18-5
もうすっかり、クルー達とブラーヴェの連中は顔馴染みだ。
変な迫力を醸し出すヤツやバカで煩ぇヤツ、とんでもねぇ腹黒。
中々濃い面子だと思う。
それにコイツらは、職人。
どんなに気が合おうと、良いヤツラだろうと
ウイが居なければ出会うことも関わることもなかった。
グランドラインに入ったばかりの頃、ギルドで初めてアオイとソニアに会った時の事がふと頭を過る。
ウイがウィングカンパニーの人間だと知ったアオイが
ウイを強引に連れ去った。
連れていかれた先で、ソニアに身を引けと言われた。
商人が海賊と関わっても禄なことがないと。
それでもアイツは引かなかった。
約束だからと、入りたがっていたギルドを後回しにしてまで俺らを造船所まで送ると言い張った。
その後、だよな。
得体の知れない迫力を醸し出すあの女が──
「あら、こんなめでたい席でも眉間の皺は健在なのね」
「──そういう顔だ」
丁度、この女と飲みに行った事を思い出そうとしていた。
自分でも理解しかねる感情や衝動に振り回されていた俺に、その理由を教えてくれたあの出来事を。
「困るわ?うちの従業員達はウイの相手があなただってもう知ってはいるけれど。そんな迫力で睨まれたら怖がってしまう」
「…善処する」
あの時から今まで
この女、ソニアには感謝しかねぇ。
ウイだけじゃねぇ。
俺も助けられた。
ウイがブラーヴェで楽しくやってるという前提があったから、これまで自分の事だけに集中出来た。
もし、ウイが所属したギルドがブラーヴェではなかったら…
今ですらあんな調子のアイツはとっくにへこたれてたんじゃねぇだろうか。
「冗談よ。斬りかかったりしなければ問題ないわ。……それより私、あなたにちゃんと謝らないとと思って」
「?」
感謝しろと言われる覚えはあっても
謝られる謂れはない。
急に持ち出されたその言葉の意味が、理解出来なかった。
「こうなったから言うんじゃなく、例えどうなろうと謝るつもりではいたのよ?」
「…話が見えねぇ。結論から話せ」
回りくどいのは好きじゃねぇ。
思い当たる節の無さすぎる謝罪が何に対しての物なのか、それをさっさと把握したかった。
「あの子の心がエースに向いてしまったの、私のせいなのよ。本当にごめんなさい」
「…どういう、事だ」
ウイは火拳屋を助けに行く事をブラーヴェに、ソニアに相談していたらしい。
その時、引き留めたつもりの言葉がかえってウイの背中を押すように働いた、と。
「あなたが好きならやめなさいって、それで思いとどまってくれると思ったの。…私の目測が甘かったわ。助けに行くためにあなたへの想いごと捨ててしまうとは思わなかった」
なぜだか引っ掛かっていた事の種明かしを、今更された気分だった。
生き死にの関わる事が、人に執着を生むのは重々承知していたつもりだった。
だとしても
あのウイがあれだけ尻込みしていた誰かを愛するという事が知らぬ間に違う相手と成立していた事に
違和感を感じたのは嘘じゃねぇ。
「結果元サヤに戻ったから良いものの、自分の物差しで動く事の恐ろしさを嫌ってほど味わったわ。本当にごめんなさい」
「これも結果論かもしれねぇが…これで良かった」
本当に結果論でしかねぇ。
俺はあの時ウイが俺を受け入れずに拒み続け
ソニアにこの話をされたとして、同じ事が言えたか?
ウイの心が火拳屋に移ってしまったと思ったあの時
怒りと焦燥と後悔が怒涛のように押し寄せてきたのは紛れもない事実。
だが今思えば、俺が傍に居れなかった間火拳屋がウイを支えてくれた。
ウイに火拳屋がついていたからこそ、ドレスローザで助けられた。
火拳屋なしに今のこれは有り得ねぇと、認めたくはねぇが思わざるを得ない。
「おまえが責任感じる事はねぇよ。アイツがあの時…そうせざるを得ねぇ状況を作ったのは俺だ。寧ろおまえには…感謝してる」
「…なぜ?意外な言葉過ぎて理解に苦しむわ」
心底意外そうに目を見開くこいつは、こんだけ周りの世話を焼いておいてそれに自覚がねぇのか。
「自分の気持ちに気付けたのも、俺がやりてぇ事を心置きなくやれたのも…認めたくはねぇがおまえのお陰だ」
「…そういうこと。そこはウィンウィンじゃないかしら」
誰が見てもバレバレな気持ちに気付いてない誰かさんは面白かったし
ブラーヴェがここまで大きく成長出来たのはウイがいたからに他ならないもの、と。
そう言ってシードルに口を付けたソニアは、それでも本当にごめんなさいともう一度謝ってきた。
「そういやおまえは…その後いつぞやの海賊とは音沙汰ねぇのか」
「…あなたも他人に興味持ったりするのね。凄い記憶力…」
ただなんとなく、本当に何の理由もなくそれが気になった。
相手がどれ程の海賊なのか、今も生きているのか、それすら知らねぇ。
ソニアが今そいつをどう思ってるのかも。
「音沙汰は…ないわね。でも元気でやってるみたいよ?…これで良かったのよ、私達は」
「そうか」
星空を見上げため息混じりに微笑むソニアは、強がりでも何でもなくそう思って、それを言葉にしてるように見えた。
あの時は想像すら出来なかった、愛した人間との別れ。
相手を思って身を引くという事。
自分の為を思って、離れていかれるという事。
今なら解る気がした。
たかが恋愛感情とバカにしていたあの頃と今は違う。
あの時でも既に過去の出来事だったそれは
更に時を経た今、どう形を変えたんだろうか。
プロポーズも結婚式も、こんな事を考えている自分も
あの時の俺には想像もつかねぇ姿だろう。
変わった、な。
改めて自分を見つめ返してそう思う。
きっと俺は、こんな人間臭ぇ思考に振り回されるヤツラを蔑んでた。
でもその反面、きっとずっと羨ましかった。
他人事ではなくなったからこそ
他人が感じるその感情に興味が沸きもする。
経験した事のねぇヤツが憶測でそれを蔑むのは、最も愚かで滑稽と思う。
だからこそ全てを経験すべきとも思わねぇ。
だが
経験した事がねぇ時点で、それを語るだけの理解も資格もねぇ事を自覚すべきだ。
数年前のソニアの話を、もっと親身に自分の事のように聞けていたなら
ウイが思い込みの呪いに怯える事もなかったんじゃねぇかと
折角の機会をただの時間にしてしまった自分を
少し呪った。
そう思うと
俺が今からしようとしていることは果たして正しいのかどうか、悩まなくもない。
客観的に見て、それがウイにとって一番いい気がした。
だが
それをウイがどう思うかは別の話。
同じ経験を出来ないからこそ、そこは推し量れねぇ。
かといって
本人の居心地の良い空間がベストかと聞かれればそれは全力で否定する。
ベポと楽しそうにじゃれ合っているウイの姿に
まだギリギリ引き返せる状況が後ろ髪を引いてくる。
でもこれをするなら、"今"しかねぇんだ。
例え泣かせようと
憎まれようと
俺はこの女を幸せにする。
例え"それ"がどれだけ理屈も筋も無視した話の通じねぇくその下らねぇ言い分だとしても
それにウイが更に打ちのめされる事になったとしても
それを越えなければウイはいつまで経っても縛られて囚われたままだ。
ドフラミンゴが、コラさんを何と言っていたか
自分で命を奪った弟のことをどう思っていたか
今思い出しても腸が煮えくり返る。
だが、これで良かった。
容赦のいらねぇヤツだと再認識出来た。
やはりアイツは狂ってた。
それを知れて、良かった。
知らなかった頃は、考えもした。
自分が知らないだけの、致し方ない事情があったのではないかと
ドフラミンゴにはドフラミンゴなりの、仕方のない何かがあったのではないかと。
考え出せば、その先は闇だ。
だからどうした。
そののっぴきならねぇ理由で許されると思ってるのか。
悔いていたとして、悔いて何が変わる。
何が戻る。
どんな償いが出来る?
無駄だった。
そんな事を考えて憤るだけの時間が。
だが俺は、ドフラミンゴに直接それを聞けなかったから
知り得なかったから
どんな可能性も逃さず検討していたからこそ
その有り得ねぇだろう可能性に惑わされ、苦しめられた。
有りもしねぇのに。
そんな事は解っていただろうに。
もし、"それ"がウイを更に傷付けるのならば
その傷は俺が癒す。
俺が支える。
俺が変えていく。
何にでも姿を変えられる未知という名の敵を
まずは炙り出す。
話はそれからだ。
ハートの海賊団とブラーヴェの宴は、夜が更けても
陽が登りだしても尚続いた。
この2つの団体を繋ぐ男女の行く末には、些細な痴話喧嘩こそ訪れようが大きな幸せしかないだろうと
その場にいる誰もがそこに関しては、もう気を揉む事も頭を悩ませる事もないだろうと安心しきっていた。
ただ一人を除いては。
翌朝、その男は予定通り仲間の元を去ろうとしていた。
「え、定期船乗って行くんじゃないの?」
「ンな事してたら何年かかんだ」
ウイは送ると、少ない荷物を纏めた恋人が仲間達と別れの挨拶を交わした後もその後ろを離れなかった。
だがしかし、ローの故郷への戻り方は見送りに適したものとはかけ離れている。
「…大、丈夫か。うん、なるほど。それで1ヶ月…」
「──連絡する」
広範囲にルームを張り、そこに通りかかった船や島を経由して北の海へ戻ると
そんな人間離れした交通手段を言ってのける恋人にウイの顔はひくりと引きつった。
ローは型破りな男。
そんな常識に囚われぬだけの事を言うにもするにも、彼にはそれ相応の能力と実力がある。
別れは不本意ではあるものの、恋人の願いを叶えてあげたいと思う気持ちに嘘はない。
しかし、その瞬間はやはり離れがたい気持ちが邪魔をする。
そんな複雑な気持ちを胸に見送りに出たウイの心を汲み取っての
最大限の優しさ。
不安にさせない為の、無事と気持ちの不変を知らせる手段。
「…待ってる。素敵な式準備しておくね!」
「あんま変なのやらかすなよ…」
ウイもそれを解っているからこそ、引き止めたい気持ちを圧し殺し
笑顔でそれに応えた。
「あの、これ。荷物増やしちゃってごめんだけど…コラさんのお墓に供えてくれたり…する?」
共に行けない自分の代わりを頼むとすれば、それ以上のものはないだろう。
ウイはシードルの瓶を1つ、ローへと手渡す。
「悪ぃな。墓参りっつっといて、何も考えてなかった。助かる」
それを荷袋へとしまうローの姿にほっと肩の力を抜くウイの頭を撫でた手が、その頭を引き寄せると
海岸を歩く二人の影が重なった。
「──行ってくる」
「気をつけて、ね」
それにローが頷いた瞬間、その姿は消えた。
2人の再会まで、あとひと月。