を出る。
階段を降りている最中も聞こえてくる声量の文句を、取り敢えず無事で良かったと微笑ましく思う自分がいた。
「飲んでおけ」
「何これ」
「抗生剤だ」
戻ってすぐ水と薬を手渡せば、明らかに嫌そうにウイの顔が歪む。
目の前で薬を隠そうとするアホからそれを奪い取り無理矢理口に捩じ込めば
たかが数個の錠剤にコップの水全部を使ったウイが恨めしげに見上げて来た。
「薬嫌いとかガキかてめぇは」
「好きな方がおかしいで…あ!子供達!!あそこに来る時子供見なかった!?」
女の子一人と男の子二人!と結構な力で腕を掴んでくるその目は真剣。
ガキ共も随分ウイに懐いてるようだった。
同じ場所に拉致られりゃそうもなるか。
「ベポ達に家まで送らせてる。アイツらもそろそろ帰ってくる頃か」
「そっか…ありがとう!良かったー」
ほっと胸を撫で下ろすそれを見て、こいつは本当に人の心配ばかりだと呆れた。
ウイ以外は無傷と言って差し支えない状況だと言うのに。
一見軽症そうであるが、結構な血を失っていた。
もう少し血を流し続けていれば、輸血が必須な程に。
撃たれた場所と折れた骨も、治療したとは言え相当痛む筈だ。
「2、3日は大人しくしてろ」
「え?骨折れてたんじゃないの?良いの?3日で」
「誰が治療してやったと思ってる。その後暴れりゃまた折れるだろうがな」
その言葉にウイは目を丸くする。
綺麗に折れたのも運が良かった。
あれ程綺麗に接合出来れば、3日もあれば日常生活に支障のない程度には回復する。
「ローって本当に凄腕なんだね。ありがとう!」
そう言って笑うウイの顔に、気恥ずかしさが沸いた。
ウイに休養は必要でこっちもなんだか照れ臭い。
今日はもう寝ろとその頭に手を乗せ、部屋を後にした。
時刻はもう2時を回っていた。
詳しい事情聴取は明日で良いだろ。
「あ、キャプテン戻ってたの?ウイは?」
「足を撃たれたようだ。骨も一本折られてた。本人はいつもの調子だ。寧ろ煩ぇ」
撃たれた、折られた、という言葉に表情を険しくしたクルー達は
本人がピンピンしてる事を聞きその胸をほっと撫で下ろした。
「それはそうとキャプテン。ウイだけど…何かどうにも不可抗力で拐われた訳じゃないみたいなんだよね」
ベポが珍しく神妙な顔で口を開く。
子供たちの話では、後からあの小屋に連れてこられたウイは"助けに来た"と
そう言ったらしい。
どういう事だ?
助けに?
アイツわざと捕まりに行ったって事か?
海賊達の様子で、ウイが金銭目的で拐われたと見込んだ。
だがよくよく考えれば
いくらブラーヴェの系列の店に飲みに行ったとは言え、あまり出回っていない高値で取引される酒をウイが作っていることまでを掴み
船を探しに来るまでかかった時間は早すぎる。
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