5-27




「少し、話でもしないか?」


心を開いて貰おうと彼女に声をかけるものの、依然として無視は続く。


当たり前か。
捕まえられてる相手と話など、したい訳ないか。

それに海賊とは言え、自分を犠牲にしてまで助けたかっただろう大切な相手を
大怪我させた上に離れ離れに引き裂いた。


心を開いてくれなくても、あの笑顔を向けてくれなくても良いから
せめて食事か、水だけでも口にして欲しい。

オンリーアライブの手配人を生きた状態で捕えておいて、それを護送中に死なせることなどあってはならない。


「前も話したけど…僕はロイ。階級は中佐、年は20歳」


全く聞いているようには見えなかったけど、このままなにもしないよりはマシだろうと
彼女の座るソファーの向かい側に腰かけた。


「サウスブルーの出身なんだ。2年前にグランドラインの配属になった」


好きでやっている事とは言え、全く反応のない相手に話し続けるのは心が折れる。
でも何もしなければ変わらないと、詰まりそうになる言葉を必死で紡ぎ続けた。


「故郷には両親と犬が一匹いて、元気に暮らしてる。…妹がいたけど、幼い頃に亡くなってしまった」


ずっと背けられたままだった顔がこっちを向く。
じっと見つめられた後また海へと視線を戻してしまったけれど
彼女が反応を見せたのはこれが初めてだった。


「妹がいるの?似てる?キミも可愛いから、きっと可愛いんだろうね」


反応のあった妹の話題にしがみつく。
お世辞ではなく事実だけど、容姿を褒められて嫌な女の子はいないんじゃないかと
必死で会話を広げようとした。

けどその後も、彼女が俺の言葉に応えてくれる事はなかった。


ただ自分のことを話続けて30分。
今日はもう無理かと諦めたものの、何かこれまでと違う事をしなければと
部屋に備え付けてあるティーセットで暖かい紅茶を入れて、持ってきた時と寸分も変わらない食事のトレーを持って部屋を出た。


「また食わねぇのか?」


見張りの兵士がそれを覗き混み呆れたように口にする。
頷いて食堂へと戻ろうとすると、見張りがそういえばと口を開いた。


「このままなら明日にも点滴だって、言ってたな」


流石にそうなるか。


それが純粋な感想。
でもそうなった時
あの子はどう思って、どんな反応をするんだろうってそれが気になった。




夕食も、次の日の朝食も
彼女は依然として手をつけなかった。
夜はベッドで横になっているようだが、今日も彼女はソファーに座り海を眺めている。

心なしか顔色も悪く頬もこけて来た。
これは本当に、点滴で水分と栄養を体に入れないとまずい気がする。


「お願いだから、少しで良い。食べよう?」


予想した反応ではあったが、彼女は微動だにしてくれない。


「キミがこれ以上何も口にしないと、無理矢理でも点滴をされる。…嫌じゃないか?キミにとって信用ならない僕らにそれをされるのは」


聞いたことがある。
特殊体質が理由で生け捕りの手配をかけられた者を、人体実験したって。

噂くらいなら、手配された側の彼女も聞いたことがあるんじゃないかと思った。


手配理由は僕も知らないし、今回のそれは本当に治療。
だとしても嫌でしかない筈なのに、それでも彼女は動かない。


「…恨まないでくれよ。キミを死なせる訳にはいかないんだ」


仕方ないと、部屋の外に待機していた医療班を呼んだ。

点滴の針が刺される時ですら無反応。
でもそれより、捲りあげられた腕の細さに驚いた。


あの時結構な重さの剣を喉元に突きつけていたのが、この腕とは思えない。


処置が終わるのを見届けて、医療班と一緒に部屋を後にした。





あれはせめてもの反抗なんだろうか。
それとも…ショックで精神を病んでしまったのか。


確実に普通ではない彼女の様子に、もう何度目になるかわからないため息が漏れた。


その後昼食を持って彼女の部屋を訪れた時、目の前に広がる光景に唖然とした。
自分で引き抜いたのか、ソファーの脇には乾燥して黒ずんだ血液のついた針から流れ出る水が床を濡らしている。
当の本人はいつも通り平然と海を眺めていた。


「本当に!死んでしまう!!」


強い口調でそれを言い、肩を掴み揺さぶれば
だから何だとでも言いたげな目がこちらを見つめていた。


僕なんかの死なないで欲しいという言葉は、この子に何の価値もないんだと
この時それを思い知った。


医療班にそれを報告すると、彼らは新しい点滴と拘束具を手に部屋へとやって来る。
彼女は抜去防止の為、両手足をベッドの柵に固定され再び点滴を繋がれた。


僕がこれを思うのもなんだと思うけど
せめて少しでも…この子が笑えるように生きて欲しいと
そう思った。



両手足をベッド柵に拘束されている彼女は、自分で食事を食べられない。
でも食べる意思さえ示してくれれば解放してあげられる。


「ねぇ、窮屈だろうし嫌だろこんなの。食べてくれさえすればこんな手荒なこと、僕だってしたくないんだ」


寝ているのか、それとも無視か。

針を引き抜いたという事は点滴は嫌なんだろうけど
身動きも出来ないこの状況の方が嫌じゃないか?普通。


「キミは一体…何がしたいの」


そっと目を閉じる彼女の前髪を払うように手を伸ばせば、その体はびくりと震え目をあけた。
でも開かれた瞳にはなんの感情も感じられない。

驚いて手を止めたせいでかかったままだった髪を、今度こそ払ってあげようと手を伸ばせば


「やっ」


辛うじて自由の利く顔を背け、久しぶりな気のする声を聞けた。
触るなと睨み付け感情を露にするその様子に、精神を病んでしまった訳ではないことを知りほっと息つく。


「ねぇ、どうして何も食べないの?…まさか本当に死ぬつもり?」


身動きの取れない彼女の顔の脇に両手をつき跨ぐようにベッドに上がれば
わかりやすい程にその瞳が動揺で揺れる。


「勝手だって解ってる。…けど、僕は海兵とかそんな立場を無視したとしても。キミを死なせたくない」


嘘はない。
責任や義務がなかったとしても、この子に生きて欲しいとそう思う。


持ってきたトレーから水の入ったコップを手に取り口に含むと、そのまま口付けた。


「んーっ……!!」


暴れ踠こうとしているんだろうけど、ベッド柵に拘束された体はそれを出来ない。
それはガシャガシャと激しく音を立てた。
ごくりと水を飲む振動を唇から感じて、更に飲ませようともう一度コップを手に取る。


ベッド柵は相変わらず喧しい音を立てて、潤む目に射殺されんばかりに睨まれてるけど
あれだけ飲まず食わずの体が、こんな点滴だけで事足りる気がしない。


拒もうと逃げる顎を捕えて、再び口付けた。




水を飲み込めばすぐに解放されることを学んだらしい彼女は、今回はすぐにそれを実行した。

でもあまりにそれが早くて、名残惜しくて
もっとこうしていたいと思う気持ちがつい前に出る。


「んっ…や、だ…っ!!」


ほんのり甘い気のするそこを味わうのに夢中になっていれば、そんなつもりはなかった筈が
続くものを身体が欲した。

布団をまくりあげ胸の膨らみへと手が伸びる。
包むように揉みしだき徐々に中心へと引き寄せられる指がそこへ到達するより早く


「っつ!」


その甘さを味わっていた舌に鋭い傷みが走った。
同時に感じた鉄の味が、噛みついて拒絶された事を知らせてくる。

痛みよりも
唇を噛み締めながら涙を流す彼女の姿の方が、自分を苛なませた。


何をしてるんだ、僕は。


「ご、ごめん!!食べてくれるなら!もうしない!」


ぼろぼろと溢れる涙に慌てた。

泣き止ませようと必死で、その為じゃない理由でそうしてしまったのに
そのせいにしたくて、両手足の拘束を解いた。

直ぐ様サイドテーブルに置かれたコップの水を一気飲みして、布団を被ってしまった彼女に
どうすれば良いのか頭が着いて来ない。


「ねえ、スープだけでも…」


水だけでも口にしてくれたことはありがたい。
でもこの流れで食事もとって貰えるなら尚ありがたい。

軽蔑されただろうか。
人としても軍人としても、あるまじき事をしてしまった後悔が今更押し寄せてきて慌ててる。

でもそんな事より、彼女が被った布団は震えていて
耳を澄ませればしゃくりを上げる声まで聞こえてきた。


「ご、ごめん!本当に!…ごめん!」


後先考えず布団を捲りあげると、顔が手で覆い隠された。
顔は見えなくても、震える肩と抑えきれない声が
本格的に彼女が泣いてる事を知らしめて来る。


「ごめん。もうしない。…本当にごめんね」


もう何が正解なのかわからなくて
でも放っておけなくて、でも泣き止んで欲しくて。
咄嗟に震える体を抱き締めた。

それに身を硬くしたのを感じたのも束の間、抵抗されるかと予想したのとは裏腹に
彼女はわんわん声を上げて泣き出す。


その理由は、さっきの自分の失態だけではない気がした。
軍服を掴む手が何かに縋りたくてそうしているように思えて
背をあやすように叩き優しく抱き締めた。


昔、妹にそうしたように。





暫く泣き続けた彼女が大人しくなってその顔を覗き込めば、泣き疲れたのかすやすや寝息を立て眠っていた。

結局食事の方はとってもらえなかったけど、あれだけ泣けば溜め込んでいたものも少しは吐き出せたんじゃないかって思えた。
溜め込ませるものを作ったのは自分達だと理解はしているんだけど。


ずっとこうしていてはまた良からぬ事をしてしまいそうで、名残惜しい気はしたもののその体をベッドへ寝させて部屋を後にした。
何とも言えない気持ちはその後もずっと付きまとった。






「おはよう。よく眠れた?」


翌朝朝食を運びに部屋を訪れると、腕に点滴を繋いだままの彼女がソファーで海を眺めてた。
相変わらず無反応だったけど、点滴を外さずにいてくれたのがなんだか嬉しかった。


「食べて…くれる?」


ギロリと、音が聞こえるんじゃないかと思う程睨まれる。


確かに調子良すぎたかもしれないし、嫌われてしまったのかもしれないけど
人形みたいなこれまでよりそれはマシに思えた。

実際、水を少し飲んでくれてる所を見ても
悪くない方向に変化が見られてそこに救われる。


「あたたかい紅茶でも入れようか?」


食べ物が嫌なら飲み物を。
冷たい水より暖まる物を。


やはり返事はしてくれないらしい彼女にため息を付きつつもティーセットを準備した。

ここにある茶葉だけでも色々種類がある。
レモンティーにミルクティー、砂糖はいるだろうか。

少しでも口にして貰いたくて、そう考え出しても好みなんて知る訳なくて
でも昨日のように適当には済ませたくない紅茶の準備に頭を悩ませる。


「──アールグレイ」


聞き間違いだろうか。
振り返ってもさっきとなんら変わらない光景。

空耳だとしても自分では決められない。
アールグレイのティーパックをあけ、それに熱いお湯を注いだ。


「砂糖とか…いるかな?」
「…いらない」


空耳では、なさそうだ。


にやけそうになる顔を押し込めて運んだ紅茶に、早速口が付けられる。


やってしまったと絶望していたからか
懐かない猫がすり寄ってきたような感じなのか
ただ淹れた紅茶を飲んで貰えただけで死ぬほど嬉しかった。


「これあんまり美味しくない」


不満そうな顔でも彼女はそれを全部飲んでくれて
それがまた嬉しかった。





destruct at reality.