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『──もしもし?』
「俺だ」


でんでん虫を受信したブラーヴェのギルドマスターソニアは、どこか困惑した口調で応じた。


『私"俺"って知り合いは居ないんだけど』
「…ローだ。トラファルガー・ロー!!」
『分かってるわよ』


こういう些細な所にも腹が立つ。
今はそれどころじゃねぇってのに。


『何か用?ウイは?あの子落ち込んでない?』
「アイツが海軍に捕まった」


ソニアは言葉を発しなかった。
息を飲む音が、聞こえた気がした。


「悪ぃ。俺たちの責任だ」


一言で済ませた報告は衝撃的過ぎる内容だ。

ショック受けてるとこ悪ぃが、こいつから聞かなきゃなんねぇことがある。


「俺らはアイツを取り返しに行く。アイツのビブルカード、お前持ってんだよな」
『取り返すって、…あなた本気なの?』


これが全うな反応だ。
俺もそれを、さっきまで思ってた。


「本気でも冗談でも、アイツを取り返せれば何でもいい」
『…ならウイのを使った方が早いわ。ウイも持ってるから』


この女が苦手なのは、回転の早い頭で的確に嫌な所を突いて来るから。

だがこういう時は話が早くて助かる。
こっちの状況と目的を理解し、無駄な話を挟まず必要な情報をくれるのは有り難かった。

ビブルカードの特徴を聞いて、通話は繋いだままウイの部屋を訪れる。
前からデカいとは思っていたものの、今日はそこが殊更広く感じられた。

15センチ四方の千切った痕跡のある厚い紙。
デスクに立て掛けられたコルクボードに、それはピンでとめられていた。


「おい、色はくすんだような白か」
『そうよ。私たちのも渡してあるから、同じ材質のものが纏めて置いてあるかも』


そのボードには
ソニア、アオイ、カレン、ディゼルとウイの字でかかれたビブルカードがそれぞれピンでとめられていた。


「これで間違いなさそうだ。助かった、情報感謝する」


それだけ言って通話を切った。
ウイのビブルカードのピンを外し、それを持ってリビングへ降りる。


「ベポ、船を停めろ。これが引き寄せられる方角が動き次第ウイを追え」
「アイアイキャプテン!」


威勢の良い返事に、ベポも気持ちを切り替えた事を知る。
自分も、いつまでもヤケになっている訳にはいかねぇ。





「ねぇキャプテン、ウイの居場所スキャンで探せたりしないの?」


ベポがそういえばと口を開いた。
他のクルー達も、それもそうだと視線を寄越す。


「…あのメルビスとかいう男には能力が効かねぇ」
「は?マジで?珍しく普通に戦ってるかと思ってたら」


やはりこいつらに全てを任せる訳にはいかねぇと、いくらか冷静になって来た頭を元に戻さねばと強く思った。


「シャンブルズの移動先も見切られてた」
「何かの能力者か?」


それが使えりゃ居場所の確認のみならず、即刻シャンブルズで連れ戻してる。
どれだけ遠くて、命を削る程バカデケぇルームを張らなきゃならねぇとしても。


「…それが分からねぇ以上最大限警戒すべきだ。ベストなタイミングで一発勝負…察知された事で警戒されるのは上手くねぇ」


重要な事を見落としていたとは言え、結果こいつらは救出策を見出だした。
あの状態の俺を諭したのもファインプレーだ。

こいつらに足りねぇ部分は俺が補う。
俺に足りねぇ部分はこいつらが補う。

それが仲間だ。


なるほどと納得するクルー達を改めて眺めて、無事生きてあの場所から戻れた事を今更実感した。

掛け替えのねぇ仲間を、ウイは守ってくれた。


『チェスは私の方が強いみたいだね』


ウイの言葉が頭に浮かぶ。
あそこでもし我を通して足掻いていれば、俺もこいつらも…ウイも死んでたかもしれねぇ。


倒すだけが"勝ち"じゃねぇ、か。










翌朝、予想通り動き出したウイのビブルカードを追う為各自準備に取り掛かる。


「そういやここ来るまで平気…だったよな?あれか!暫く俺らも乗ってたから懐かれたのか!」
「だと良いんだけど…」


シャチとベポが錨を上げながら話すその問題は、期待外れで予想通りな結果をもたらした。
舵も風向きも無視したフリーウィング号の暴走が行手を阻む。


「マジで!勘弁してくれよ!!」
「北北東の雲…嵐だ!!帆を畳んで!これじゃ沈んじゃう!!」


主なき船は、いつかを鮮明に思い出させるように悪天候を伴い荒れ狂った。
漆黒の雲から放たれる稲妻が海に何本も突き刺さり、盛り上がる海面は俺らを振り落とす勢いで船を揺らして来る。

このままだと本気で沈む。
そう思った。




「悪かった!ここにアイツがいねぇのは俺の責任だ!!」


突如声をはりあげたローの言葉に、フリーウィング号は更に激しく船体を揺らす。
まるで怒り狂っているかのように。

その揺れも然ることながら、ローのこの行動にも
クルー達は唖然とした。


「アイツを助けに行きてぇ!お前の力が必要だ!!」


フリーウィングへと話しかけているらしいローのこの状況は、彼の人となりをよく知るクルー達にはそれはもう衝撃だ。
それは船の暴走等どうでも良く感じるレベルで。


「協力してくれ!!俺はアイツを!この船に必ず連れ帰る!!」


船の揺れが、ピタリと止む。
只でさえオカルトを全く信じぬ男が船に向かって叫ぶ珍事件の真っ最中だと言うのに、船の方までがそれに応えた。

開いた口が塞がらないとは正にこの事。
流石のこれにはロー本人も目を見開いた。


「キャプテンの声が…フリーウィングに届いたんだ!!」
「と、とりあえず舵切ってくれ!!嵐消えてねぇから!このままじゃ飲まれる!!」


九死に一生の状況を打破したのは、摩訶不思議な現象。
ベポは高波を被りながらもそれに感動し、いち早く我を取り戻したシャチがまだ残る課題への対応を叫ぶ。

ローが切った舵に従い、船はゆっくりと旋回した。


「今までみたいに、勝手に良い航路は選んでくれないみたいだね」
「…必ず連れ戻す。約束する」


"普通の船"になったフリーウィング号は、念を押すように呟かれたローの言葉に
返事をするように穏やかに揺れた。


「今までのように進んでくれた方が追い付きやすいんだがな」


敢えてローがそれを口にしたのは、期待があったのかもしれない。
普段超常現象等信じぬ彼は、この船が異質な事は理解していた。
ウイ以外を拒む事も、ウイを乗せ安全な航路を進む事も。

声が届くならば、協力してくれるのならば
あわよくばその力も借りたいと普通思うだろう。
一刻も早く万全の状態で彼女を救いたいと誰よりも願う彼なら尚更。

しかしフリーウィングは"普通の船"のまま舵に従い進むだけ。
世の中そう上手くはいかないらしい。




「ウイ、話がある」


いつも通り食事を運んで来たロイの表情が今日はどこか冴えなかった。
いらないって言っているのに、また律儀にりんご以外も持って来てる。


動物に例えるなら確実に犬でしかないこの海兵や、うさぎだけじゃなく市松模様だとか毎回可愛くりんごを剥いてくれる事にほだされて
当て付けじゃなく本気でもう食欲なんてないのに、紅茶とリンゴだけは少し食べるようにしてた。


「ウイの手配をかけた相手と目的が、分かったよ」


この様子じゃ、それは良い内容じゃないんだろう。

相手も目的も気になる。
でも


「良いの?それ私に話して」


こくりと頷くロイを見てハッとした。


何で私、こんな人の心配なんてしたんだろう。


ロイはそれに気付いてないみたいだから、気遣うような事を言ってしまった事はなかった事にして目線で続きを促した。


「天竜人だ。ベガス聖という方らしい」


天竜…人?


天下の天竜人が私なんかに何の用だ。
天竜人になんて、そのベガス聖以外にも会ったことも見たこともない。


「凄く美食家で、ルンルンバースで入手したウイのシードルをとても気に入ったらしいんだ」


なん、だと…?


「この船はマリージョアに向かっている。ウイはそこで、手配を依頼したベガス聖に引き渡される」












なんか…思ってたより悪くないかも。


正直天竜人に良いイメージなんてない。
でもその人はあのシードルを気に入ってくれて、あんな金額出してまで私を探してる。

生け捕りのみって、お酒作らせようとしてたのか。


もう自由に旅することも、皆と会うことも出来ないんだろうけど
好きなことを続けられるみたいなのは救いだ。


…っていうかあの時売ったお酒が原因なのか。
卸さなきゃ良かったな本当に。


「ベガス聖はちょっと変わり者っていうか…楽しければ何でも良いみたいな、破天荒な人みたいで…」


ほぉ。


顔を伏せて言いづらそうにそれを伝えるロイには悪いけど
めちゃくちゃ気が合う気がするぞ、それは。


「あ、でも虐殺とか!そういうことは興味ない人だって!」


私今、久しぶりに悲しくない事考えてる。

全然有り難くない事に変わりはないんだけど、そのベガス聖って人がどんな人なのか
興味が沸いた。





「そして更に急で申し訳ないんだけど明日には着くみたいで…。僕も着いていく!だからと言って何かできる訳じゃないんだけど…」


なんか、何なんだろうこの人本当に。

手配の理由がわかった今、海軍は私を依頼人の元へ届けるだけだった訳で。
皆の事がなければ特に敵対する理由もないんだろうけど…
でもだからと言って立場上しょうがないとは言えペンギンに大怪我負わせたのも、こうなった一因がこの人達にあるのも変えられない事実で。


でも必死で私を励まそうとするこの人のこういう所が
年上の男の人に言う言葉じゃないんだろうけど可愛いって思ってる自分が居る。
絶対悪い人じゃなくて、寧ろ良い人なの。


でも態度を改めるのも今更な気がして
皆と別れなければならなかった事を誰かのせいにしていたくて
そんな気持ちが"だから何なの"風な態度を今も取らせてる。


皆は今、何してるかな。
楽しく過ごしてて欲しいけど、少しは心配して欲しい。

ペンギンとバカみたいに騒ぎたい。
シャチに我儘言って、それに呆れる顔が見たい。
ベポと一緒にお昼寝したい。
あのふかふかお腹枕で、微睡みながら他愛のない話をしたい。
ローの声が聞きたい。
怒られたい。

何やってんだって、ふざけんなって
あの目付き悪すぎな目で睨まれた後、力一杯抱き締めて欲しい。


ねぇロー。
今、何してて
どんな事…考えてる?











「…ウイ?」


眠りに落ち掛けた所で、ウイに呼ばれた気がした。
…そんな筈ねぇのに。


ビブルカードを頼りに船を走らせもう3週間になる。
自動操縦ではなくなったフリーウィングは、舵に従順な代わりに確実にこれまでよりも減速した。
進行方向に嵐があればそこに突っ込み、面倒な他の海賊達にも出くわす。

今までこの船がどれだけウイを守り安全な航路を選んでいたかを改めて痛感した。


落ちた機動力を補う為、毎晩見張りを立て昼夜問わず船を走らせている。
丁度昨日見張りを担ったせいか、微睡んでいた所に聞こえたウイの声。

睡眠と覚醒の狭間を彷徨っていた自覚があるだけに、確かに聞こえた気のするそれも
どうせ夢だ。


そんな事より昨夜見張り中気付いた事の方が気かがりだった。
ウイのビブルカードは確実に、前より薄く端が萎れるように縮んでいた。




destruct at reality.