18-14
「出来もしねぇ事に期待してしがみつくな。…時間がねぇ」
「時間…?」
牙が折れた今、私はなんだか無気力だった。
父様にも、ローにも
歯向かう気持ちも噛みつく気力も消え失せた。
父様は忙しい中、私になじられに来たのかな。
本当に反省してるなら、解ってたはず。
自分のしたことが簡単には許されない事だって。
忙しい合間を縫って時間を作っても、それは楽しい時間じゃないって事くらい。
「このタイミングを失えば、おまえは二度と…敢えてそこに触れようとはしねぇだろ」
さっき言ってた区切りってやつか。
そうだね。
私きっと、父様が急に現れてローがそう言ってくれなければ
自分から会いに行こうとなんて絶対しなかった。
何でもない日にこうなっても
一歩踏み出そうとはしなかったと思う。
明後日は結婚式。
私はロレイシルからトラファルガーになる。
親元を離れて、自分が選んだ人と
これからを歩いていく。
ここで父様に全てを聞いて
そこで知ったモノがどんなものだったとしても
そこから見える景色ってどんなものなんだろう。
今よりマシかな。
綺麗かな。
新しい世界は、今居る淀んだ場所とは違うのかな。
今がどんなに居心地が悪くても
慣れない知らない心地はやっぱり怖い。
でもね、笑えたんだ。
母様が目の前で殺されて
どんなにツラくて寂しくて、悲しくて孤独でも
この人が喜んでくれるならって耐えて、頑張って…
そんな人に捨てられてもね、私笑えたんだ。
目の前の親切が嬉しかった。
馬鹿みたいな下らないことを、一瞬だけだって
本気で笑えたんだ。
私どこかで
あの時の自分を私が可哀想がってあげなきゃ、誰がそれをしてくれるんだろうって
しがみついてた。
誰もわかってくれない。
知られようがない。
そんなあの時の私は、ただ慰められたかったんだ。
誰もしてくれなかったから
自分がそれをする事に、慰める代わりに乗り越えられない事に
忘れたくて乗り越えたくてもしがみついてたんだ。
私が、知りたくなかったんだ。
忘れたく…なかったんだ。
頑張ったねって
ツラかったねって、言って欲しくて堪らなかったんだ。
忘れようと思っても、なかったことにされたくなくて
ツラいのに、しんどいのに
それでも忘れたくなかったの。
忘れられたくなかったの。
認めて欲しかったの、あの時頑張った私を。
労って欲しかったの。
でもこれは、生まれ変わる節目だ。
私は明後日結婚する。
こんなタイミング、節目…早々ない。
捨てよう、全部。
悲しかった事だけじゃない。
楽しかった事も全部。
私にとっては、ロー達と出会えたことも、その先で起こった事も全部
一生とっておきたい思い出だ。
でも捨てる。
それも、あれも全部。
新しい一歩を踏み出すなら、持っていく物をあれこれ選んでなんていられない。
持っていきたい物にしがみついてるから、捨てたい物も付いてくる。
捨てていこう、ここに。
悲しかった自分も
寂しかった自分も
楽しかった自分も、父様に見せびらかしたくなるくらい幸せな自分も。
だって、これから先にその足跡はまたつくから。
全部捨てた後踏み出した一歩は、また残るから。
私がどんなに過去の自分を可哀想がっても、哀れんでも
それは所詮、誰にも見えない過去だ。
振り向いた先にそよぐ風が、誰の涙を乾かしたとしても
私はそれをわからない。知り得ない。
「ごめん…なさい。私、これまでの事も全部…ローがこうする為の仕込みだったのかって、思って…」
「それはまた壮大な計画だな」
ローは怒ってる訳じゃさそうだった。
また性懲りもなく疑ってしまった私を。
ただ盛大なため息と同時に、胸の中に引き寄せてくれた。
硬い胸板と、温かい体温。
トクントクン聞こえる鼓動は、ローが生きて帰ってきてくれた証。
ひと月ぶりの抱き締められる感覚に、まだ愛されてるって証に
やっとほっとできた。
「だって…まさかローが父様連れてくるなんて思わなかった。だから、信じられなさすぎて…行き着いたのがそこだった」
「林檎の枝折ってこれはおまえだ言うような男なんだもんな、おまえの中の俺は」
う…
「笑ったって言ってた癖に…根に持ってるじゃん!」
「いや、あれは本気で笑った。一生忘れられる気がしねぇ」
フッて笑う声が聞こえて、またほっとした。
本当に、本当に真剣に謎なんだけど
ローってなんでこんな面倒臭い私を好きでいてくれるんだろう。
「笑わせて貰ったが。何とかしねぇとって、…腹括れたのもあの時だ。おまえにぼろっくそ言われる覚悟が、あの時ついた」
「人があんな浮かれてた時、そんな壮大な計画練ってたんだ。…やっぱロー怖い」
私の為だった。
けど、私ローがそんな事考えてるなんて思いもしなかった。
「おまえが一生このままでも、何度不安になっても支えてやる」
「…なんか照れるけど…ありがとう」
言ってるこっちがこっ恥ずかしいって、頭を軽く小突かれる。
いつもなら照れてる貴重なローをからかいたいところけど、今は私も嬉しくて恥ずかしいからやめとこう。
返り討ちに合ったら秒で負ける。
「ドレスローザで…ドフラミンゴがコラさんを殺した事を少しも悔いてねぇことを、本人の口から聞いた」
「…突き抜けた人なんだね。…弟なんでしょ?実の」
あぁってそれを肯定するローの声は、恩人がお兄さんにそんな事言われたら腹立たしいだろうに
でも怒りとかを微塵も感じなかった。
それがなんだか悲しくて、ローを抱き締めてた腕にぎゅっと力を込めた。
「それまで俺は、何度も考えた。コラさんを殺したあの男が、それをどう考えていたのか」
なんだかんだでずっと聞けずにいたドレスローザの話。
なんだか泣いたり怒ったり色々ありすぎてぼーっとするけど、そんな頭でローの声をただ聞いてた。
「どう考えていようが、許す気はなかった。…だが何度も考えた。救いようもねぇ悪党なのか、そこをずっと悔いて生きて来たのか」
ローでもそうなんだ。
そうだったんだ。
なんかローって本当に完璧過ぎる人だから、生産性がないって言ったら薄情だけど
考えても変わらない事とかを悩んだり考えたりしなさそうって思ってたから。
「…スッとした。許せねぇことには違いねぇが、これで何の躊躇いもなくこの男をぶっ潰せると…吹っ切れた」
もし、ドフラミンゴがコラさんを殺した事を悔いていたら
自分を責める気持ちが少しでもあったなら
ローは少しは躊躇ったのかな。
でもどうあっても仇を討つって決めてたなら
どんな気持ちでも、それはしたんだよね。
大事な人が、他人でもないお兄さんにそんな風に思われてたら
悲しいと思う。
悔しいと思う。
許せないと思う。
でも吹っ切れたのか。
そっか。
「おまえの父親が、なぜ娘のおまえを閉じ込めたのか。自分の娘を出世の為の道具にしたのか。母親を殺したのか、おまえを売ろうとしたのか」
それは…ずっと私が隠して来たこと。
知られたくなかったこと。
あ、そういう人なんだって思われてしまいそうで
ずっと言えずにいた。
「どんな胸糞悪ぃ話だろうと全部聞け。例え聞きたくもねぇ内容だろうが、遮らず最後まで聞け」
それを私が人に言えずにいたのは、自分に自信がなかったから。
どうしても私は被害者だって、何の非もなかったって
胸を張れなかった。
父様の気持ち解るわーって、そう言われるんじゃないかって。
昔の事を話す事で、私のダメなところに確信を持たれてしまって
それで大事な人が離れていってしまうんじゃないかって、怖かった。
「俺が保証する。おまえは何も悪くねぇ。例えあの男が、世界中がおまえが悪ぃと言っても、俺は絶対そうは思わねぇ」
だめだ。
泣けてくる。
ローの言葉は嬉しすぎて、心にしみた。
「どんな役立たずでもウザくても、アホで頭おかしくとも…
「…ちょっと」
ローが半分おちゃらけてそう言ってるってわかる。
でも凄い感動してたのに…ぶち壊しだよ。
感極まって滲む涙はどうにも出来なかったけど、折角のいいところに水差すなってローを睨めば
少し顎をあげたローがからかうよにフッて笑いながらこっちを見下ろした。
それにつられて、私も笑ってしまった。
「俺はおまえが好きだ。…もう、おまえ以外を愛せそうもねぇ」
頬っぺに触れた大きな手から、言葉と同じくらい愛を感じた。
愛しそうに見つめてくる目にも、大きすぎる愛がこもってた。
私もだよって
私の方がロー以外を愛せる気がしないよって
そう言いたかったのに、言葉にしたらまた泣いちゃいそうでそれを口に出来なかった。
「全部否定してやる。おまえが自分で消化出来ねぇなら、おまえを否定する言葉は俺が否定する」
もう…本当になんなんだろう。
鼻の奥がツンと痛む。
これは本格的に、堪えられないレベルの涙が溢れだす前兆。
泣かない為に私もって言わなかったのに、結局それは叶わなかった。
「もうおまえが、くだらねぇ事で自信を失わねぇように。…愛されてねぇ、捨てられるって、不安に思わねぇように」
嬉しくて
嬉しすぎて
私本当にもう、不安にならないかもしれないって思えた。
父様に聞かなくても、ローのこの言葉だけで十分救われた気がした。
「それを明後日までにおまえは全て終えろ」
上手く返事も出来なくて、私はただコクコク頷くことしか出来ない。
知りたいけど、怖いけど、でもちゃんと聞くって
そう思いながら。
「明後日からおまえは…俺のもんだ」
強く抱きしめられて、頭の上にこつんってローの顎がぶつかる。
すっぽり包まれながら、俺のもんだって言って貰える事に
とてつもない安心を感じた。
「俺の女が不安になるな。いつもバカみてぇに笑ってろ」
照れ隠しの悪口がくすぐったい。
…バカは余計だよ。
「責任を自分の中に問うのはもうやめろ。どんなくそみてぇな事実でも、腹立ててへこんで…それでちゃんと過去にしろ」
ちゃんと、過去に。
あぁそっか。
私の心はまだ、あの部屋に居たんだ。