18-30
昔皆に、たまにはデートでもして来いって船を追い出されて
凄く可愛らしいカフェに何の抵抗もなく誘ってきた時の事を思い出した。
…変わらないわね、本当に。
「一応花言葉も贈るけれど、マイナスイメージのものは最初から揃えてないわ。良いんじゃないかしら、見た目で決めても」
「だよなー…似合うやつが良いよなー…じゃあこれで!!」
そう言ってシャンクスが選んだのは、ほんのりピンクが差したスイレンの花。
その色合いと可憐さは確かに、ウイのイメージによく合う。
記帳も花言葉を書くのも、本当は本人にお願いしてるのに
頼む!って言われて私がそれを代行した。
正装してるから目立ちはしないけれど
シャンクスは昔、利き腕を失ってる。
だとしてももう20年近く前の事。
文字くらい書けるでしょうにって思いながらも、なんだか断る気にもなれなかった。
「それにしてもすげぇ船だなぁ!!」
記帳台から会場に向かって並んで歩きながら、シャンクスはキョロキョロ周りを見渡しては船の内装に心の底から感心したかのような声を上げる。
仲間達と最高のものを作り上げたから、それは嬉しくもあり少し照れる。
「今やソニアも凄腕女社長だもんな!」
「周りに恵まれてるだけよ。私は凄くも何ともないわ」
本当にその通りなんだけど、そこも含めて凄いって
何の含みもない満面の笑顔で言うものだから
また少し頬が熱くなった。
「げっ!!!」
「?」
扉を開けた途端、ピシリと頬を引きつらせて固まったシャンクスが目にも止まらぬ速さでそれを閉めた。
「あっちゃー…だよな。そうだよな、忘れてた。ウイの相手って同盟組んだってなってたアイツだもんな…忘れてた」
「どうしたの?」
扉に背を押し当てて、やらかした感満載な顔で引きつった苦笑いを浮かべるその様子に
それを疑問に思う気持ちと少しの違和感を感じた。
ほんと、どうしたのかしら。
「悪ぃソニア、俺ちょっと入る訳にいかねぇ事情が…急用が入ったとでも言ってウイに謝っといてくれ!」
「え?なによどうしたの?」
突然の事で呆気に取られて
そのまま甲板へ続く扉へ一目散に逃げていくシャンクスを、追うことも止める事も出来なかった。
なんだか
台風みたいだった。
私は夢でも見たのかしら。
ぼーっとしながら受付にある花篭を見れば、そこには沢山の花に混ざった一輪のスイレン。
シャンクスがさっきまでここ居た事を証明するその花以外がボヤけて見える世界で
胸の中を虚無感が占拠してる。
別に引き摺っていた訳じゃない。
でも私にとって
シャンクスと出会えた事は、恋人として過ごしたあの時間は
人生の中で大きな転機で、小さなものではなかったから。
でもシャンクスがこれまで重ねて来た時間の中で
私はきっと、それほど意味を持たな──
「ソニア!これ、ウイに渡しといてくれ!おめでとうって」
「ちょっと…プレゼントや御祝儀は全て受け取らないって…」
もう帰ってしまったと思っていたその人は
相変わらず慌てた様子で紙袋を無理矢理私に押し付けた。
招待状にもしっかり書いた筈。
こういう事をしないようにって。
…そもそもこの人、こんな気の利いた事する人だったかしら。
「詫びも兼ねてなら良いだろ?とにかく今はまだ顔合わせる訳にいかねぇヤツが中にいんだよ」
「…それって、麦わら海賊団の?」
頷くシャンクスに、やっぱりそうだったのかと思った。
昔良く聞いた、シャンクスが左腕を失う原因となった少年。
同じ名前と、その時預けて来たって言っていた麦わら帽子。
そうよくある名前でもないし、シャンクスが目をかけた相手ならいつか必ず名を上げるとは思っていた。
そんな気はしていたけど、やっぱり麦わら海賊団の船長がそのルフィだった訳ね。
でもそれなら尚更会って行けばいいんじゃ…
「久しぶりに会えて良かった。…こっちはおまえに」
「え」
突然押し付けられた一輪の花。
それは可愛らしくラッピングされていて
驚いてそれを見ている間に、今度こそシャンクスは去って行ってしまった。
じゃあな!って右腕を上げて
記憶の中で一番覚えのあるあの、眩しいくらいの笑顔で。
いつの間に買ったのかしら。
見覚えのある花はきっと、臨時で雇ったそこの花屋で買ったんだと思う。
あぁ、記帳と花言葉を私に書かせてたあの時かと思って
もう少しだけなら新郎新婦の入場まで時間がありそうで
この花の名前と花言葉を覗きに行った。
黄色とオレンジの、ガーベラ…ではないわよね。
花はあまり詳しくないからよくわからない。
手元のものと花屋に並ぶそれを照らし合わせて、同じものを探した。
"カザニア"
"あなたを誇りに思う"
ぐっと何かが込み上げて来て
それを堪える為に上を向いて唇を噛み締める。
…本当に、どうしたのかしら。
こんな気の利いた事出来る人じゃなかったのよ。
あの人にとっても
例え過去の事でも、私程大きな意味を感じていなかったとしても
私はこんな事して貰えるくらいの価値はあったみたい。
瞬きで涙を拡散させていたら、手元で何かが動いた。
それはラッピングされたカザニアの、リボンに挟まった…なにかしらこれ
紙き────!!!
見覚えのある、何かに引かれるように動く白い紙。
乱雑に千切られたそれにはお世辞でも綺麗とは言えない文字で
"まってる"
そう、書かれていた。
今はよしましょう。
式が終わったら
ウイを無事に送り出して、初回のこのプロジェクトを無事成功させたら
ゆっくり考えましょう。
「あ!ソニア!今のところ順調?」
「ええ。とても似合ってるわ、ウイ。ローも」
入場に備えて控え室から案内されてきた今日の主役達は眩しい程輝いていた。
何年も見守って来た恋がこうして身を結んだ事を嬉しく思うけど今そこに
新たな感謝が加わった。
あの人と知り合って、ここへ呼んでくれて。
私がここに居なければならない役目をくれてありがとう。
あの人の選んだ子と、共に死線を乗り越えて
別々の海賊旗を掲げながらも結婚式に呼ぶような関係を築いてくれてありがとう。
本当に、ありがとう。
白亜の城を思わせる豪華客船の大ホール。
新郎新婦の入場を報せるかのように、天井がゆっくりと取り払われる。
そこからは天も祝福しているかの如く、燦々と陽の光が降り注ぎ
その光景は何とも神秘的。
今空と式場を隔てるのは一枚の硝子のみ。
精巧な手彫りのグラスグリプティが快晴の空を背負い、式場へと花を添えた。
静寂とは無縁とも言える海賊が多く参列してはいるものの
驚きで一瞬静まり返った会場では、その素晴らしさに参列者一同が奏でた感嘆の息が会場の空気を揺らした。
「ご来場の皆様、大変長らくお待たせ致しました。新郎の入場です。暖かい拍手でお迎え下さい」
皆の視線が上に向いたのも束の間、後方の扉が開かれる。
そこに立つのは、仏頂面でこそあれ長身で端正な顔立ちの花婿。
盛大な拍手の中、普段の出で立ちとはまるで正反対のその姿に
彼を知る者達は指笛やら囃し立てる声を贈り、彼はその源を一人残らず射殺すように睨み付けた。
また彼を知らぬ者にとっては、花嫁の伴侶が絵に描いたかのような素敵な男性であった事に驚きそして
手を叩きながらも穏やかな眼差しを向けるのであった。
入場の合図となる生演奏の音色が響き出すと、次第に拍手は小さくなりローは足を静かに進める。
この男が海賊である事が疑わしい程に、その姿は違和感など微塵も感じさせない程見事なものであった。
「おまえ本当にトラ男か??」
「ちょっとルフィ!黙ってなさいあんたは!!」
「…王子様みたい」
「王子様よ、ウイちゃんの。ユウも小さい頃、あの人に助けて貰ったのよ」
「へー…悪くないけど。ペンギンのが絶対似合う!!」
「あゆみ煩い」
「ふふふ。やっぱり格好良いわよねぇ、ロー」
全てが花婿の耳に届いたかは定かではないものの
そこかしこでは見知った者達が勝手気ままに思う事を述べていた。
会場の神聖な雰囲気の中でも、どこかアットホーム感が漂うのは
招待客の人柄や、彼らと新郎新婦が培って来た関係性故かもしれない。
「続きまして、新婦の入場です。本日新郎の元まで新婦をエスコート致しますのは、これまでこの上ない後ろ楯として、友として新婦を支えて参りました、ベガス聖です。皆様盛大な拍手でお迎え下さい」
新郎が壇上の前で後方をふり返ると同時に、扉は開かれた。
扉の奥から現れた新婦は、見知った沢山の顔が自分を向いているのを見て照れたようにはにかんだ。
耳が痛くなる程の拍手に包まれながら、エスコート役と目配せした新婦が一歩、二歩と足を進める。
新郎の元まで続く色とりどりの花弁の敷き詰められたバージンロード。
その花弁に乱れがないのはその上を
会場内で待っていた女性が強度と透明度に拘り抜いた硝子が覆っているから。
宙に浮いているかのように錯覚してしまうそこに足を踏み出し、新婦は既に泣きそうな顔で彼女を見上げた。
「花嫁…を!新郎の元へと届ける…最後の身支度、そのベールをおろすのは…友として、仲間として…時には母のように新婦をいつも見守り支えて来た…!ぁう…、ブラーヴェじゃぢょ…!ゾニ…でず…!」
招待客も聞き取れぬ程の嗚咽を噛み殺した声でソニアを紹介するカレンに
皆の顔がほころんだ。
彼女も送り出す側だと、この場にいる誰もが理解しているから。
完璧な進行とは言えぬものの、結婚を祝福こそすれどこの旅立ちに涙する彼女の想いは
招待客の涙を誘った。
「泣かないの…綺麗よ、#Name1#。行ってらっしゃい。いつまでも私達はあなたの味方よ」
「…ほん、とに…!本当にありがとう、ソニア…!」
膝を折る新婦の目元から溢れるものは、被せられたベールが隠した。
しかし鼻を啜るその音は新婦の状況を参列者達に伝えてしまう。
目元を抑えた新婦の腕は改めて、暖かな微笑みを浮かべるエスコート役の手にしっかりと組まれた。
一歩踏み出す毎に、両脇の参列者から届けられる祝福の声。
目を合わせて驚きと再会の喜びを同時に表す顔を浮かべる新婦はエスコート役に伴われ
少しずつ、けれども確かに
これからを共に生きる伴侶の元へと近付いていった。
ずっとその姿を見つめていた新郎は、いざその時を迎えると更にその背筋を伸ばす。
「ウイを頼んだえ。ローなら安心だえ!ウイ…行っておいで」
「あぁ」
「…あり、がとう…!ベガス聖…!!」
エスコート役は組まれたその腕を、新郎へと引き渡す。
大事な存在であその人物の腕を、今後は自分の代わりに…いやこれまでも
守って来た相手へと差し出した。