5-14
あそこまで言われてやっと、ウイが本格的に落ち込みだした。
言いたいことは言ったのか、未だ苛ついた様子のペンギンは頭をかきながらウイを睨み付けている。
もっと言ってやれ。
この馬鹿は俺らが怒っているのを、巻き込んだせいだと勘違いしていたようだ。
海楼石の弾だかなんだか知らねぇが、普通の弾でも食らってやるつもりはねぇ。
現にシャチとペンギン二人にあっさりやられるような連中だ。
どんな攻撃手段を持っていようと、使い手がアレではたかが知れている。
「俺らが仲間にしたいって言ったの、お前どんなつもりで考えてた」
次はシャチが口を開いた。
唇を噛みしめ俯くウイは、既にそれなりには反省していると思う。
だがこのやり取りで確信した。
ウイは自分に頓着がなさすぎる。
俺が海に落ちた時も、リバースマウンテンの時も…
あの時は身を挺して助けられた事を、喜んだ部分も確かにあった。
でも違ぇ。
危険を侵して救おうとしたんじゃねぇ。
ウイは自分に対する危機管理能力が乏しすぎる。
「バカ騒ぎ出来ればそれで良いとか思ってたか?楽しけりゃどこでのたれ死のうとどんな目に合おうと、俺らが何も思わねぇとか思ってたか?」
自覚しろ。
大事に思われてる事を。
「俺らのせいでお前がどうにかなってみろ。ンなことになったら、俺は自分が許せねぇよ」
「ごめん、なさい…」
謝るウイの言葉は、今まで聞いた事がねぇ程弱々しい。
解ってンなら、それ以上責めても無意味なんだろう。
だがこれに関しては余分な程に思い知るべきだ。
「あの子達助けたいにしてもログポースの在りかが分かったとしても…なんで俺らに相談してくれなかったの?」
「自分で、何とかできると思ってた」
落ち込むウイに気が引けたらしいベポの声は他の二人よりも幾分か優しかった。
だとしても、何も言わずに済ませてやるには腹の虫が収まらねぇらしい。
「これからはちゃんと相談して。生きるか死ぬかとかの手前でも段階ってあるでしょ。もう危ない事とか勝手にしないで」
「…そだね。本当にごめんなさい」
ウイが再度深々と頭を下げた。
その様子にクルー達が頷く。
順に説教されたウイは次に誰がそれをするかを分かっているようで、申し訳なさそうなツラをあげると背筋を伸ばしてこっちを向いた。
「──二度と、あんな真似すんじゃねぇ」
「はい」
素直過ぎるその返事に本当に大丈夫かと疑念が沸く。
こんな簡単に理解出来るヤツは、あんな馬鹿な真似しねぇ。
「…ちゃんと分かってんのか。今回の件だけを言ってる訳じゃねぇぞ」
「…うん?」
この反応は怪しい。
そう何度も海賊に捕まりに行く機会なんてねぇ。
これだけを取って繰り返すなと言うよりも、そこに至る動機を改めろと言ってるのを
果たしてコイツは本当に理解したんだろうか。
「二度と自分を軽く見るような真似すんじゃねぇ」
「分かった。ありがとう。そして本当に、本当にごめんなさい」
もう何度目か知らねぇその謝罪に軽く息を吐くと、話は終わりだと伝える意味も込めて食卓のおにぎりに手を伸ばした。
塩気も握り具合も絶妙で、飯と具の割合も丁度良いそれは旨い。
クルー達もそれに手を伸ばしながら、まだ俯いたままのウイに声を掛けた。
「分かったならもう良いから湿気たツラすんな」
「うん!」
鬱陶しそうに吐き捨てるペンギンに、ウイが笑顔で答える。
確かにいつまでも辛気臭いツラをされんのも面倒臭ぇが、途端にコロッと笑い出すこの様は
切り替えが早過ぎやしねぇだろうか。
「さっき泣いたりとかでもしとけば少しは可愛気あったのにね」
「え?…確かに。辛子準備しとけば良かったな」
寧ろもう既に、本当に反省したのかすら疑わしい。
惜しい事をしたと悔しがるウイに、辛子なしじゃ出ねぇのかとペンギンが突っ込み
暫しの沈黙の後食卓に笑い声が溢れた。
学んでねぇなら大問題でしかねぇんだが、久しぶりの賑やかな雰囲気に流された。
いつの間にかこれを懐かしむ程に、この賑やかさを居心地良く感じている自分自信に驚いた。
「で?朝飯おにぎりなのは看病してくれたキャプテンへのお礼なの」
それは俺も少し思った。
反省か感謝かは知らねぇが、復活後最初に作った飯がこれ。
ペンギンの問いにどう答えるのだろうとウイに視線を向けると、既に説教された名残もねぇへらへらした顔がけろっと口にした言葉に耳を疑った。
「いやさっきローに話あるって言われて怒られるんだろうなーって思って。おにぎりなら食べることに夢中で忘れちゃったりしないかなーって」
あはは、と笑うウイに言葉を失う。
例えそうだとしても、このタイミングでそれは黙っとけ。
今食ってるこれは、反省や感謝ではなく邪な気持ちが込められたものだったらしい。
失敗だったと自分の頭を小突くウイにクルー達が腹を抱えて笑い出し、笑い事じゃねぇ筈のそれを自分一人が笑えねぇ。
「でも美味しくできたでしょ?」
同意を求めて来る顔が清々しすぎて、どこか面白くない思いが視線を外させた。
本当に理解しているのであれば、こういう所も正直嫌いじゃねぇ。
どうにも怪しすぎるこの状況は再度釘を打つべきな気もするのに、この笑った顔がまた曇るのが嫌でそれをしねぇ自分がいる。
つくづく甘いなと、内心ため息が出た。
「そろそろ子供達来るんじゃないかな」
病み上がりは水を触るなとシャチにキッチンを追い出されたウイは、リビングで食後の紅茶を楽しんでいた。
同じくソファーで寛ぐベポが時計に目をやり、そういえばと口を開く。
「お前ちゃんと髪乾かせ。熱ぶり返すぞ」
朝食前にシャワーを浴びたらしいその髪がまだ濡れていることに気付いてタオルを投げた。
ぽさりと丁度頭に乗ったタオルを被るウイは、もう平気だとそれで髪を拭く気配がない。
確かにもうふてぶてしさを感じる程に元気そうではあるんだが、つい数時間前まで高熱に苦しんでいたのは紛れもない事実。
「今日くらい言うこと聞いとけバカ」
仕方ねぇ乾かしてやるかと伸ばそうとした手が、そこに届くより前に別の手がタオル越しにウイの頭を掻き回した。
乱暴に頭を拭かれた事に訴えられた不満を、全く気にも止めずに髪を乾かし続けるペンギンに
胸の奥深くからドス黒いものが沸いて出た。
痛いと声をあげつつも、大人しく髪を拭かせているウイの表情はどこか嬉そうに見えた。
『…つまりウイはスキンシップが好き。多分』
先日ペンギンが言っていた言葉が脳裏に甦る。
不必要に触るなと言ってある筈のペンギンのこの行動にも腹が立つ。
だがそれを受け入れているウイが好きなのが、"スキンシップ"なのか"ペンギン"の方なのか
最近そこが気にかかる事が増えた気がする。
楽しそうに戯れる二人を眺める目は、現実逃避か何かは知らねぇが
上手くピントが合わずそれを鮮明に映す事はなかった。
こんこん
「おはよう!」
そんな中ガキ共が今日も見舞いにやってきた。
ノックとほぼ同時に扉を開け顔を覗かせたユウは、ソファーに座るウイを見つけてあからさまに表情を明るくする。
「ウイお姉ちゃん!!おめめ覚めたの!!?」
嬉しそうにウイの元へ駆け寄ろうとするユウを、後ろから物凄い勢いで走る影が追い越した。
「ぅおっ!!」
妹と弟を押し退け、シュウがウイに突進する。
その衝撃のせいとは言え、ウイの発した声は女としてどうかと思うレベルだった。
「どうしたのー?すんごいビックリしたよ!」
抱き付いてくるシュウに満更でもなさそうにデレデレと表情を弛めていたウイは、その体が震えている事に気付き
眉を下げその頭を撫でる。
「心配かけちゃったね。ごめんね、もう大丈夫だよ!」
リビングには暫し、鼻を啜る音だけが聞こえる時間が流れた。
程無くして突然の兄の行動に呆気に取られていたユウとリュウが遅れてウイの元へ辿り着くと、二人揃ってウイを抱き締めるシュウごと
両手を広げそこに飛び付く。
「お姉ちゃん助けてくれてありがとう!元気になって良かった!」
「ユウね、ウイお姉ちゃんが元気になるように、昨日もその前も頭なでなでしてたよ!」
子供とは言え三人。
流石に重いのか身動きを取れずにいるウイが困ったように笑いながら、喋りまくるガキの相手をしていた。
「シュウ?どうしたお兄ちゃん。私何ともないよ?元気元気!もう泣き止みなってば」
リュウとユウは一通り言いたい事を言い終えると、シュウに抱き付かれたままのウイの隣に腰掛けベポに出されたリンゴジュースを飲んでいた。
しかしシュウは依然、ウイから離れようとはしない。
鼻をすする音が止んだ様子を見ると、泣き止んではいるようだ。
「キャプテンあれにはヤキモチ妬くなよ!相手はガキだ!」
ダイニングテーブルに腰かけ、その様子を眺めていたベポ以外のハートの海賊団。
船長の想い人にしがみついて離れないシュウに、シャチはニヤニヤ笑いながらローを嗜める。
「──妬くかンなもん」
ふいっと顔を背けるこの男は、ヤキモチではなくとも確実に何かを思いそんな二人を眺めていたのだからバツが悪いのだろう。
「こうしてるとウイも大人に見えるっつーか、なんか母親みたいだな!」
「さすがにチビ共デカくね?」
そんなローの反応をスルーしたシャチとペンギンは再びソファーの方へと目を向ける。
子供達の性格もあるのだろうが、よく懐かれている様子のウイは確かに子供の扱いが上手いように見受けられた。
「アイツらの事も助けたくて捕まりに行ったみてぇだし。好きなのかね、子供」
「将来何人作るの?キャプテン」
ただの軽口。
それ以外の何物でもないペンギンの言葉に、ローは固まった。
本気でウイとの幸せ家族計画でも想像しているのだろうか。
そこまでマトモに受け取られるとは思っていなかった二人は、考え込む様子のローに堪らず吹き出す。
ここまで来ればからかわれている事にも気付いたらしいローの睨みが二人を襲った。
「そういや前も…広場でガキと一緒になって遊んでやがったな」
それはいつぞやの尾行の時の事だろうか。
話題を変えようとしているのが誰から見ても丸わかりなローに、シャチとペンギンは乗ってやる事にしたようだ。
余りこの男をからかいすぎると面倒なことになるのを、彼らは存分に知っているから。
「まあウイ本人がガキみてぇなもんだけどな」
「同類同士波長が合うのか」
少し離れた場所でそんな会話が繰り広げられているとは露知らず、ウイは未だしがみつき続けるシュウを宥めようと悪戦苦闘していた。