17-45




「…まぁ。寧ろある意味尊敬してなくもないわよ」


ドキッとした。
他意なんてないのかもしれないけど、勿論もう今は嫌いでなんかないんだけど。

そうなるなって釘を刺された今、自分の中の副船長の立ち位置みたいなのが私自身よくわからなかったから。


「んー…アンさんさ、この筋トレって私が海賊船に乗るようになったからだけじゃなく、嫌な事考えないようにってやってくれてるでしょ?」
「…」


なんて事ないみたいにウイがそう言って覗き込んで来るものだから
なんだかこっちが気恥ずかしくなってしまった。


そうなんだけど、それって気付かないでいるか気付いてても放っておいて欲しい。
例えウイが相手じゃなかったとしても
そういうのをしてるって事があからさまみたいなこれは結構なんだか照れ臭い。


「そしてそれを敢えて言わないとことかもなんか似てる」


ああそうですかって思いながら
副船長も同じような事してたのかって思いながら

副船長が言わないのと私が言わないのはどう考えても同じ意味合いじゃないわよって
心の中でだけ反論した。


「…私はあそこまで頭の中謎じゃないわよ」
「頭の中謎!!確かにピッタリだそれ」


実際そうでしかないんだけど、私の言葉にけたけた笑うウイは私と副船長似てる説に関してはもう気が済んだみたいで。


折角副船長の話になったから
いつか聞くのに歯止めをかけた事を、つい聞いてしまった。


「ウイは副船長の事…どう思ってるの?」
「え?私ペンギン大好きだよ!面白いし実は頼りになるし、昔フリーウィングで旅してた時も結構一緒にイタズラとかしてた!」


思ってた以上に何の躊躇いもなく返ってきた大好きの言葉に、そういえばこの子こういう子だったわって
それを忘れてた自分の詰めの甘さに辟易する。


「いや…あの、そういう事じゃなく…」


これはどうしたら良いんだろう。


私のと違って楽しかった思い出エピソードをあれこれ話してくれるウイを見ながら
途方に暮れた。





「副船長、ウイのこと好きだったんでしょ?今まで、ちょっとくらい揺らいじゃったりとかってなかったの?」


敢えて過去形にした。
今も絶対現在進行形で好きなんだろう副船長の気持ちを知っていながら。

そっちの方がややこしくならない気がしただけだって、そういうことにしておいた。


「んー、それはない…かなぁ」


ちょっと意外だった。
意外な程にバッサリいったこの子。


「私狡いからさ、ペンギンが他の子好きになっちゃったら寂しいなって思った事はあったよ。正直。そしたらペンギンとの今の関係ってなくなっちゃうのかなって」


狡いって言えば狡いんだろうけど
あんな特殊な人に想われてたらそれはそうなるわ。


他の人でもそう思うんじゃないかしら。
好かれてるって、それだけで何だか幸せな感情よね。

私もそうだった。
ウイがいくら邪険に扱っても寄ってくるのを、うざったいと思いながらどこか得意げだった気がする。

この子が私の態度に諦めてそれを辞めてしまってたら
自分でそうしておいて私はきっと、凄い喪失感を感じたんじゃないかしら。


「でも、好き…?好きは好きだけど、なんか違う?そういうのじゃないかも。多分」


視線を快晴の空に飛ばしながら
唇に握った拳を押し当ててうんうん唸ってるウイはきっと、本当に副船長の事は恋愛対象とは考えてないんだろう。









何だか感じた事のない複雑な気持ちが胸を占領してる。


副船長があんな直向きに思っていても、好意は抱かれこそしてもそれが叶う事はないっていう難しさ。


よく考えてみれば、恋って不思議で稀なものよね。

沢山の人に囲まれて生きているのに、たった一人にだけその感情を抱くんだから。
お互いがお互いにその気持ちを抱き合う両想いっていう関係は、奇跡に近いものなのかもしれない。


「どして?」
「え?」


物思いに耽ってたら、ウイに何を聞かれたのか
一瞬わからなくなった。


ええと?
副船長に揺らいだりしなかったかってあれだわ。














「本当、なんででしょうね。何か気にな──


ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる










言いかけた言葉を遮るその音に
私達は無言で目を見開きあって、頷いた。


そして、その音の発信源へと走った。





「もしもし!ロー!?無事なの何ともない!?いつ帰って来───
『全員無事だ。ワノクニの鎖国は解かれる。こっちまで来れるか?』


久々に聞いたローの声に、なんだかそれだけで涙が出そうになった。


良かった。
本当に良かった。


考えたくなくても、違うって思おうとしても
最悪の展開を想像してしまう頻度は日を追う事に増していった。







でも考え過ぎだった。
本当にちゃんと、生きててくれてた。


「問題ないわ。最速で明日の夕刻になるけど構わないかしら」
『あぁ。こっちもたった今片付いた。重傷者も多い上に事後処理も残ってる。急ぐ必要はねぇ』


アンさんの声にハッとする。


えっと…なんだっけ。
皆無事でワノクニに来てって、言ってたなそう言えば。


「そういう割にそんなタイミングで連絡よこすのね。…でも心配してました。全速力でお迎えにあがります」
『助かる。道中他の海賊と海軍には気を付けろ』


不甲斐ない私の代わりに対応してくれちゃってるアンさんには申し訳ないんだけど
ただローの声が聞こえて来るだけで嬉しい。

生きててくれて、こうやってそれを実感出来るだけで嬉しくてそわそわして堪らない。

どんな顔して話してるのかな。
終わったばかりって言ってたし、疲れて…ん?






重傷者?
ローは大丈──


「ほら!さっさと錨上げて来て。…早く会いたいんでしょう?」
「え?でんでん虫は?」


感傷に浸ってた内に通話が終わってしまってた事に衝撃を受けた。










大変な中かけてくれたんだろうけどさ
そんな時間ないんだろうけどさ

でももうちょっと何か、あっても良くない…?









「言っておくけど、明日の夕方着くにはずっと進まないと無理だから」
「え?うん!」


項垂れながら準備に動き出した私にアンさんが言ってきた言葉の意味が理解できない。

だってさっきもそれ聞いた──


「ウイと私のどちらかはずっと操縦室にいなきゃいけないって事、ちゃんとわかってる?興奮して眠れないなら私先に仮眠するけど」
「…お願いします」


そっか。


ここはグランドライン後半の海。
例え海中を進むとしても、何もないなんて事の方が珍しい。

フリーウィングに慣れすぎて、忘れてた。





教えて貰ったばかりの潜水艦の操縦を、実は初めて一人で任された。


手順も注意しなきゃいけない事もちゃんと覚えた。
少しでも気になる事があれば起こせっていうアンさんの言い付けもしっかり守るつもり。

でも
思った以上に何もなさすぎて、レーダーをチェックしながらも思考は今もワノクニで忙しいだろうローの事でいっぱいだった。



私は毎回、こうやってお留守番なのかな。
今回は相手がカイドウっていう大きすぎる相手だっただけかな。

ずっと鍛練を続けてれば、私も連れていって貰えるようになるかな。








ローは、私に会いたいとか思ってくれたかな。








私は会いたくて会いたくて仕方なかった。
他の事してても、気を紛らわせる事は出来ても
ふとした瞬間にローの事ばっかり考えてた。

無事で良かった。
それがわかっただけでも、もうすぐ会えるってだけでもこれ以上ない幸せなんだろうけど










早く会いたいな。
会って抱き締めて欲しい。

あの力強い腕で。











海の上を行くよりも、遥かに速いんだと思う。


でも少しずつ海底の地形が移動していくレーダーの反応が、遅く感じてもどかしくて。









今まではこのくらいの期間離れてる事なんてざらにあったのに
まだ恋人同士になってそんなに経ってないのに。





…私大丈夫かな。

自分でもわかる。
とんでもなくローに依存してるって。


朝起きたらローが隣で寝てて、潜水艦っていう空間はローをいつも閉じ込めてくれてて
手を伸ばせばそこに居てくれて
私も大好きだけど、ローの大切な仲間が一緒に居てくれる。


ここに居れば、例えローが私を嫌いになる事はあっても
ローは簡単には仲間を捨てられない。

いなくならない。












「今は皆出払ってるんだけどね」











静かな潜水艦の中で、ぽつりと呟いたそれは儚く響いて消えていった。


会えるって決まってるのに
今は楽しみで仕方ない時間の筈なのに


ふと、不安になった。








変だよね。
幸せなのに怖いだなんて。





点にしか見えなかったそれが、どんどん姿を顕にする。


長い間鎖国してたからなのかな。
どこかには船を着けれる港はあるのかもしれないけど、それは見当たらなくて
双眼鏡から見えるワノクニと海との境目は一面が砂浜。


ローが指定した所がここなんだから、もしかしたら港は海軍とかが張ってるのかもしれない。


海上に顔を出した途端、見計らったように届いたカモメ新聞の見出しには
"ワノクニ開国、四皇カイドウ敗れる"の文字。

そこにはルフィくんとローの手配書もばっちり載っていて、今後の新世界の勢力図の予測なんかもあれこれ騒がれてた。


海軍が来てない筈がない。







ボートで上陸出来るみたいだから別に砂浜でも構わないんだけどね
砂浜って、広いのよ。

港と違って船を着ける所が決められてないから、あっちの端から向こう側まで全部がローが言ってた落ち合う場所なのよ。





迎えに来てくれてるだろうローの姿を、双眼鏡越しに食い入るように探すそんな私の姿に
アンさんはため息をついてた。


だって早く、一目だけでもローを見たい。

無事だって言われたけど、その声も聞いたけど
でもちゃんとこの目で確かめたい。


そんな気持ちとは裏腹に、日が暮れ出したワノクニは距離だけじゃなく視界を悪くする事でも私の邪魔をしてきた。







「見えないなー。そろそろボート降ろす?」
「待ち遠しいのは解るけど、進める位置までこっちで行った方が速いわよ」


確かにー。


冷静過ぎるアンさんの言葉はいてもたっても居られない私の肩を落とさせた。
諦めてまた、砂浜の奥に生い茂る松林の中に目を凝らした。













ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる










そんな中鳴り響いたでんでん虫の着信音にびくりと肩が跳ねる。
姿を確認してみれば、その発信先はロー。


ただ言葉も交わさずに自然と見つめあった私達だけど
今の私はきっと冷静な判断とか出来ないから。
どうぞどうぞって、その役目はアンさんにお願いした。





destruct at reality.