17-46
「どうしました?」
『大将が軍艦引き連れて出てきやがった。俺らをここで始末するつもりらしい』
"大将"
その言葉にごくりと息を飲んだ。
いまあの人は元帥って立場になってる筈だから違う筈なのに
エースの命を奪った相手って勝手に頭が重ねて考えては全身が震え上がる。
「あら大変。なら私達上陸はしない方が良さそうね」
『あぁ。沖に向けて旋回して潜水準備に入れ。あとシャンブルズ用に人数分何か準備しとけ』
例え人は違くても、その実力は同程度。
凄く強くて驚異的な存在である事には違いない筈なのに
ローもアンさんも冷静に話を進めていく。
「了解。麦わら一味は?うちのクルー分だけで良いのかしら」
『アイツらも今頃出港してる。不要だ』
そう言えば危険なのはロー達だけじゃなかった。
言われて始めてルフィくん達を心配したと同時に、あっちもあっちで手は打っているらしい事にほっとする。
なんか私、ダメだな…。
今まではチェスとかそういうボードゲームが得意だったから
実際の戦いの場で戦力にはなれなくてもそういう面で役に立てるんじゃないかって、少し思う気持ちがあった。
でも全然ダメだ。
実際にボードに立たされた私は、敵の攻撃がゲームじゃなく実際に味方にもたらす影響に感情的になってしまって
まったく状況が見えてない。
「ウイは人数分の何かリビングに置いておいて。纏めてよ?キャプテンが解りやすいように。私は操縦室にいる」
「わ、わかった!!」
ほら。
緊急事態にこんな事考え込んで自分で自分がすべき的確な判断ですら出来ないでいるのがその証拠。
「大丈夫よ。皆さえ拾えればキャプテンが何とかしてくれる」
それはそうなんだけどね
不安なのか焦りなのか、そんな気持ちが消えないの。
折角無事にカイドウを倒せて会えるってほっとしたのも束の間
また強大な敵がローに迫ってるって事が怖くて仕方ない。
酷い顔してたと思う。
そんな気持ちと自己嫌悪が入り交じった、この世の終わりみたいな顔。
少しでも早くローがシャンブってワノクニに置いてくるいらない物を準備しなきゃいけないのに
頭の中はそれとは違う事でいっぱいだった。
こんなにダメで、役立たずで。
こんなのがローに知れたら、私嫌われてしまわないかな。
リビングに人数分のコルクをまとめて置いた。
フリーウィングから運ばれてきたこれは山のように沢山あったから。
旋回を終えて沖へと進み出したのを感じながら、ドクドク煩い心臓の音を聞いてた。
指先が異様に冷たくて、それを握りしめながらロー達の無事を祈る。
なんでシャンブルズの準備は出来てるのにロー達は来ないんだろう。
まさかこうしてる間に海軍に見つかってしまったとかじゃないよね…?
来ないんじゃなく、来れないんじゃないよね?
でも来れるなら何で今もここにはコルクが転がってるの?
冷たいだけじゃなく、遂には震えだした手に自分で驚く。
それが、今とんでもない状況だからこそそうなったみたいで
余計に怖さを増させた。
どれくらいそうしてたかな。
リビングの丸い窓が半分海中へと沈み出した頃
本当にこれで良いのか
ロー達がまだ来てないのに潜水してしまって良いのか
もしかしたらロー達は既に海軍と交戦中で、私達を逃がすためにああ言ったんじゃないかって
底なしに沸いてくる不安は
潜水艦が海に潜っていくのと同時に、私のことも暗い沼の底に引きずり込もうとしてるみたいだった。
「ねぇ、早く行きなよワノクニに。…それで皆を連れて来───うわぁあっ!!!」
「何やってんだおまえは…」
ビックリした。
しゃがみこんで
いつまで経っても皆と入れ替わらないコルクに、さっさとシャンブられてくれって文句言いながらつついてたら
急に人口密度が高くなりすぎて後ろにひっくり返った。
本当に、高くなりすぎたの。
ごめんなさい本当に私頭どうかしていた。
纏めて置いておけって、本当に散らばらせもせずに一塊にしてたから
あんな小さいコルク達が100倍近くある人の体になったらそりゃこうなるよね。
尻餅付いたのは私だけじゃない。
団子になって、むしろエイジくんなんかは下敷きになってる。
「ご、ごめん皆…おかえり…あはは」
「酷いっすよウイさん…ちょっと!早くどい…ぐぇっ!!」
悪ぃ悪ぃ言いながら皆は次々起き上がっていくのに、誰にも潰されてない筈の私は未だ立ち上がれずにいる。
「ウイちゃんパンツ丸見え」
「え!!!」
すかさずバッと脚を閉じた。
脚を閉じて、そんな自分の体制を見下ろして
自分が今ワイドパンツを履いてる事に気付く。
「ちょっと!!見えるわけないじゃんパンツ!!」
「なんだ元気じゃん」
そう言って鼻で笑ったペンギンはリビングを出て行ってしまうし
他の皆もお風呂入りたいとか喉乾いたとかバラバラに散り出した。
結構傷だらけだけど
いつもの皆だ。
「お帰りなさい。皆無事で良かったわ。ワノクニから遠ざかるように進んでるけどどこに向かえば良いのかしら?」
「サグアへ向かえ。レーダーの探索範囲を最大にして、追ってくる反応があればすぐ知らせろ」
自動操縦に切り替えたのか、誰かに変わって貰ったのか。
顔を出したアンさんは了解ってローにそう返事をするなり
リビングのエターナルログポースのコレクションケースから目的の物を探し出す。
「あら、丁度大体進行方向。ベポ、これは直進しちゃって良いの?」
「えー、サグアサグアサグア…どの辺りだったっけ?っていうかサグアに何しに行くの?」
「野暮用だ」
カイドウ関係、ではないのか。
次の目的地らしいそこにベポはあんまり覚えがないらしく
海図と海底の様子を見て航路を決めるってアンさんと出ていってしまった。
「いつまでそうしてんだ」
「あははは…」
気付けばリビングには誰もいなくなってしまってて、2人きりになったその空間で改めてローを見上げた。
尻餅ついたままなせいで、普段よりローの背が更に高く感じる。
心底呆れたように見下ろされてるのに、本当にローだって思ったら何だかじんとしてしまって
今更涙が込み上げて来た。
「本当に、良かった無事で。おかえりなさい」
「あぁ。…だからおまえはいつまでんなとこに座ってんだ」
呆れを通り越して、もう理解不能とでも言いたそうな顔。
…そっか。
ローからすればこれしきの事でこんなに驚くなんて事、逆に想像も出来ないのか。
「腰、…抜けちゃいました」
「……先に言えバカ」
盛大なため息と共に伸ばされた腕。
どこまでも手間かけてしまって、迷惑かけてしまって
本当に申し訳ない。
あれだけ待ち望んでいたのに、いざ皆がシャンブられて来たら来たで驚いて腰は抜かすし
一人で立ち上がれなくてこうやって手を貸して貰っちゃってるし
そもそもシャンブルズは何度もお世話になっててどんな能力なのかなんてわかってる筈なのに
コルクをあんな置き方して皆にも迷惑かけちゃった。
テキパキ状況に応じてローの意図する通りに動けちゃうアンさんと比べたら、私は比べものにならないくらいのへっぽこ具合だし
そもそもアンさんは戦えるし。
私なんてただの役立たずの飲んだくれじゃないか。
今まではお客さんって立場だったから、皆もああして慕ってくれてたかもしれないけど
ずっとこんなのが続けば皆もいつか──
「わぁっ!!」
自己嫌悪に落ち込みながらも伸ばされたローの手を掴めば、急に引っ張られて前のめった。
抜けた腰のせいで一歩分の足すらも出てこなくて、転ぶって思って目を瞑ったら
「ぶっ!!」
床に激突するより大分早く、決して柔らかくはないけど床ほどは硬くなくて
温かくて懐かしい匂いに包まれた。
「──会いたかった」
「……本当に…?」
何がどうなったのかはわからないけど、ローが助けてくれて
抱き締めてくれてて。
不安でいっぱいだったところに掛けられた言葉は眩しすぎて、嘘なんじゃないかって思えてくる。
「会いたくねぇと思ってたとでも思うのか」
「…だって…でんでん虫くれた時も全然、素っ気なかったから」
とんでもなく面倒臭い事言ってる自覚があったから顔上げずらくて、ローの胸に顔を埋めたまま背中に回した腕にぎゅっと力を込めた。
大変な場所に居たの解ってる。
四皇なんて相手と戦った直後で、疲れたなんて言葉じゃ足りない位疲労困憊だったと思う。
そんな中真っ先に連絡をくれた。
それだけでも凄い特別扱いだ。
でも、ただ待ってた私はずっとローの事ばかり考えてて。
それに比べたら素っ気なさ過ぎて、今の状況もあわさってどうしても卑屈になってしまう。
私ばっかり好きみたいって。
私にはロー以外何もないつまらない人間みたいで、更に気分は落ち込んだ。
「ぷっ…」
頭の上で聞こえたそんな音に何事かと思って顔を上げたら、こっちから見えないように顔を逸らして
手で顔を覆いながら
ローが笑ってた。
「ちょっと!」
「なんだ拗ねてんのか」
批難するように声を上げればローはまだ半笑いで。
こういう時ローは少し顎を上げて笑うから、それはなんだかバカにされてるようにも見えるんだけど
でもそんなちょっとしたローらしさすらも愛しく思えて胸がきゅうっと締め付けられる。
「会いてぇに決まってんだろ。おまえの事考えねぇ時はなかった」
「それもそれで危ないからやめて」
それが率直な本音なんだけど、でもローの言葉は本当なら嬉しくて
でも私のせいでローが万全の状態で戦えないのも嫌で
だめだ私本当に面倒臭い。
じゃあどうしろって言うのよ。
ダメな女だ。
ダメで役立たずで面倒臭くて、おまけに可愛げすらもない。
「別に惚けてた訳じゃねぇよ。無事におまえのとこ帰らねぇとって、ずっと考えてた」
「…なんか、ずるい…」
それは百点満点の回答だね。
いつもそうだ。
ローは私が考えつきもしない事をなんて事なくやってのけるんだ。
そしてそれは、私を誤魔化す為の後付けの嘘なんかじゃなく
この人から自然に沸いて出る天性のものだ。
「何してた。留守番中」
「…体、鍛えてた。アンさんにメニュー組んで貰って。あとカジノ行ったりお買い物したりエステ行ったりもしたよ!」
気になってくれるのが嬉しくて
私も聞いて欲しくて。
不貞腐れてた筈の気持ちは話す内にどんどん浮上していった。
「あとね!アンさんの故郷に行ってくそ医者ギャフンと言わせて来た!謝らせてそれでも──
「──にやってんだ!!何かあってからじゃ遅ぇんだぞ!!!」
うきうきしちゃって、ただあったことを聞いて欲しくて
それだけだったのに
物凄い剣幕で怒り出したローに全身が縮こまる。
「でも…アンさん、強いんでしょ?一般人相手なら、全然勝てちゃう…でしょ?」
ローは心配してくれてて
私がまたやらかしてしまったらしい事はすぐに解って
言われてみればノーリスクだった訳じゃないのも
私お得意の結果オーライだったしっていつものパターンだったのも
今となっては気付いて反省はしたんだけど
でも変わるって、改善するって言ったばかりで
またやらかしてしまった自覚があるから
口から出てくる言い訳は止まらなかった。