17-43



まだ夜も明けない頃、喉の乾きで目が覚めた。


ウイに言えないくらい、自分も飲んだ。
あんな事のあった直後に本人に言えやしねぇが、こうなって良かったと思ってしまう自分が居た。

ウイの自由を奪ってくれた母親に、感謝した。


それが酒を進ませたんだろう。


腕の中で無防備に眠る恋人を起こさぬようにそっとベッドから抜け出して、乾いた喉を潤わせる為に向かうのは食堂。







認めたくはねぇがこれが色ボケか。
ブラーヴェの事をすっかり失念していた。








ウイがやりてぇ事を我慢させたくはねぇ。
だが


離れたくないと、離したくないとただ思った。


ワノクニには何が何でも連れては行けねぇ。
死なねぇように乗り込むにしても、相手は四皇。

自分とある程度戦えるクルー達は守れたとしても
戦う術を持たねぇだけに留まらず、体力や機動力の低いウイを守り抜くのは正直自信がねぇ。











『例え死んじゃっても…良いかなって──』










眠る前のあの話は、若干の怒りを覚えたものの
府に落ちた気がした。


怒りの原因は、あれだけ自分たちが言ってきて尚
その命を軽んじる考えを結局は改めていなかった過去のウイに対して。

府に落ちたのはきっと
だから何度も繰り返していたのかと、納得したから。


今は死にたくないと、その理由が自分だと話したウイの言葉に
嘘はない気がした。

人の、それも愛した女の変わるきっかけが自分の存在だと言うのは何ともこそばゆい。


あの似た者同士が楽しそうに話していたのが未だに引っ掛かってしまっていた自分の中の蟠りが、ウイの一言で綺麗に消え失せた。


ウイは馬鹿じゃねぇ。
本当に心を入れ替えたならば、大人しくアンと待っている事を選ぶだろう。








あとはブラーヴェか…


悩むって位なら、辞めたくはねぇんだろうな。
ウイの気持ちどうこうの前に、ブラーヴェからウイが欠ける事での影響も無視は出来ねぇ。

世話になった…いや、なっている。
アイツらには。


冷えた水で喉を潤しながらも
あれこれ思考を巡らしては行き詰まる事を繰り返した。




まだ朝飯の準備をするジャンバールさえ起きては来ねぇ時間帯。
もう一眠りするかと、ウイの眠るベッドへと戻ろうとした時
階段を降りてくる気配…いや音を察知した。

慌てたようなそれは、廊下で立ち止まる。







このずさんな気配は…ウイか?







一度寝たら起きねぇ女が、なぜそうしてるのかを疑問に思いながらドアノブを回すと
予想していた人物の背中が勢い良くこっちへ振り返った。


「ロ…ー、なんだ…お水?」
「あぁ。どうした?」


肩で息をするウイは、ここまで駆けて来たんだろう。
ほっとしたように肩の力が抜けたその様子と
起き抜けでそこまで息を切らす程の何があったのか、疑念が沸く。


「そ…だよね。ここローの船だ…もんね。あはは、寝惚けちゃった」
「どうした」


乾いた笑いを浮かべるその顔はどこか引きつっているように見えて
寝惚けただけでこうなるものかと呆れと疑いの混ざった眼差しはウイへと向いた。


「目、覚めたらね…ローいないから…びっくりしちゃった」









この時、何かを感じはしたものの
それで自分を探しに来たというウイを俺は──愛しいと思って済ませてしまった。


「まだ寝れんだろ。行くぞ」


そう言って肩を抱き寄せ部屋への階段を登る最中、俺のTシャツを握り締めるそんな仕草を
得意気に思ってしかいなかった。


他の男なんて眼中にねぇだろうと
そこまで俺を欲するのなら、ブラーヴェの件も巧くやれるだろうと
そんなくだらねぇ事が頭を占めていた。


ウイをあれだけ頑なにしていたモノを
俺は甘く見ていた。


もう解決したと、そう思ってしまっていた。





『あらオメデトウ。あなたもう隠居したら良いじゃない』
「え"…」


フリーウィングが居なくなってしまって、ローとその…付き合う事になった事をブラーヴェに報告すれば
ソニアは呆気からんとそんな事を言い出した。


「でも結婚式…!これから忙しくなるじゃん!」
『気にしてるのはそこだけ?なら問題ないわ』


ドレスも他の部分も十分準備は出来てるものって、そう言うソニアの言葉は無理してる感じは微塵もなくて。

だからこそなんだか…それもそれで寂しい。


『やぁーっとくっついたか!良かったなロー!!うちの客寄せパンダをよろしく頼むぜ!』


アオイのそんな言葉にも、なんだか言葉に出来そうもない感情が沸いてくる。

ブラーヴェは私なんてもう、必要ないのかなって。
私が頑張らなきゃって、今ブラーヴェには私が必要だって思う気持ちがあったから
易々送り出してくれようとしてる皆が薄情にすら思えて来る。


『実はパウリーから連絡があって、船の納品が更に遅れるって。だから私たち今する事なんて何もないのよ』
「でも…!納品されたら色々あるじゃん!!」


船が届かなければ何もしようがない事は知ってる。
でもそれが叶えば絶対に、猫の手も借りたくなる位の忙しさだ。


『そうねぇ…辞めさせはしないわ。ウイのお酒っていうネームバリューがブラーヴェを支えているのは事実だし』


それは…そうかもしれないけど。


『あの船を造るのに出して貰ってるお金もあることだし』


それは私がしたかったから。
ブラーヴェがプロデュースする結婚式っていうものを、完璧な形で世に出したいと思ったのは
作る側だけじゃなく見てみたいっていう、客観的な願望もあったから。








『じゃあ期限未定で休業なさいよ。報酬は船代の返済と、印税って事で振り込んでおくから』


…。


ソニアはきっと、私のこんな悩みなんて明け透けに見えてるんだろうな。

だからこうして、私が気に病まないような言葉を並べてくれる。


『いつでも戻って来なさい。あなたがそこよりこっちに居たいと思う日が来るのなら』


もっとブラーヴェに居たいって思う気持ちに嘘はない。
そこでやりたい事が沢山ある。


でも…


手を付けたからにはやり遂げなきゃっていう責任感みたいなのがそれを助長してるのも
それを天秤にかけても簡単には答えが出ない程にローの傍に居たいと思う気持ちにも
自覚があるから尚更だ。


『そうじゃなくても、年に一度くらいは…現場を見回って教え子達の気を引き締めたり、もし何か新作のアイディアがあるなら願ったり叶ったりだわ』


私に居場所を残してくれながらも、ここに居て良い選択肢をくれるソニアは
どこまでも大人で敵わないなって。
電話越しで気付かれる筈もないのに、その気遣いを無下にしたくなくて涙を堪えた。


「悪ぃな。暫く…金輪際ずっとかもしれねぇが、こいつ貰うぞ」
『こちらこそうちの看板娘をよろしく頼むわね』


私がなにも言わなくても、状況は何の文句も付けようがない方向に進んでいく。

それが申し訳なくて、少し寂しくて
でも嬉しくて。


『そうそう。落ち着いたらで良いから顔、出しに来てね。お祝いさせてちょうだい』
「ありがとう、ソニア」


この世の中で、これ以上の上司っているかな。
神様か何かなのかなソニアは。

なんでこんなに優しいんだろう。
怒ると怖いけど。
それはもう怖すぎるんだけど。






必ず顔出しに行こう。
直接会って、お礼を言おう。

主戦力としては動けないだろうけど、離れていて出来る事も探そう。


お酒作ったり、広告まいたりとかは出来る筈。






大事にされると
自分を思ってあれこれして貰っちゃうと
その恩を返さなきゃって自然と思ってしまう。


仕事だからやらなくちゃっていう義務でじゃなく
この会社の為に力になりたいって、私だけじゃなくきっと誰もが思ってるだろうブラーヴェは

世界で一番素敵な場所だって
そんな所にいられた自分を、誇らしく思った。




「──ということだけど。あなた達もきっと、同じ事考えてるんじゃない?」
「あ?何がだよ」


ウイと繋がるでんでん虫の通話が切れたブラーヴェ本部では
誇張等ではなく本当にする事のない幹部役員達が寛いでいた。


「アオイには無理みたい。その頭さ、何詰めて形保ってるの」
「は!?だから何が!?」


ウイが抜ける。
籍は置き続けるとしても、主力として動けぬ事はどう判断してもマイナス。

だがしかし、それよりもソニアの頭を占めて止まない事があった。


「ねぇ!私超良いこと考えた!!宣伝も兼ねてウイの結婚式やらない!?」
「だからそれをソニアは言ってるんでしょ」


名案だとばかりに声をあげたカレンを、ディゼルが鼻で笑った。
え、マジ?とソニアに目を向けたカレンは頷き返された事で大袈裟な程に落胆を見せる。


「我ながら凄い事思い付いちゃったって…思ったのにー!!」
「いや、バカでも思い付くでしょ。あ。正にそれだったね。ごめんごめん」


なにおぅ!!とディゼルに掴みかかるバカと称されたカレンと
それすら思い浮かばなかったバカオブバカが良いなそれ!とテンションを上げる中
ソニアの言葉で騒がしさは落ち着きを見せる。


「あの子達見映えは良いし、宣材には打ってつけよね。ウイに関しては天竜人御用達職人っていうハクもある訳だし」
「ローは顔ハッキリ写さなきゃ良いよ。顔なくても絵になる」


ウイが抜けた今
ビジネスに関しては、ソニアとディゼル以外は宛にならないこの集団。


「何よりウイが絶対喜ぶでしょ!!やだ楽しみー!!何しよう!そう思うとやりたい事沸いて出る!!」
「サプライズにすんの!?普通に一緒に企画すんの!?やべぇ!俺リング作ろうかな…ウイ好きそうなデザインでローも付けられそうな…」


発想力でのみ驚異的な威力を発揮する、何かと天才は紙一重組が浮き足立つ中
ソニアの咳払いが部屋に響いた。


「ただ問題が1つ」


それに気付いていなそうな2人に、あから様なため息を吐くディゼルがやれやれと肩をすくめる。


「あの子達結婚する気あるのかしら。ウイはともかくローは海賊よ?そんな概念あると思う?」


そこにはハッとした顔で固まる、カレンとアオイの姿があったとかなかったとか…




destruct at reality.