18-12
なんで…こんな事になっちゃったんだろう。
引き出物の試作も上手くいって、ちゃんと間に合って
結婚式の会場はまるでお城みたいに素敵で
招待状を出した皆は殆ど全員が来てくれるって返信があって
間に合うか心配だったローも、ちゃんと帰って来てくれて
後は明後日、楽しみでしかない式を挙げるだけだったのに。
さっきまで夢みたいに幸せだったのに。
もうあの場に居たくなかった。
今更謝ってきた父様も
父様を連れてきたローも
顔も見たくなかった。
誰にも会いたくなくて、来てしまったのは倉庫。
明後日式場を飾る装飾品が納められたここは、もう全てが揃っていて
誰も来ないんじゃないかって思ったから。
明かりも付けずに、小さな窓から僅かな光が差し込むだけの薄暗い部屋で
ウェディングドレスを着こなすマネキンに誘われるように足が動いた。
カレンが私のサイズに合わせて調整してくれて、少しアレンジも加えてくれた
真っ白で素敵なドレス。
どす黒い何かが体の奥から次々に溢れ出てくる今の私には、ドレスの無垢さが眩し過ぎた。
もう、結婚式とか…したくない。
全部が嫌だ。
まさか
今になって、このタイミングで父様が現れるなんて思いもしなかった。
忘れようって決めた。
ローと、皆と前を向いて生きていこうって。
父様がおかしな人間だっただけだって
他の人と父様を一緒にするなって
あの時ロー、言ったじゃない。
だから私、もう過去は忘れようって思ってたのに。
なんでそれで父様を今連れて来るの?
あれだけ騒いで喚いたの、ローが一番知ってるじゃない。
そんな私が、父様に結婚式に来て欲しいって
どこをどう解釈すればそう思うの?
あんなあからさまにしょんぼりして謝ってるんだから
許してやれって、そういう事?
何やっても誠心誠意謝れば許されるの?
ローはハートの海賊団の皆を私がうっかり毒殺しちゃって、それでごめんなさいってしょんぼりすれば許せるの?
薄暗いこの部屋は、あの家の私の部屋を思い出させた。
扉も窓も全部外から施錠された部屋。
いつからか、唯一の楽しみだった本すらも部屋から消えていた。
ただ規則的な時計の秒針がカチコチ言う音を聞きながら
息をしているだけの何もない部屋。
食事や身の回りの世話をする使用人達が、毎日決まった時間にやってきて毎日同じ事だけをして
たまに家庭教師の先生がやってきて、バイオリンやチェス、ダンスや作法を教えてくれては帰っていく。
何もない時間、何もない部屋でただ扉を見つめてた。
母様が来てくれるのを、決められた時間以外で扉が開くのを
いつも期待して待ってた。
でもいつも母様は父様に隠れて会いに来てくれていたから
来てくれたら嬉しいけど、見つかって母様がまた殴られたらどうしようって
嬉しいのに…怖くて不安で仕方なかった。
窓から見える景色は殆どが庭で
でも木の影から少しだけ、外壁の外の小道が見えたな。
そこを自由に歩く外の人達が、羨ましくて仕方なかった。
特に同じくらいの年頃の子が、両親や友達と楽しそうに歩いているのを見るのが
羨ましくて、私もそうなりたくて
つらかったな。
母様が来てくれるよりも少なかったけど
父様もたまに顔を出してくれていた。
父様が母様を殴ってるの、知ってた。
私を部屋に閉じ込めてるのが父様だって、知ってた。
でも私、馬鹿だった。
それでも父様が会いに来てくれて、元気だったかって頭を撫でてくれるのが
あの頃は嬉しくて仕方なかった。
習い事で出来るようになった事や先生に褒められた事を話して喜んでくれる父様の顔を見るのが、好きだった。
父様の言う通りにすれば、いつかここから出して貰えるって
父様の望む子になれば昔みたいに、父様と母様と笑って過ごせる日が来るって
馬鹿みたいに信じてた。
私が好きだから
大切だからこうしてるって言う父様の言葉を、納得出来なくても信じてた。
不満に思っている事が知られたら、嫌われてしまうかもしれない。
また母様が殴られるかもしれない。
そう思っていつだって精一杯楽しそうに、嬉しそうに返事をした。
どうすれば良い子そうに笑えるか、鏡で練習した事も…あったなぁ。
でもそれも、無駄だった。
父様は私を愛してなんていなかった。
私の嫁ぎ先にって目星を付けていた家のご子息達の縁談が次々に決まってしまって
私は父様にとって役立たずの邪魔者になった。
例えもし、私に良いお話が来ていたとしても
父様は私を自分がのしあがる為の道具としか思ってなかった。
なんて愚かで馬鹿だったんだろう。
そんな事に気付きもしないで、良いように使われて捨てられて。
母様は幸せだったって言ってくれたけど
本当にそうかな。
あんな父様に怯えながら暮らして、殴られて
私を庇って殺され……そうだ。
母様が庇ってくれたけど、父様は私を撃とうとした。
私を殺そうとした。
本当に馬鹿だな私。
なんであんな人の為に笑ってたんだろ。
なんであんな人に褒められたくて頑張ってたんだろ。
なんであんな人とまた楽しく暮らしたいって夢見てたんだろ。
本当…馬鹿過ぎて嫌になる。
でも、そんな相手をローは許せって言うんだよね?
反省してるから、結婚式に呼びたいだろうって
そう思ったんだよね?
私そんな人と結婚するの?
気付けばドレスの一番表のレースを掴んで、その腕を高く振り上げてた。
来てくれる皆に会うのが楽しみだったのに
今は私を知る人が誰もいない場所に行きたい。
もう皆ここに向かってる。
明後日にはここに着く。
今更取り消しになんて出来ない。
私が居なくなったら、ローはどうするんだろう。
伝えてくれるかな。
さっきあの場にいた皆が。
ローが父様を連れてきて、それで私が傷付いて嫌になって行方をくらましたって。
ローのせいだって。
父様が私に何をしたのかも、伝えてくれるかな。
皆父様を責めてくれるかな。
それとも
親が謝ってるのに許せない子供なんて有り得ないって
私を責めるのかな。
この腕を振り下ろせば、ドレスは破れる。
そうすれば、ここを出ていく決心もつくかもしれない。
表側のレースは金糸の織り込まれた光沢のある素材。
光が当たるとそれに反射して輝く、繊細で肌触りの良いこれ。
強く握りしめたこれを振り下ろ…せば…
『もう出来てるじゃん、ドレス』
『ウイが着るならもうちょっと凝りたいの!可愛くしたげるからまっかせなさい!!』
私が抜けて忙しいのに
それでも私のためにって、ドレスにアレンジまで加えてくれたカレンの顔が浮かんだ。
笑顔で送り出してくれて
最初の結婚式を私に挙げさせてくれようとしてくれたブラーヴェの皆の顔が、頑張ってる皆の顔が
どうやったって消えてくれなかった。
出来る訳、ないじゃないそんなこと。
このドレスを、破ける訳…ないじゃない。
皆が頑張ってくれたこの結婚式を、私なんかの我儘で台無しになんて
出来る訳ないじゃない。
振り上げていた腕から、力と一緒に何か別なものも抜けていった気がする。
ガシッ!
「なにやってんだ。…やめとけ」
もうドレスを破る気なんてないのに、降ろす前の腕が誰かに掴まれた。
斜め後ろを振り向けば、そこにはあんな事があった後だっていうのに
いつも通りの毅然としたローが、立ってた。
「…しないよ、そんなこと」
あぁ、オペオペの実かって。
スキャンで探されたのかって、ただそう思った。
「どうしたの、何か用?」
さっきドレスを破こうとした力と一緒に抜けたのは、怒りだったのかもしれない。
あんなに全身が沸き立つ位の憤りを感じてたのに
ローを前にしても何も思わなかった。
「おまえこそこんなところで何やってんだ」
「…いけない?ダメだった?…ならごめんなさい」
あそこに居たら良かったのか。
どうせ全てが嫌になっても、明後日はローとの結婚式を笑顔で挙げなきゃいけない。
逃げ出してきたって、何も変わりようがなかった。
得意だよ、楽しそうに笑うの。
明後日なら出来る。
大丈夫。
「俺に腹立ててんだろ。言えよ、聞く」
「…良いよもう」
どうせ何を言っても意味がないなら、今はもう何も話したくない。
そっとしておいて欲しい。
「俺が良くねぇ。聞きてぇ、だから聞かせろ」
腕を掴まれて、逸らしてた顔を無理矢理上げさせられた。
いつもそう。
私がどんな気持ちでいるかも知らないで。
「何を?何を言えば良い?遠い北の海から父様を連れてきてくれて…ありがとうとでも言えば満足?」
「…こうなるとは思ってた。それがわかった上で、俺はあの男を連れてきた」
は?
「何がしたいの、本当に。自分で厄介事作って話し聞いてあげて…誰が得するの」
「別にただおまえを怒らせて宥める為にこうした訳じゃねぇ」
意味が解らなすぎて、また手が震えだした。
折角収まったのに
諦めたのに、的が現れた事でぶつけたい怒りがどんどん増していく。
「…ハッキリ言ってよ面倒臭い!!ローにはわからない!?私が今どんな気持ちでいるか!!!」
止まらない
「忘れようとしてる存在が目の前に現れて!!何の償いも出来ない癖にただ謝って!!!父様がどんなに反省してようが!!今更何も出来ない事くらいローにだって解ってたでしょ!!?」
止まらない
止まらない
「なんで連れて来たの!!!?どうもしようがないのに!!気持ちめちゃくちゃだし!!それをローがしたって事に…!!何より一番ガッカリした…!!」
止まらない