5-30
あの後改めてソニアに連絡した際聞いた話によれば、ビブルカードは持ち主の生命力を反映するらしい。
これが存在している内はウイは無事だと。
それを聞いた時、確かに存在するビブルカードに安心した。
だがこの変わり様には悪い予感しかしねぇ。
つまり今、ウイの生命力は磨り減ってる。
確実に何かがウイの身に起こってる。
何も出来なくても、それが起こって欲しくなくとも
知らずにそれが消えて無くなる事を恐れ自分用に千切ったビブルカードを常に傍に置いた。
紙切れと人間は似ても似つかねぇ。
それでも、唯一ウイの状況を知らせてくれるそれにすがった。
「ロー!」
「ローさんローさん」
「っこの欲求不満野郎!」
ウイに実際呼ばれた時の事を思い起こしてみた。
へらへら笑ってる時もあれば他の事に気を取られるついでだったり、怒っていたり。
どれだけ鮮明に思い出せても、本物が見てぇ。
分からず屋で頑固で面倒臭くて、こき使われても構わねぇから
今ここに#name1#が欲しかった。
見張り明け、自分の部屋に戻る前に向かいの部屋の扉を開けた。
主が居た時と何ら変わらない筈のその部屋は、どこか冷たく広く感じた。
ウイの名残を少しでも感じたくて部屋を物色すれば、作業机の脇の棚には夥しい量のミサンガとビーズ。
一生分あるんじゃねぇかと思うそれを、アイツは夜な夜な作っていたんだろう。
細かい作業に没頭するウイの姿が、想像出来る気がした。
これにせよ、何にせよ。
支えられ、助けられてばかりだ。
ウイが好きだ。
こうなって更に自覚した。
愛してる。
守りてぇ。
側にいて欲しい。
アイツの全てが欲しい。
より強くなった気持ちと共に、新たな疑問が生まれた。
俺にその資格があんのか、と。
そんなつもりはなかったにせよ、結果自分のせいでウイを危険に晒してる。
コラさんの仇を討つのは、ドフラミンゴを討つ事は
今回の比じゃねぇレベルの危険が付きまとう事は既にわかってる。
好きでいる資格も側に置く資格も
こんな情けねぇ俺にはないんじゃねぇかと、そう思えてならなかった。
夢か空耳か知らねぇが、すっかり目が冴えた。
性懲りもなくまた訪れた向かいの部屋で、ウイのベッドに身を投げる。
残り香でもねぇかと顔を埋めた枕に、微かにそれは残っていた。
本人の代わりに力一杯抱き締めた枕は、虚しさと我ながら気持ち悪ぃ事をしてる現実を突き付ける。
会いたい。
抱き締めたい。
ウイ…。
ロー?
「?どうしたの?」
「…何でもないけど」
相変わらず一人で喋り続けるロイの話を適当に聞き流してたら
ローの声が聞こえた気がした。
当たり前だけど、部屋を見回してもローの姿はなくて。
バカだな。
私も。
栄養失調のせいなのかな。
幻聴聞こえるとかそろそろヤバい。
急にキョロキョロし出した私に話を中断させたロイは、また続きを喋り出した。
この人相槌もマトモに打たない相手によくこんな喋り続けられるなって感心してる。
一人で喋ってる割に何か楽しそうだし。
私も皆から見たらこうだったのかな。
言いたくて仕方ない面白かった事とか、よく勝手に喋っては自分で笑ってた気がする。
会いたいな、皆に。
「ベガス聖。こちらがロレイシル・ウイです」
「堅苦しいのはいらないえ!顔上げるえ!」
ロイと他の海兵達に、マリージョアにあるベガス聖のお屋敷に連れて来られた。
促されて顔をあげると、ベガス聖はダンディーなちょい悪オヤジって言葉がピッタリな風貌の男の人。
「急に手配なんてしてしまってびっくりしたかえ?写真より大分可愛らしいえ!」
想像よりも高い声に多少面食らった。
そしてやたらとフレンドリー。
「あのシードルは素晴らしいえ!これからは私の為にあれを作るえ!それ以外は自由にして構わないえ!」
「お褒め頂き…光栄です」
敬語はある程度使えても、天竜人なんて相手への話し方とか謎過ぎて
どもりながら何とか返事をした。
変な髪型に変な服。
喋り方が一番変。
でもなんだかこの人、悪い人には見えない。
ベガス聖をこっそり観察してたら、広間に使用人らしき人が駆け込んで来た。
「ベガス聖!ご所望の水風船、大量に仕入れて参りました!」
「そうかえ!これはどうやって遊ぶんだえ?」
なぜ水風船。
奇天烈過ぎる展開に唖然とした。
使用人は水風船の作り方は知ってたみたいだけど、ベガス聖に出来たそれをどう使うか聞かれて困ってる。
遊んだことないのかな。
「もし…失礼でなければ。私がそれ、ご一緒…?しま…してもよろしいでしょう、か?」
「ウイこれの遊び方知ってるのかえ?」
言葉遣いが解らなすぎて挙動不審の変な人な自覚がある。
でもそんな事どうでも良いのか、パアッと表情を明るくするベガス聖になんか
笑ってしまった。
もう喋るの面倒で頷いてそれに答えると、ベガス聖は早くやろうって私の腕を引いた。
なにこの人。
子供?癒し系小動物?
とにかくそっち系だ。
「なかなか面白いえ!」
色々使い道あるんだろうけど、大量に作って投げてぶつけると楽しいですよって教えたら
ベガス聖と私対お付きの人達の謎の水風船戦争が勃発した。
お付きの人達は天竜人に水風船を当てるとか無礼過ぎて出来ないのか、ただベガス聖が一方的に水風船をぶつけまくる茶番劇。
全く面白くもないそれに、大量の水風船入りのバケツをベガス聖に渡して入れ知恵してみた。
これごと放り投げると面白いですよって。
目を輝かせたベガス聖はそれを受け取るやいなや、一目散に走りだす。
流石に水浸し確定なそれは避けたいのか、お付きの人達が本気で逃げてた。
意外と足が早いベガス聖が庭の塀に追い込んだ相手にバケツの中身を放ると、カラフルな水風船はお付きの人達にぶつかった途端
派手な水飛沫をあげて弾けた。
「あっはっは!これ面白いえ!ウイは天才だえ!」
満足気に戻ってきたベガス聖は、中年のおじさんのはずなのに何か本当に子供みたいで
天竜人に大して持ってた偏見が覆されていく。
自分を神様か何かだと思い込んでいるヤバい人達だと思ってたから。
「楽しいけど…一方的なのはすぐ飽きるえ。構わないと言っても、誰も私に投げてこようとしないえ」
仕方ないかと眉を下げて笑うベガス聖は、自称神様のヤバい人なんかじゃなく
私と同じ人間だって思った。
決まった事はどう足掻いても変わらない。
なら、この人生を楽しもうと思った。
この人となら、楽しめるって思って
持っていた水風船をベガス聖に投げつける。
バッシャーン!
見事顔面に直撃したそれは、ベガス聖を水浸しにした。
「ぶっ…!!無礼者がぁっ!!」
「貴様っ!ベガス聖になんてことを!!?」
ですよねー。
お付きの人達が物凄い剣幕で怒鳴りながら迫り来る。
でも般若みたいな顔してたその人達の顔が唖然としたものに変わって、足を止めた。
バッシャーン!!
「余所見とは余裕だえ!負けないえ!」
呆けてる人達の視線の先から飛んで来た水の塊。
顔にかかった水を拭いながらそっちを向けば、爛々と目を輝かせたベガス聖が両腕で水風船を抱えながらニヤついてた。
続け様に投げられたそれは腕でガードしてもそこで弾けては私を水浸しにして
それを見たベガス聖が気でも狂ったように笑ってる。
…んの野郎!!
近くにあった満タンに水風船が入ったバケツを腕にかけて、遠慮なくそれを投げつける。
ベガス聖当たる度に一々水を拭うから、その隙にもう一個、もう一個って投げてたら延々にこっちのターンだった。
「ちょっ!卑怯だえ!冷たいえ!でも…こんな面白いのは初めてだえ!!!」
結局
水風船を全て使い果たすまでそれは続いて、あんなに激昂しかけてたお付きの人達も最後には呆れの混じった穏やかな顔で私達を眺めてた。
「ウイは痩せすぎだえ!いっぱい食べるえ!!」
一緒に食事を食べると言って聞かないベガス聖と、そのご家族に混ざって食事の席に着かされた。
奥さんとお子さんらしきセットが何組もいる。
一夫多妻制、その辺は聞いてた通りの天竜人っぷりだ。
美食家って言われてるだけあって、テーブルの上が凄い。
食材も盛り付けも品数も凄まじい。
これは絶対美味しいと思う。
でも私の体は
長い間ストライキでりんごしか食べてなかったせいか、食欲以前に食べ物を受け付けなくなってた。
ベガス聖の話を聞いたあの日、とんでもない目に遇わない事にほっとしたのか
久し振りに食欲が沸いてポタージュスープを飲んでみたんだ。
全部飲めた。
でも即刻猛烈な吐き気に襲われて、全部吐いてしまった。
ここでそんな粗相ができる訳ない。
「ベガス聖あの…生憎体調が優れなくて。ごめんなさい、折角用意して頂いたのに」
「そうだったのかえ!?そういう事は早く言うえ!おい!医者を呼ぶえ!ウイを元気にするえ!!」
直ぐ様駆け付けてきたお医者さんらしき人に、即刻また点滴を繋がれた。
ベガス聖は本当に、天竜人らしくない。
普通の人。
痩せ過ぎた私には食事をとらせようとしてくれるし、具合が悪いと言えばそれを気遣ってくれる。
寧ろ大分良い人。
食事を終えた後、用意して貰った部屋で点滴されてる私の様子を見に来てくれちゃうくらい。
「ウイ!酒に必要な物を教えるえ!何でも用意するえ!シードルが飲みたいけどあれ以外も飲んでみたいえ!」
「ありがとうございます。ベガス聖は普段どんなお酒飲まれるんですか?」
なぜかベガス聖は黙り込んだ。
更に俯いてしまう。
何かやばいこと言ったか、私。
うまくやれてると思った矢先のこのアクシデントに、内心とんでもなく焦った。
「水風船の時みたいに…普通に話して欲しいえ。そんな堅苦しい喋り方は、なんだか寂しいえ」
しゅんとしてるベガス聖は、この人が天竜人でも中年のおじさんでもなければ
抱き締めて頭をぐしゃぐしゃになで回したい程可愛い。
さっきちょっとの間だったけど一緒に食卓を囲んだベガス聖の家族達は、喋ったりとか全くしてなかった。
背筋を伸ばし礼儀正しく、ただ食事をするだけ。
お付きの人だけじゃなく、奥さんとかお子さんも"天竜人"に気を遣ってるのかな。
この人も、寂しいんだ。
一緒だ、私と。
「…分かった!ベガス聖はどんなお酒好きなの?」
「!!特に好きなのはワインだえ!ある程度渋みのある重いのが良いえ!チーズと合いそうなのが好きだえ!」
顔だけじゃなく声の調子まで一気に明るくなったベガス聖のワイン談義は気付けばチーズの話になってた。
ワインの話もチーズの話も、聞いてるだけで涎が出そうになって来て
わかるよわかる!って同調したくなるような楽しい話は結構遅くまで続いた。
やっぱり私はこの人と気が合うのかもしれない。
好きだと拘り強くなるもんね。
前お酒の試作で何か納得出来なくてペンギンに試飲して貰った時、どれも変わらねぇって言われて肩透かしを食らった事がある。
好きだから、細かい部分がわかるし気になる。
でもあれはそもそも人選ミスだったな。
ローとかに頼めば良かった。
ローは少しだけ加えた隠し味なんかに割と気がつく。
あんまり食に興味あるように見えないのに、色々感想言ってくれてたな。
ロー全体的に、結構細かいもんね。