5-15
どう言葉をかけてもしがみついて離れないシュウを、ウイはもうお手上げだと諦め好きにさせていた。
「俺、大人になったらウイを嫁に貰ってやるよ!」
そんな彼が急に体を離したかと思えば、口から飛び出たのは突然のプロポーズ。
ウイの両肩を掴み、真剣な顔でそれを告げたシュウに
ローは飲んでいたコーヒーを誤って気管に流し込み盛大にむせこんだ。
同じテーブルを囲む二人はそれを呆れた顔で眺める。
「本当に?良いの?やった!これで行き遅れずに済むね私!」
「俺は本気だ!あと6年したら俺だって結婚できるし!!」
けらけら笑いながらそれに応じるウイに、シュウは声を荒げた。
子供だろうと、突拍子もなかろうと
それを口にするまで彼は彼なりに考えたのだろう。
「6年したら私…22歳?どうせシュウもその頃になれば私のことおばさんとか言うんだよ。どうせ」
「…ウイ、16だったのか?」
そこから今の年齢を計算したシュウは、目を見開き驚いた。
大人と言われていたせいでもっと年上だと思っていた求婚相手は、思っていたよりも自分に近い存在だった。
お前もまだガキじゃねえかと猛講義をするシュウに、言ってなかったっけ?とウイは頭を掻く。
「とにかく!俺は早く大人になってめちゃくちゃ強くなる!!そして今度は俺がウイのこと守ってやるからちょっと待ってろ!!」
びしっと音が鳴る程の勢いで人差し指を突き立てたシュウがウイに詰め寄った。
彼にとって年齢なんてどうでも良い話。
伝えたい事は強くなるという宣言とその気持ちだ。
「お兄ちゃんかっこいー!」
「ウイお姉ちゃんが本当のお姉ちゃんに?!わーい!やったーぁ!!」
既にそうなるものとして受け取ったリュウとユウの興奮は凄まじい。
そんな中、どこまで本気にしているのかが怪しいウイは相変わらずな調子だ。
「あっはっは!マジか!ありがとね!!」
バシバシ肩を叩きながら笑顔を向けたウイの額に、シュウの唇が優しく触れる。
約束だと言わんばかりに。
突然のことにぱちくりと瞬きをするウイの様子に、シュウはニヤリと口元と釣り上げた。
「口の方が良かったか?」
最近の子供は、オマセさん。
至近距離で顔を覗き込まれたウイはガバリと体を引き頬を赤く染めた。
「子供が大人からかっちゃいけませんっ!」
照れ隠しなのか、ウイはシュウに殴りかかろうと追いかけ回す。
そんな光景を前にユウはリュウにポツリと呟いた。
「リュウ。これはね、夫婦喧嘩って言うのよ!」
「ふーん。仲良しってこと?」
そう!とユウはそれが本当であるかのように弟に誤った知識を植え付ける。
そんな片や騒がしく片や微笑ましい様子をベポは苦笑いを浮かべながら見守っていた。
「やっぱヤキモチ妬いといた方良いのかねー」
「マセてんなー。どうすんのキャプテン先超されたじゃん」
ダイニングテーブルの上で交わされる棒読みの会話。
誰が聞いても冗談でしかないそれを、真に受ける人物が一人。
12歳の子供を大人気なく睨み付けるローの姿がそこにはあったとか。
そんな一人を覗いて和やかで微笑ましい時間がフリーウィング号では流れ、日も暮れて来た頃
ウイは子供達に腕を引かれ彼らの家へと出掛けて行った。
子供達の両親がお礼をしたいと夕食に誘われたようだ。
そう遅くはない時間に船へと戻った彼女の顔は、誰が見てもわかる程にぐったりと疲れきっていた。
「病み上がりなのに急に無茶すんなよ」
「そんなの子供には通用しないんだよ!」
出掛けている最中、ずっと全力で子供達と遊んで来たらしいウイにシャチは呆れ顔で声をかける。
しかし疲れてはいても、ウイの顔はどこか嬉しそうだった。
「お前子供好きなの?」
「好きっていうか可愛いじゃん。無邪気?素直?そういうの見てるのは好きかなー」
ほくほくした顔でそう答えたウイは、もう寝るとふらふらと自室へ続く階段を上がっていく。
そんな彼女を2階の廊下で待ち構えている男が一名。
「疲れてるとこ悪ぃが、少し時間よこせ」
「?別に良いけど。まぁどうぞどうぞ」
疲労困憊の病み上がりは、扉を開きローを部屋へと招き入れると
ぼすんとソファーに突っ伏した。
「で?どしたの?」
体をごろりと回転させて、横になったまま用があるらしいローにそれを聞いた。
向かい側のソファーに腰掛けたローは真面目な顔してこっちを見てる。
「やり方は──今朝も言ったが褒められたもんじゃねぇが、これが手に入ったことに関しては礼を言う。助かった」
本当意外と律儀だな。
ウォーターセブンのエターナルログポースを片手にわざわざお礼を言いに来たみたいなローに
どういたしましてって返事をした。
「お前を仲間にしたいかどうか、ウォーターセブンに着くまで考えろと言ったな」
「うん?」
用事はお礼だけじゃなさそうな雰囲気を感じて、寝転んでいた体を起こして続きを待つ。
「お前を仲間にしてぇと思ってンのは、この先も変わらねぇ。これが俺だけの意見じゃねぇのは、お前も今朝解った筈だ」
…来たか、この話が。
一緒に旅をする終着点が見えた今、確かにこの話をされてもタイミングはおかしくない。
「前話した時と状況が変わったな。申し訳ねぇ部分ではあるが、お前は迂闊に商売をできなくなった」
前の時は確か…、仲間にならなければ一緒に居ても大丈夫だろうってタカを括ってて
それで海賊になる前に凄い有名になっちゃおうと。
そんな作戦だったのかな、確か。
「お前は商人を続けてぇ割に、それができなくなるリスクを承知の上で俺らを乗せてる」
「それは私が言い出した事だし決めた事だから。…私だって皆とまだ一緒に居たいし。ずっとは、無理だけど…」
なんだ?
これは説得とかとは違う流れな気がして来たな。
結局本題は何なんだろうってローの表情を伺っても、じっとこっちを見つめるその顔からは何も読み取れなかった。
「お前の話は、一見筋が通ってるように見えて矛盾が多い」
ごくりって、自分が唾を飲み込む音がやけに大きく感じた。
そりゃそうなるよね。
だって本当の理由はそうじゃないんだもん。
当たり障りなく断れて、仲間にならなくても友達でいられて
パッと思い付いたのがそれでそこに乗っかって今に至るんだから。
「お前が首を縦に振らねぇ本当の理由はなんだ。譫言で言ってたことと、何か関係でもあんのか」
…やっぱ何か言ってたのか私。
凄い焦ってる。
動揺してる。
でも逸らしたらそこで負ける気がして、目だけは逸らさなかった。
「私嘘なんてついてないよ?譫言も…何口走っちゃったのか分かんないけど、ただ変な夢見ちゃっただけでしょ。ロー気にし過ぎ」
「…既にあちこちおかしいな」
言葉に気をつけて話してる。
言ってない事はあっても、商人として職人として頑張りたいっていうのも本当のこと。
おかしいところは…ない筈だ。
「お前なんの夢見てたか本当は覚えてるよな。譫言の内容も検討付いてンじゃねぇか?」
射るような視線が、痛い。
ローは、何を聞いたんだろう。
なんの夢かは覚えてる。
昔の夢だ。
ただローがどこまで聞いたかが分からない以上、迂闊に話して墓穴を掘りたくない。
「沈黙は肯定か?…お前が何にそんなに怯えているかは知らねぇが、俺らも雑魚じゃねぇ」
喋っても危険。
黙秘も通用しない。
本当にこの人手強いなって思いつつも、どうやら私の譫言はそこまで親切でもなかったらしい。
全部が筒抜けてる訳じゃない事にほっとしつつも、今度は胸が痛み出す。
違うよロー。
「お前がビビってるもんぐらい、俺らが何とでもしてやる」
違うんだよ。
私が怖いのは──
「寧ろそんなお前を、一人で海に放っておく方が上手くねぇ」
私が怖いのは…
そんな事思ってくれちゃう、あなた達だよ。
勘違いされてるみたいだけどその気持ちは嬉しくて。
でも嬉しい分だけ、寧ろそれ以上に
"その気持ち"が怖い。
ローはそれから何も言わなかった。
かといってかち合った目が逸らされる事もない。
上手く切り抜ける方法を考えたけど、急だったせいでそれは思い浮かばなくて。
本当のことを話してしまおうかって、そんな考えが頭にチラついた。
ローはそれを、下らないって笑うかな。
だめだ。
やっぱり言えないよ。
大切だから、大切にしてくれてるのが解るから
だから言えない。
言いたくない。
仲間になるって、海賊になるって言えば
この話はここで切り上げてくれるかな。
でも、それもできない。
またあんな事が起こったら、今度こそ私はきっと耐えられない。
こんな状況じゃなければ、私は今のこの状況に
八方塞がりチーン!くらい言えてると思う。
でもそんな雰囲気でも内容でもない。
「違うよロー。私は、誰かに追われてるとか、そんなんじゃない」
意を決して、口を開いた。
「私ローのこと好きだよ、大好き」
どうしようもないなら、どうしようもない事を納得して貰うしかない。
それは話せなくても、私だって皆の事を大事に大切に思ってる事はわかって欲しいって
そう思った。
「ペンギンも、シャチもベポも皆大好き。それは本当に信じて欲しい。でもごめん。仲間にはなれないし、その理由も…言いたくない」
これが正解だったかはわからないけど、でもこんな状況じゃ他に何も思い浮かばない。
ローはどう思ったかなって、気付けば俯いて逸らしてしまってた顔を上げた。
「他言したくねぇなら、アイツらには言わねぇ」
怒ってるとかじゃないけど、難しい顔。
そんな顔したローが話す言葉に首を横に振った。
「ごめん、本当に…そこは言いたくない。でも私一人でも大丈夫だよ!今までも平気だったし、一緒に旅はできなくてもまた会いたい!」
「…ペンギンにも話せねぇか」
私のワガママだけど、ウォーターセブンで別れた後もまた会いたいなって。
そういうのも伝えときたいなって思ったら、謎な展開。
なぜペンギン?
「ペンギンにも言えない…けど、なんで?」
「いや、気にするな」
いや、気にするよ。
だって謎過ぎるでしょここでペンギン。
なんで仲間になれない理由を船長に話せなくてペンギンには話せるのよ。
気にしてますって視線をバシバシ向けてたら、そこには応じないと言わんばかりの咳払いと一緒に
堪らない言葉が返ってきた。
「もう一度だけ聞く。俺はお前が抱えてるものを知りてぇし力になりてぇ。俺じゃ役不足か」
ずるい言い方。
私だって好きで言わない訳じゃない。
そんな事言われたら、甘えてしまいたくなる。
「寧ろ、ローの手を私ごときで煩わせるのが申し訳ない方かな」
強くて、仲間思いで、素直じゃないけど凄く優しいよね。
ローは。
でも…いや、だからかな。
「ごめんなさい。本当に、言えない」
ふう、ってため息が聞こえて来た。
本当にごめんね。
こんな私のために、そこまで思ってくれてありがとう。
「そこまで言うなら無理には聞かねぇ。だが俺らがお前を諦めるかどうかはまた別の話だ」
「私だって離れたくないって思うのも本当なんだからさ…分かってよ」
まだそんなことを言ってくれるローの優しさに、もう呆れてしまった。