19-5
少し喋らせよう。
さっきの話は前もって準備しようと思えば出来た話。
情報が欲しい。
「戻らねぇのか」
「その予定はないよ。随分気にかけてくれるんだな。…まだ警戒している方か、キミは」
ため息を付きつつ振り返る男の目を睨み付ける。
警戒心を隠したつもりはない。
だが直球で投げられたそれを誤魔化せば、こっちにメリットは何1つねぇ。
「ここで見誤って後悔はしたくねぇ」
「…後悔か。しないだろキミは」
どういう意味だ。
再び前を向き歩くこの男に、若干イラッとした。
つい最近、したばかりだ。
それをしねぇようにこれまで生きてきた。
だが、他人に言われるそれは自分が思うものとは違う意味に思えてならない。
「本当にそっくりだ」
「…何の話だ」
自分を省みる事等しねぇだろうと
暗にそう言われた事にてめぇに何が解ると不快な気分が溢れ出す。
「知人が…昔の部下とキミはそっくりだ。気に障ったなら謝るが、悪い意味じゃない」
それもそれで癪に障った。
どう解釈すれば良い意味に捉えられるのかも聞きてぇとこだが
何も知らねぇ人間に、ありきたりな型にはめようとされるのは良い気はしねぇ。
「後悔に、一体どんな認識を持ってるんだい?君は」
「悔やまれる過去の判断、それ以外ねぇだろ」
この状況もまた、腹立たしさを助長させる。
自分のそれが一方的に食って掛かる面倒臭い人種を思わせて
穏やかな様子を崩しもしねぇこいつの態度に腹が立った。
「私は少し…違うかな。悔いた経験をどう使うかで、それは後悔にも教訓にもなるんじゃないか?…私はそう思うよ。失敗を引き摺り、決断を恐れる考えこそ後悔だ」
そう話す目の前の男は、特にそれまでと何の様子も変わらなかった。
だが
自分の中での評価が変わり出すのを感じる。
「君の言う後悔は、これからの判断を鈍らせやしないだろう?それは後悔じゃない。教訓と言うんだ。繰り返さぬ為に君はきっと…それを踏まえてより良い決断をするんじゃないかい?」
教訓。
それはこれまで自分がしてきた思考に
しっくりくる名前を付けられた気のする言葉だった。
「煽てても信用してやんねぇぞ」
「そんな所もそっくりだ、本当に」
そう言いながらも、この男に少し気を許した自分がいた。
「あったあった、これだよ。…どうする?摘んでいくかい?オリーブを植えるならこれもそうしても良いかもしれないな」
「任す」
遠くからその黄色は見えていた。
まだ途中だったあの花束に、これが合わないという感覚は俺でも理解出来た。
背の低い、雑草のような花。
「この道をよく妻と散歩していてね。これはフクジュソウと言うのか」
「惚気はいらねぇ」
無駄口なら叩くなと言っているのに
こんな道端の花すらも何の花か気に留めるなんて流石だろうと得意気に話すこの男には
呆れて言葉も出て来なかった。
摘んでいくよりは長持ちするだろうと取り出したスコップを、この男はいつの間に持ってきていたのだろう。
俺は話すつもりもねぇが
馬鹿みてぇにはしゃいでるようにしか見えねぇだろうウイにも
知ってる人間にしかわからねぇ魅力がある。
今ああして間抜けな面でヘラヘラ出来るようになるまでに
アイツは結構な壁を乗り越えた。
ぶち壊してここまで来た。
だがそれは、きっとこの目の前の男も同じな気がする。
さっきの後悔の話には、重みを感じた。
もう疑っちゃいねぇ。
それに、どこか嫌いじゃない物を感じた。
片腕の男に作業の全てを任せそれを後ろから眺めながら、辺りを埋め尽くす黄色い花に目をやった。
誕生花。
だから何だと思う、正直。
俺は10月6日の誕生花を知らねぇ。
知ったところで何も思わねぇと思う。
だが、白ひげはウイの心の拠り所になった男。
そして火拳屋には…助けられた。
そんな二人は血縁のねぇ中、親子の契りを結んだ。
誕生花が同じってのは、ウイがあれだけはしゃぐだけの事はあると思った。
「この紅茶美味しい!」
「私もお気に入りなのよ」
ロー達帰って来ないから、ついうっかりミノアさんにお茶ご馳走になってた。
素敵なお店で頂く紅茶は、更に美味しさを増させる。
こんなカフェあったら素敵。
もう本当に見てるだけで楽しいの。
小さなフォトフレームに収まった花束の写真が目に留まって聞いてみれば、それもミノアさんが作ったものみたいだった。
夜の、雪の降る夜ってイメージが頭に浮かんだの。
背景は夜でもなければ冬らしさもない。
でもやっぱりそれは合ってたみたいで
ミノアさんがお友達に送った花束なんだって。
夜が似合う、冬の寒さにポッて咲いたみたいな花束。
そんな人となんやかんや合って結ばれたお友達に、その記念日に贈った花束って聞いてまた心が踊った。
花束にはドラマがある。
ミノアさんの作るお花を見てそう思った。
自分の思う気持ちを、実際起きた事でもそれを語る言葉でもない形で再現して貰える事は
そのお花のイメージや花言葉っていう、知ろうとした人にしかわからない形で
でもそれがわかる形で見せて貰えるのって本当に素敵だ。
「あの!ミノアさん本当に…ブラーヴェで働きませんか??」
「そう言って貰えるのが凄く嬉しい。でも…のんびり暮らしたいの、あの人と。それにこの島の気候は花を育てやすいわ」
断られた…んだよね、これは。
でも本当に素敵過ぎて、感動して。
これを大好きなブラーヴェで、ブラーヴェを愛してくれる人に届けたくて。
我ながらしつこく食いついてたら、ミノアさんは一枚の名刺をくれた。
「毎回絶対って訳にはいかないだろうけど、お役に立てる時があれば…そんなに喜んで貰えると、後ろ髪引かれちゃうわ」
"花季ーはなごよみー"
このお店の名前はそう言うらしい。
お花には季節があるから。
店は季節で彩られ、花のこよみで日々を過ごせるお店にってこんな名前付けちゃったって照れ笑いするミノアさんの名刺を
即刻ブラーヴェに送り付ける事を決めた。
ミノアさんにも都合あるから、毎回無理言わないでよって一言添えて。
切り花は鉢植えより早く枯れてしまうかもしれない。
でもその花を、一番綺麗な時を土に根差さず他の花と寄り添う事で
物語をつくる花束。
本当に素敵だなって、心から思った。
「ミーさん見て!!芽が出…だあれ?」
「あらリサ!お客さんよ。岬のあのお墓にお墓参りに来たんですって。…お世話上手に出来たのね!凄いじゃない!」
ミノアさんの花束に勝手な理想と妄想を思いながら美味しい紅茶を頂いてたら
バン!って開いた扉から可愛らしい女の子が現れた。
手に持ってる鉢植えからは、若緑の芽が顔を覗かせてる。
「こんにちは!見て!リサちゃんとお花育てられたの!ミーさんに教えて貰った通りに頑張ったらね、芽!出たの!!」
「凄いね!どんなお花咲くんだろう。楽しみだね!」
ミノアさんはこの島の子供達にミーさんって呼ばれてるみたい。
ちゃんと毎日お水あげたよって、あったかい所に置いといたんだよって
ミノアさんに頑張りを話すリサちゃんの姿は微笑ましい。
…微笑ましいんだけど
文字は読めないんだけどね、リサちゃんが着てる黄色のTシャツには
自己主張の激しそうな文字が黒文字でデカデカとプリントされてた。
まぁ、そこも含めて可愛いから良しとしよう。
内容はさておき自己主張の強さでそれが印象に残る事を知った、そんな出来事だった。
穏やかなこの島はパパが贈ったお金で生活には困らなくて、マルコが居るから病気にも怯えなくて
でもこの穏やかさの源はそれだけじゃない気がした。
ミノアさんが作ったお花。
それに込められた気持ち。
それで笑顔になる子供達がもたらす、こんな微笑ましさ。
ねぇ、パパ。
良かったね。
パパは財宝っていう形で
マルコは安心って形で
そしてミノアさんは心を温める形で。
この島は今沢山のものに守られて、とっても平和だよ。
「帰ったよ。こんなに背丈の低い花とは知らなかったから、これも植え替えて貰う事にしたよ」
「ありがとう、おかえりなさい。…そうね。そっちの方が良いかもしれない。でもオリーブも花束もあるし…かさ張るけど大丈夫かしら…??」
大きな花束2つに、オリーブの木に土の付いたフクジュソウ。
準備して貰っちゃった、シャベルにジョウロ。
確かに大荷物だ。
でもね…
「それは大丈夫です!ね?」
「運べば良いんだろ。運べば」
後ろを付いてお店の中に入って来たローに、問題ないよね?って目配せした。
いつも通り文句は言うけど、ローはこれも運んでくれる。
「お代、いくらになりますか?」
「…いらないわ。持って行って?…楽しかったし、この島に飾ってるお花にもお金は取ってないの」
だから気にしないでって、本当に心からの笑顔を向けてくれる事に
また胸が締め付けられた。
本当に、なんて素敵なお花屋さん…いや、花職人なんだろう。
かさ張る荷物を運んでくれるように、ローにシャンブルズの用意を頼んだ。
お墓の場所はマルコに聞いてた。
丘の先の岬。
そこにパパとエースのお墓はある。
「ありがとうございます!でも…本当に嬉しかったからお代は取って下さい!いらなかったら、これはわたしの大好きなパパが幸せであれって思ったこの島を…"平和"にするのに使って下さい!ロー行くよ!」
纏めて貰った荷物を乗せた台車に手をかけるローの腕を掴んだ。
何も言わないローは不服だけど、異存はないって
そう思ってくれてる筈。
「また連絡しますね!!本当に、ありがとう!!」
お墓参りに供えるお花の代金がいくらかなんてわからなかったから、一応100で括られたお札の束を持ってきてたんだ。
それをミノアさんに放り投げて、ローのシャンブルズに身を任せる。
100万ベリーじゃ足りない程の物を作って貰った。
そしてミノアさんは、どんなに素敵な花束であろうと
その代金に見合わないそのお金を
パパの望む通りに使ってくれる気がした。
私、お金には困ってないんだ。
ベガス聖と、ブラーヴェのおかげで。
消え行く素敵なお店と、ちょっと待ってと言わんばかりのミノアさんの顔が薄れて消えて
私の目には海が映った。
2つの墓標が、それを背負って立ってた。