18-9
「オレンジでいいって!暖色系がいいって!」
「ねぇ、ちゃんと聞いた…?オレンジって言ってもこれ、白地に金箔散りばめたやつに色付きのワンポイントでブラーヴェのロゴ入る程度だけど。…それちゃんと伝えた?」
打ち合わせが済めば即刻追い出されるのが定例化しつつあるウイが去った後のブラーヴェでは、他の仲間達にそれを申し送るカレンがディゼルの尋問を受けていた。
「…大丈夫よ!ウイはそんなとこ気にしない!良い感じに纏まってある程度意向が反映されればオールオッケーよ!!」
「ウイはよくても他のお客様にはそれ絶対やらないでね」
全く…と頭を抱えたディゼルが盛大なため息を吐く。
二人の式は仲間の結婚を祝う事が主な目的ではあるものの、最終確認という意味合いもある。
ブラーヴェで挙げる結婚式は安価ではない。
総じてそうとは言えないものの、それだけの対価を求められると想定し粗相のないよう慎重に進めるのが無難なところだ。
「当たり前じゃん!だってウイに現物見せる訳にいかないでしょ?!そういうとこもちゃんと考えての──
「印刷する前の見せたら良かったんじゃないの?…まぁ、そうだね。カレンにしては頑張ったね。次からは気を付けようね」
その手があったか!とあんぐり口を開けたカレンが
それに続く言葉にわなわなと震え出す。
カレンはカレンなりに一生懸命だ。
そして負けず嫌い。
落ち度を責められるよりもバカにされたような物言いは彼女のその心を苛立たせる。
これも普段通りの光景と言えばそれまでだが。
カレンにはウイに招待状を見せたくない事には理由があった。
「そっちこそ花屋の手配とか出来たわけ?種類揃えられて花言葉とかにも精通してるとこ!接客態度もちゃんとしてるとこ雇ってよ?!」
「ご心配なく、順調だよ。カレンの方こそドレスのアレンジ済んだの?あれやるならウイと作ったやつそのまんまって訳にはいかないんじゃないの?」
ディゼルのこんな言動はもう、彼の癖のようなものだ。
黙っていれば物腰の穏やかな好青年。
だがしかし、気の知れた仲間内には容赦ない事実という刃を振りかざす。
ディゼルとベポが実は仲が良いのは、お互いのそういう面を理解し合えているからかもしれない。
「モチのロン!!…はぁ、楽しみだなぁ〜。絶対ウイ喜ぶし似合うと思うの!ご祝儀包むなって言われてる招待客もこれならバッチリでしょ!!」
「…そうだね。招かれる側も気を遣わずに祝える良い案だと思う。喜んでくれると良いね」
ウイの意向を元に形になりつつある式の段取りには、本人達に伏せられている所がいくつかあった。
新郎新婦にも楽しんで貰えるとびきりの結婚式を
そんなコンセプトをウイ本人も知っているからこそ、サプライズと称して詳細は語られぬまま準備は進行している。
「でもウイもよく騙されてくれたよね。いくら知らない方がサプライズになるって言ったって、普通どんな流れでどんな招待状出すかとか気にならないのかな」
「私達を信頼してくれてるのよ!それにウイ結構抜けてるし能天気だから!!上手く行きそうで本当良かった!」
他の依頼主相手ではこうはいかない。
ウイ本人の性格と招待客の概要が把握出来ているからこそ実現されようとしている企画。
「あはは!流石のウイもカレンとかアオイにはそれ言われたくないんじゃないかな」
「なにおぅ!!?」
ディゼルの胸ぐらに掴みかかったカレンの手から招待状の原稿がひらりと舞った。
そこにはウイが作った文面の後に、一文が添えられていたとか。
"新郎新婦へのお祝いとして皆様にお願いがございます
────────────────
素敵な花嫁を皆様のお気持ちで演出したく、二人には内密の上是非ともご協力いただけたらと思います"
ブラーヴェの企むウイとローへのプレゼントは
果たしてどう花開くのだろうか。
船や島をシャンブルズで経由しての移動は、本人が想定していたよりも過酷を極めた。
島ひとつの全域を長時間に渡ってルームで覆う事が出来たとしても、島を囲む海はその数十倍以上も広大。
運良く通りかかる船や岩場を足場にしても尚、その距離は途方もなく
終いには空を飛ぶカモメですらもシャンブルズの餌食にしたとかしなかったとか…
途中島で何泊か休息を取るも、ローの移動は休みなく続いた。
その甲斐あって墓参りの目的地であるミリオン島には、一週間とかからずに到着した。
当時と同じように雪の降りしきるその島を、大人へと成長したローはこんなに小さな島だったのかと驚きを隠せずに佇む。
珀鉛病に蝕まれた重症の子供の体では、すぐそこまでの距離ですらも長く遠く感じたことだろう。
ローはこの場所で死から解放され
能力者となり
愛する人に先立たれた
急に与えられた未来は
求めていた筈のそれは、共に居て欲しい存在を失くした子供には大きく重すぎるものだった。
ローは今そんな未来を歩きこなし
償いには足りなくとも
過去の自分の愚行が招いた結果失ってしまった命が望んでくれた自由を、実現してみせた。
複雑な気持ちの入り交じる中足を進めるロー。
溶けることなく積もるキメ細かい雪は、一歩一歩踏みしめる度にキュッと靴底を鳴らす。
今は廃墟と化したのか、コラソンが命を落とした付近に建つ見覚えのある気のする小屋にはひと気もない。
当時瀕死の状態にも関わらず
守られ、助ける事も叶わず宝と共にここから運び出された。
そこにはコラソンの亡骸も血痕も、墓標すらもない。
ローは立ち尽くしながら目蓋を降ろすと
僅かな黙祷の後、天を仰いだ。
その心に思うのは、亡き者の悲願を達成出来た報告か
望んでくれた自由を手に出来た報せか
それとも別の何かか。
ローは荷袋から一本の瓶を取り出しコルクを抜いて雪原へとそれを撒く。
酷く冷え込む気温とはいえ、液体はすぐには凍結せず発泡音を立てながら雪を僅かに溶かした。
表面だけが溶けて再凍結したそこに瓶を突き刺すと、ローはその場を去った。
ミリオン島から文字通り姿を消したローはいくつかの場所を経由した後、とある島の邸宅の中に姿を現す。
「…自業自得ってのはこの事か?似合いのツラしてんじゃねぇか」
「!!?なん…であなたがここに!!?」
突如家の中に居る筈もない外部の人間が存在したならば、驚くのは当然だろう。
「玄関から入った方が良かったか?生憎こっちはてめぇらの都合に付き合いに来た訳じゃねぇ。──そこのジジイに用がある」
ローが顎で指すその人物を庇い立てするように立つ見目麗しい女性。
二人は初対面ではなかった。
しかし過去彼らが顔を合わせたその出来事は、再会を喜べるようなものでは決してない。
ローは内心、想像もしていなかった状況に酷く驚いていた。
どう転ぼうと怒り狂うだろう結婚を約束した未来の妻が、これをどう感じ何を思うのだろうと
想定外の出来事に、ローの頭の中に若干の混乱が生じた。
「凄いねぇ!お城みたいな船!!こんなとこで結婚式挙げられたら私お姫様みたい??」
「何姫?色ボケうかれ姫?ドアホバカ姫?それとも猪姫的なやつ?猪突猛進な猪の長」
納品された式場となる船を見て、ウイは感嘆の声をあげる。
細部まで拘った船とは言え
信頼出来る職人に任せたとは言え
最高と思える理想が現実の形となって具現化した物を見れば、ため息しか出てこない。
そこに茶々を入れるベポのからかいがあったとしても。
「もう何姫でも良いよ!こんな素敵なとこで皆に祝って貰えて結婚式あげられるなら!猪でもバカでもアホでも私幸せ!!」
「あーハイハイ」
式場となる船を実際に見せて貰えたのは、結婚式当日の2日前。
喜びや嬉しさもありつつの、間に合うというでんでん虫を受けつつも
花婿が本当に戻って来るのだろうかという不安は常にウイにつきまとった。
下見なら少人数でと初代メンバーとアンのみを連れて豪華客船を訪れていたウイは
あれこれからかわれ、式場に感心している最中
一隻のチャーター船が横付けして来た事に気付く。
「…ロー!!間に合って良かった!!ねぇ素敵でしょ?このふ──…え?」
愛する者を乗せてやってきた小型船は
ウイが想定していなかった招かれざる客すらも連れてきた。
そんな状況に不可抗力で陥ってしまう程、彼が無能ではない事をウイは理解している。
だからこそ、…彼の意思でここに連れて来られた人物に、ウイの頭の中は白く染まった。
…なん…で?
「とう…さま…??」
「…大きくなったな、──ウイ」
久方ぶりの親子の再会であったなら
それはお涙頂戴の感動的シチュエーションだっただろう。
故郷を離れ一人立ちした娘の晴れの日を祝う為に、遠く離れた土地からわざわざ出向いてくれた父親への感謝。
成長し自分の生きる道を自ら決めた娘の門出へ立ち会える事の親の喜び。
しかし
この親子にとって一般的なそれは通用しない。
この父親は捨てたのだ。
自分の娘を。
金で売ろうとしたのだ。
その娘を。
娘の幸せよりも
自分の幸せを優先して尚、今この場を訪れたのだ。