5-18



ウイに手配がかかって以来、ハートの海賊団はそれまで以上に日々の鍛練を行うようになっていた。
今日も行われている日常と化したその様子を、ウイはじっと真剣な目で見つめる。


「なんだよ怖ぇ顔して」


一段落したシャチがタオルで汗を拭いながらそんな彼女に声をかけた。
ウイは難しい顔のまま、ぽつりとその頭の中身を吐き出す。


「いつでもあの力使えたら、少しは役に立つのかなって思って」


"あの力"とは恐らく
海賊達を失神させ、船を海流に逆らって進ませたあの不思議な力のこと。
確かに使いこなせれば役に立ち過ぎるその力も、当の本人がこの様子ではそれは難しそうだ。


「なぁ。それさ、マジで何も心当たりとかねぇの?」


続いて休憩にやって来たペンギンがウイの隣に腰掛けそう問いかける。


「ない。全く。ただ、使える時は何か分かる」
「それどんな感じ?」
「なんか…周りの音が遠くに聞こえて、気配?みたいなのを強く感じる」


聞いておいて特に参考にもならなかったのか、ペンギンはへぇと適当な返事を返した。


「状況考えると、お前割と毎回必死だよな」
「え?」


シャチの言う通り、彼女がその不思議な力を使える時はいつも鬼気迫る状況。
海賊にせよ海にせよ、死にかけた状況でその力は発揮された。


「口調違ぇもん。普段と」
「言われてみればそうだったかも」


二人から当時の状況を聞いても、やはりウイはピンと来ない様子。
それは彼女にとって、本当に覚えのない不思議な力。


「でもなんつーか、使いこなせねえのはアレだけど応用利くよな。それ」
「応用?」
「敵失神させて物動かしてって、あの状態のお前なんでも自由自在じゃん」


口調と合わせるとまるで女王様か神だなと、シャチは笑った。

確かにそれは言えている。
彼女の力は悪魔の実の能力とは異なり、出来る事に系統性がない。

それは使いこなせれば本当に、大きな武器になる可能性を秘めていた。
使いこなせれば、の話ではあるのだが。




「まあそんな気ぃ揉むなって。そんな力なくても俺らが守ってやるから安心しろ!」


結局考えた所で使えるようにもならない不思議な力に深いため息をつくと、シャチがよしよしって頭を撫でてくれた。


お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなって、シャチと居ると時々思う。
ペンギンとかベポは友達って感じ。
お兄ちゃんとかそういう雰囲気は二人にない。



ん?
ローは?

ローはなんなんだろう。


面倒見良いけどお兄ちゃんっぽくはないし。
なら友達なんだろうけど、何かしっくり来ない。


もう救出部隊なんて必要ない程、自由自在に空中を移動しまくるローの姿をぼんやり見上げた。
なんかもう見慣れて来たけど、人が瞬間移動って本当にチート過ぎる。


ローが戦っている所って、実は見たことない。
結構な人数のあの海賊達を、シャチとペンギンは二人でこてんぱにしちゃったみたいだけど
ローはそんな二人より強いらしい。

そのローの懸賞金が8000万ベリーで
聞いた時はおったまげた筈のその額の12.5倍の金額が今自分の首にかかってる。


未だに全然実感が沸かない。
理由もわからない。

あんな人間離れした人の12.5倍の金額を出す価値が、果たして本当に私にあるんだろうか。


そういえばあの時、ロー計算するの早かったな。
聞かれる前から計算してたりしたならちょっと可愛い。
なんか可笑しくて笑える。


何考えてたか忘れたけど、勝手に私の頭の中で笑われてるローは未だに鍛練中で
ストイックにそれに打ち込む横顔はTHE男!って感じで格好良かったりする。

背だって高いし、綺麗な顔してるし、体つきだって俗に言う細マッチョ。
タトゥー見せて貰った時、模様の細かさにも職人の技を感じたけど
まず何よりご立派過ぎる筋肉に度肝を抜かれた。

そりゃ道行くお姉さん達もキャーキャー言いますわ。


普段は結構無口で無表情。
パッと見で分かるレベルで顔に出す時って、機嫌悪い時か何か企んでニヤついた時くらいだよな
ローって。


あんまりフレンドリーな人じゃないから、他の皆より知らない面が多いと思ってたけど
こうして考えてみると結構色々分かるようになって来てる事に気付いた。


「どしたの、そんなにキャプテン見つめちゃって」


ニヤついたペンギンに声をかけられてハッとする。


確かに見すぎた。




「シャチってなんかお兄ちゃんっぽいじゃん?ペンギンとベポは友達じゃん?」
「一応言っとくけど、俺が一番年上だから」


敬え!とふんぞり返るペンギンの、こういう所がお兄ちゃんっぽくない。

シャチはお兄ちゃんって言われた事が嬉しいらしい。
なんか照れてる。
可愛い。


「でもローってなんか…違くない?しっくり来なくて考えてたら…なんか頭の中で色々脱線してた」
「キャプテン妹居たし、実は面倒見良いじゃん。兄貴って感じじゃねぇの?」


ローは妹さんが居たのか。
面倒見良いのは私も思ってた。

でもなんか、違う。


「…ローあんまり私を甘やかしてくれないからかな」
「お前の兄貴の基準はそこかよ」


そこだけじゃない。
でもそこもある。


さっきは結局脱線しちゃったけど、また改めて考えてもどうもローはお兄ちゃん的な感じじゃない気がする。
年上なんだけど。

でもペンギンだって年上だけど全然そんな感じじゃないから、そういうのって年齢関係ないんだな。


「じゃあ友達なんじゃねぇの?」
「うーん、そうなんだけど。なんかが違うっていうか…うーん…」


友達?
うん、友達だよ?

友達なんだけど…ペンギンとかベポに思うのとは何かが違う気がする。
その何かがなんなのかよくわかんないけど。


え、本当何なんだろ。


「なんかね、シャチもペンギンもベポもローも皆大好きなんだけど。その種類?ベクトル?とにかく何かが違う?ローだけなんかしっくりくるの思い浮かばない」
「恋じゃねえの?恋!!」


恋?
あの、彼氏とか彼女とかの?
夜も眠れないくらいその人の事ばっかり考えちゃうあれ?


小説で表現されてたそれを当てはめてみても何か違う気がする。
だって昨日も全然寝たし私。


「私そんなローの事ばっかり四六時中考えてるとかはないよ?…あんまそういうのわかんないけど」
「変なとこ似た者同士だな」


シャチとペンギンがぶっと盛大に吹き出した。
誰と誰が似た者同士なのか聞いてみても、なんでもねぇってはぐらかされて終わる始末。


恋…?
じゃないと思うんだけどな。


「簡単に言っちゃえばセックスしてぇとかキスしてぇとか。そんなもんでしょ」
「それは性欲って言うんじゃないの」


ペンギンのそれは極論過ぎるだろ。
…そういうのもした事ないせいか、あんまピンと来ないや。




「よくわかんねぇって事はお前今まで誰とも付き合ったことねぇの」
「ないねー」


話の流れで進展を期待する二人は、この機会にウイの恋愛面を事情聴取する事にしたようだ。


「付き合わなくても初恋とかはあったんじゃねぇの?」
「それもないと思う」


結論、ウイは本当に恋愛方面に疎すぎるらしい。
付き合った事がないのはさておき、16歳で初恋もまだというのは結構遅咲きも良いところ。

二十歳でそれを初体験中の誰かさんに比べれば、まだまだ序の口ではあるが。


「なんでキャプテンが友達って括りにしっくり来ない訳?」
「いや友達なんだよ。それは分かってるんだけど」


どうやら#Name1#は本当に自分の気持ちが把握しきれていない様子。
だが兄でも友達でもないという好きの方向が恋愛である可能性は捨てきれない状況に、二人は期待大だと内心ほくそ笑む。


「じゃあ俺ら戻っから存分にキャプテン眺めてろよ」
「もういいよ。よく分かんないし」


自覚がない上淡白なのか。
それとも彼女にとって、ローは恋愛以外の別の"好き"がしっくり来るのか。

ウイはそう言うなり、夕食の支度をしに船室の中へと消えていった。


「おまえあれどう思う?」
「これは予想以上に脈有り臭がしますな」


組み手の再開はどうしたお前ら。
扉が閉まったと同時に、二人の井戸端会議は再開された。


「キャプテンってまだウイに告ってねぇんだよな?」
「際どい発言は結構聞くけどね」


気持ちを自覚して以降
行動にせよ言動にせよ、ローは明らかにそれまでと態度が変わった。
でも彼はまだウイに気持ちを伝えてはいなければ、彼女の方もそれに気付いてはいない。


「そういやなんで言わないんだろ」
「お前…!仕方ねぇだろ初恋なんだから。色々あんだよ、ビビったりビビったりビビったり」


シャチのその連呼にペンギンは腹を抱えて笑い出す。
ビビってるらしい人物は、それが全く似合わぬ性格をしているのだからそれも仕方がない。


「あー、俺も恋してーな」


笑いが収まったペンギンがボヤいた言葉は、風に吹かれてどこかへ飛んでいった。
いつかそれを悔やむ程の感情が彼を苛む事を、今は誰も知らない。




「今日何するよ」
「トランプ?麻雀?チェス?」


夕食後のリビングでは、ウイとクルー達が今日の賭けの種目を話し合っていた。

「私どうせ勝つし皆で決めていいよー」
「ムカつく言い方だなオイ」


文句の押収の後、結局今日はチェスに決まったらしい。

普段は勝ち残り負け抜けで対戦相手を交換しているようだが、このルールは著しくウイの勝ち点を増加させる。
流石に洒落にならねぇ負債を抱えるクルー達の要請で、今日は負け残り勝ち抜けが適用されるようだ。


「別にどっちでも良いけど。ペンギンベポの点越すんじゃない?良くない方の意味で」
「俺この前シャチに勝ったから!」


前見た順位表は順位は変わらぬものの、ぶっちぎり最下位のベポに猛追する勢いでペンギンのマイナスが増えていた。


「シャチも落ちたもんだ」
「うるせーぞウイ」


なんとなくリビングで本を読んではいるのだが、これは今日はこのまま自分も参加する流れなのだろうか。

ウイと、チェス。
興味がある。


他の種目も混ざっているからこそ一概には言えねぇが、強いんだろう事は伺える。
中々楽しめそうな気もすれば、戦略や駆け引き重視のそれでウイがどう出るのかが気になる。


そうこうしている内に始まった最初の対戦カードはベポとペンギン。
ベポもペンギンも強くねぇ。
場当たり的な駒の動かし方をするその対局は、言ってしまえば興醒めだ。

どこまで先を見越し相手を自分の思惑に乗せるか。
予想しきれなかった一手にどう迅速に戦略を建て直すか。
それこそが醍醐味と言えるチェスにおいて、この戦いは観戦するのならば楽しみたいそこがまるでお粗末過ぎる。

どっちも場当たり的な閃きで打っているだろうからこそお互いは楽しいのかもしれねぇが、見る価値はねぇ。


「そういえばさ。こういう高額の懸賞金って、引き渡した時にすぐ受け取れるの?」


同じく二人の戦いに興味のなさそうなウイが
ソファーに寝転びながら自分の手配書を指で挟みヒラヒラと振っていた。




destruct at reality.