18-11




「なぁ追っかけねぇの!?これは…百でキャプテン悪ぃぞ!!俺ちょっと行ってく──
「待て。ウイの父親を客室へ案内しろ」


ローは慌てふためくシャチがウイを追おうとするのを制止すると、ウイの父親に客室で休んでいろと声をかけその後を追った。














「ねぇ、うちのキャプテンが連れて来たみたいなとこ悪いけどさ。…本当よく来れたよね」


ローとウイの居なくなった豪華客船の甲板には
ベポとシャチ、ペンギンとアン、そして壊れた写真立ての傍で立ち尽くすウイの父親だけが残された。


「解ってはいたが…堪えるもの…だな」


自嘲を浮かべる初老の男の目は憂いを帯びていた。


解っていたと言うからには、責められる為にやってきたのだろう。
許されぬ事も、拒絶される事も覚悟の上。

そしてそれに堪えるという事は、そうでない結果を望む気持ちが
この男の中にはあったのだろう。


「あなたも堪えたのかもしれないけど。自分がウイにした事わかっててそれ言ってるの?」
「…そうだな。こんなことを思う資格等ないと言うのに、我儘な性分が自分でも嫌になってしまうよ」


言い訳も弁解もしない。
残されたハートの海賊団の面々は思い描いていた人物とイメージの異なるウイの父親という人物に若干の戸惑いを抱いていた。


「ウイの為に選んだんだが…やはり無神経だったようだ。これで少しでも気が晴れてくれるのなら良いのだが…」
「目的果たす前に壊された罪のない写真立てのがよっぽど役に立ったんじゃない?」


戸惑いこそすれど、ベポにしてみればこの男は恨みが人を象って姿を現したようなもの。
予想外であろうと、どんな人物であろうと
この男が親友の心に深い傷を負わせた張本人に違いはない。


容赦ない嫌味を浴びせられながら、悲しそうに笑う男は写真立ての破片を拾い集める。










そこにもう一人の拾う手が加わった事に、ウイの父親は驚き顔を上げた。


「…見てなかった?壊しちゃったこれ見たウイの顔」


ペンギンのマスコットの付いた帽子を目深に被った長身の男が、しゃがみこみそれを手伝った。






ウイの父親相手になにやってんのかしらこの人。


一緒にしゃがみこんで写真立ての破片を拾い集める副船長に、思ったことはそれだった。


まず何より、連れてきたキャプテンに驚いたけれど。




私も、この人が悪意を持ってここへ来た訳じゃないことは見ていてなんとなくわかった。
だとしても、それで許せるレベルの事じゃないんじゃないかしら。

許せずにいるウイからしたら、誰であろうと自分の味方である筈の人間がその相手に親切を働くのは
絶対良い気はしないと思う。


「モノは違くても、ウイも"作る人"だから。咄嗟に払いのけちゃったんだろうけど。──壊すつもりはなかったと思うよ」
「…そうか。ならばまた1つ心労を増やしてしまったな」


…相変わらず良く見てらっしゃること。








私見てなかったから知らないけど
はたしてそうだったのか、上手いこと言ってそういう事にしておいて何か他の目的があるのか。

本当に何考えてんのかしら、この船のツートップは。


「キャプテンは意味ねぇことしねぇし、あの人ウイちゃんのこと大好きだから。──何か意図があってあんたを連れてきたんだと思う」
「私にその役目が務まるのか…自信はないがな」


その意図って、珍しく失敗に終わったんじゃなかったの?今。


キャプテンも男だし
私たち女とは考え方が違うのかもしれないって、さっき思ったところ。
キャプテンは本当に反省している人間が心から謝れば何でも許せるって、そういう思考の持ち主なのかなって。


大方拾い終えたらしい破片を紙袋に納め終えた二人は、立ち上がる事なくしゃがみこんだまま話を続けていた。

シャチさんは神妙な顔でその様子を見つめているし、ベポとはさっきから私と同じ不満を伝え合うアイコンタクトを頻繁に交わしてる。

『ちょっとペンギンなにやってんの?本当意味わかんない』って
ベポの目が物凄く分かりやすくそう言ってる。


「一回はね除けられたぐらいで諦めんなよ。俺は…ウイが納得した上であんたを許せるって言うなら、そっちの方が良いと思う」














"オトコ、脳内、オ花畑"


副船長の発した言葉に、さっきキャプテンに思った事を今度は副船長に対して思った。



許せると思ってるのか、この人もって。







逆にしんどいと思うのよね。
こうやって今出来る最大の謝罪と反省を見せられちゃうと。

だからって許せる訳じゃないのに。
カタチとキモチって、別物だもの。


私がウイを追いかけたかった。
追いかけて、ウイは何も間違ってないって
そう思うのが当然だって言ってあげたかった。


「何があろうと父親なのは変えらんねぇし、誰が相手でもずっと恨んで憎んでるのって…楽しい事じゃないでしょ普通」
「…ありがとう」


副船長は何も間違った事を言ってない。
でもウイの気持ちも、わかってない。

私なら、ウイを傷付けた相手に無駄でしかない事をさせる為に同情も優しい言葉もかけたりなんてしない。















「勘違いすんな。俺だってあんたがした事、許される事じゃねぇと思うし…ウイを傷付けた事に腹立ってねぇ訳でもねぇよ」














副船長を買い被り過ぎたかと自分の中の認識を改めようかと思った時
ピシャリとウイの父親をはね除ける言葉が鼓膜を揺らした。


何よいきなりってそっちに視線を戻せば、帽子の鍔の奥に見えた副船長の顔は
穏やかではなかった。


いや…一見穏やか?


でも普段の副船長じゃない。
あの目は怒ってる。


「ただあんたしかいねぇから」


鼻から抜けるようなため息を吐き出すその人は、一瞬でその怒りをどこかに潜めて言葉を続けた。


「ウイの抱えてるものどうにか出来る人が居るとすれば…それ背負わせたあんただけでしょ」















「あ、そっか。そういうことか、…なるほどねー」


急に謎に納得し出した副船長が何を考えてるのか、本当に理解出来なかった。


でも、二人の会話を聞いていて
私も気持ちが落ち着いて来たのかもしれない。


私はウイの気持ちに自分を重ねてしまって、一緒になってこの男に怒りを感じていたけれど

…悔しいけど副船長も怒りを感じながら
また一歩先を見越して動いている事を



なんとなく気付いてしまった。









「のこのこここまで来たなら、一回拒絶されたくらいでへこたれられてもこっちが困る。結果それが変わらなくても…やれるだけ頑張ってよ、俺も手伝うし」
「…これ以上私が何かするのは、あの子の傷を広げるだけでは…ないんだろうか…あ!いや!出来る事なら何かしたいと思っている!」


なんか…
本人絶対嫌がるだろうから口が裂けても言えないんだけど


この話し方というか口調はウイと似てるなって思った。
変なとこあけすけっていうか、何て言うか…。


同情の余地なんて全くないんだけど、うっかりやらかしたウイが弁明する時のそれに重なって見えてしまって
更に毒気が抜かれていく。


「…ただ恥ずかしながら…気の利いた事が出来る気が…しなくてね」
「まずはこれ、直そっか。休んでろってことはキャプテンはまだあんたにさせたい事があんだと思う」


…そうだキャプテン。
本当に何の為にこの男を連れてきてこれ以上何をしようと言うのかしら。


さっきのやり取りだけをさせる為に連れて来たのなら、私はちょっとキャプテンを見損なってしまう。


でもウイの恨みに取り憑かれた私やベポが想定出来ないウイの為のナニカがあるかもしれないって
副船長を見てて思ったから。


どうせあのキャプテンのやることを遮るなんて出来る筈がない。
ならば見守るしかない。


万が一、ウイが本当に心からこの男を許せる時が来るのであれば
それは本当に一番良い結果。


そんな事到底起こり得ない気しかしないけれど
もうこの男はここに来てしまって、ウイの心の傷は開いてしまった。


「機会があればもっかい渡してやんなよ」
「そう…だな。ありがとう」


客室への案内は副船長がするらしい。


立ち上がった副船長が、シャチさん、私、ベポと順に目を向けて
私の隣で目を止めてため息を付いた。


何だろうと思って横を見れば、ベポが飛びかからんばかりにメラメラ怒りを燃やしてる。







客室で写真立てを直すだろう副船長の邪魔をしないように
私がベポを宥めようかしら、ね。






「ちょっと!なんなの!?ペンギン!!あのおっさんがウイに何したか忘れたの!?ボケたの!?」
「気持ちはわかるわ。わかるからちょっと落ち着きましょうか」


副船長はあの後、ウイの父親の荷物を抱えて船室の中に消えていった。
扉が閉まった途端、関を切ったようにベポの不満がぶちまけられる。


「いや…俺もぶっちゃけ訳わかんねぇけどさ。…ペンギン、間違ってもいねぇんじゃねえの?」
「は!?この腰抜け!腑抜け!!あのおっさんに同情するとこなんて1つもない!!」


なんだかこうなってしまうと
ベポがさっきまでの自分と重なって見えてなんだかとても複雑な気分。


「同情とかじゃねぇよ。キャプテンが何の為にあのおっさん連れて来たかは知らねぇけど、あのおっさんが出来る限りをやり尽くして…あとはウイがどう思うかだろ」
「違う!俺がウイなら俺たちにもケチョンケチョンにあのおっさんへこませてくれた方がまだ気が晴れる!!シャチは何もわかってない!!!」


鼻息荒く叫ぶベポが、そうだよねってこっちを振り向いた。


うん。
ちょっと前まで私もそう思ってた。


「ペンギンがあのおっさんの肩持ってるって知ったらウイどう思うと思うの!!?甘いよペンギンは!甘いっていうか無神経!!」
「…ウイに絶対許す気がないなら、地獄の底に叩き落とすくらいなじってやるのが正解だって、私も思う」


味方を得たと思ったベポがそうだよね!!って肩をバシバシ叩いて来て…痛い。

これは相当興奮してる。


「でも私も、キャプテンがさっきのあのやり取りを想定出来ずに、アレが良かったと思ってウイの父親を連れてきたとは…思いたくなくて必死」


少し落ち着いた今は、寧ろそっちの方が濃厚だと思う。
きっとアレじゃない別の目的が、キャプテンにはある。


「キャプテンとか副船長はきっと、ウイの気持ちに寄り添う以外のナニカをしようとしてるって思わないと、…やってらんないわよ」


ベポはまだ不満そうだった。
副船長の行動も納得出来なくて、そこに腹を立ててるのも自分だけで。


でももし私のこれが思い込みで、やっぱり男は頭の中お花畑なアホでしかないならば
その時はベポと一緒にあの二人をけちょんけちょんになじってやろうって思う。




destruct at reality.