18-31
晴れて新郎の元へとたどり着いた新婦。
二人は目を合わせた後、壇上へと上がり招待客の方へと振り返る。
「先程…は、失礼致しました。ごめんなさい感極まってしまって…。新郎新婦は日ごろからお世話になっております皆様の前で、結婚を誓う事を希望されています。本日お集まりいただきました皆様全員が結婚の証人となります。どうぞ皆様、お二人の結婚の誓いをしっかりと見届けてくださいますよう…お願いいたします」
普段は食って掛かってくる仕事仲間に渡されたハンカチで目元を拭う進行役のアナウンスと共に
式場のスタッフが新郎新婦へと大判な紙を手渡した。
それはこの、神聖な雰囲気にそぐわぬ簡素な模造紙。
新郎は見るからに顔をしかめ、新婦は涙で滲む目元のまま
イタズラ気な笑顔を浮かべた。
折り畳まれたそれが新郎新婦の手によって開かれたその瞬間
会場は笑いでドッと沸いた。
「いや…ウイらしいんだけど…」
「こんな式場でこんな貰い泣きさせといてこれする?普通」
「やだぁ!!もう可愛い♡」
招待客の笑いの折り混ざるどよめきを前に
新婦はさあ言えと言わんばかりに新郎に目配せをした。
これから新郎が口にする言葉は、もうこの場にいる誰もがお粗末に張り合わせられた模造紙に書かれた文字を目にすることで知っている。
ぐっと息を飲み込んだ新郎が、重い口を開いた。
「"ふ"あんにさせる事がねぇように…」
ただ書き上げられた言葉を読み上げただけに過ぎないというのに
新郎の人となりを知っている者達はらしくなさすぎるその姿に笑いを噛み殺しきれずヒィヒィ言っていた。
「"う"みのように、広く深い心で!」
きっと、性に合わな過ぎる事を彼にさせたのは
この自信満々に、誇らしげにそれを宣誓する花嫁への愛があってこそ。
二人の関係性の垣間見える結婚の誓いは、参列者の胸を温かいもので満たした。
「…せーのっ!」
「「"ふ"たりで支え合い、幸せな家庭を築く事を、ここに誓います(!)」」
二人がそれを読み上げた後、会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こり
新婦は照れ笑いを浮かべ新郎は目眩を覚えたかのように頭を抱えていた。
ここに今、"ふうふ"として生きていくことを
大勢の参列者の前で二人は誓った。
「お二人が考えられた言葉通り、お互いを思いやり、穏やかな心であたたかな家庭を築かれる事を心より願っております。…誓い方は中々ウイらしくて斬新でしたけど」
これまでの感動どこ行ったと言わんばかりの微笑ましい2人の結婚の誓いは、爆笑の収まった進行役と参列者の顔を穏やかに微笑ませていた。
「さて、これで二人は皆様という証人を元に晴れて夫婦となりました。ではその証として…!指輪の交換と誓いのキスを…!!」
「カレン…ちゃんと台本あるんだからこれ読んで。もっとちゃんとした文章ここに書いてあるでしょ。読めない?」
徐々に普段の彼女に戻りつつある暴走気味の進行役に、隣に立つ青年は眉をひそめ軌道修正を図る。
しかし
あの結婚の宣誓ならこっちの方が合ってるだとか
だからこそ締めるとこは締めるべきだとか
そのやりとりはマイクのスイッチは切っていても新郎新婦の耳へは届いた。
ウイはそんな二人の姿に微笑み、見慣れ過ぎたその光景をローも呆れたように眺めていた。
顔は見えなくとも、会場の雰囲気がこの進行に批判的ではない事は伝わってくる。
だがしかし
式場の後方で頭を抱える女社長は
やはり今後の進行役を彼女には任せまいと固く心に誓ったのだった。
和やかな雰囲気の中、新郎新婦の元へ指輪が届けられる。
花嫁のドレスを思わせる純白のリングピローに収められたそれが放つ白銀の輝きは、後方の席の参列者の目にまで届く程眩しい。
戦いの場においても作業をするにしても邪魔にならぬよう配慮されたそれは
ウイは勿論、タキシードの下に奇抜なトライバルタトゥーを隠したローにも馴染む2人の為に作られたシンプルなデザインであった。
小さな方のリングをリングピローから外したローが、#Name1#の左手の薬指にそれをはめる。
そしてウイはその手で、大きい方のリングをローの薬指へとはめた。
何年後、何十年後も互いの指にそれが在りますように。
何気ない日常の中でも
喜びや笑顔の傍らにも
例えすれ違ってしまう時でさえ
内側に2人の名前と今日の日付が彫られたそれを目にする度に、この日が、2人の絆が心に甦りますように。
再び巻き起こる盛大な拍手と歓声。
ウイがリングを付けた左手を参列者へと見せると、それは更に大きくなった。
参列者からの祝福を満面の笑みで受け止めていた花嫁は隣の気配が微動だにしない事に気付く。
直立している花婿に眉を寄せた花嫁は、自分から遠い方の手に掴みかかりそれを己の手に並べた。
宣材には使えそうもないそのシーンを切り取るシャッターの音と、らしすぎる2人のやりとりに沸く会場。
暫く鳴り止まぬ拍手の中、何の曇りもない無邪気な笑顔の隣に
表向きは隠せても、彼を知る者にはその内面は明け透けに見えていただろう仏頂面が並んでいた。
パラパラとまばらになっていく拍手は、次の証への合図。
ベール越しに新郎を見上げる新婦の顔は
気付けば緊張で固まり、その頬は化粧で隠しきれぬ程に赤く染まっていた。
ぎこちない仕草で膝を折るウイの顔に掛かるベールを、ローは取り払う。
二人を隔てる物はもう、何もなかった。
これまで、ローは式の直前まで不在であったからと
ウイは彼をリードしようと勝手に意気込んでいた。
しかし事前のリハーサルもあれば、ローは緊張で頭が真っ白になるタイプでもなく
そう複雑ではない式の段取りを覚えられぬ程お粗末な頭をしていない。
リードするのであれば、新郎に顔を向け目でも瞑れば良いものの
人前でするそれを異様に意識し過ぎた新婦は
両手で顔を覆い照れ出した。
そこに指笛やら急かす囃し声が加わることで、益々花嫁の羞恥心は増して行く。
ローはそんなウイの姿に呆れたようなため息を付きつつも
彼女をフォローして照れを緩和させてやろう
とは微塵も思っていなかった。
式の準備も段取りも任せると言ったのは他でもないロー自身。
らしいとは言え、あの宣誓には確実に
それをするローを楽しもうというウイの思惑が溢れんばかりに見てとれた。
小さな仕返し。
照れれば照れるだけ逃げる訳にはいかぬそれへの恥ずかしさは増す。
ざまあ見ろ、と
ポーカーフェイスの裏側で花婿は笑った。
どんな新郎新婦だ。
白けるどころか誓いのキスを切望する会場のボルテージは徐々に高まっていった。
それはリードしなければと意気込むウイを掻き立てては
己に向く目とそれを遂行する相手を前に怖気付く。
心境の説明等なくても見てわかる意気込んでは撃沈の繰り返しに
会場では笑いの渦が巻き起こった。
何度目かのそれの、撃沈した瞬間
ローは顔を覆い俯くウイの腕を引き、半ば強引にその唇を重ねた。
会場が一瞬静まり返った後、待ってましたとばかりの歓声が巻き起こる。
そこには茹で蛸のように顔を真っ赤にしたウイが言葉も発せず口をパクパクとさせるのを
満足気に見下ろすローの姿があったとか。
進行のせいなのか
観客達のせいなのか
ウイのせいなのか
それともローのせいなのか。
入場時からは考えられない程アットホームな雰囲気で二人は退場の時を迎える。
結婚を祝福する気持ちと、常に笑顔を振り撒き楽しい事を愛する新婦への想い。
そしてそんな新婦を愛する新郎への想いを同じくする参列者達の中には
一体感のようなものが生まれつつあった。
元よりの知人同士の垣根を越えて祝福し合う会場の雰囲気に、スタッフ達の顔にまで自然と笑顔が浮かぶ程に。
「新郎新婦が退場します。座席の前にございます箱の中にお二人の花道を彩るものを用意しておりますので、ご自由にお使い下さい」
カレンのアナウンスの後、退場を知らせる演奏が会場を包む。
参列者達が立ち上がり、箱の中身を確かめ
それを構える者や新郎新婦が近くを通るのを拍手で待つ者、ごそごそとポケットを漁る者。
賑わう参列者達の姿を眺め一層笑みを深めた新婦が、新郎を見上げ目配せした。
「コケんなよ」
「コケたら道連れね」
二人は目を合わせ微笑み合うと
参列者達の笑顔が両脇を彩る花道へと一歩を踏み出した。
二人で生きるこれからの人生の始まりは
喜びと祝福が満ち溢れ、その先には明るい未来しか存在せぬかのように思わせる。
しかし感情を顔に出さぬ事が常である新郎は、大勢の参列者に目をやり
とある人物を見つけそこで視線を止めた。
ローには1つ、気がかりがあった。
どうかもってくれと
心の内でそれを念じ、花びらの舞う中へ足を踏み入れた。
宙を舞う色とりどりの花びらは足元の硝子を隔てた先に敷き詰められたそれと合わさり、異空間にでも足を踏み入れたかのように錯覚させる。
その隙間を縫い、虹色に揺らめくのは無数のシャボン玉。
祝福や2人の姿を称賛する声に包まれながら
右を歩く者はニコニコと笑顔を浮かべ、左側を歩く者は微笑むどころか会釈すらもせず
普段通りな二人はその足を進めた。
まるでお伽噺にでも出てきそうな一場面。
物語のクライマックス。
それは決まって困難を乗り越えた王子と姫の結婚を国民全員が祝福し
二人は末長く幸せに暮らしましたと締め括られる。
その挿絵かと思う程に、美しく幻想的な二人とその背景は参列者達の心を魅了した。
ハートの海賊団は確か、受付を担当していたんですよね。
なので彼らの席は自ずと後方になる訳で。
彼らの中で祝い事に欠かせない物が、あるんですよ。
…そんな演出も有りとは思うものの彼らの船に常備されているそれは
お伽の国のような花びらやシャボン玉には決して溶け込む事のない原色ギラギラのもので。
そうこうしている内に、遂に彼らの間を二人が通る。
「キャプテン!!ウイさん!!ご結婚!!」
「「「「「「「「おめでとうございます!!!!!」」」」」」」」
ッパァーンパンパンパーン!!!!
体育会系という言葉が正に当てはまるぴったりと揃った野太い男達の声は式場に響き渡り、その場に居る全ての者達の鼓膜をビリビリと揺らした。
「び、…びっくりしたよ!!やだこれいつもの??持ってきたの??」
目玉が落ちる程に目を見開いた新婦にかかる紙テープを新郎が払ってやると
見覚えの有りすぎるそれの正体に気付いた新婦がケラケラと笑いだす。
新郎新婦は突然の大声とクラッカーの破裂音に驚いただけ。
初見の参列者達の驚きはそれを大きく上回った事だろう。
彼ららしい式。
既に厳格さの欠片もないものの、これから始まるのは更に砕けた祝いの場。
扉の前で振り返った二人は深々と頭を下げ、顔を上げたウイは招待客と視線を合わせると
『後でね』
と笑顔でその口元を動かした。
式場内は二人が退場した後も暫く、拍手が鳴り止む事はなかった。