5-24
瞑っていても感じる明るさと、頭痛で目が覚めた。
昨晩というか、もはや今朝。
あのままソファーで眠ってしまっていたらしいことに気付いて辺りを見渡す。
時計を見ればまだ8時。
知らぬ間に寝落ちしたとはいえ、そこまで時間は経ってねぇようだ。
同じくソファーで倒れるように寝ているクルー達は寝ゲロの粗相をしていることはないようだが
これはちょっとした地獄絵図。
中々に酷ぇ。
だがその中にウイの姿がない。
部屋へ戻ったんだろうか。
立ち上がった事で更に痛む頭を無視して2階に上がっても、そこに#Name1#は居なかった。
何となく、どこに居るかの検討が付いてその場所へと足を向ける。
前もアイツはそこに居た。
今もきっと、そうだろうと思った。
あの時とは違って、外からではなく最短でその場所に向かえば
思った通りウイはそこに居た。
いつかと同じようにリクライニングソファーに腰掛け、あろうことかまだ酒を飲んでいる。
「おい。程々にしとけ」
「あれ?起きた?」
そう答えながら早速グラスに口をつけるウイに眉を寄せつつも隣に腰を降ろせば
ウイは肩をわざとらしい程にびくりと震わせ距離をとった。
「…何もしねぇよ」
「あ、ほんと?…びっくりしたー」
なら良いやと再びグラスを傾けるウイに、そんな気はねぇにせよ何でも鵜呑みにし過ぎるこいつはどうなんだろうと眉根が寄る。
理解しかねるその思考に至ったヒントを探ろうと顔を覗きこむと、その目はどこか微睡んでいた。
俺の知る範囲であれだけ飲んでおいて、更にまだ飲み続けてれば
それはすっかり出来上がりもするだろう。
「いっぱい飲んだねー」
「飲ませたのは基本お前だけどな」
えへへ、と笑うその顔は嬉しそうで
散々飲ませたせいで気が済んだのか、そこにブラックな面影はもうない。
あれはあれである意味面白かった。
「ローもダメだよ?お酒飲んだからって手当たり次第にがっついちゃ」
そういうのは島についてからにしなさいと、母親ぶったかのような物言いのウイにため息も出る。
この期に及んでそうなるのか。
アレは全く伝わってねぇのか、こいつには。
「酔ってやった事じゃねぇ」
「嘘だー。良いよ気にしなくて。そゆことにしといてあげるから」
どういう事にされたんだ一体。
口調にしても大分キてる気はしてた。
どんなツラでそれを言ってんのか拝もうとそっちに目を向ければ、ゆらゆら頭が振れてる。
これはそろそろ無理矢理にでも酒を取り上げるべきか。
「なかったことにしたげるから、もうダメだからね?」
なかった事にされるのも頷なければ、酔った勢いにされてんのも不服だ。
アレをどう捉えればその結果に至るのか。
本気でため息が出た。
そんなことを考えている間に、ウイのグラスが空く。
そろそろ寝よっかなとソファーから立ち上がろうとするその腕を掴んだ。
「お前が何を勘違いしてんのかは知らねぇが、なかった事にして"頂かなくて"結構だ」
「わ…、忘れてよもう!」
昨日の事を思い出したのか、ウイの頬が染まる。
「忘れねぇ。だからお前も覚えてろ」
念を押すようにそれだけ伝えて、先にサンルームを後にした。
今ここで何を言っても伝わんねぇんだろうし
何よりここまで泥酔してんなら覚えてるのかも謎だ。
他に何か、手を考える必要がある。
この鈍過ぎるバカ女に伝わる何かを。
一人サンルームに取り残されたウイは、ローの姿が見えなくなると肩の力を抜き
ため息と共に一人呟いた。
「ほんとなんなの、もう…」
ローもローなりに伝えたつもりなのだろうが、彼は肝心な言葉を伝えていない。
ウイが鈍いのもズレているのも事実であろうが
彼女は恋愛も男心もよく理解していない上に、出会って既に様々な事件を乗り越えた割には共に過ごした時間は圧倒的に短い。
どっちもどっち。
言ってしまえばそうなるだろう。
結局その後、フリーウィング号で人が動き出したのは昼過ぎ。
起きはしたものの、ローを除く全員が激しい二日酔いに苦しんだ。
「言ったよな、自業自得に薬はやらねぇと」
頭痛と吐き気に苦しむ彼らに、ローは無情にも吐き捨てる。
しかしそれをあんまりだと批難する事も出来ずにソファーに沈むウイにだけ
こっそり薬を渡していたとか、いなかったとか。
「絶対出歩くんじゃねぇぞ。不審な奴が近付いてくるようなら、構わず船を出せ」
「はいはいはーい」
「俺が付いてるから安心して行ってきて!」
不貞腐れるウイと護衛要員としてベポを残し、岩影に停めた船を後にする。
アオイが仕入れた情報によれば
既に世間にはフリーウィング号やウィングカンパニーのことに加え、ルンルンバースからログを辿って移動していることまで知られてしまっているようだった。
スモールランドの次の島、セントローズは栄えた島で
尚且つ規模のデカイ海軍支部がある。
このままログを辿ってもリスクは増える一方。
経路を変えウォーターセブンと同じ方角にある島を目指す事にした。
情報収集と必要な物資の供給を済ませたらすぐに船を出す。
船も港ではなく目につきにくい岩影に停泊させた。
護衛としてベポを選んだのは、普段のほほんとしている割に自分の次に腕が立つのを見込んでのこと。
仲の良い二人は留守番とは言え、楽しくやってんだろう。
滞在時間を極力減らすため、シャチとペンギンは補給、自分はエターナルポースの入手
二手に別れそれぞれ情報収集を行った後に昼に酒場に集合することにした。
「らっしゃい!」
航海に必要な物を取り揃える店で威勢の良い店主に迎えられる。
貴重なものでもあるエターナルポースはカウンターの中にズラリと並んでいた。
さすが栄えているだけある。
品揃えが豊富だ。
「ウォーターセブンの方角にある、あまり栄えてねぇ島のログポースを探してる」
「栄えてなくて良いのか?だったら安いよ」
「生憎首を狙われててな。ここみてぇにデカい島だと色々と面倒だ」
「お、兄ちゃん海賊かい?良いねぇ!」
何が良いのか知らねぇが、そこを気にするのはやめた。
いくつか出されたログポースの指す島の特徴と距離を聞き、丁度良さそうなものを購入する。
「そういや…ロレイシル・ウイって女を知ってるか。最近10億で手配された若い女だ」
「あ?兄ちゃんも狙ってんのか?最近は皆そればっかりだ」
情報が回るのがやけに早ぇ時点でそうだろうとは思ったが、ウイを狙う賞金稼ぎは多いらしい。
額に対して圧倒的に本体のリスクが低いこの手配は、確かに魅力的だろう。
結局そこで目新しい情報は手に入らず、先に待ち合わせの酒場で待つことにした。
待ち合わせ場所にしたのは割と値の張る酒場。
一攫千金を目当てに大勢の人間がウイを狙って動く中、気を付ける必要があるのは格上。
手練れは戦闘能力と比例して金を持っていることが多い。
近場にいるそういった連中の把握の為にも、集合場所もここを選んだ。
酒場は昼時という事もあり賑わっていた。
頼んだ酒が値段の割に大した事もねぇ事に加えて、そこかしこで話題に上がるウイが首に懸けられた金以外でネタにされる事に腹が立つ。
金を持ってようが要は海賊。
若い女がそういうネタにされんのは想像も易い事だが、相手がウイと言うだけでこうも苛立つものなのか。
ここで目立つ訳にもいかねぇ。
怒りを噛み殺し客達の声に耳を傾けた。
聞こえてくる会話もその身のこなしや気配も、大した事ねぇヤツしかいねぇ。
この程度ならシャチ1人でも余裕だな。
取り合えず脅威になりそうな相手がここには居ない事にほっと息をつく。
他に何か有益な情報はねぇか、引き続き辺りの声に集中した。
「昼間から酒とは。これだから海賊は羨ましい」
背後から聞こえた声に顔を上げると、そこには一番見たくねぇなりの中年の男がこっちを見下ろしていた。
「俺はてめぇらに用はねぇ。切り刻まれなくなきゃ失せろ」
「お前は用がなくともこちらはある。急ぐなら首だけ置いていってくれても構わんぞ」
…そういう事か。
ウイのことばかりに気を取られて、自分も狙われている事が頭から抜けていた。
即座にルームを展開し数を確認すれば、店の外に結構な数の海兵。
だが数は関係ねぇ。
問題なのは声をかけて来たこの男。
どれ程のもんかは知らねぇが腕が立つことは確かだ。
盗み聞きに気を取られていたとは言え、背後を取られたのに全く気付かなかった。
ならば一先ず、人質がわりにこいつの心臓を貰っておくか。
「──メス」
「おっと」
隙を付いたつもりがかわされた。
偶然か?
振りかぶった覚えも気取られるような行動をした覚えもねぇ。
「調子に乗るな若造が。ワシの前に現れた自分の不運を呪うんだな」
「──シャンブルズ」
イケ好かねぇジジイだが、デカイ口叩くだけの事はありそうだ。
まず外の連中を片付けるか。
話になんねぇヤツらでも、残しておくと面倒くせぇ。
急に現れた俺目掛けて一斉に発砲される銃弾。
こんな民間人の多い通りで派手にぶっぱなすとは、背中の正義の文字を疑う。
「──タクト」
放たれた銃弾はその瞬間、宙に止まりそれぞれが発射元へと戻り海兵達を沈めた。
こんな雑魚共よりも問題なのは、店の中から余裕かましてこっちを眺めるあのジジイ。
「さすが8000万ベリー。なかなかやるな」
部下がやられたというのに、動じねぇどころか笑ってやがるこの男はどうなんだ。
これだから海軍は嫌いだ。
「とでも言うと思ったか?調子に乗った小物海賊ごとき、ワシが出るまでもない。ロイ、逃がすでないぞ」
「はっ!」
ジジイの側に控えていた若い男が店から出て来た。
さっき纏めて片付けた連中程雑魚じゃねぇ気配に、刀を抜き構える。
「トラファルガー・ロー!医者として大人しく生きていれば良かったものを!」
腰に刺した剣を抜き、駆けてくるこの男の名はロイと言うらしい。
ガキィィンっ!!
受け止めた一撃が、刀の柄に伝える重みは想像以上。
太刀筋も直前まで読ませねぇ。
こいつとは剣技で戦わない方が良い。
「──シャンブルズ」
「ちっ!」
ロイの後方へ回り込み距離を取る。
この距離であればあっちの剣は届かない。
「──アンピュテート」
振るう刀の延長線上に立つその男を、切り刻んだ筈だった。
だが目の前には微塵も想定してねぇ光景が広がる。
そこにはいつの間にか、あのいけ好かねえジジィが平然と立っていた。
「お前の能力は確かに特殊で有能だ。ただ、それを使うお前自身が未熟すぎる」
それはどこかで誰かに言った気のする台詞。
我が身に返ってきた愚弄の言葉より、知らぬ間に割って入られた事よりも
このジジイが刻まれねぇ衝撃がデカ過ぎる。
どうなってんだ。
丁度ジジィの先に、シャチとペンギンが走ってくる姿が見えた。
若い方は二人に任せよう。
「試してみろよジジイ。俺が未熟なのか、お前が熟れすぎて腐ってんのかを!!」
「青いな。相手の力量も測れないとは」
刀を構え駆け出した。
俺はこんなジジイなんぞに負けねぇ。