18-18
「許してくれとは、…言わない、言えない。ウイが姿を眩ませて、あの後も暫く…私は反省すらしなかった───
アイリーンとは
あれが起きている時間に帰りたくなくて、立ち寄った酒場で偶然出会った。
アイリーンは解ってくれた。
理解してくれた。
家族の為に神経をすり減らし働く私を労って、認めてくれた。
誰も味方のいなかった私は、アイリーンといる時間だけが心の支えになっていた。
私がそう考えるのを、貴族として当然だと言われて
こんなに頑張っているのに可哀想だと言われて
自分は間違っていないのだと、この頑張りは無駄ではないのだと心が救われた。
目星を付けていた子息達の結婚相手も決まった。
守るべきものもなくなった。
希望と家族を失った私は、呪いから解放されたような気分だった。
アイリーンと二人で静かに暮らして行こうと、そう思った。
ただ領民からの年貢を管理し、国へ納め
残ったもので暮らしをたてた。
贅沢も出世も、もう望まなかった。
暫くはただ幸せだった。
だが穏やかに暮らす中で
つらくストレスでしかなかった筈の日々を思い返す時間が増えて
少しずつ、自分が大切なものを見失っていた事に気付き始めた。
自分が愚かだった事も、そのせいで失ってしまったものの事も。
そんな時だ。
ウイの手配書が出回っていることを、家を訪れた軍人に聞かされた。
生け捕りではあったがぞっとしたよ。
何をしでかしたかは解らなかったが、無事でいてくれと毎日祈っていた。
人買に売り渡そうとしておいて
我が子に銃口を向けておいて
それでも私はあの時、本気で心配したんだ。
それから手配が解除されて、天竜人御用達職人なんて立派過ぎるものになって
ブラーヴェでも活躍しているようで
成長を嬉しく思いながらも、そんな事を思う資格も謝る資格すらもないと言うのに
ただどうしても気になって、毎朝新聞にウイの記事が載っていないか探すのが
私の日課になっていた。
──何でも話そう。聞いて呆れる内容でしかないだろうが。…他に、何か聞きたい事はないか?」
なんて言ったら良いか
何を聞いたら良いのか
何も浮かんでこなかった。
嘘はついてないと思う。
話を聞いて、違和感とかは感じなかった。
なんだかよく解らない。
父様を、可哀想だと思う。
酷い人だと思う。
でも、自分が同じ境遇だったら
私はどうしたかなって…
「とりあえず…話は理解した」
「本当にすまない。こんな父親で…」
私はこの人を、許せるんだろうか。
どうしたいんだろうか。
もうどうしたら良いか解らなくて、ずっと手を握ってくれてたローの顔を見上げた。
それに気付いたローが見つめ返してくれて、頭を抱き寄せてくれた。
涙も出てこない。
悲しいとも違う。
悔しいでもないし、怒りでもない。
ただ、そうだったんだってしか…今は思えなかった。
落ち着かせるように髪を撫でてくれるローの手の心地好さに目を閉じる。
聞きたかった事
聞きたかった事
聞きたかった事
聞きたかった事
「私が…何かもっと、上手く出来てたら…ああはならなかった…?」
心の中を探してやっと見つけたのは、それだった。
「…寂しいって、部屋から出してって。もっと父様と母様と居たいって言えてたら…何か変わった…?」
もし、私がそんな本音を言えていれば
父様がもう会いに来てくれなくなるかもしれないって
聞き分けのない事を言うような育て方をしたって母様がまた痛い思いをするんじゃないかって
それが怖くて言えなかった本音をもし言えていたら
父様は目を覚ましてくれてた…?
「今なら過去の仮定なんて、どんな風にも言えるのだが…でも私は……きっと気付けなかった」
変えようがなかったらしいそれは、これが運命だとでも言われたみたいで悲しくて
でも過去の私が別の行動を出来ていれば変えられた可能性も、ないっていって貰えて。
絡まった心の糸の複雑さに、拍車がかかった。
「本当に私の娘なのだろうかと思ってしまうくらい…寧ろ出来すぎた娘だよ、ウイは」
父様が、私を認めてくれた。
「…あんな部屋で一人で過ごして、言いかけた本音を飲み込んで笑ってくれていた事も…わかっていた」
なんでだろ。
知ってたの?って
知っててそうしたの?って、責める気持ちが沸いて来ない。
「ただあの時は、上手く事が進んでいると…ウイを制御出来ていると…そんな風にしか、考えられなかった」
全然褒められた事じゃない。
最低だよ。本当に最低。
そんな返事なのに
私が思ってた最悪のパターンに匹敵するか、それ以上の事なのに
「許さなくて良い。どう償っても許される事ではない。だが…ウイは何も悪くない事と…私が、愚か過ぎた事と…」
言われなくても
あれを聞いて、もう私が悪かったとか思わない。
父様の愚かさも、否定しようがない。
「それを私は今更悔やんでいるという事、…そんな愚かな男がどこかに居た事だけは、知っていて欲しい」
"今更"。
本当に、今更だ。
「…時間が、欲しい。…今はまだ、これ以上何を聞きたいかとか…出てこない」
「帰りの船は直行便が明明後日発のものしかなくてね。…式には出ないが、それまではここにお邪魔するよ。その間ならいつまでも待とう」
明明後日。
今日を合わせて四日間。
もう二度とこの事で悩む事がないように。
思い出すだけの過去にする為に。
めいいっぱい考えよう。
悩もう。
私一人じゃきっと無理だ。
ローにこのぐちゃぐちゃの頭を整理して貰って、ローがどう思ったのかも聞きたい。
ローはきっと手伝ってくれる。
ローがいれば、四日もいらない。
「そのことも…あわせて。今日中にまた来るから。今は戻るね」
「あぁ。…待っているよ、ありがとう」
早く、ローと話したい。
このどうして良いのかわからない気持ちを聞いて欲しい。
何とかして欲しい。
早くポーラータングに戻りたくて、急かすように繋いだままだった手を引いた。
「ロー?」
どんなに強く腕を引いても、ローは扉の前から動く気配がなくて。
どうしたんだろうって声をかけた。
「先に戻ってろ。俺も少し、話がある」
「…私も聞く」
ローに話を聞いて貰うなら、それも知ってた方が良いと思うから。
ローが父様に何を言うのか、それに父様はどう答えるのか。
それがぐちゃぐちゃの気持ちを纏める手がかりになるかもしれない。
「いや…今の話に嘘がねぇか確認するだけだ。5分で戻る。先に行ってろ」
徹底的…だなぁ…。
流石にあそこまで自分に都合の悪すぎる話に嘘があるとか、私全然思いもしなかったよ。
わかったって頷いたら、良い子だとでも言わんばかりに頭を撫でられた。
この散らかった頭を一人でちょっと考えて待ってよう。
そう思って繋いでた手をほどいて客室の廊下を歩いていたら、ドアノブの回る音が聞こえた。
振り向けばそこにローの姿はなかった。
そっか。
あのまま話すのかと思ってたけど…ここまで来るのも一緒だった訳だし、顔つき合わせて話したって何もおかしくないか。
他の誰かに、どうだった?って聞かれる前にローと話したかった。
だから、式場の甲板で海を眺めながらローを待ってた。
なんか、気が抜けたっていうか
なんていうか…
少しは一人で考えてようって思った筈なのに
面白いくらい頭は働かなかった。
ただ、時折白く波立つ水面を
ぼんやり眺めてた。
「ここで待ってたのか」
「あ、おかえり。…どうだった?」
もう5分も経った?
本当にすぐ終わったな。
「…嘘はねぇかと思うが。かと言って良い話ではなかったな」
「そだね。…一緒来てくれてありがとう」
気にすんなって、私の頭をポンって叩いたローが隣に並んで広大な海に目を向けた。
「…私、わかんないんだけどどうしよう」
「微妙…だな。ああ出られるとおまえは…始末に困るんだろうな、どうせ」
そう。
それなのよ。
「大切にしかたを…頑張り方を間違えて、上手くいかない事に追い詰められて…あぁなっちゃったん…だよね」
「みてぇだな」
なんだかそれは解らなくもなくて
でも行き過ぎな気がして。
途中で気づけなかったかなとか
散々何もしてこなかった癖になんでそんな大それた望み抱いちゃったのかなとか
やり方を間違えてようと
そんなんなるまで頑張って、頑張って頑張って
でも成果も上がらなくて
味方もいなくて…
「なんだか…なぁ…」
可哀想。
そう思う。
でも私が考えなきゃいけないのは、父様をどう思うかとかじゃなくて
許せるのかとか、どうしたいのかとか…
「おまえの中で、もう自分を責める気は起きそうもねぇのか」
「流石に私が生まれる前の父様が真面目に執務こなさなかった事は…私の責任じゃないよ」
そう。
そもそもそこ。
貴族事情なんて知らないけど、どんなに努力しても取り残されたって事は
他の人達はもっと昔から、そういう事をずっと頑張ってやって来たんでしょう?
え…私お祖父様の記憶とかほぼほぼないんだけど
思い出す顔も今となってはちゃんと合ってるのか微妙だけどにこにこ笑った顔だし
え?
お祖父様が父様を甘やかし過ぎたせい?
え??
まぁ、例えそうだったとしても
お祖父様だってまさか自分の子があんな事するなんて思いもしないか。
「縁談の事だって、実際会ってダメだったなら私も責任感じるけど…そんな事一度もなかったし」
「そこにこぎ着けるまではあいつの仕事だな」
父様の仕事ぶりなんて私にはわからないし知りようもないけど
そんな心削られるまで頑張って
必死で媚売っても縁談の話1つくれないなんて…言っちゃ悪いけど
本当に酷かったんだろうな…。