5-23










ちょっ…え?
















人間本当にパニックになると、思考は停止するらしい。
それを身をもって経験してる。


何が、起きた?


取り敢えず動かせる視線を上げたら、目。
目。

これは、ローの目だ。


目?
え?


その目が意地悪く細められると、唇からにゅるりと何かが侵入して来た。
咄嗟に引っ込めた舌がそれに捕まって


「んっ…んー!!や…ぁ!!」


ねぶられるように絡み付くそれに背中にぞわっとした何かが走る。





キ、キス
されてる…今。






慌ててそれから逃れようとしたけど、しっかり抱き締められてて身動きが取れない。
必死でもがこうとしてもローの体はびくともしなかった。


「んっ、ふ…」


もう逃れるどころか息をする事だけで精一杯で
口の中をやらしく這いずり回るローの舌に頭がぼぉっとしていく。

体が芯から熱くなって、くらくらして
それは立ってられない程だった。









どのくらいそうしてたんだろう。


朦朧とした意識の中で、その原因は最後にちゅって音を立てて舌を吸い上げると
私を解放した。

ぼんやり霞んで見える視界では、私とローの唇を銀の糸が繋いでて
それごとペロっと唇を舐められた。


「ご馳走さん」


優しい手に髪をすかれる。
ニヤって満足気に笑うこの人を、どうしたら良いかわからないくらい頭が働かない。

ただぼーっとした頭で、ローを見上げてた。






「なんだ物足りねぇのか」
「…なっ!違う!!そんなんじゃない!!」


変なこと言われたせいでやっと我に返る。
その勢いで強くローの胸を押したら、意外な程すんなりローの体が離れて行って
寧ろ反動でこっちがよろけた。

とにかく急いでローから離れて、口元を押さえる。









ちょっととんでもない事を…されたぞおい。


信じられなさすぎて、あれは本当に自分の身に起こった事なのかって、…驚愕、そう!驚愕してたら
後ろからくつくつ笑う声が聞こえて来た。


「な…に笑ってんの!!…もう本当に信じらんない…!!」


後ろ向いてるから顔は見えない。
でも肩震えてるしこれは絶対笑ってる。


本当に何考えてんだこの人。


未だにバクバク煩い心臓の音を感じながら、ローの背中を睨み付けた。




「なんだ嫌だったのか」
「いきなりあんな事されて嫌じゃない訳ないでしょ!!」


笑いを堪えながらそう言うローに文句をぶちまけた。


だって約束守ったのに。
あんな頑張ってしたのに、キス。


謝れって念を込めて睨んでるのに、そんな私を見下ろすローの顔はまだ何か笑ってる。
堪えてる風なのが更に腹立つ!!


「俺には…満更でもなさそうに見えたんだが」


なっ…!!












急に顔が熱くなって、今絶対顔真っ赤だって思った。
そう思われるようなリアクションしてたんだって思ったら、恥ずかし過ぎて文句が出てこない。

茹で蛸みたいな顔でパクパクしてる私を見て、顔を背けたローが肩を震わせてまたくつくつ笑い出した。












もうやだ。
穴掘って埋まりたい。








そもそも本当にローはどういうつもりなの。
もう突っ込みどころ多すぎて訳わかんない。

約束違反。
急過ぎる。
した事ないって言ってる相手にあのキスはないだろ。


悶々としながらローの様子を伺えば、何事もなかったかのように冷蔵庫からシードルを出してた。


私がこんな頭悩ませてるのにお酒ですか。
そうですか。


なんか、益々ローのことをどう思っているのか分からなくなった。
寧ろさっきまでよりややこしくなった気がする。

もう、本当に何がどうなってんのよ。


「いよっす!!さて飲み直すか!!」


そんなタイミングで、薄情に人を見捨てて出ていった皆が戻って来た。













彼らは理由を付けてリビングを出た後、示し合わせたかのように甲板で合流した。
そして当然のように丁度良さそうな窓を物色し出す。
その用途は勿論、覗きだ。

意外とどこも低い位置までは見えぬそれらの中で、比較的マシな窓に三人は集合する。
特に大声で話す状況でもなく、窓に隙間はない。
中では結構な大事件が起こっているだろうに、それが外からは伺い知れない。

ミーハー過ぎるペンギンは、上から覗けば見えるかもしれないと
ベポによじ登り伸ばせる限りの背筋を伸ばして二人が居るだろうテーブルの影を覗きこみ、そして固まる。
自分もとよじ登って来たシャチも同じものを目に留め動きを止めた。

二人は目を見合せ頷く。


キャプテンどうやら本気らしい。


言葉の不要な会話が、そこにはあった。




あの二人のむず痒くなるやりとりを覗くのは面白ぇ。
でも流石に、知り合い同士がヤッてんのを覗くのはアレだ。
そんな趣味はねぇし気まずい。


それはペンギンも同じだったらしく、ベポも重い重い煩ぇし覗きを中断した。
特にする事もなく船縁でダラダラ時間を潰す。


「やば、これ俺一人勝ちじゃん。ちゃんと払えよお前ら」


既に勝ったつもりのペンギンは大層機嫌が良かった。
飲まされ過ぎた酒も相まって鼻唄まで歌い出す。


「…お前、いつキャプテンが手ぇ出すか賭けた訳じゃねぇの忘れてね?」
「そうだよ!なんかつい出て来ちゃったけど、ウイ大丈夫かな…」


そう。
それだ。

あのままキャプテンが最後までやっちまったとして、それをウイがどう受け止めるかが分からねぇ。
アイツ恋愛方面からっきしっぽいし、どっかズレてるし。

普通ならキャプテンが女に振られなんて有り得ねぇけど、相手が相手だ。


「ウイこのぐらいの威力ねぇと意識すらしねぇんじゃねえの?荒療治だ、うん」


なるほど確かに。
そんな気もしなくはない。

でも──


「流石に無理矢理っつーのはちょっと…。まぁキャプテンもガチみてぇだし、状況によっては途中でやめるか」


あんなぞっこんなら、泣いて嫌がるウイに無理矢理突っ込むようなことはしねぇ…よな
多分。


「出ました!お兄ちゃん!!あそこまでやったら止まんなくね?普通。あー楽しみ。何買おう」


確かに…さっきの時点で結構際どいとこまでいってたような…。


楽天的過ぎるペンギンが勝ち金の使い道を考え出す中、最悪の展開を考えてしまう頭が痛んだ。
キャプテンの恋路を応援する気持ちはあっても、無理矢理は笑えねぇ。
ウイも同じ気持ちなのが前提にあって、進展する事を願ってる。

かといって、今止めに入れば俺がキャプテンに殺される。


やべぇ。
どうしようもねぇ状況過ぎる。


面白がった俺らが招いた状況とは言え、ウイが泣いてなければ良いと
そう思いながらリビングの明かりが漏れる窓を眺めた。



暫く甲板で時間を潰したせいで大分酔いも覚めてきた。
一番飲まされたペンギンも既にけろっとしてる。
ペンギンの酔いを冷まさせたのは夜風じゃねぇ気もすっけど。


窓に目をやると、そこにはウイが両手で顔を覆っている姿が見えた。
泣いてるんじゃねぇかと、一瞬ぞっとした。

だがどうもウイは、声は聞こえねぇもののいつもの調子で何かを喚いてる。


「お。終わったか?…早くね?」


それにペンギンも気付いたようで、腰掛けていた船縁から甲板へと足を降ろした。


「流石に…入りにくくね?」
「俺に任せろー!」


本っ当にこいつのこういう所は凄ぇと思う。
腐れ縁って言って問題ねぇ程ガキの頃から一緒にいっけど、気は合うがその思考は理解出来ねぇ事が多い。


同じくまともな思考回路を持つベポと顔を見合わせながら、スキップで船室の方に駆けていくペンギンの後に続いた。






「いよっす!!さて飲み直すか!!」


えー。
マジでしれっと入ったー。


呆れ過ぎて言葉を失った。

でもそれより気になるリビングの状況を伺えば、キッチンでシードルに口をつけているキャプテンとリビングで半分顔を覆ったまま何とも言えない表情をしているウイの姿が目に入る。

目があったキャプテンに思いっきり睨まれたけど、然り気無く目線を外してそれをかわした。
特にその後睨み続けて来る様子がねぇのも雰囲気を見ても、キャプテンは大分機嫌が良さそうだ。


「で?お前やっと女になったの」


どこのセクハラ親父だと突っ込みたくなる発言を#Name1#の肩をバシバシ叩きながらかますペンギンに、もう色々通り越して尊敬の念すら抱く。


「…っ何が!何が女だこの薄情者っ!!」
「そんな怒んなって」


顔を真っ赤にしたウイに胸ぐらを掴まれガクガク揺さぶられてるペンギンは、全くそれを気にせずへらへら笑っていた。


ハートが強すぎる。


「顔真っ赤。なに?キャプテンに気持ちいことでもしてもらったの?」
「なっ!!ちっ…!もぉやだぁ…」


へなへなと踞るウイの心境等全く気にしてないんだろうペンギンが、飲み直そうぜとウイにシードルの瓶を渡した。


「…す」
「え?なに?」
「全員纏めてぶっ潰す!!」


今夜はまだまだ荒れそうだ。




「飲めよ。飲め。負けたでしょペンギン。ほら」
「マジできつい…これマジでやばい」


ウイが全員ぶっ潰す宣言をしてキッチンから持ってきたのは琥珀色の一升瓶3本。
シードルとは比べ物にならないアルコール度数を誇るそれで、ウイは俺たちを潰すつもりらしい。

既に致死量を越えてる気のする酒をペンギンに飲ませたウイは空いたグラスに酒を注ぐと
置いてあったトランプを5枚、テーブルに投げた。


「一番弱い数字の人、これ一気ね」


ゲーム性もクソもない飲ませる相手を決めるだけの儀式は、もうかれこれ何度目だろう。
この運しかねぇゲームではまんべんなく全員が飲んでる。

既に一升瓶は一本あいていた。


顔色は変わらねぇけど、ウイも今まで見たことねぇぐらい酔ってる気がする。
口調がいつもの数倍荒い。


「いっせーのせっ!…わぁ!またペンギン!はい!どうぞ一気」
「マジで休憩!一旦休憩!!」
「は?負けたんだろ飲めよ」


不運としか言い様がない。
なぜか2や3ばかり引くペンギンは、そろそろ本気で潰れそうだ。

口調だけにとどまらず表情にも怒りが漲っている気のするウイは、なんだかんだではしゃいでるように見える。
何があったかは知らねぇけど、落ち込むような事ではなかったらしいそれに取り合えず安心した。


「お前イカサマやってんだろ絶対!なんで俺ばっかり!!」
「自分の運のなさを人のせいにすんな。バーカバーカ!ペンギンのバーカ!!」


ようやっと酒を飲みきったペンギンのグラスに、即座に酒が注がれた。
これは立派なアルハラだ。


「ペンギンはもう終わったなこれ。だらしない。ねぇロー、じゃんけんしよう」
「一騎討ちか」


次の標的を決めたらしいウイがグラス片手にキャプテンに勝負を吹っ掛ける。
解放されたペンギンがソファーに沈んだ。


哀れペンギン。
でも自業自得だ。

お前調子乗りすぎ。







結局何勝負かして勝って負けてをお互い繰り返しても、キャプテンは何てことないようにグラスを空ける。
それに腹を立てたウイは俺とベポに標的を変えてきた。

本気でやめて欲しいけど、二人の関係性がそれまでと変わっていないことにほっと息をつく。


まあ、たまにはこんなのも良いか。






destruct at reality.