17-41
「で?いつまでそうしてんの?」
一人になった筈の、話しかける相手がいなくなった筈の副船長から発せられた言葉に
びくりと肩が揺れた。
「アンって実は、面倒見良いし困ってるヤツ放っとけないよね」
「ほめられてるのかしら、それは」
名前まで呼ばれたらもう、気のせいって事にしてここを立ち去る訳にもいかない。
観念して隠れていた船室の影から顔を出した。
「そんなに俺の事ほっとけない?…優しいねぇ」
「副船長は…どうするの?」
それは何の嘘もない、純粋な疑問。
今まで私は、応援すると言いながらキャプテンに思わせ振りな態度を取るウイを
そういう人なんだって思ってた。
でもさっきのではっきりした。
あの子は一応、ちゃんと線引きをしようとする子。
それをさせなかったのは、キャプテンや副船長だ。
経験した事がないから分からないけど、私の知るウイとキャプテン、ウイと副船長の間柄で
それを断ち切ろうとする発言は絶対に言いにくい。
それをあんなやり方で躱されたら、それは言えないわって納得した。
「どうするって?見ての通り性懲りもなくウイちゃんにつけ入ろうと必死だけど」
副船長のこういう所って逆に男らしいと思う。
普通そんな事、格好悪くて言えない。
でもそれを、この人はなんて事なく認めてしまうから。
「あぁ言っときゃさ、もしウイちゃんがそこに疲れた時。俺を必要としてくれるかもしんないじゃん?」
疲れてなくても響く何かが絶対あるよって思った。
でも、相手が悪い。
キャプテンは、カリスマって言うかなんていうか。
そういうものが凄く強い。
女でも男でも、誰でもキャプテンには惹かれてしまうと思う。
でも種類は違えど──副船長も負けてないって思った。
今まで島を発つ時に泣きながら副船長を見送りに来てた人達をバカな女って蔑んでたけど
今となっては謝りたいって思う程だ。
この人には確かに、泣いて別れ惜しむだけの
稀で不思議な魅力がある。
「俺さ、多分初めて会った時からウイのこと気に入ってはいたんだけど。こんなんなったのってキャプテンがウイを泣かせてからなんだよね」
急に始まった、私の知らない昔話。
「すぐにでも泣きたくて仕方なかったんだろうに。それでもウイ泣かなくてさ」
副船長は何とも形容し難い顔をしてて
うまい相槌も打てずにただその話に耳を傾ける。
「おわかりかと思うけど、いつものあの調子で必死こいて、ふざけて笑ってたんだわ」
何があったかは知らないけど
でも副船長の言う通り、それは想像に易かった。
「俺その時さ、一緒に居たのに寝落ちしちゃって。そしたらウイ、一人になった途端膝抱えて泣いてんのよ」
ウイならそうなるだろうなって
副船長が話す過去を想像して、ため息が出た。
「今思えばあの時起きちまった自分を呪いてぇ気もすんだけど…でも、思っちゃった訳」
呪う?
理解出来ないそ意味を、副船長の言葉の続きに求めた。
「俺なら泣かせねぇのにって。この女どんだけ強がりなんだろうって。あの頃のウイ、本当全然泣いたりとかしなかったから」
呪いの意味は未だ分からないけれど
ウイに対して思ってしまうその気持ちには、納得出来た。
同じ経験をしていなくても、それでもウイを受け入れるきっかけを欲してしまったのは
この子をどうにかしてあげたいって思う、そんな気持ちだったから。
「キャプテンがとんがり過ぎたヤツなのは重々承知だし。色々あったのも知ってるし…俺実はキャプテン大好きだからさ」
二人が目に見えてつるんだりしてる所って、実は見たことがない。
でもこの人に副船長を任せたのはキャプテンで、何だかんだでそれを全うしてるのが副船長だ。
この二人にとって、それが何よりの絆の証。
どっちも一癖も二癖もある、そんな人達だから。
「そんなキャプテンが初めて好きになった相手なら、その恋を応援したい気持ちもある訳じゃん?」
じゃん?ってそんな同意を求められても…
でも私が副船長の立場でって想像したとしても、副船長と同じように出来たかしら。
「俺別に、あそこまで不器用でも偏屈でもねぇし」
こんな風に、他の人と相思相愛なのを見ても尚諦められずにいる恋心なのに
例え相手が大好きな仲間であろうと、応援出来たかしら。
「そんなキャプテンが好きになった相手で、それでキャプテンが幸せになれるならって思った気持ちも嘘じゃなかったのよね」
不器用って何だろう。
偏屈って何だろう。
「でもあの時…何かの歯車が狂っちゃったんだろうねぇ」
私にはその言葉が、副船長にこそ相応しいって思った。
それだけ好きなのに、二人を応援しながらも諦めも付かないでいる副船長は
誰よりも不器用で偏屈だ。
「でも最近ウイちゃん、日課かってくらい泣くじゃん」
「あれは…仕方ないんじゃないかしら。事が事だし」
些細な事で泣き喚く女は鬱陶しいと思う。
面倒臭くて、関わりたくない。
でもここ数日のウイのそれは、仕方ないなって全然思えるだけの出来事だったって思ってしまう私は
既にあの子の魅力にしてやられてしまったんだろうか。
「そうなんだけど。でもウイも人前であんなわんわん泣くんだって思っても…何も変わんないんだよね」
あははって軽く笑うそんな様子は正に自嘲って言葉がぴったりだった。
そんな風に振る舞う副船長に
「負け戦って事も、きっと解ってた。でも…どうすることも出来ねぇんだわ、これが」
そんな事ないよって、自分を嘲笑わなければいけない所なんて、あなたには何一つないよって
言ってしまいたくなった。
「そういやなんで俺、こんな事アンに暴露してんだろ」
それが一番気になるのは私の方だ。
急に声の調子を変えた副船長に、そういえば私も何でこんなに真面目に聞いてるんだろうって
謎は謎を呼ぶ。
「好きになっちゃだめよ」
「相変わらず…流石ですね」
どうして全否定しなかったんだろう。
そんな訳ないでしょうって、自意識過剰にも程があるって
何でそう言わなかったんだろう。
もやもやする心を抱えたまま、話の主導権を副船長に委ねた。
「だってアン優しいじゃん。あれからちょいちょい俺のこと見てる」
「…気付いてたの」
この人が目敏い事は知ってても、一度も目なんて合わなかった。
ウイじゃないけど、この人本当に怖い。
鼻の脇が引きつろうとするのを必死で抑えこんだ。
「それはただの優しさであって、恋じゃないから勘違いしちゃだめよ」
「優しさだって解ってるなら、心配する必要ないんじゃないかしら」
自分で言ってて中々な返しだと思う。
例え私が優しくて、傷心の副船長を心配してるだけなら
そんな事は起こり得ない。
「ほら副船長男前だから。ずっと見てたらいつ恋に落ちちゃうかわかんないでしょ」
「…はいはいそうですね」
無意識に、曖昧に濁して否定する事を避けた。
悔しいけどもしこの先もこの人を見続けていたら、いつか本当に好きにでもなってしまう可能性が
1ミリくらいはある気がしたから。
「皆の副船長強いから。心配されなくても大丈夫よ」
この人は客観的で冷静。
人に指摘された認めがたい事すらもすんなり受け入れてしまうし
こうやって自分で言い出す事だって、的を得た事実。
自分でも思ったもの。
この人は一人で何とか出来るって。
でもそれなら、何で私は今もこの人の動向が気になって仕方ないんだろう。
「それはちゃんとわかってます」
副船長への返事なのか、自分に言い聞かせる為の言葉なのか。
自分で自分が、よくわからなかった。
「結構…酔っ払ったかも…」
「大分飲んでたな、確かに」
しっぽりモードに突入して尚生き残ってる組っていうのは、まぁお酒が強い人達な訳で。
誰も止めなきゃどれだけ深酒しようとその語らいに終わりなんて訪れない。
頃合を見計らったローがそれの終わりを告げた。
でろんでろんに酔っ払ったベポがなぜか一本締めの音頭を取り出して。
それはそれは陽気な皆がそれに賛同してくれて。
皆の、私の明るい未来の門出を祝した大きな手を打つ音で
宴はお開きになった。
明日やろうって事になって、適当にだけ片付けて戻ってきたのはローの部屋。
当たり前みたいに連れてこられたその場所には、見慣れた私の荷物もいくつかあった。
ローの空間に自分のものが存在してる事が、なんだかくすぐったい。
「あ…ブラーヴェにも連絡しなきゃだ」
「明日にしろ。流石に寝てんだろアイツらも」
確かに。
時計を見れば
まだ夜は明けないけど、中々なお時間。
今はお酒も入ってるし、フリーウィングがいなくなっちゃった事がブラーヴェに与える影響は少なくない。
最近では臨時の巡回くらいにしか使ってなかったけど、私もそう簡単に戻れなく…
あ…
なんだかお帰り会もして貰っておいて今更だけど
私、お仕事…。
船が到着次第最終調整に予約の受付も開始して…
これからが忙しくなる時期なのに。
「ロー、あのさ…ワノクニっていつ向かうの?」
「次の満月の晩に合わせて向かう予定、だな」
次の満月…
そこそこ日数はあるけど送って貰ってここまで戻って来るのは厳しい気がする。
だとするとワノクニで皆が用事を終えてから送って貰って…
でも何日かかるかもその後すぐに自由に動けるかもわからないだろうし…それに…
仕事は好き。
好きな事を最高の仲間達としてるから、楽しくない訳なんてない。
でも、その間ロー達とは離れ離れだ。
…どうしよう。