5-17
「仮におまえの変な力が原因で手配がかかっていたとして、良くて実験体…最悪バラされて死ぬぞ」
「大丈夫だって!私運良いし!フリーウィングが超有能な私のボディーガードなのローも知ってるでしょ?」
心配かけまいとこうしてるんだろう。
相変わらず軽い調子のウイに、頭の中で何かが切れた。
ドン!!
「いい加減にしろ──前話したことはもう忘れたか」
「ちゃんと覚えてるよ。何をそんな苛々してるのさっきから」
苛立ちを壁にぶつける。
結構な音がしたにも関わらず、ウイは変なのと笑うだけ。
この取り繕われたような顔が、俺は嫌いだ。
「分かってねぇだろ。分かってたらどうしてそうなる」
「危ないよ。ローだってそう言ってたじゃない」
危険を理解した上で遠ざけようとされている事が、歯痒過ぎてつい手が伸びた。
何を言っても強情なこの女は、腕を引けば容易にその体を捕まえられる程に無力。
「ろッ…ロー?!」
「そんなに俺は頼りねぇか」
じたばたもがこうと、さして力を込めていないこの腕からすらも逃れられねぇ非力な女は
なぜ頼ってこねぇのか。
「そういう訳じゃな──「放っとけるわけねぇだろうが!!」
自分は放っとかねぇくせに
人の世話なら行き過ぎるぐらいに手を出すくせに
守らせて貰えねぇ。
いつもそうだ。
こいつは。
「私はオンリーアライブだよ?捕まったって死ぬわけじゃない」
ウイの手が、背を規則的に優しく叩いた。
泣いてしがみつくシュウをあやしていたのと同じように。
「でもローは違うよね。私と一緒にいて、ローが捕まっちゃったら、ローは死んじゃうかもしれないよね」
抱き締めているせいで、どんな顔でそれを言ってるのかは見えない。
「私だって皆が心配。強い人に追いかけ回されることよりも、自分のせいで皆が危ない目に合う方が…怖いかな」
抱き締める腕に力がこもる。
体しか捕まえておけない。
こいつはいつも結局、俺の言う事なんて聞きやしねぇんだ。
「ごめんね。次の島でお別れだ」
そんな言葉は聞きたくなかった。
きっと今も笑ってる。
あのくそ腹の立つ顔で。
そんな顔をさせてるのも
こんな理由で別れを切り出させたのも
不甲斐ねぇ自分のせいだと言うことに、腹が立って仕方なかった。
なんか私、ローに抱き締められてる。
離してくれない。
ローって背が高いから。
肩に顔埋まる感じで抱き締められてて、結構力強くて
逸ってる腰がツラい。
ビックリした。
凄い勢いで壁殴るし急にこんな事になっちゃうもんだから。
でも…
温かいし、嬉しかった。
私を心配してくれてるから怒ってくれてる。
でもやっぱり、このまま一緒にはいられない。
フリーウィングが私を守ってくれるとしても、補給とか考えたら限界があると思う。
遅かれ早かれきっと私はいつか捕まる。
そうなった時、海賊である皆が近くにいれば巻き込んでしまう。
さっきまでは、一緒にいる事でリスクを負っていたのは私の方だった筈なのに
いつの間にか立場が逆転してしまった。
助けてあげてる筈だったのに、とんでもないお荷物になっちゃった。
もう少し、一緒に居られる筈だったのにな。
「降りねぇからな、船」
「は?」
驚いたせいで、まぁ落ち着きなさいよって背中をポンポンしてた手が止まってしまった。
なんだかんだで皆はいつも私の気持ちを尊重してくれてたし、今回は事が事だ。
そうするしかないのを、ローも解ってくれると思ったのに。
「そんなに降ろしてぇなら今ここで放り出せ」
「あの…ここ海のど真ん中なんですけど」
どうしたロー。
気でも狂ったか。
こんなとこで船から人放り出したら、ローじゃなくても危ない。
特訓の成果があったとしてももう大分島から離れちゃったし。
「死なないで欲しいから船を降りてって言ったつもりだったんだけど。死に方違くても結局死んじゃうよ?それだと」
「俺らが降りたらそれはお前も同じだろうが。お前一人で何が出来る。死にに行くようなもんだろ」
いや、別に死にに行くつもりはないし。
私に出来る事が限られるのはぐうの音も出ない事実なんだけど…。
ローは分かっていない。
一時的な盛り上がった気持ちは永遠には続かない。
実際困った事が続けば、いつか嫌になる。
邪魔だなって思う日が必ず来る。
それが嫌だからそうなる前に離れたいのに。
どうすれば伝わるんだろうってあれこれ言い方を考えてみたけど、頭の中ですら惨敗なの。
それにきっと、この温かいぬくもりをくれるこの人は
私の想像の中よりずっと手強いんだろうなって
そう思った。
「俺らを船から降ろしてぇならそんくらいの腹括れ。それが出来ねぇなら却下だ」
「だからそれは──「聞き訳のねぇ相手の言い分を、こっちだけ飲むのはフェアじゃねぇ」
なんて我儘なんだ…。
もうなんか、この人絶対言うこと聞く気ない。
例え私が言い負かせてもそれでも譲らないって、そんな気持ちがバシバシ伝わって来た。
なんで分かってくれないんだろうって思うのに
ずっと続く訳ないってわかってるのに
ローの気持ちが、言葉が、凄く嬉しい。
「力になりてぇ。守りてぇんだよ。たまには大人しく守られろ」
ローは本当に、強くて頭も良くて
それでいてどこまでも仲間思いだなって思った。
なるって言ってないのに、もう絶対私のことまで仲間として考えてくれてる。
危険な目に合わせたくないのに、嫌われてしまいたくないのに
大きすぎる目先の嬉しさに気持ちが負けた。
「…2つ、条件がある」
「なんだ」
助けて貰うのに、私は一体何様なのかな。
でもこれは譲れない。
「私を仲間にするのは諦めて。一緒に来て貰うのはウォーターセブンまで」
賭けてみよう、私の運に。
一緒に居れる筈だった時までは、ちょっとくらいの迷惑だけで楽しく過ごせたら良いなって
信じてみよう。
それまで捕まらずに済めば、それ以降は絶対自分でなんとかする。
「もう1つ。私がもし捕まっちゃっても、ロー達はちゃんと逃げて」
それが出来ないなら、私は心を鬼にして皆を海へ放り投げなきゃいけない。
それだけは、本当に守って欲しい。
「…分かった」
何か今の間気になるぞ。
本当に守ってくれるのかな…。
優しいって知ってるから疑ってしまう。
力を緩めてくれたのを感じて胸を押せば、久しぶりに見た気のするローの顔は何とも言えない顔をしてた。
「もし、それ守ってくれなかったら…私絶対許さないから」
嬉しいのに睨むって難しい。
ちゃんと約束守ってよって意味も込めて目に力を込めてるけど、でも本当は嬉しいんだもん。
まだ一緒に居れる事も
守ってくれようとしてる事も。
ガチャッ!
「てめぇいい加減に…!って、…うわ…」
扉が開く音がしてそっちに目を向ければ
そこには怒鳴りながら乗り込んで来たペンギンと、シャチとベポ。
どうやら全部、立ち聞きされてたみたいだ。
「ごめん。うん、悪かった。でもキャプテン、その話は後だ」
立ち聞きしていたらしいクルー達。
彼らも彼らなりに、あの説教の通じていなさに腹も立ったのだろう。
しかしいざ部屋に踏み込めば、そこには抱き合う二人の姿。
声しか聞こえぬ扉の外では、この状況を把握しきれなかったらしい。
ゴン
「あだっ!」
邪魔された事に見るからに腹を立てるローに一瞬怖気付いたペンギンが、状況を整理した後拳でウイの頭を殴った。
遠慮のないそれは、結構な威力を持っていた。
「お前結局俺らの話なんも分かってねぇのな」
「分かってるってば!っていうか痛い。めっちゃ痛い。ひどい最低なにすんの急に…」
加害者を睨みながら頭を擦るウイの頭には、間を置いてコブが出現した。
盛って文句を言うのではなく、それは本気の拳だった。
「キャプテンもふざけんなよ。何ふざけた条件のんでんだよ。こんなやつほっといてみろ、速攻捕まるに決まってんじゃん」
ペンギンはローを睨んだ。
その判断には納得出来ないとでも言いたげに。
彼らとすれば
守りたくて共に居ることを選ぶのに、大事な場面で見捨てる選択肢がある方が可笑しい。
「何言っても聞かねぇんだから仕方ねぇだろ。とりあえずウォーターセブンまでは乗せると納得した。後のことは俺も知らねぇ」
「ちょっと!!それじゃ話が違う!!」
ウイは容易に破られそうな約束に、緩く自身を抱き止める腕を勢い良く押し退けて文句を垂れた。
「そっちがそのつもりなら、落とすよ。海に」
「お前がそれを疑うなら勝手にしろ。俺はお前の条件を飲むと言った。それを信じるか信じねぇかはお前次第だ」
不確定要素が多いこの時点ではもう、言ったもの勝ちだ。
いくらでも状況は変わる今、この時点で何を言おうとそれは容易に覆る。
「散々助けられた相手の力になりてぇ所を押し殺しておまえの意思を尊重して、泣く泣く飲んだ条件すら疑われんのか。報われねぇな」
「ちょっと…それはズルいでしょ。色々聞こえたんだけど」
采配を委ねられたからこそ悩む所。
甘えてしまいたい気持ちがあれば尚更。
どう出ても非難されるだろう状況に、ウイは奥歯を噛み締めた。
「本当に…本当に危ない時は絶対逃げてよ?」
ハートの海賊団がウイを守る為に共にあろうとしている事は彼女から見ても明白な事実。
ならばせめて、それで問題ない時は守られたとしても
危惧する所だけは避けたいとウイは懇願するように呟く。
「お前どう思ってンのか知らねぇけど、俺ら結構強ぇから任しとけ!」
ウイの肩をばしばし叩くペンギンを、彼女は胡散臭い物を見るような目で見つめていた。
意図してか天然なのか、しれっと質問を差し替えられたのだから
納得行かぬのも当然のこと。
「でもそれなら次の島は丁度良いのかも。無人島らしいよ」
「まあ、人がいないなら捕まりようもないけど…」
ベポがもたらした次の島の情報に、ウイはそれは良しとしているようだが浮かない表情を浮かべた。
本当に大丈夫なのか。
次の島が安全だとしても、その次に訪れる島で危惧する所が現実となる可能性は消えた訳ではない。
いくらフリーウィング号が安全な航路を選ぶだろうとしても、航海中も危険がゼロではない。
彼らが約束を守らないのであれば、やはり防げる危険は防ぐべきではないのか。
悶々と考え込むウイを見つめる1つの視線。
その先では、海賊団の船長が彼女の仕事仲間の過去の話を思い返していた。
何も告げずに、仲間を思い船を降りたと言う話を。
彼女に同じことはさせない。
一件落着とばかりに元のテンションに戻ったクルー達とどこか浮かない顔で話すウイを、ローは見つめ続けた。
新たな決意と共に。