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「流石に金準備する手前、手続きとか面倒くせぇんじゃねえのか?知らねぇけど」
「ふーん。なんだそっかー」


その答えに、ウイはつまらなそうに返事をした。

なぜそんなことが気になったのだろう。
シャチも同じことを考えていたようでそれを問いかける。


「いや…すぐお金引き渡してくれるならさ、場所選べば警備緩いとことかありそうじゃん」
「まぁ、それはな」


海軍と一口に言っても、支部によってその戦力はバラ付きがあるだろう。
辺境の島にデカい戦力を置くのは、上手くねぇ。


「捕まえたって言ってお金貰った後すぐ逃げちゃえば凄いボロ儲けだなぁと。ガバガバなとことか探せばありそうじゃん」


正直耳を疑った。
意図せず手配されておいて、普通その発想は出てくるもんなのか。


「10億とかあったら潜水艦とか余裕だね」
「いや戦闘機とか買えんじゃね?」


いや残念あれは100億越え!と謎に戦闘機の値段を知っているらしいウイに眉根が寄った。


「妙なマネすんじゃねぇぞ」


念のため釘は指したが、冗談だよと笑うこの様子は怪しい。
コイツはいつも目に見えない所で危なっかし過ぎる事を勝手に画策するから。


本音の部分のウイが知りたい。
勝負事が好きなコイツはその中では思う存分その力を発揮するだろうから。


「もう良いだろ。お前の負けだペンギン」


どう足掻いても勝ち筋のない盤面で粘り続けるペンギン。
先の決まった状況での無駄な駒の動かし合いなら、さっさと場を譲れと言いたい。


「打とうぜウイ。今度は何を賭ける」
「良いよ。やろうか」


席を立ちベポとペンギンを退かせる。
指名されたウイはきょとんとした顔を浮かべた後、ニヤリと挑戦的に笑った。

次も俺の筈だと騒ぐペンギンを無視して席に着いた。


「負けた方が1日語尾ににゃーね!」
「俺の褒美までそんなくそつまんねぇもんにすんじゃねぇよ」


シャチとベポはこの戦いは面白そうだとテーブルの周りを囲む。


「お前に白をくれてやる。せいぜい頑張れよ」
「良いの?貰うよ?実は罰ゲームやりたいんじゃにゃーの?」


チェスは白が先手。
先に仕掛ける事の出来る白がやや有利だ。


負けてやるつもりはない。

さぁ始めよう。
お前の本気を見せてみろ。



「なるほど、ね」


ウイは手を止め思考を巡らせていた。
持ち時間無制限のこの戦いは、互いに長考の乱用だ。


クルー達を簡単に負かすだけのことはある。
寧ろ想像以上。

打たれた駒の動きの意味を数手打ち合った後に気づかせられる事すらある程。
これは手強い。


「ローやらしぃ事するね」
「そういうお前はド変態だな」


確かに、目先に餌をちらつかせて誘い込むスタイルはいやらしいと称されるもんだろう。
だが戦局の要となるクイーンを犠牲にしてこっちのルークを取り、その流れでちゃっかりポーンを昇格させ事実上クイーンを復活させるこの女は
スリルを楽しみすぎだ。

そこまで考慮していたとしても、あんな序盤でクイーンを捨てるのは中々のギャンブラーだろう。


少ない言葉でそれが伝わるこのやりとりは、正直面白い。
盤面を眺めるクルー達はおそらく、"やらしい"や"変態"が何を指すかを理解してねぇ。

予想以上だ。
やはりこいつはバカじゃねぇ。


周りにコイツらが居ても、確実に今二人だけの世界が出来上がっていた。


「ねぇロー。私の中ではこれ、もう終わりかなって思うんだけど。まだ何かしでかす予定あるの?」
「乗るつもりはねぇ癖によく言う」


当然、と言うと同時に深く息を吐いたウイの表情から力が抜ける。


やはり直感で打ってた訳じゃねぇか。

何手も先まで読んでるからこそ、ここでゲームが終わりなのも理解していれば
気を張る程度には頭を使っていたんだろう。


これを天然でやられたらそれこそ化け物だ。


「いや驚いた。さすがロー、強いね」
「そういうセリフはしっかり負けてから言って欲しいもんだがな」


盤面を覗きこむクルー達はなぜここで終わるのかが理解できていないらしい。
こいつらはきっちりチェックメイトまで打つレベルでしかねぇんだろうから、それも仕方ねぇか。


「え?これってキャプテン有利なんじゃないの?」
「どう立ち回ろうとそこのポーンがくそうぜぇ。負けねえけど勝てねぇよ」
「じゃあ引き分けってこと?」


それにこくりとウイが頷いた。
状況を説明しても尚納得出来てねぇ様子のクルー達に、戦術の指導でもした方がいいんじゃねぇかと本気で思った。



ウイの読みは適切で正確だ。
無駄な深追いもしてこなければ、盤面全体を見て駒を動かしている。

自分の想定通りに進まねぇチェスを打てたのは久しぶりだ。
こっちも読まねぇとしてやられる。
しかも妥当な位置へ進んだ駒が、実は意外な所へも睨みを利かせていたりするもんだからタチが悪ぃ。


「指揮官向きだな」
「チェスならね」


そうだろうか。

コイツは結構普段でも自分の思い通りに周りを動かしている気がする。
それが一見分かりにくいのも、チェスに通じる部分だ。


「ちぇっ。罰ゲームさせたかったにゃー」


バカにしたようにそう言うウイの顔は腹が立つ程挑発的。
だがコイツは、それが狂言に聞こえねぇ実力を確かに持ってる。

良い度胸だ、全く。


「もうこんな時間か。寝よっかー」


腕を伸ばして伸びをするウイの視線の先を追えば、時計の針はもう日付を跨いだ後だった。


長かったとは思っていたが、もうこんな時間か。


楽しい時間は時を早く感じさせる。
ウイとのチェスは、久しぶりの高揚を覚える程に白熱した戦いだった。


もっと打ちてぇ。
何局でも、朝まででも。

打つ前でもわかる。
それはまた面白ぇ展開になる事が。


欠伸をしながら部屋へ戻ろうとするウイにもどかしさを感じた。
そう思ってるのがこっちだけと言うのがまた、釣れなさ過ぎる。









楽しみは後に取っておくかと諦め部屋へと戻った俺は、この時気付くべきだった。

ウイがあれだけ頭の回る事を理解し、それがチェスだけに留まらず私生活にも影響している事にまで気付いておいて
なぜそこを考えなかったのだろう。

ウイの人間性、隠し事、何をしたいのか。


後で思えば、この時改めて考え直していれば未然に防げた事は多々あった気がする。
久しぶりの楽しいチェスに興奮して、俺はそれを疎かにした。




「これ!こういうの待ってた!!」
「何だこれ超やべぇ!!」


サザンスターを出港してから10日後、フリーウィング号は次の島である無人島へと到着した。
島の名前はスモールランド。
島には名前とは正反対の巨大な植物達が自生していた。

ウイとペンギンは我先にと船を飛び出し巨大なたんぽぽによじ登る。


「見て見てペンギン!行くよー!!」


数本の綿毛を抱えたウイがタンポポから飛び降りた。
巨大過ぎる綿毛はウイの体を容易に浮かし、風に漂いながらゆっくりその身を地面へと運ぶ。


「何それずりぃ!俺もやりてぇ!!」


その様子に目を輝かせたペンギンが、綿毛をむしりとり後に続いた。


「っとに。ガキかあいつらは」
「まあまあ。そういえば久しぶりじゃん、二人があんなにはしゃいでるの」


ベポはそんな二人を微笑ましそうに眺めた。

ペンギンがウイに構う頻度が減ったことに加えて、拐われてみたり手配されたりと事件がたて続いた。
こうして二人が何の気兼ねもなくはしゃぐのは、束の間であれ平和な証なのかもしれない。

呆れ果てた様子のローもそれを思ったのか、ため息を付きつつもその顔はどこか穏やかであった。


「ここのログは1日もかかんねぇで溜まんだろ」
「うん。六時間くらいって聞いたよ」


例えそれが数時間であろうと、特に用もない無人島ですべき事等ない。

ローはどう時間を潰すかを考えた。
その傍らで、飽きる事なく何度もよじ登っては飛び降りてを繰り返す誰かさん達のせいで
既に二本の綿毛のたんぽぽが禿げ上がりつつある。

誰がどう見ても楽しそうな風景。
最近落ち込む事の多かった想い人の満面の笑顔。
だがその傍らにはペンギン。

複雑な気持ちでそれを眺めるローは、かと言って自分もそれに加わるだけのテンションを持ち合わせてはいなかった。


「少し見て回ってくる。ウイを一人にすんなよ」
「はいはい」


折角の機会。
ローが島を見て回ろうと船を降りたその時、それに気付いたウイが声をかける。


「ロー探検行くの?私も連れてって!」


未知の世界に想いを膨らますウイは身の丈程もある花弁や綿毛を抱え目を輝かせた。
呼び止められた者の目にはその姿が、まるで花の妖精かのように映った。




「凄いねー。もう人抱えたままそれ出来ちゃうんだー」


船から見た森はここまで遠くは感じなかった。
物の大きさがおかしいこの島では遠近感が狂うらしい。

流石にウイを抱えたままのシャンブルズでの大移動は結構な重労働で、ゼェゼェと呼吸が乱れた。


「ローいなかったら絶対こっちまで来れなかった!ありがとう!」


体力を使うと何度も言った筈だが、コイツがそれを理解しているかが怪しい。
今回に限らず、ウイはまるで遊園地のアトラクションにでも乗る気軽さでシャンブルズされたがる。

体が重い程の疲労を感じても、たかが笑って礼を言われた程度でそれが吹き飛ぶ気がするから不思議だ。


「おい!あんまり遠くに行くな」


目新しい物に目がないウイは、わぁと声をあげてはちょこまか動き回る。


その様子はガキみてぇで、見てて飽きねぇ。
だがこの島にウイの首を狙う連中はいないとは言え、目の届かない所に行かれるのは困る。

人はいなくても動物あたりはゴロゴロ居そうだ。
それもとんでもねぇサイズのが。


「見て見てロー!傘!」


自分の背丈よりも大きいキノコの下に入り、ウイはケタケタと笑っていた。


何がそんなに楽しいのか知らねぇが、本人が良いなら良いんだろう。


「ほら行くぞ」


放っとけばいつまででもそうしてそうなウイの手を取り、足場の悪い道を進む。


「ここはシャンブらないの?」
「お前は俺を殺す気か」


流石に何が起きるか分からねぇ。


万が一の場合を想定して、やはり能力は温存しておくべきだと考えていると
大人しく腕を引かれて歩いていたウイが足を止めた。


「どうした」


ウイはのほほんとした顔で明後日の方角に目を向けている。
何事かと思ってその視線を追えば


「あれ、タヌキ?かな」


そこにはタヌキと言うには巨大すぎる生き物が音も気配もなくのそっと立っていた。
流石に慌ててルームを展開しそれと距離を取るが、見た所危害を加えてくる気配はない。


「お前気付いてたなら早く言え」
「なんか危なそうじゃないじゃん」


じっと見つめるウイに気付いたのか、タヌキがそれに気付き俺らに視線を止めた。




destruct at reality.