5-16
「自分は話さねぇ癖に分かれ?随分良いご身分だな」
「あはは…本当だね」
ローは本当に、なんとなくな雰囲気を流してくれなんかしない。
さっき謎に名前が出たペンギンなんかだったら、こういうの適当に流してくれるんだろうけど。
「お前が譲らねぇなら俺も譲らねぇ。断る理由が商売じゃねぇことが分かっただけ良しとする」
…ん?
え?何だこの展開は。
「これでお前を拐ったとしても、俺の心は痛まねぇ」
ニヤリと笑うローに、面食らってしまった。
何て言うか、凄いとしか言い様がない。
あそこまで言われて
それで本当に諦めてないのかこの人は。
でも
そうなったらそうなったで、それも良いかなとか思ってたりする自分にも苦笑いだ。
「そういえば私、譫言で何喋ってたの?」
ローは何を聞いたんだろう。
地味に気になる。
「教えねぇ」
「は?」
「お前が教えねぇなら、俺も教えねぇ」
ふいとそっぽを向いたローが、なんか子供みたいでビックリした。
別に良いじゃんそのくらい教えてくれても。
でも、この人がこんな子供じみた事言い出すくらいに
私の事を知りたがってくれてるのが嬉しかった。
「多分ローは…くだらねぇって、そう言うと思う。私が考えすぎなだけ。ローの方が色んなもの抱えてる」
「なら話せ」
「だから言わないってば」
ちって舌打ちが聞こえてくる。
前に過去の話を聞かせてくれたね。
なんでもない事みたいに話してくれたけど
きっとその時凄く傷ついて、沢山涙を流したんでしょう?
そして今でも、その傷は癒えてはいないんでしょう?
でもローはそれも受けとめて、立ち向かってるんだよね。
話すって、受け入れられてないとできないよ。
言葉にするとそれはまた、思っているだけより強く知らしめて来るから。
私の恐れている事が、本当にただのくだらない思い込みだったとしても
こんな強い人の仲間として、私はそこに肩を並べられない。
私は逃げたから。
辛い現実から。
今も逃げ続けてるから。
見たくないものに蓋をして、それに触らないようにして。
いつか私も
ローの半分でも強くなれる日が、来るのかな。
「ウイお姉ちゃん!6年たたなくてもまた絶対遊びに来てね!!」
出航の日、三兄弟は見送りにと港へ来ていた。
ウイの手を掴んで離さねぇこの様子じゃ、放っておけばいつまででもやってんだろう。
「また絶対遊びに来るから!変な人に拐われないように気をつけるんだよ!」
それに気付いてねぇのか、ウイの方も投げられた言葉に律儀に返すものだからラチがあかねぇ。
「おい、そろそろ出すぞ」
「あ、うん!」
ようやっとガキ共に別れを告げたウイが船に乗り込んだのを確認して、船を出す。
ウイは港で手を振り続けるアイツらの姿が見えなくなるまでずっと、身を乗り出してそれに応えていた。
出航した船の目的地はウォーターセブン。
だが前半の海の終りに近い場所に位置するその島へは、恐らく…いや確実に一度の航海ではたどり着けない。
通常のログポースの指す位置も概ね同じ方角。
大海原のど真ん中で補給が潰えるのを避ける為、取り敢えずはそれに従って船を走らせた。
ぷるぷるぷる
ぷるぷるぷる
「おいウイ!でんでんむし鳴ってるぞ!」
出航後程なくしてリビングででんでん虫が鳴り響く。
シャチに呼ばれたウイがその受話器を取った。
『ぉいてめぇウイ!!なんで出ねぇんだよこの薄情者!!』
リビングに居た全員が、聞き耳を立てずとも余裕で耳に入ってくる音量のそれを聞いていた。
でんでん虫が繋ぐ先はブラーヴェで、受話器の向こうにいるのはアオイだ。
「ごめーん。色々バタバタしてて。元気ー?」
『んな事どうでも良いんだよ!!お前何やったんだ!!?10億って、普通じゃねえぞ!!?』
随分興奮した様子のアオイの放す内容は、的を得ない。
それはウイも同じだったようだ。
「全く何言ってるか意味分かんない。落ち着くか他の人にかわって貰うかしてよ」
『手配書だよ!!見てねぇのか!!?』
丁度出港作業を終えたベポがカモメ新聞を片手にリビングへと入って来た。
最新の手配書なら、そこに挟まっている事だろう。
『お前の手配書が出てんだよ!10億!!マジでなにやらかしたんだよ!!』
真偽はともかく、ベポの手からそれを奪い取った。
何が起こってる。
奪い取られた新聞はローに開かれ、挟まっていた手配書の中の一枚でそれを捲る手がピタリと止まる。
ローはそれをじっとそこを眺めた後、視線を集める者達に見えるようにそれを掲げた。
"ONLY ALIVE ロレイシル・ウイ 10億ベリー"
そこには隠し撮りなのか、目線を他所に向けるウイの顔写真が掲載されていた。
「え、何これ。私なにしたの?」
『だからそれを聞いてんだよ!!生け捕りのみって事はロー達の仲間になった訳じゃねぇんだろ!?寧ろこの額…そっちのがマシだぞマジで!!』
生け捕りのみというのは、通常の手配書とは訳が異なる。
「あ、本当だ。オンリーアライブ」
『お前貴族かなんかの跡取りで家出中とかか!!?それかなんか特殊な悪魔の実でも食ったのかよ!!?』
基本海賊を捕らえる為に使われる手配書は、特例でそういう用途にも使われる事がある。
「寝惚けて食べたりしてなければ…」
『とにかく絶対捕まんじゃねぇぞ!!こんな高額…ろくなもんじゃねぇ!!』
手配の理由が何にせよ、その金額に見合った必要度で誰かに探されている事は紛れもない事実。
「あー、うん」
『ローにもしっかり守れって伝えとけ!!今ソニア達も色々調べてるから何か分かったらまた連絡する!!』
アオイはそれだけ言うと、ガチャ切りと言われる勢いで通話を終了させた。
フリーウィング号のリビングに揃う面々は、無言で顔を見合せる。
そしてその視線は示し合わせたかのようにローへと集まり、注目された本人は無表情のまま再度手に持つ手配書を掲げた。
「いやふざけてる場合じゃねぇだろ!!何事だおい!!」
「え…本当何やったの」
シャチがウイをがくがくと揺さぶり、ペンギンは手配書に何かヒントがないかローの手から奪い取ったそれに目を走らせる。
現実を受け止められぬベポは、ウイのファミリーネームってロレイシルって言うんだねーと
的外れな発言をし出す始末。
「何もしてないと思うんだけど。理由とか書いてないの?」
「書いてねぇから聞いてンだろ!!キャプテンの何倍だよこれ…」
シャチは頭をガシガシかきむしり、その手で頭を抱えた。
理由も誰が手配をかけたのかも定かではないものの、大変な事態が起きている事に変わりはない。
「12.5倍だな。まず尋常じゃねぇ額なのは確かだ」
「どうしようねぇ」
即座に真顔でそれを答えるローは、計算は早いが実際そこはどうでも良い所。
急に高額の賞金首になった当の本人は事の重大性を理解していないのか、他人事のようにそう呟いた。
10億ベリー。
生け捕りのみ。
これまで無名だった人間にこの条件で手配がかかる等、異例中の異例。
世界中にバラ巻かれているだろうこれを見て、一攫千金を夢見る者達はこぞってウイを探しているに違いない。
「──ウイちょっと来い」
「え?」
ローは何かを考え込んだ後、まるで状況を理解していないだろうウイの手を引き階段を昇った。
自室の扉を開け、彼女を連れ込み扉を閉める。
「お前が話せねぇ話に、他の奴らが得しそうな心当たりはねぇか」
部屋が密室になると同時に、重く低い声でローがそれを問う。
突然壁とローに挟まれたウイはその状況に身を縮こませた。
「…ない、絶対」
動揺はしたものの、それが手配の理由を考える為で
話したくないと言った事に配慮されてこうなった事を彼女も理解したようだ。
壁に手を付き見下ろすローの目をしっかりと見据え、ウイはきっぱりと言い切った。
「海賊共を失神させたあの力はなんだ」
「それはごめん。本当に…よく、分かんない」
歯痒い表情とでも言うのだろうか。
何とも形容出来ぬ表情に顔を歪めたウイが、分かる部分をポツリポツリと話し出す。
「あの時と、ローが海に落ちた時。…その前にも一回だけ、あんな感じになったことがある。そっちは大分前のことだけど」
"その状態"を自覚は出来るが、その引き金も原因もわからない、と。
これに関してウイは嘘も付いていなければ隠し事もしていない。
本人も知らない事だからこその情報の少なさ。
「その随分前ってのは具体的にいつだ。相手は」
それを問われた瞬間、ウイはパッと目を逸らした。
唇を噛みしめ視線を床に向けるその様子は
それも言いたくないと拒絶しているようだった。
「お前を探してる相手と理由が知りてぇ。それが分からねぇと、守れるものも守れねぇ」
宥めるように紡がれる言葉に、ウイの眉が寄る。
言いたくない事ではあるが、これを黙っていては自分以外にも迷惑が及ぶ事を彼女は理解していた。
「…2年くらい前、父様に」
強張った顔で絞り出された言葉を、ローは即座に頭の中で篩にかける。
2年前の出来事が昨日今日の手配に関わるとは考えにくい。
しかも相手は北の海に今もいるであろう人物。
ローはこの情報を今回の手配には関連性が薄いと判断した。
しかし彼はその2つの要素ではなく別のものに気を留める。
「お前貴族かどっかの娘か?」
"父様"。
一般家庭で育つ子供は、父親をそうは呼ばない。
捜索願にしては桁とタイミングがおかし過ぎるものの、ローは念の為それを確認した。
「ち、違う!いや、違くもないんだけど…でも!違う!!」
「つまりどっちだ」
ごにょごにょと口ごもるウイは、自分が貴族の家の出であることを白状する。
しかしこの手配は実家が自分を探す為のものではないことを、彼女はきっぱり言い切った。
10億もの大金を準備できる財力もなければ、探そうとすら思われていないと。
「──なら一番濃厚なのは、あの海賊共が何かしらお前の力を喋っちまった線か」
「…ごめんなさい」
ウイはしゅんと俯いた。
「なんでおまえが謝んだ」
「だって!なんか…厄介な事になっちゃったっぽいし…」
厄介な事には違いない。
だがそれは、ウイのせいとも言い難い。
あの海賊達が漏らした情報がこれに至ったのであれば、今回のそれは過失だ。
「ウォーターセブンまで送りたかったけど…こうなっちゃうと私と一緒に居ない方が良いんじゃないかな」
ウイが口にした言葉に、ローは苛立ちをあらわにする。
今朝あれだけした説教は、やはり本当の意味では彼女に届いていなかったようだ。
「っざけんな。お前一人でどうするつもりだ。額が額だ、とんでもねぇのが動くぞ」
「フリーウィングが居れば大丈夫!だから…ごめん、次の島で降りて欲しい」
ペコリと頭を下げるウイに、それをされた方の苛立ちは更に増す。
しかしそれをぶつけた所で事態が好転せぬ事を思い、ぐっと堪え言葉での説得を試みた。