17-42




待って。
そういえばワノクニって、鎖国してる国。


そこに忍び込むって時点で、多少なりとも危ないっていうか…
私がいることで、皆の足を引っ張ってしまったりはしないのかな。






どうしよう。
どうあっても迷惑がかかる。

直接確認した訳じゃないけど、母様がアテにするなって言ってた力ってきっと
レイリーさんに言われた亜型の覇気のこと。

結局上手く使いこなせた事なんて一度もなかったけど、でもそれすらもない今の私は
どんでもない足手まといだ。


絶望的なこれからを想像したら
折角明るいこれからを願ってくれた皆に申し訳ない位不安になった。


そんな中
ふと聞こえてきた盛大なため息にハッとする。


「あ、ごめん。もう寝る?」
「…おまえのそれはもう癖か」


くよくよしてたりなんかしたら面倒臭さ倍増だ。


そう思って、答えなんか見つからないのに
とりあえずこの件は切り上げようとした。
また明日考えようって。


「言ったよな、それやめろって」
「え?」


"それ"って何だろうって思って
ふわふわする頭でローの言葉を再生し直しながらそれをを探す。


でもそれが見つかる前に
温かくて力強い腕が、私を包んだ。








「今度は何だ。仕事か」


頭の上から聞こえてくる、呆れたような声。

でも抱き締めてくれる腕や、髪を撫でてくれる手からは優しさが伝わって来て
それが本当の心からの呆れじゃないって教えてくれた。






そうだ。
一昨日の朝言われたあれだ。

私の大きすぎる悩みを一瞬で解決してくれた、あの言葉。
抱え込ませたくないって、今思い出しても頬が弛むような…






でもそんな事言われたって困らない?

まず私の気持ちが定まってない。
仕事を続けたいのか、皆と一緒にいたいのか。

どっちにしろ困らせる事には違いないんだろうけど…


「ペンギンに…何か言われたか」
「え?」


予期せぬ言葉に顔を上げる。
ローはどこか、疑うような目で私を見てた。








ん?
話してた訳だから言われた事だってそりゃあるけど。








『焼き餅焼きだねぇ』









ペンギンの声が、また聞こえた気がした。


何だか申し訳ないんだけど、それが嬉しいって思ってしまって。
落ち込みかけてた気持ちはいとも簡単に浮上した。








「そうじゃないよ。ちょっと、これからの事考えてたって言うか…」
「何だ、言えよ」


間髪入れずに返ってくる言葉と、睨まれてる気のしなくもないそんな目に怖気付く。


どうしよう。
私が自分で物事をややこしくしてしまうのは凄く理解出来たんだけど
でも本当にこのどうしたいかもわからない状態でローにそれを話したところで、ローだって困らない?


「俺には言えねぇことか」
「いや、言う段階じゃ…まだ、ないのかなって…思っ…て」


どんどん増していく眼光に、言葉は尻すぼみになっていった。


嘘じゃない。
嘘じゃないぞ。

どうしたいかが決まったらローに相談しなきゃ行けない事だし。
なんかもうお酒なんて抜けたんじゃないかって気もするけど、ちゃんとした時にしっかり考えた方が良さそうだし。


でも何か勘違いされてるっぽいからそれだけでも──












そう思って開きかけた口が、言葉を発する事はなかった。


噛みつかれるようなキスに、アルコールの香りを感じる。
嫌じゃないんだけど、驚いてひっこみかけた舌を逃がすまいと絡めとるローのキスは
体全体を囚われたかのような錯覚を引き起こす。



違うよ。
ペンギンはただローに甘えろって、壁を作るなってアドバイスしてくれただけ。
たまにおふざけでちょっかい出してくるあれはもうキャラっていうか、そんな感じで。

ローが心配するような事は何もないよって、そう言いたかったんだけど


独占欲みたいなのを剥き出しにしてくれるローをやっぱり嬉しく感じてしまう私は、恋人失格かな。


「──んぅ……ふ…」


やっと解放された濡れた唇が、空気に触れて冷たいって感じる。


もっとローの温もりが、愛が欲しい。







「今日くらい大人しく寝てやろうかと思ったが。無理矢理吐かされてぇなら俺はそれで構わねぇ」









嫉妬と苛立ちの混ざった睨みとその言葉に
昨晩の出来事が頭の中で再生される。












いや、ムリ。
あれはもう、ムリ。

ローの愛は欲しいけど、それは別の形で頂戴したい。


「ごめんなさい仕事どうやって戻ろうでも戻ったら離れ離れそれ嫌、でもワノクニで私足手まといじゃんって悶々としてました」


その気になれば
あんなに大きかった私の悩みは、こんなにコンパクトに収まった。








「最初からそう言え。紛らわしい」
「だって…お仕事続けたいか辞めてここにずっと居たいか、自分でもどうしたいかがわからない…し」


盛大なため息を吐くローは、ほっとしたように見える中でもどこか残念そうで。
あんなにしておいてまだ足りないのかとローの性欲が本気で恐ろしくなった。


でも残念がってるって事は、諦めてくれたんだろう。
それはまたの機会でお願いしますって心の隅っこでそっと思った。


「おまえが続けてぇなら止めねぇ。だが俺はもう、おまえを離したくねぇ」
「──!!」


その殺し文句に、顔に熱がぼっと集まってくる。

人ってこういう時本当に固まるんだ。
ローに抱きつくように働いていた自分の力が、カチンって音を立てたように自分の軸に戻ってきた。


「ワノクニの件なら安心しろ。流石にあんなとんでもねぇ場所におまえは連れてかねぇ」
「は!?離したくないって今言ったじゃん!!」










一緒に行くとなると足手まといが気になる癖に、置いて行くと言われればそれは嫌で
なんだかもう決定事項にしか聞こえないそれは惚けた頭を急激に冷やした。


「アンを付ける。おまえはアンと船番してろ」
「ちょっと人の話聞いてんの?!やだよ!!絶対嫌!私も行く!!」


あれだけ着いて行っても邪魔だと思ってた気持ちはどこに行ったんだろう。
ブラーヴェに送って貰う事を考えたなら、それが叶えば自動的にワノクニへ行かない事は決まってたっていうのに。


「安心しろ。必ず戻って来る」
「必ずって…絶対なんて、ないじゃない…!!」


嫌な事を思い出してしまった。

パパに出会った時、エースと合流する筈だったあの時
沖で一人待っていたあの心配で堪らない時間を。


「ドレスローザの時とは違う。刺し違えてでも討とうとは思ってねぇよ」
「ちょっと待って。刺し違えようと、してたの…?」


終わった事はもう良いだろって、視線を逸らしてはぐらかそうとするローにとって、きっとこれは失言なんだろう。


珍しく失言までするって事は、今回は本当に自分の安全を第一に行動してくれるって
そういうこと?







…わかんない。
もうわかんないよ。

何が一番良いのか。


お互いが黙り込んで出来た沈黙は
それはそれは重苦しいものだった。




「死なねぇ。だが、前にも言ったが万が一俺が死ねば着いて来い」


それは…そう言われてたけど。
でもそう言われてしまうと、どっちなのって不安になる。

万に一つは、ローが帰って来ない事は有り得るの?


楽しい事も悲しい事も沢山ありすぎてうっかり忘れてしまってた。
エースも母様も違うって言ってたけど


本当にいなくならない?
私が手を伸ばしてしまった今、ローも死んでしまったりしない?って
急にそれを思い出して不安は大きくなった。


「…おまえが死んだら、俺はどうすれば良い」


ぎゅって
抱き締めてくれる腕の力が強まる。


「おまえが死んでも…恩人に救われた命を、俺は捨てられねぇ。アイツらだって遺していけねぇ」







いや、私だってそうそう死ぬつもりはないけど。


でも──
もし私が死んでしまっても、ローには生きていて欲しい。
折角過去の呪縛から解き放たれたローには、自由を謳歌して夢を追い続けて欲しい。

私のせいでそれが途絶えてしまうのなんて、絶対嫌だ。


「急を要する局面で、おまえの死にたがりが発症したら手に負えねぇんだよ」
「死にたがりって…」


折角シリアスな雰囲気だったのに
別に良いけどどういうことって思って顔を上げた。


「何度言っても学ばねぇ。おまえは自分の命を軽く見過ぎだ」


そこにあったのは、冗談でそれを言ったんじゃないって事がひしひし伝わって来る真剣なローの顔。


「俺はおまえのいねぇ人生を、生きたくはねぇ」
「…もうしないよ」


そこまで表情豊かな人じゃないんだけど
何だかすがられてるような気持ちになった。

私みたいに一人で生きてけない人じゃないんだけど
大丈夫だよ、一緒にいるよって
安心させてあげたくなった。


「何度も聞いた」
「違う!…そうじゃなくて。…今は私、死んでも良いなんて…思ってないよ?」


そうだ。
私は信用がない。

でも、あの時と今は違う。







「思ってたのか、ンな事を」
「…それで何かが上手く行くなら、例え死んじゃっても…良いかなって、ちょっとだけ」


あの時それを言ってしまえば、心配性な皆は
危ない事は何も教えてくれなければ、そういう可能性が少しでもあれば縛り付けてでもそうさせないだろうなって思ってたから言わなかった。


「生きてたらそれは楽しい事もあるだろうけど…もう疲れたしなって。死んでしまえば全部なくなる。…もう十分楽しい人生だったって…思ってたよ」


我ながら病んだ思考。
でも、本当にそうだった。


「でも今は違う!私が死んだらローが悲しむとかじゃない!私が…!」





こんな気持ちになれるなんて、思いもしなかった。





「私が生きていたい。もっとずっと、ローと一緒に…居たい」


もっともっと、何日でも何ヵ月でも
何年何十年…叶うのなら百年だって続けば良い。

ローと一緒にしたい事が沢山ある。
何もない時間だって、それを一緒に過ごしたい。


でもそれでなくても


「母様とも約束した。まだ母様の知らない両手いっぱいの楽しいお土産話、私準備出来てない」


あれだけ沢山守ってくれてた母様に、何も恩返しが出来てないから。
それは自分のしたい事でもあるけど、母様が望んでくれたそれを
簡単には無下に出来ない。


「でも楽しいお土産話はローとじゃなきゃ作れないよ!だから──
「死なねぇっつってんだろうが」


ぐしゃりと前髪を撫でて視界を遮ってくるローはなんだか
どこか照れてるように見えてちょっと驚く。


なんだ今更。
ローの方がこっ恥ずかしい事散々言ってるじゃん。


本当に微妙で些細な変化。

でも
照れてるってことは、私がそう思うことをローは少なからず嬉しいって思ってくれてる訳だ。



なんだか
日に日に好きが増していく。

これ以上ないってくらい、毎日全力で好きなのに。


「ゆっくり考えろ。そう思ってンなら解る筈だ。おまえが今回どうすべきか」








そのままひょいと抱き抱えられてしまった私は
ローのベッドで、大好きな人に包まれて眠った。

ブラーヴェのこともワノクニのことも、なんだか雲行きは怪しいけども
ちゃんと考えようって思った。

それでも吐いた息がため息にならなかったのはきっと
この人のおかげだって
悩んでるのに幸せっていう、変な心地だった。



destruct at reality.