18-28
「あー…それは…なんかわかるかも」
「上手く言えないから良かったわ。…だからきっと、ウイの納得する形が副船長に当てはまるのかは微妙よね」
ふむふむ言ってるウイも、そこに思うところはあるみたい。
「それにあの人、面倒な事にも可能性のない事にも無駄な労力払わないわよ。"結婚"だし、相手もキャプテンなんだから」
「確かに。…そうだよね!」
副船長は本当に
不思議な物の見方もするし、とんでもなく客観的。
面倒な事も嫌いだし勝率の高い事にしか主体的に動かない。
でもそれは、"基本"そうなだけ。
やっぱあの時更に問い詰めなくて良かったーって
ため息混じりな、でも清々しさも感じる口調でそれを言うウイに
あなたはそれで良いのよって思った。
これで良い。
これで。
それからも色んな話を聞いた。
明日の式に来る招待客のことや、キャプテンへの惚気。
皆に結婚前にこれまでのお礼を言って回った話。
なんだか喋り方がむにゃむにゃして来て
あぁ、これはそろそろ寝るなって思い始めた頃
「…アンさんって凄いよね」
「何よ急に」
実はベポにヤキモチ妬かれてたらしい話の途中で、急に称賛されて訳がわからなかった。
「色々言いたくなかったかも…しんないこと…話してくれたから…?」
「言いたくないけど、言いたい事でもあったもの」
ああそこに戻ったのって思って
もう話しながら所々意識が飛んでる気のするウイに苦笑いする。
これ、明日覚えてるのかしらこの子。
「私さ、部分的にだけど…父様のこと許したんだけど。…謝ってくれて、認めて貰えたの…嬉しかったんだぁ…」
本人的に話しちゃって良い部類に入るのかしらね、これは。
…本音、なんでしょうけど。
「でも…全部じゃないし、本人にそれ言うのもなんか癪で…言えなかったから」
そこまでしてやる事ないわよって思って
放っておけば寝そうなウイに変な相槌打って覚醒させないように黙って聞いてた。
明日は結婚式だもの。
そろそろ寝なさい。
「でも良いよね。…多分少しは伝わっちゃった気も…するし…やっぱり──」
「おやすみなさい。…良かったわね」
明日、良い式になると良いわね。
早めに解散になったから、暫くは風呂とか男部屋でクルー達が起きてる気配がずっとしてて
それがなくなったのを見計らって、そっと部屋を出た。
目的地は食堂。
結構酔っ払ってるけど
嘘を誠にしない内には寝る訳にはいかない。
男部屋からはよくこんなとこで寝れんなって思う程のイビキ。
それにかき消されてどうせ聞こえやしないんだろうけど、なんとなく足音を立てずに気配を消して目的地に向かった。
真っ暗な食堂にそっと明かりを灯して、飲み物が入ってる冷蔵庫を開ける。
そこには麦わらのとこのサイボーグに貰った大量のコーラ。
それを一本失敬して、手前の机の調味料に目をやる。
塩に胡椒にジャンバールオリジナルブレンドの七味、あと醤油。
七分目くらいに減ってたそれに狙いを定めて、コーラのキャップを捻ると
シュワシュワ二酸化炭素が空気中に放出される音がした。
…炭酸抜いた方がいいのか?
でもあの感じだと全く気付かねぇのに飽き飽きしてた風に取られてる筈。
混ぜ物常温に置いとくのあんま良くないらしいし
これはそのままいこう。
醤油差しの蓋をあけて、そこにコーラを継ぎ足した。
途端にしゅわしゅわ言ってるこの感じなら、どっちみち明日の朝まで炭酸は残ってねぇ気がする。
一見ただの醤油。
なんか嫌で味見はしなかったけど
これで嘘は誠になった。
俺とウイしか知らない悪ふざけ。
完璧。
醤油差しを元の場所に戻して、残りのコーラに口をつける。
だってあれ以上あの話続けられたら、流石に押され負けそうな気がしたから。
達成感に浸りながら、酔いの回った体に染み込むコーラは格別だ。
これで全て丸く収まる。
ウイにも誰にも迷惑をかけずに、諦めたくなるまで勝手にこうしてれば良い。
チョロい。
「副船長?」
「おわっ!!!…アン?…どしたの」
ビビり過ぎて思い切り肩が跳ねた。
振り向いた先には、物凄い引いた顔したアンが立ってた。
ウイが寝てしまって
そりゃ控えたって結構飲んでたから眠くもなるわよねって思って
でも私は眠れなかった。
ウイに全てを打ち明けられたのが、それを受け入れて貰えたのが嬉しくて
若干興奮してたんだと思う。
この解放感に満ち溢れた心で、寝ようと思って目を瞑っても
これからは私達は本当に本当の友達だって。
そんな事思ってたら嬉しすぎて、何度も寝返りを打っては寝付けずにいた。
ダメだ寝れない。
喉乾いたから何か飲みに行こう。
お酒のおつまみって、しょっぱいのよ。
お酒は飲めなくてもつまみは好きなのよ。
お腹を膨らます程食べたおつまみの塩分が水分を欲して、面倒だけどどうせ寝れないしって思って起き上がった。
すやすや寝息を立ててるウイに、自然と顔が綻んだ。
部屋を出て、人が起きてる気配のない廊下を進めば
真っ暗な中で扉の下から漏れでる明かりはやけに目を引いた。
食堂?
誰か起きてるの?
廊下まで聞こえてくる大音量のイビキ。
誰かもこれで眠れずに乾いた喉を潤しにでも来たのかしら。
でも夜だし皆寝てるしって思って、気配を消してそこへ向かった。
音を立てないように
扉の開く動きで空気が揺れないように気を付けた結果
その先に居たのは意外な人だった。
「…副船長?」
「おわっ!!!…アン?…どしたの」
そこには椅子に体育座りした副船長が居て、見たことないくらいあからさまにその肩が跳ねて
あぁこの人も驚いたりするんだって思った。
「喉乾いて…何か飲もうかなって」
「コーラいっぱいあるよ。…アン気配消すの上手くなったね」
そう言って手に持ってたコーラに口をつける副船長はいつもの雰囲気に戻ってて
なぜか褒められた気配の消し方にちょっと嬉しくなる。
「副船長が驚くとこ…初めて見た」
「そりゃ驚くでしょ。皆寝てると思ってたから。…おばけかと思った」
おばけ…そういうの信じるの?この人が。
炭酸も捨てがたかったんだけど、歯を磨き直すのが面倒で水にした。
それで結局
…この人は何でここで一人コーラなんて飲んでたんだろう。
自分の部屋があるのに。
「副船長はなんでここに?」
「俺も喉乾いたから」
あー…
コーラ飲んでるものね。
それは見たらわかるわ。
「部屋で飲めば良いじゃない。なんでここで?」
「…酔っ払ってるとね、自分でも分かんない事しちゃうもんなのよ」
へぇ…
そんなに飲んでた?
いつも通りか寧ろ少ないくらいだったんじゃない?
あれから副船長のこと見てたけど、そんなに酔う程飲んでなかった気がする。
寧ろ今日以上に飲んでても全然なんてことなさそうな時が何度もあった。
「ウイ、気にしてたわよ。副船長のこと」
「…それはまたなんで?」
別に食堂でコーラ飲んでるくらいの事にそこまで突っ込むのも変な気がして
でも折角二人で話せるこの時間を終わりにしたくなくて
気付いたら口からそんな言葉が出てた。
「まだ副船長がウイのこと好きでいるんじゃないかって。本人も自信なさそうだったから違うんじゃない?って言ってしまったけど」
「そ。ありがとね」
さっきらしくもなく動じてた副船長を見てたら
もしかしたら今なら、あの釣りの夜みたいに色々話してくれるんじゃないかと思ったのに
そうじゃなさに落胆した。
もう本当にいつも通り。
お礼もなんだか形式的。
ウイに話せてスッキリして舞い上がってた気持ちが、嘘みたいに萎んでいった。
「どういてしまして」
「なんなんだろうねー、本当に。何でこうなんだろ」
私に話しかけてるのかを一瞬疑問に思ってしまう程
独り言みたいな、答えを求めてないような話し方だった。
「別にウイちゃんに何言おうとどう思われてようと勝手にしたら良いし、どんなに好きでいても報われないのは…ちゃんとわかってるつもりなんだけどねー」
聞きたかった筈の、副船長の本音と思わしき事。
でもそれをいざ言われたら、何て言って良いかわからなくて固まった。
「俺ね、これにコーラ混ぜに来たの。…これ以上聞きたくなくて、何も言われたくなくて。折角ウイと二人で話せてんのに、でもあん時はさっさと切り上げたくて」
やっぱり副船長は気持ちに区切りを付けてなんてなかった。
結婚するってわかってても
それでもまだ、ウイを好きでいた。
「しょうもない事で話逸らせば、もう引き上げてくれるかなって思って」
「ちょっと待って。だからって醤油に何してくれるのよ」
うっかりスルーするところだったけど
話を聞くところによると副船長はそこの醤油にコーラを混ぜに来たらしい。
なるほど。
さっきあれだけびっくりしてた副船長にも納得だわ。
「ウイには内緒ね。これで嘘も本当の事になったから。めでたしめでたし」
「それは…言わないけど」
絶対寝坊だけはするまいと思った。
来た順に奥の席から座って行くのがいつもの私たちのスタイルで
遅く来たらそれだけ手前の席になる事を思って
早起きを誓った。
でもそんな事はどうでも良い。
「本当に…好きなのね」
「好きだよ?大好き。…でも、こうなっちゃうと──ただの独り善がりな自己満足でしかないじゃんね」
お先真っ暗で絶望的な気分な筈なのに、そんな事さえ副船長は他人事みたいに話す。
「そういうの割り切るの、得意そうに見えるのに」
「俺もそうだと思ってた。……さて、寝ますか」
残りのコーラを飲み終えて、それをゴミ箱に放り投げた副船長が立ち上がる。
何を言ったら良いか分からないこの会話って居心地が悪かった筈なのに
なんだか終わってしまうのが嫌で。
「…私!ウイに謝った!全部話した、…逆恨みしてたこと」
扉に向かって歩き始めてた副船長が足を止めて、大きな背中が後ろを向いた。
「凄い嫌な事思ってた事とかもちゃんと!全部話して謝ったら…許すどころか悪くないって…言ってくれた」
「ウイちゃんらしいね」
これは、報告。
私がウイに素っ気ないのは皆知ってたけど
胸の内まで全てを、副船長だけは知っていたと思うから。
「アンもカッコイイじゃん。頑張ったね」
帽子の鍔で見えない目元は、優しく笑ってたんじゃないかって思う。
それだけ言っておやすみって、今度こそ副船長は自分の部屋に戻って行ってしまった。
何がしたかったのかしら、私。
時計を見れば、丁度偶然12に針が重なってた。
今日はウイとキャプテンの結婚式。
でも二人だけじゃない。
色んなところで誰かが、私も
新しい道にその一歩を踏み出した。