5-26
「じゃあメルビス中将、…こいつらの首には金なんて一銭もかかっちゃいねぇ。こいつらの方は見逃してくれ」
「何言ってるんだよキャプテン!!」
臨戦体勢に入るベポの手にエレクトロが纏っているのが見てとれた。
無理だ。
それでもこの男には敵わねぇ。
「賞金首じゃなければ許されるとでも?海賊を名乗った以上、首に値打ちがあろうとなかろうと同罪だ」
「…!シャチ!ベポ!どうにかペンギンを連れて逃げろ!!」
命令を聞かずに悔しそうに顔を歪ませたベポがロイに飛びかかる。
シャチはその隙にペンギンの元へと走った。
「させん!」
メルビスがその無駄足掻きを止めようと刀に手をかけたその時
パンパーンッ!!
辺りに銃声が響き渡った。
その方角に目を向け、空に向けて発泡されたらしいそれを撃った人物を視界に捕らえて
唖然とする。
なんでお前まで、ここにいる。
「動かないで、全員」
ビリリと肌が震えた。
あまり声量のない筈のその声は、割と離れた距離にいるここまではっきり届いた。
空に掲げた拳銃を降ろしたその人物、ウイはそのままこっちへ歩いてくる。
拳銃を握っているのと逆の手には、最初に片付けた海兵が振り回して気のする剣が握られていた。
これが噂の例の力か。
海楼石のせいとも違う気のする、体がびしりと硬直する妙な感覚。
これを感じるのは他の連中も同じようで、誰一人身動き一つしなかった。
ゆっくりと歩いて来たウイが、メルビスと俺を繋ぐ丁度中間地点で足を止める。
何も言わずただ俺を見るウイの顔は、悲しそうに歪んでいた。
その顔がふと微笑んだ後
ウイは自分の首に剣を突きつけ、メルビスの方へと向き直った。
「私はロレイシル・ウイ。ご存知かしら、中将さん」
そう話すウイにメルビスは目線を向ける。
やめろ。
やめてくれ。
海軍相手にわざわざ名乗るウイに、首に剣先を押し付け立つその姿に
これからこいつが何をしようとしているのかが、分かってしまった。
「動けないふりとか、いらない」
「珍しい…覇気か?一瞬は捕らわれたことは事実だ」
メルビスはそう言うなり体をほぐすように肩を回した。
覇気?
こっちは未だ体が言うことを聞かねぇってのに、同じ状況下にいるらしいメルビスになぜこれが通じねぇのか。
「へぇ、まぁ良いわ。…ローの手錠の鍵が欲しい」
「ほぉ。今話題のロレイシルが、こんな小物海賊とどういった関係だ?」
「質問してるのはこっち。好き勝手喋るなら今すぐこの首、切り落とすけど」
ウイの首に触れる刃が、その首筋に赤い線を引いた。
「待て。こいつらは海賊だ。ここで逃がせばその先には、数多もの善良な民衆に災いと脅威を与える。正義を背負う者として、それは聞けん」
「じゃあ私今からここでこの首切り落とすけど、良いのね」
それにメルビスの眉が寄る。
この男が何かしらの感情を表に出すのは初めてだ。
それほどにウイは、海軍サイドでは蔑ろにしてはまずい存在なんだろう。
10億だ。
それも当然か。
「海賊へ肩入れするならば、手配とは別にそれなりの裁きは受けて貰うぞ」
「捕まった後も、私そんな些細な事を気にできるような素敵な生活が待ってるの。それは楽しみだわ」
メルビスにこの不思議な力が効かない以上、ウイもまたこの男からは逃げ切れやしねぇ。
既に動いている最悪の事態への歯車を、眺めることしかできねぇ不甲斐なさに奥歯を噛み締める。
「これが最後よ。…誰かは知らないけど、生きた私を望んでる大金出しちゃうお偉い様がいるんでしょ?──皆を解放して。そして決して追わないで。そうしてくれるなら私は、あなたに着いていく」
やめろ。
んなこと言うんじゃねぇ。
「そうじゃないなら、今ここでこの首を切り落とす」
ウイの首に触れる刃が更にそこへと食い込んだ。
赤い線は重力に従って首筋を伝い、襟元を赤く染めていく。
いつか着けた紅い跡がそこにもうない事が、更に虚無感を増させた。
もうウイは自分のものではないと
それを突きつけられているような気分になった。
「鍵を、あの白熊の方へ投げなさい」
ウイに言われるがままに、メルビスが不服そうに鍵をベポの方へと投げる。
「…手錠は船に戻ってから解いて。ベポ、シャチ。──ローとペンギンを連れて、船に戻って」
ウイの言葉を助けるように、体から緊張が解けた。
「お前ふざけんな。どういうつもりだ」
そっちは消え失せても、海籠石のせいでまともに力が入らねぇ。
それをどうにか起こし、ウイを睨み付けた。
「ウイもだよ!一緒に戻ろう!!」
「お前置いてける訳ねぇだろうが!!」
鍵を拾ったベポと、ペンギンを抱えたシャチが叫ぶ。
「約束は守らなきゃ。ベポ、早くローを連れてって」
こんな相手に約束を守る必要なんてねぇ。
だがしそれを違えれば、メルビスはウイも俺たちもまとめて捕まえる事が出来てしまう。
今あのジジイがそれを出来ねぇのは、ウイの命をもって脅迫されているから。
それが狂言ではなく本気だろう事を、あっちも分かっているから。
させたくねぇ、こんな真似。
今度こそ俺が守ると
そう誓ったんだ。
「いい加減にしろ。…本当に許さねぇぞ。お前をこいつらに渡せる訳ねぇだろうが!!」
絶望的な状況で、打つ手がねぇとしても
だとしてもそれを受け入れらんねぇ。
惚れた女の犠牲の上で救われる等、耐えられる気がしねぇ。
「ベポ、構わねえ。錠を外せ俺がやる」
「その傷で?傷がなくても勝てる?この人に」
メルビスに視線を向けてたままそう話すウイ声は冷静で。
その内容も容赦ねぇ無情な事実。
「ロー。これリアルチェスだね。…私今ここで一番便利だからクイーンだ」
何の話だ。
どこか笑っている気のする声に苛立つ。
今はそんな状況じゃねぇ。
「わかんないなら、この前は引き分けたけどチェスはやっぱり私の方が強いみたいだね」
駆け寄ってきたベポが、錠を外さぬまま俺を担ぎ上げた。
「クイーンが取られても、負けない道ってあるでしょ。ここでの勝ちってこの人達を倒すことじゃなくない?…皆死なない事だよ」
わかってる。
わかってるそんなことは。
わかってても、感情が着いて来ねぇ事くらい
俺にだってあんだよ。
「言うこと聞いてくれないならそれはそれで、私この首切り落とすしか…ないな勝つには。絶対負けたくないし」
「ふざけた事抜かしてンじゃねぇ!!」
この脅しが海軍だけじゃなく皆にも効果覿面だって知ってる。
相変わらず人の話なんて聞く気のなさそうな怒り狂ってるローを、ベポが担ぎ上げる。
「てめぇ!ベポも何やってんだ!!おろせ!!」
「ごめんキャプテン…ごめん…っ」
ローもベポも、表し方は違うけど
どっちも本当に優しい。
「シャチ、ベポ。ごめんね、ありがとう。フリーウィングのことよろしくね」
シャチとベポには本当に申し訳ない。
嫌な役回りをさせてしまった。
でもせめて、少しでも二人の気が軽くなったらって
そう思って笑ったの。
思い出してくれるのは、笑った顔の方が嬉しいし。
それに何も答えず、唇を噛みしめた二人が走り出す。
ローは最後までベポの上で暴れてた。
私の望みを叶えてくれた二人に感謝してる。
勝ち目がないの、ローだって解ってただろうに
それでも最後まで駄々こねてくれたのも嬉しかった。
「もう良いだろう。追うこともしない。剣をおろせ」
もうその後ろ姿すら見えなくなったのを確認して、剣をおろした。
今になって初めて首の傷が痛み出す。
「捕らえろ!!」
ここまで来て抵抗するつもりなんてないのに、駆けよって来た海兵達が私の両腕を掴み手錠をかけた。
このメルビスとかいうらしい中将さん。
ここまで来て今から皆を追うとかはしないと思うし、例え追い掛けてももう間に合わない筈。
皆は逃げ切った。
本当に、良かった。
なんだかメルビスがでんでん虫で報告みたいな事をしてて、きっと私の話だろうなって思って
これからどうなっちゃうんだろうって少し怖い。
でも言われた通り沖で1人帰ってこない皆を待ってる時間だとか
新聞とかで皆が捕まったことを知るとか
それより全然マシだって思った。
大好きな人達を守れた。
皆は最後まで私のことを大事に思ってくれてた。
それだけで十分だ。
ありがとう。
そして、さよなら。
太陽を受けてキラキラ輝く海に向けて、それを思った。
「いい加減…食べてくれないか?」
返事どころか、こちらに視線を向けることすらなく窓から海を眺めてる。
あれからずっとこの調子だ。
半刻程前に持ってきた食事はそのままで、まるで手をつけた様子はない。
ロレイシル・ウイ。
オンリーアライブの10億ベリーで手配されていた彼女は、どこからどうみても普通の女の子だった。
メルビス中将は彼女の手配理由を知っているらしいが、それはトップシークレットらしくまだ自分は教えて貰えていない。
あの後、海軍支部へ寄ってから彼女を護送すると、船は出発した。
行先はマリージョア。
マリージョアと言えば、天竜人だとか世界政府だとか…そんな印象しかない。
彼女の手配理由はそれと何か関わりがあるのだろうか。
「ロイ、お前があの娘の世話役だ」
出航前メルビス中将に命じられた時には、この少女にここまで手を焼かされるとは思わなかった。
第一印象は、綺麗だと思ったんだ。
容姿はどちらかと言えば、それより可愛いがしっくり来る。
海賊を庇って捕まるなんてどうかしてるけど、でも彼らを守り立ち塞がった姿は凛としていて。
あれは紛れもなく"綺麗"だった。
彼女が走り去る彼らを見届けた時の、何とも言えないあの笑顔が未だに目に焼き付いて離れない。
自分にもあんな顔をしてくれやしないかと、初めて彼女の部屋の扉を叩いた時はそんな期待に胸が膨らんだ。
特に戦闘能力もないらしい彼女は、これが賞金首の護送かと疑う程の厚待遇。
シャワーとトイレ、ベッドにソファーと上等な客室を宛がわれている彼女が手配された理由は
やはり普通のそれとは違うんだろう。
扉の前に見張りが常駐してはいるものの、部屋の中での行動も特に制限はない。
「自分で食べないなら、口に無理矢理つっこみますよ」
だと言うのに、彼女は部屋で窓の外を眺める事しかしない。
相変わらず何を言っても無反応だ。
抵抗する訳でも文句を言う訳でもなく、表情すら変えず一言も話さない。
寧ろ微動だにしない。
食事には一切手をつけず、水すらも飲んでくれない。
もう3日だ。
そろそろ何かを口にして貰わないと体が持たない。
これには本気で頭を悩ませられた。