5-20
かち合った視線を逸らさず、いつでも移動できるようルームは展開したまま出方を伺えば
後ろでウイがへらへら笑いながらタヌキに手を振っていた。
直接見なくとも、ルームの中のその出来事は手に取るように分かる。
この状況でこいつは何をやってんのかと、呑気過ぎるウイに呆れ返っていれば
なんとそのタヌキがウイに手を振り返してきた。
「可愛いねー。いいなー。タヌキ飼いたいなー」
流石のこれには驚いた。
いくらこっちに敵意がねぇとは言え、見慣れぬ生き物である筈の自分達にまるで警戒心のねぇこの野生動物。
どんな間抜けだ。
「ベポで我慢しとけ」
いつまで経っても手を振り合う二人、いや一人と一匹に耐えかねて
無理矢理腕を引きその場を離れた。
「ベポは友達だもん。ペットじゃないよ!」
そんなことは言われなくても分かってる。
だがあのサイズのタヌキも、果たして呼び名はペットで良いのかは怪しい所だ。
その後も森の中を散策したが特にめぼしいものはなかった。
ウイの方はこの全てのサイズが規格外の森をいたく気に入ったようだが。
目に入るもの全てに興味を抱くコイツは、本当にガキのそれを連想させた。
楽しんでるのなら、苦労して来た甲斐もあった。
二時間程度散策して船へ戻ると、クルー達はそれぞれがたんぽぽをベッドにして昼寝をしていた。
「何あれ!超気持ち良さそう!!」
未知の物への興奮が、シャンブルズに勝った。
腕を引いてそれによじ登らせようとするウイにため息を付き
ミサンガから取り外したビーズを巨大なたんぽぽの上に投げる。
「わぁ!ありがとう!!」
労力なく自力では登れぬ程高い位置で咲き誇るそこへと移動できたことに喜ぶウイは
その黄色い花弁の中にぼすんと埋もれ転がった。
確かにこれは、見た目以上の心地良さ。
だが全員で昼寝とは無用心にも程がある。
歩き通しで疲れたのか、ウイは既に隣でうとうとしていた。
気が付けば辺りは真っ暗になっていた。
呑気に昼寝をするウイやクルー達に呆れておいて、自分も中々の呑気だ。
呑気は移るのかもしれねぇと隣で眠るウイに目を向ければ、月明かりのせいかその顔が青白く見えて
さっと頭が冷えた。
すかさず手首に指を押し当てると、感じられた体温と脈にほっと胸を撫で下ろす。
月のせいだろうと思いはしても、確認せずにはいられなかった。
クルー達は未だいびきをかきながら爆睡中で、そもそも今何時だとウイの腕時計を覗けば
もう夜の10時。
流石に寝過ぎだ。
ログもとっくに溜まってる。
これは寝れねぇな、今晩は。
周りには規模の可笑しな大自然。
そんな中で時刻を教えてくれたこの時計は役に立った。
ウイにもよく似合っているとは思う。
だがウイに好意を抱いてるだろうアオイがそれを作ったと思うと、俺のものだとマーキングされたかのような不快感をどうしても感じる。
次の島で俺も何か買ってやるか。
何が良いだろうとそれを考え出して、まずその前にそろそろこいつらを起こした方が良いんじゃねぇかと気付く。
いや、今更か。
別に急ぐ理由もねぇし、無人島のここはよそより安全だ。
結局する事のなくなった状況で、ただ夜空に浮かぶ月を見上げていれば
急に腕を引かれタンポポへと倒れこんだ。
忘れていた。
意識のねぇウイがこうな事を。
犯人は相変わらずすやすやと寝息を立てていて
格段に近くなったその顔に、前にもこんな事があった事を思い出す。
あの時は、この顔に口付けそうになった自分に我ながらビビったもんだ。
でも、今は違う。
俺はこの、ガキみてぇに無邪気で無鉄砲で頑固な面倒臭ぇ女が
好きだ。
好きだから、触れてぇ。
寝汚ぇウイは例え、揺さぶり起こしても起きねぇだろう。
だがそっと、決して起きぬように
額と頬に唇を落とした。
いつか誰かにそれをされた場所を、上書きで塗り替えた。
予想通りウイに起きる気配はねぇ。
どうとでも言い逃れが出来るだろうと、力の入っていない首を持ち上げそこに腕を差しみ距離を詰めた。
近くに体温を感じたせいか、仰向けに寝ていたウイがすり寄ってくる。
実際これを狙った。
だが誰にでもこれをされては堪らねぇと、人肌が好きらしいウイに苛立つ気持ちもなくはねぇ。
だが一層近くなった顔に、それは秒で消え失せる。
流石に唇は反則だろうか。
つい最近シャチとペンギンから聞いた話によれば、ウイは男と付き合ったことがないらしい。
つまり、この唇にはまだ誰も触れていない。
ごくり、と唾を飲む音がやけに大きく聞こえた。
堪らなく柔らかそうに見える唇から、目が離せねぇ。
「んっ…ロー」
寝言だろうと、身動ぎながら名を呼ばれて
葛藤は消え失せる。
「俺は、──お前が好きだ」
そっと、唇を合わせた。
自分にとって特別な意味があろうと、それは皮膚の一部と一部が触れただけ。
ただそれだけの筈のその行為に、何か得体の知れぬ物が満たされていく。
「起きてるお前に、言うべきだな」
何も意味がねぇことを、口にしたのはなぜだろう。
この恋愛感情と言うものは、無駄に思える事をしたくさせる
摩訶不思議な感情だ。
まだ唇に残っている気のする触れた感覚を欲して、触れるだけのキスを何度も落とした。
正直、このキスという行為を今まで欲した事はなかった。
女を抱くようになった最初の頃こそ興味本位で何度かした気はするが、特に何の益もねぇそれをいつの間にかしなくなった。
求められれば寒気すらした。
何の欲求も満たされねぇ事の為に、明日になれば他人でしかねぇ人間と口というモロに近い距離で触れる事に嫌悪感すら覚えた。
それをなんで、ウイにはこんなにしたいと思うのか。
一度すれば満足するかと思ったそれは、すればする程より求めたくなる。
更に触れたくて、より深い所を味わいたくなって
この女は他の女とは違ぇと、改めて思った。
「んぁっ!え!?真っ暗じゃん!!」
ようやく目を覚ましたらしいシャチの声が聞こえた。
これを狙った訳じゃねぇが、自分とウイの居るたんぽぽはどこよりも高い位置で咲いていて
クルー達からは見えない。
シャチに起こされたらしいペンギンとベポの驚く声が後に続いた。
「ウイ。そろそろ起きろ」
「…んー」
珍しくあっさり薄目をあけたウイは、それをまたすぐ閉じる。
「ウイ。寝過ぎだ」
「ん──これ、大丈夫なやつ」
流石だ。
流石すぎる。
何がどう大丈夫なのかは知らねぇが、睡眠を貪ろうと意味不明な言い訳をかますウイは本当に寝汚い。
睡眠に対して貪欲すぎる。
「キャプテン?それ喋ってんのウイ?」
「…あぁ。喋ってるがまだ寝てる」
口調こそ起きてる時と変わらねぇそれが寝言であった事に、シャチとペンギンは寝起き早々笑いこけた。
内容も口調も、まるで本当に起きたように聞こえるからタチが悪ぃ。
「ウイ!お前相当ネタにされてんぞ!!」
「…うん?」
騒がしさも相まってやっと目を擦りながら体を起こしたウイに、ネタの続きを期待したシャチとペンギンはあからさまに落胆していた。
「もう10時過ぎだ。出港するぞ」
「マジか。了解ー」
そう言って当たり前のように腕に手を絡めてくるウイは、シャンブルズで下に降りるつもりでいるんだろう。
普通に降りる以上に体力を使うそれを、当然のようにしてやる自分が情けねぇ。
だが欲されている事にも、それが普通と思われている事にも
労力以上の価値があった。
「やっべー。全然眠くねぇ」
「寝過ぎたよねー」
「じゃあアレだな。たまには朝まで飲み明かすか!!」
船を出港させてからというものの、夜中に差し掛かろうとする時刻に眠気を感じねぇこいつらは
敢えて寝ない選択をしたようだ。
ベポも夜中であろうと船をそのまま進めている。
「誰が一番強いか競争!強飲み対決!!」
「良いじゃん!キャプテンとベポも飲もうぜ!」
「それは構わねぇが。──自業自得のバカに二日酔いの薬はやんねぇからな」
節度を守れという意味を込めてそう言った。
だがこの様子では、こいつらに自制する気はなさそうだ。
「じゃあトランプで負けた人これ一気ね!」
ウイが持ってきたのはそれを一気飲みさせるのは結構酷だというサイズのコップ。
酒が強ぇのは知っている。
あのチェスの腕前なら大抵のトランプゲームも強ぇ筈。
だとしても、自分が飲む可能性もゼロじゃねぇってのに随分強気なもんだ。
ただふと、泥酔したウイを見てみたいと思った。
例えどんなに強くとも、ザルじゃねぇなら飲み続けりゃいつか必ず潰れる。
「一番手っ取り早く負け決まるのってババ抜き?」
「よし!配れ!!」
手際よく5つにカードを分配するウイ。
テーブルの上には敗者が飲む用とは別に各自がチェイサー代わりのシードルをスタンバイしていた。
中々の飲みたがりだ。
「全員まとめてぶっ潰す!」
「調子乗んなガキのクセに」
ウイの強気な発言にペンギンも負けじと噛みつく。
誰から潰れんだろうな、これは。
「あっはっは!ペンギン弱すぎでしょ!!」
ババ抜きが始まり一時間程経った頃。
最初は均等に使われていた敗者用のコップは、中盤以降ほぼペンギンの物と化していた。
その主な原因を作っているのは、このケタケタ笑い転げてるウイだ。
ペンギンからカードを引く位置に座るウイはペンギンの目線のクセを完全に読み切っている。
ペンギンがジョーカーを持っていれば、絶対それを引かねぇ。
端で見ていても丸分かりなそれを、特に指摘する事もなく偶然を装い他のカードばかり引いていくこの女は
クルー達から散々聞かされてはいたもののなるほど大分タチが悪ぃ。
「勘弁してくれよマジで!俺一番飲んでっからな!俺が酒弱ぇ訳じゃねぇからな!!」
「はいはい、ペンギンが一番負けてるから一番飲んでるねー」
癖が読まれている事に加え酔いも回っているだろうペンギンは正に、丸裸で完全武装した相手に挑んでいるようなもの。
負け惜しみに嫌味で返すウイの上機嫌ぶりと言ったらこの上ない。
ほぼ負けのねぇウイは序盤で1杯のみ罰ゲームでそれを飲み干したものの
チェイサーとして飲んでるシードルが三本目な時点で、それはもうほぼなかったようなもんだろう。
対するチェイサーの方が進まねぇペンギンは、罰ゲーム用のコップをもう既に10回以上煽っていた。